第六十六話 生徒会の方針
「やはり20層台を突破したとかいう一年はお前だったか。とてつもない偉業のはずだが、士官学校組を見たあとではそれでもという気はするな」
二階堂は、苦虫を噛み潰したようななんともいえない表情で言った。
ここ何日かはいつもの勢いもなくなっていて、意気消沈しているように見える。
一条だけでなく、この学園の上位勢にとっても北海道から来た士官学校生の存在には、かなりプライドを傷つけられたことだろう。
「その貴方から見て、あの田舎者連中は本当に23層なんかでやっていますの」
と伊集院が言った。
こっちの方は、いまだに士官学校生に対する敵愾心を隠そうともしない。
「間違いないだろうな」
と俺は断言した。
実際にそのくらいの実力はあるし、ゲームのシナリオ上でもライバルとなるキャラなのだから、実際の攻略階層なのは間違いない。
「どうするんですか。対抗戦で負けるのは、名門であるわが校の校名に泥を塗ることになります」
千歳が今さらどうしようもないことを言いだした。
ゲームの中では、一条が複数のクラスメイトをある程度まで育ててなければ団体戦で勝つことなどできない。
なので相当な効率が求められるし、複数キャラを育てるなんて無駄でしかないから、一周目プレイでどうにかできるようなものではない。
「私たちをそこまで連れて行くことはできますのかしら」
伊集院が神妙な顔で俺に向かってそう言った。
あの死神の鎌は範囲攻撃になっているし、ちょっと距離を取ればブーメランのように投げてくるから、まわりの安全を確保することなどできない。
「サポーターをやれって話なら無理だ」
そして戦うにしても中位クラスのスキルくらいは、万全に使えないと話にならない。
それに早いうちにクラスチェンジしていないと、レベルが上がったあとでは純粋にステータスが足りない。
「そうですの。ようやく貴方の自信のある態度の理由がわかりましたわね」
それでも25層あたりでパワーレベリングできるのなら、無理やり20から24までの壁を破ることは不可能ではない。
伊集院桜は、少し落ち込んだような顔をするが、それも一瞬のことだった。
急に態度を変えて満面の笑顔を俺に向ける。
「それでは貴方の偉業をたたえて、ささやかながらお祝いをしましょう。ほら、貴女たちもそこにお掛けになって」
そう言って、伊集院桜は俺の両隣に竜崎と千歳を座らせた。
そして俺の腕をとって、それを二人の肩の上に乗せる。
「いったい何を……」
そう言った竜崎の体を、伊集院は俺に押し付けて来た。
「接待に決まっていますわ。20層突破という偉業を成し遂げた生徒が、この桜華学園に現れたのですわよ」
ひどい手のひらの返しようだが、伊集院は俺のクラスメイトよりも20層突破という事実について正しく認識していると言える。
ステータスが全てのこの世界において、20層でレベル上げができるというのはかなり大きな力を得たに等しい。
それを最初に達成したのは六文銭で、そこからトップギルドにまでのし上がった実績がある。
「なんか悪いな」
俺はキャバ嬢の真似事をさせられている竜崎に向けて小さく詫びた。
すると竜崎はそんな俺の態度を鼻で笑ってみせる。
「気にする必要はないわ。家を継ぐと決めた時から女であることなどとうに捨てた身なのよ。私のことを気にする必要はないわ」
そんなものを捨てるなと言いたいが、竜崎はなんでもないことのように笑っている。
千歳の方を向いたら、彼女も同じように笑っていた。
「私はこれが本職のようなものだから。よろしくね、高杉君」
千歳の方は、どっからそんな声が出てくるのだというくらい声まで変わっている。
そんな俺たちをあたり前みたいな表情で見ていた二階堂が言った。
「お前がひとりで団体戦を勝たせるくらいの階層まで行くってのは可能なのか」
「そんな数日で24層なんて無理だ」
「まあそうだろうな。それに、そこまで行ったなら焦っていいことはない」
「では、団体戦は捨てるしかありませんわね。せめて、貴方が引き分けに持ち込めるくらいの活躍をしてくれたら最低限の面目は保てますのにね。審判は私たちに味方しますけど、さすがに誰の目にも明らかな勝敗を変えるほどの力はありませんわ。多少の反則を揉み消せるくらいですから、あまり期待しないでくださいませ」
サラッと審判買収済みの旨まで告げられる。
だけど俺は、はなからそんなものには期待していない。
