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第六十二話 一条の敗北



 瑠璃川の悩み相談も無事に終わったので、俺は学食に行くことにした。

 そしたら中庭で音無がベンチに座っているのを発見する。

 見れば、購買部で売っているまずい保存食を食べているではないか。

 この学園の生徒であれば、よっぽどのことがないかぎりお菓子かなにかで代用するやつだ。


「なんで、そんなものをそんなところで食べてるんだ。まさか、それが好きなのか」


「とくに好きではないわ」


「じゃあ、なんでそんなもんを食ってんだよ。学食に行けばいいじゃないか」


「学食よりも購買部の方が近くにあるの」


 ちょっと誇ったような感じでそんなことを言っているから、どうやら食べたいものよりも効率を優先してそんなものを食っているらしい。

 さすがに省エネを優先してそんなものを食べている音無が憐れに思えた。


「そんな栄養バランスの悪いもん食ってたら病気になるぞ」


「そうなの。それは困るわ」


 なんて生活力のない奴だろう。

 健康は気にしているのに、病気を避けるだけの能力がないような感じだ。

 俺が学食まで連れて行ってやると、音無は一番左上にあった素うどんの食券を買おうとした。


「まさか、メニューの内容がわからないから、毎回左上のものを買うつもりか」


「貴方はなにか勘違いしているわ。私は普通の学生だからメニューくらい知っているの。たまたまこれが食べたかっただけなのよ」


 そう言った音無の態度は、憐れにも誤魔化しているようにしか見えない。

 研究所も、せめてこいつがちゃんと生活できるようになるまではちゃんと面倒を見てやれよと思わずにいられない。

 どうしてこんな状態で学園に放り込んで大丈夫だと考えたのだ。

 俺は栄養のありそうに思えたカレーセットを買ってやった。


「ありがとう。これをどこに持って行けばいいのかしら」


 俺が無言でカウンターを指差すと、音無はそっちの方に歩いて行った。

 そして音無はカレーをおいしいと言いながら笑顔で食べていた。

 このあとで音無には大佐というあだ名がつくことになるわけだが、それは券売機のメニューを端から絨毯爆撃していくことで、女子のあいだでそう名付けられたようだった。


 そして午後は選択授業になるのだが、そこでまた一条と速水が揉めたらしかった。

 神宮寺に引っ張られて、なぜか俺まで闘技場に呼び出され、速水対一条チームの戦いを観戦することになってしまった。

 しかし、これは勝負を受けた一条のミスである。


 攻略階層が20層台に入っていなければ、この挑発は受けてはならないと攻略本にもハッキリ書かれているので、万が一にも一条たちに勝ち目はない。

 案の定、速水は余裕のある表情で闘技場にあがり、一条たちの表情には余裕がない。

 これでまた一条はヒロインたちからの好感度が落ちることになる。


「わかんねえ奴らだな。雑魚のくせに、どうしてそこまで意地を張るんだ。俺にはどうにも理解できねーな。聞けば15とか16層あたりを回ってるらしいじゃねえか。そんな実力で俺に挑もうなんて、100年早いつーの。ハンデとして俺は魔法しか使わずに相手してやるよ」


