第六十三話 軍の心変わり
「最近、すごくモテるらしいじゃん」
俺の机の上に座る神宮寺は、それまでいつもの三人で話していたというのに、急に話の矛先を俺に向けてそう言った。
「あらそうなの。そんなことぜんぜん知らなかったわ。何かの間違いではないかしら」
と花ケ崎が言った。
そんな話は俺だって初耳だし、微塵もそんな気配を感じたことはない。
まだこいつら以外の女の子からは話しかけられたことすらないのだ。
「今では、一年のトーナメントの優勝者ですものね。スライムすら倒せないと言われていた頃が嘘のようですわ。とは言っても、それは花様のおかげなのだから、あまり思い上がらないほうがよろしくてよ」
二ノ宮が説教じみたことを言いだしたので、ちょっとうんざりした俺は席を立った。
トイレにでも行っておくかと廊下に出たところで一条に呼び止められる。
「対抗戦では速水とも戦うんだろ」
どちらも一年の代表なのだから、その可能性は十分にある。
しかし、他校からも生徒たちはやってくるのだ。
「まだ対戦表は発表されてない」
ここで主人公が出場する場合には決勝戦の相手が速水となるので、たぶん俺の場合でも変わらないだろうと思われた。
なにせ対戦表を作るのは、二階堂や伊集院桜たちも関わっているのだから、その辺に細工をしないと思う方がおかしい。
「俺は近いうちに20層台にも挑戦する予定だ。もしそれが上手くいったら、その時は、代表を変わってもらう。そっちも、そのつもりで攻略してくれ。今、何層を攻略しているのかは知らないけどね」
まるでDクラスの不名誉を晴らすのが自分の使命だとでもいうような言い方だった。
本来なら、これが魔眼使いとの対決イベントに発展することになるのだろう。
学園には力を求めてやってくる生徒と、金を求めてやってくる生徒、地位を求めてやってくる生徒に大別されると思う。
一条は力を求めるタイプだから、少人数攻略で攻略階層にこだわる最も死ぬリスクが高い危険なグループである。
今の一条の顔にはその雰囲気が凄く出ていて、なんだか俺にはそれが気の毒にすら思えてきた。
こんなだから瑠璃川のような金を求めてやってくるタイプと組ませるのがいいと思ったのだが、そんなことでは一条の意志は曲げられないらしい。
有名ギルドに入ることにも興味がないようだし、本当に使命感だけで動いているかのようだ。
それにしても、正式に俺を二学期の中ボスに設定してしまったな。
「そりゃ構わないが、焦りすぎて仲間を危険にさらすなよ」
なにもこんな対校戦イベントなど、無理に勝つ必要もないイベントなのだ。
ゲー厶ではないのだから、無理をしていいことなど一つもない。
「心配はいらないさ。瑠璃川さんは確かに優秀だったよ。あれなら危険はない」
本人はすでに看過できないほどの危険を感じていたようだったけどな。
今の一条は16層よりも下に行っているらしいので、魔法攻撃も容赦がなくなる階層だ。
経験値を優先するとどうしてもHPの低い敵を優先して狙う必要があるから、そうなると敵の攻撃力だってどうしても高くなる。
それでゴーレムのようなタフな敵が出る階層には興味がないから、14層では顔を合わせることがなかったのだろう。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、俺を見てあからさまに道を空けてくる生徒が目についた。
最近は二階堂と一緒に校内を歩くことも多いから、その効果だと思われる。
下に見られるのも嫌だが、学園の貴族連中など煙たがられているだけだと知っているので、こんなふうに同じ対応をされるのも嫌だった。
モヒカンやロン毛だって最近では俺のことを避けているのか、同じクラスだというのに顔を合わせることも少なくなったような気がする。
一年の廊下にあるトイレは混んでいたので、そのまま二階に向かった。
そしたら前の方から俺以上に廊下にたむろしていた生徒たちに道を空けられながら歩いてきた竜崎に出くわした。
その竜崎たちがわざわざ足を止め、俺に道を譲るつもりなのか、廊下の端に寄って足を止めた。
そんなところを歩いたら気を使われているとまるわかりなので、思わず俺の足も止まる。
文句の一つも言いたい気持ちで竜崎を見ていたら彼女が言った。
「なんで立ち止まるのよ。早く通ってくれないかしら。休み時間が終わってしまうわ」
なにを言っても始まらないので、俺はその言葉を無視して竜崎の前を通り過ぎる。
そしてトイレに入ったら、こっちは不自然なほどに空いていた。
「なんでこっちの奴らは、貴族なんぞにぺこぺこしてるんだべな」
「たしかにな。勘違いしてそうなのが見ててムカつくんだわ。一度やり合って実力を見せてやったらいいんじゃねえのか。あいつら、ろくに対人経験もねーからなにもわかってねーんだべ」
「それにしても、こっちの女はなまらかわいいべ」
北海道組が密談をしていたから、どうやらこっちのトイレは空いていたらしい。
こんなところに居合わせてしまったことが異様に気まずい。
ゲームの主人公にやる気を起こさせる役割だからなのか、北海道組はやたらと好戦的である。
しかし主人公である一条以外までもが彼らのとばっちりを受ける必要はない。
「おい、お前一年だべや。ここは二年のトイレだぞ。こんなところに来るのは生意気だべや」
そう言って、ひとりが俺を突飛ばそうとしてきたので、俺はなんとかそれをこらえて急いでおしっこを終える。
そしたら逆に突飛ばしてから、俺は言った。
「この学園じゃレベルが全てなんだ。強けりゃ何してもいいんだよ。そういう台詞は自分より弱い奴を探して聞かせてやるんだな」