「それにしても17層や18層を飛ばして、よく20層なんかに挑んだもんだ。あのあたりの階層は最近になって物騒だろ。よほどお前は才能に恵まれて生まれたらしいな。北海道組を見せられた後だと、誇らしく感じられるから不思議なものだ」
本当に今年の一年はイキがいいとか何とか二階堂はつぶやいた。
さすがにレンジャーズのオーナー家だけあって、情報にはかなり詳しい。
大手ギルドの中にも最近になってそのあたりの階層を追い出された者がいるのかもしれない。
「どうしてまたパンドラが暴れ始めたんだ。そのあたりの情報を知っているのか」
「この俺に知っているのかと聞くのか。本当にものを知らないな。あの連中は軍から支援を受けているんだぞ。その見返りとして、何人かの首を差し出せと言われているらしい。その名前については詳しいことはわかってないが、ノワールやあの仮面の男が入っているんじゃないかとは言われている」
本当に情報に詳しい。
そんな最近の動きまで把握しているのか。
「六文銭は入っていないのか」
「主力が引退済みだぞ。そんなことまで俺に聞かずにニュースくらい見たらどうだ。今後数年は名前を耳にすることもないだろう」
軍の狙いは新層攻略実績のないギルドを潰すことだから、真田たちにならなにかしらの接触を図ってもおかしくないと考えたが特にそういうこともないらしい。
やはり積極的に大手を潰す指針に変わりはないようだ。
となると軍が期待しているのは学園の生徒か中規模ギルドということになるが、クラスの解放情報を開示したことからみても学園の生徒に期待しているような気がする。
もしくは関東のダンジョンまで自分たちで自由に使うためか。
関東には、中小のギルドに目立った実績があるようなのはなかったはずだ。
そんなことを考えていたら、花ヶ崎からメッセージが入った。
花ケ崎玲華
今すぐ屋上に来なさい。
ちょっと出ると言い残して、俺は生徒会室を出た。
女二人に擦り寄られて居心地が悪かったからちょうどいい。
部屋から出た途端に暑さを感じて、そのためだけにダンジョンに行きたくなるほどうだるような暑さだった。
「ダンジョンをさぼって何してるんだよ。神宮寺たちにでもついて行ったのかと思ってた」
「すごい秘密を暴いてしまったのよ」
まだそんなことを嗅ぎまわっていたのかという視線を向けると、花ヶ崎は気まずそうに俺から視線を逸らした。
俺には危ないことをよせというのに、こいつは好き勝手に動いている。
「で、今度はなにを暴いたんだ」
「研究所はモンスターを捕まえて中に運び込んでいるわ。檻に入れられたモンスターを見たの」
それは研究所が進めている実験の一つで、レベルの高いモンスターを作り出そうというやつだ。
高レベルのスライムなら安全に倒せて経験値も稼げるかもしれないとか、そういったやつである。
そのうち本当に危険なモンスターを作り出して、裏ボスまがいなものまで作り上げる。
ある研究員と仲良くなれば研究データをとるために戦わせてくれたりするし、経験値だって稼がせてもらえるので悪いことではない。
それに、そいつらのドロップアイテムは攻略に必要になってくることもある。
俺にだって必要になるかもしれないものだから、邪魔をしてもらっては困る。
「そんなのは放っておこうぜ」
「すごく良くないことをしている予感がするのよ」
たしかにその通りだが、それは必要悪のうちだろう。
そこからモンスターが逃げ出したなんてことは攻略本にも書かれていなかったので、きっと厳重な管理をしているものと思われる。
「いや、そんなに悪いことじゃない」
「なによ、そんなことまで知っていたというの」
「まあな」
花ヶ崎は信じられないというような顔をしていたが、こいつの無用な好奇心はそれで気が済んだのか急に真顔になって言った。
「調べ始めると、この学園には巨大な陰謀が渦巻いているような気がしてくるのよね。教室の席順だって明らかにおかしいわ。あれは絶対に端末から情報を抜いているわよね」
俺は静かに頷いてみせた。
花ヶ崎の言っていることはほとんどすべて真実だが、それはゲームシステムの都合も多分にあるので、そんなことを本気で心配していてもしょうがない。
俺があまり気にしていないのを見てか、それで花ヶ崎は安心したらしい。
「まあいいわ。では、私を35層に送ってもらえるかしら」
俺が花ケ崎を35層に送ったら、生徒会から会議は解散したとのメッセージが届いた。
早々にあきらめてしまったのか、最近では訓練自体も減っている。
俺は召喚を育てようと30層を目指した。
育てながら、知性を高めるアイテムも狙って行こうと思っている。