 速水はどう見ても前衛の盾職である。

 その速水が使える魔法なんてたかが知れているというのに、それでもいい勝負にはならないだろうなと思わせられた。

 勝負が始まると速水は突っ込んで行って、ひたすらにフレアバーストを自分の足元に向かって放ち続ける。


 普段はそうやってヘイトを取っているのか、動き自体は手馴れていた。

 ボコスカと火柱が上がってかなり広範囲まで爆炎が広がり、一条たちは吹き飛ばされてしまって戦いどころではない。

 一条ならそれなりに魔法耐性も育っているだろうし、風間だって低くはないはずである。

 炎に巻かれて最後まで立っていたのは、瑠璃川ただ一人だけだった。


「あんたの魔法なんて、全然大したことないじゃない。MPが切れたら申告しなさいよね。それであんたの負けよ。魔法しか使わないと言ったんだから、当然そうなるわよね」


「チッ、どうなってやがる。なんでローグ職が俺の魔法に耐えられるんだよ」


「威力が低いからに決まってるじゃないの。馬鹿にはそんなことも説明しなくてはならないのね。負けたらあんたの装備は頂くわよ」


 すっかり主人公シナリオに染まっているのか、勝ったら装備を剥ぐと瑠璃川は宣言した。

 さすがにその一言には速水の表情も強張った。

 その態度が気に障ったのか、瑠璃川は速水によって場外まで蹴り飛ばされてしまった。

 タンク対ローグだというのに瑠璃川は反応さえできずに、ただの蹴りをまともに食らって簡単に場外まで吹き飛ばされてしまった。


 場外に出てしまえばHPが残っていても負けになる。

 瑠璃川は咳きこみながら腹を押さえて立ち上がった。


「き、汚いわよ」


「ハッ、なにを約束してようが勝てばいいんだよ」


 瑠璃川の魔法耐性には不意を突かれたのか、速水も勝ったという表情ではない。

 しかし最初に何を言っていようが、この学園では勝ったほうが正義である。

 これで対立が少しでも穏やかになってくれればいいのだが、ロン毛たちが速水の勝利を持ち上げているので、どうやらそうはいかない雰囲気である。


「信じられない。どうして私たちと歳も変わらないのに、あんな魔法だけで一条たちが負けなきゃならないのさ。どういう事なの」


 神宮寺が取り乱して、俺に向かってそんなことを言う。

 こいつも一条たちとともに危険をかえりみずダンジョン攻略を続けてきたから、この結果には納得できないのも仕方がない。

 しかしダンジョンは攻略階層がすべてである。


「本当に20層台を攻略しているんだろ。なら、べつに驚くような結果じゃない」


 ダンジョンでは攻略階層が三層も違えば、もはや勝つ見込みなどないほどの差が生まれてしまう。

 それが経験値効率というもので、それをひっくり返すには学園長のように何十年も通うか、裏技じみた方法で効率を上げるかしかない。

 となれば、そんなものは半年足らずの努力や才能などではくつがえらないのだ。

 軍の次世代探索者の育成は、立派な怪物を作り出すことに成功しているようだった。


「蒼ちゃんなら勝てないかな」


 一条たちの負けがよほど悔しかったのか、神宮寺がぼそりとそんなことを言った。


「無理だよ」


 いくらフルスペックの音無でも、レベルをあげてなければこれほどのステータス差は埋めようがない。


「じゃあ、君ならどうなのさ。蒼ちゃんや玲華ちゃんと組めば、アイツにも勝てるんじゃないの」


「そんなに熱くなるなよ。こんなところで勝っても意味ないだろ。自分が強くなるのが一番だぜ。強くなりたいならコツコツ攻略階層を下げていくしかない。リスクを取ってな」


 速水だって軍の力を借りてるとはいえ、なんの努力もせずに手に入れた力ではない。

 軍でも相当な厳選をしてから育てているだろうから、入学の段階でかなりの倍率を勝ち抜いた精鋭だと思われる。

 だから見返したいなら自分が強くなって見返すしかない。


「大丈夫よ。綾乃はきっと強くなるわ。そうよね」


「ああ。音無と組んでれば、あのくらいはすぐに超えるだろ」


 俺が気軽にそう言ったら、神宮寺は眉根を吊り上げた。


「気軽に言ってくれるよね。ずいぶん上から目線じゃん。いったい君は何層でやってるのさ。キミご自慢の攻撃力がアイツにも通用するとは限らないよ」


 神宮寺はそれだけ言って、どこぞへと行ってしまった。

 それでお開きになったのだが、花ヶ崎はさっきの返事が気に入らなかったようだ。

 腕を引かれて、まわりから引き離される。


「なんだよ」


「なんだよじゃないわ。さっきの話は確かなの。綾乃がそんなに強くなってしまったら、彼女は誰とも結婚できなくなってしまうじゃないの」


 言われてみれば、たしかにそうである。

 ヒロインとして強くなったのなら、べつに主人公が結婚するなり妾にするなり、どうとでも嫁ぎ先はできるが、俺が適当なアドバイスで強くしてしまったら貰い手がいなくなってしまう。