俺は顔をなるべく見せないように地面を見ながらそう言って、そそくさと手を洗ったら出口に向かう。
「お、おい、大丈夫か。て、てめえ」
「ま、まてッ! そ、ソイツはヤバい」
後ろからそんな声が聞こえてきたが、俺は無視して立ち去った。
これであいつらも変なことはやりにくくなるだろう。
攻略階層が10層も違うと、それはもう大人と子供以上の開きがある。
だから彼らが暴れるようなことになったら、それはもう学園長でも出てこないと収拾がつかない。
速水と一条の決闘騒ぎがあってから、誰よりも発奮したのが神宮寺だった。
もとから頭のネジが締まりきっていないような奴だったから、そうなればもう見ていられたもんじゃない。
それは花ケ崎も同じなのか、ついに昨日になって俺は深夜に女子寮の屋上に呼び出されて、相談を持ち掛けられてしまった。
その時のようすだと、まだしばらく花ケ崎は35層に行きそうにない。
そしてこの日は、朝から神宮寺に捕まってしまった。
「今日は私たちのレベル上げを手伝ってよ。クラスメイトなんだから、それくらいしてくれたっていいでしょ」
教室につくなり、朝一から神宮寺に詰め寄られてそんなことを言われる。
「そんなの花ヶ崎にでも頼めよ。俺は生徒会に呼び出されて忙しいんだ」
ただでさえ忙しいのに、スケルトンのレベル上げもしなきゃならないから、そんなことに付き合っている暇はない。
なのに俺が何を言っても、神宮寺は諦めてくれそうな様子がなかった。
ずいぶんと精神的に追い込まれているようである。
「明日からは休みだよ。だったら生徒会もないはずでしょ。私は今、高杉に魂を売ってでも強くなりたい気分なんだよ」
「そんな汚れきった奴いらない」
「もういっそ、蒼ちゃんと20層に突撃してみようかなんて考えてるんだからね。それで私たちが死んだら、いくら君でも寝覚めが悪いでしょ」
初期性能が高いとはいえレベルは低いから、いくら音無でもそんなところに連れていかれたら帰ってこない可能性の方が高い。
ならば二日くらい手伝ってやって、パワーレベリングしてしまったほうがいいだろうか。
「二人で行くのか」
「そうだよ。玲華ちゃんは実家に帰るんだってさ。だったら君は暇でしょ。ね、たまには人助けくらいしてもいいじゃん。どうしてもキミの攻撃力が必要なんだよ。私の計算では、蒼ちゃんがタンクをしてキミが攻撃に回ればいい感じになると思うんだよね」
私の計算ではとか言っているが、感覚だけで話しているのは明らかである。
「私からもお願いするわ」
いつからそこにいたのか、横に立っていた音無が言った。
適正レベルにさえなってしまえば、20層台は音無をタンクにして攻略できる。
あとは魔法ダメージ軽減付きの盾でも音無に渡しておけば、十分な安全マージンも確保できるだろう。
「今は何層でやってるんだ」
「17層だよ。18層は怖い人たちに追い返されちゃったから」
その言葉に俺は違和感を覚えた。
18層を独占していたパンドラには、仲良くやるように言い聞かせておいたはずである。
詳しい話を聞こうとしたが、今はまだ一条たちも16層に苦戦しているので18層に行ったのは神宮寺たちが追い出されたその一度きりであるらしい。
ちょっと様子を見に行ったほうがいいだろうか。
「わかった。2日間だけ付き合ってやる」
「わっ、ありがとう。君って案外いい奴じゃん」
「ありがとう。とてもうれしいわ」
現金な奴らだと、釈然としない気持ちを抱えながら笑顔の二人をながめる。
半分は脅しに屈したようなものだ。
本来、こいつらは主人公と組んでなかったらそこまでレベルは上がらなかったはずなので、これもシナリオ改編の一つになる。
それにしてもパンドラが心変わりした理由は何だろうか。
「ちょっと来てくれないかしら」
不意に花ケ崎から声を掛けられて、俺は廊下に引っ張り出された。
なぜかいつもとは雰囲気の違う花ケ崎に手を引かれ、昇降口から外にまで引っ張り出された。
「もうすぐ授業が始まるぞ」
「それどころではないものを見てしまったの。軍の秘密倉庫よ」
こいつはまだひとりでそんなものを探っていたらしい。
もう、なるべく関わらないようにしようということで話はついたはずだ。
駐車場のはしにある小さな小屋の前まで来ると、プレハブ小屋にかかっているにしては似つかわしくない巨大すぎる錠前に対して、花ヶ崎が冷気魔法を使い始めた。
「おいおいおい、そんなことしたらやばいだろ」
「警備は魔法で眠らせてあるから大丈夫よ。それに、ここは人目につきにくくなっているの。高校生が大勢いる場所だもの、目立つところにこんな好奇心をそそるようなものを置いたりしないわ。校舎からはどの位置からでも死角になっているようね」
真っ白に凍った錠前を、花ヶ崎は思いきり振りかぶった杖で叩き壊した。
たしかにダンジョン産の武器は壊れないが、それはあまりにもな使い方である。
手伝ってと言われて、やはりプレハブ小屋に据え付けられているにしては無用なほど頑丈そうな扉を開けると、内部には大小さまざまなプラスチック製の箱が並んでいた。
その中で唯一金属製の大きめなトランクケースのようなものを指差して花ケ崎が言った。
「これをご覧なさい。運び込んでいるところを見つけたの」
緑色をしたその箱には、でかでかとバイオハザードマークが書かれている。
「な、なんなんだよこれは」
書籍一巻発売まで一週間をきりました!
書下ろし部分もかなりありますのでよろしくお願いします。
発売日は4月5日です!