 あいつは家訓によって自分より強い相手としか結婚できないのだ。


 そしてあいつは、そんな馬鹿な家訓を本気で守るやつだ。

 となれば花ケ崎の心配ももっともなところである。


「それとも、あなたが責任を取って娶るつもりなのかしらね。そうじゃないなら、ずいぶん無責任に手助けしてるわよね」


 と花ケ崎は怒ったように言う。

 うーむ、どうしたものだろう。

 たしかに、このままだと神宮寺には結婚相手がいなくなってしまう。

 主人公並みの性能を持った音無とあの槍の組み合わせだけでもかなり強烈なところに、今はヒロインである天都香がヒーラーとして入っているので、かなり盤石な体制となってしまっている。


 たぶん無理なく20層台の攻略さえできてしまうだろう。

 それ以降となると魔法耐性の問題があるので攻略も難しくなるだろうが、槍職はHPが伸びやすいので、もう少しくらいは魔法耐性なしでもなんとかなる。

 瑠璃川の場合はローグゆえのHPの低さから魔法攻撃の受けようが無くなってしまっただけであって、神宮寺にはもう少し余裕があるのだ。


 しかもあいつは無理をするたちだから、それ以降だって根性だけで攻略してしまうかもしれない。

 その時は、命の危険がない程度には手助けしてやろうか。

 だけどそうなったら、それこそ神宮寺より強い奴なんていなくなってしまいそうだ。

 だからといって俺が気にかけてやる必要もないだろう。


 俺は逃げ出すようにして、一足先に教室へと戻った。

 教室に最初に戻ってきたのは速水である。

 さすがのロン毛たちも、この頃から北海道組の取り巻きをやる危険性に気付いたらしく、これ以降の速水は教室内でも一人でいることが多くなる。


 対抗戦が終われば、速水などは北海道に帰ってしまうが、それまでにまわりから恨みを買っていたら、今度は仲間だと思われた自分たちがターゲットにされてしまう。

 なので、やはり北海道組はこの時期から孤立するようになって、他の学年でも北海道組は北海道組だけでつるむことが多くなった。

 葉山も浮いているので、クラスの女子と話している姿も見たことがない。


 まあ、あんな態度でいたら孤立するのも無理はない。

 なので、葉山は暇になれば俺に話しかけてくる。


「君がこのクラスで一番強いんでしょ。だったらどうして女の子になんか戦わせておいて、さっきの戦いに加わらなかったのかな」


「一条たちに発破をかけるいいチャンスだろ。俺が加わったら勝っちまう」


「あはは、やっぱりそういうスタンスの発言なんだね。でもさ、そんな発言ばかりじゃ本当に喧嘩を売られちゃうかもよ。速水って、そういう上下関係とか妙に厳しいところあるし」


「忠告ありがたいね。これからは気をつけよう」


 クラスメイトを肉片にする必要もないのだから、そんな機会はないに越したことはない。

 それよりも、こいつらがプレッシャーをかけすぎて、一条が無理をし過ぎないかの方が心配になってきたくらいである。

 神宮寺も一条も、あの一戦ではかなりの衝撃を受けていたからな。

 一条はこれまで主人公なのもあって、この学園内で決闘を申し込まれることも少なくはなかったはずである。


 そして、その決闘のどれにも勝利して、アイテムやらなんやらを手に入れて順調に強くなってきたはずだ。

 それが、あんなに手を抜かれたうえで負けたとあっては、ショックを受けない方がおかしい。

 あれは攻略の進行度を計るイベントで、ゲームの時でさえ一周目プレイだと普通はギリギリに設定されているから、命がけの攻略をしている一条では最初からハードルが高すぎる。





書籍一巻 4月5日発売です!

イラストはにわ田先生(@niwata0)となっております。

大幅な書き下ろしも追加されていますので、どうぞよろしくお願いします。

特典SSは風間視点での一条サイドの話になります。



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― 新着の感想 ―
笑顔でカレー食べてるのかわいすぎるな……
[一言] 「あなたが責任を取って娶るつもりなのかしらね。」 …知らんがなー
[一言] 大佐ちゃんかわいい、やったー。
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