第六十一話 速水と葉山
生徒会との茶番を終えたら、俺は32層にやって来た。
最近になって48層でサモンリングが出たことにより、俺は召喚対象を指定できるようになった。
これで特定の召喚獣を育成することができるようになる。
俺は7層にも出る、あのスケルトンを育てる予定だった。
このスケルトンが一番レベルが低い分だけ育てる余地もあって、育成すれば装備によってかろうじて喋ることもできるようになるほど知能が育つのだ。
これで武器を持たせれば、あの29層のヴァンパイアのように特殊召喚の真似事もできるようになる。
召喚対象も一番多いので、他の誰かに召喚されてしまうリスクも少ないだろう。
この32層にはHPの低いケルベロスという敵が出るので、俺がひたすら敵の攻撃をタンクしながらスケルトンたちに食わせ続ける予定だ。
これで命令くらいは聞いてくれる攻撃性能や回避性能の高い幽鬼の召喚を作り出せる。
呼び出したスケルトンに武器を持たせるには、装備を地面に置いてから、その装備に向かって召喚を使えばいい。
俺は40層台で出したそこそこ優秀な武器を地面に並べてから、適当なケルベロスを一匹引っ張ってくる。
そして地面に並べた武器に向かって召喚を発動すると、うまいこと武器を装備したスケルトンが10体ほど現れてくれた。
スケルトン自体の攻撃力は低いが、武器にはどれもHP割合ダメージのエンチャントが付いているので、数がいれば敵を倒すだけならそれほど難しくないはずだった。
現れたスケルトンは、手にした武器を持って目の前の敵に躍りかかる。
攻撃がなかなか当たらないものの敵を倒すこと自体は難しくなかったが、敵を倒し終わったら、どこかに一直線に消えていこうとするのには閉口させられた。
いちいち俺が回復魔法で倒して、新しい敵がきたら召喚しなおさなければならない。
上手く成長した二体に、スケ太郎、スケ次郎と名付けたが、他のはスケサン、スケヨンと適当な名前になってしまった。
装備だけはいいので、それなりに順調である。
HPが低めに設定されており、アンデッドなので回復してやることもできないが、そのぶんステータスは高めになっているので攻撃力だって伸びやすい。
これでレベルが上がるとステータスによってスケルトンファイターなどに成長する。
そこまでいっても依然として猪突猛進ぶりは変わらないだろうが、攻撃力と素早さだけはどんどん高くなっていくはずだ。
俺は彼らの成長を見守るのが楽しくなって、ついつい深夜までひたすら階層を上げながらパワーレベリングを続けた。
「蒼ちゃんは本当に才能があるよ。きっと20層台にも挑戦できると思う」
「そっ、それはいくらなんでも危険すぎないかしら」
「そんなことないわ。私なら平気よ」
「すごいですわね。とても強そうには見えませんのに」
例の三人の話に音無まで加わるようになった。
音無の席順は、すでに一条の左の席にまであがってきている。
士官学校生たちは、一時的な在籍なので一番後ろの席だ。
「それにしても23層には驚いたよね。私たちも頑張ればそんなところまで行けるのかな」
「北海道ではモンスターが違うのではありませんの。法螺話としか思えませんわ」
偵察をしてみたが、士官学校生は18層でレベル上げをしているようだった。
その階層でレベルが上がるとも思ってないのか、見た限りかなり手を抜きながらやっているので普段はもっと深いところでやっているのは間違いない。
パンドラ連中と揉めてないことから、やはり今でも軍はつながっているようである。
「一条たちはどこまで行ってるんだ」
「今は15層に行ってるってさ。それで今日は16層にも挑戦するらしいよ。私たちも負けてられないよね。あっ、そうだ。今日も玲華ちゃんを借りるからね」
それについては勘弁してほしい。
15層という単語が出て来ただけで教室内では注目されてしまうほどなのに、さらに階層を下げるというのだから周りも反応に困っているような空気になっている。
「沙希はいいの」
「ええ、私は疲れているので軽く流す程度にしておきますわ。それに、あの二人も育てる必要がありますのよ」
あの二人というのは手下のことだろう。
すでに二ノ宮だけでも護衛の二人すらレベルがあがるような階層に行けるようになったらしい。
夏休みに神宮寺とやっていたくらいだし、中級クラスを開放していればゲームヒロインでなくともそのくらいはいけるのだろう。
そこでロン毛とモヒカンを引き連れた速水が教室に入って来た。
それだけで教室内の空気がピリついたのがわかるほど緊張が走る。
そして、一緒にやってきた葉山は俺のところにやってきて言った。
「君ってクラスで一番強いんだってね。結構やるじゃん。全然そんなふうには見えなかったのにね。ま、こんなクラスで一番でも誇れないけどさ」
俺があっちに行けという仕草をすると、葉山はほほを膨らませた。
「ヒーラーだと思って舐めてるのかな。レベル差は侮れないものがあるんだよ」
「そんな奴にかまってなんになるんだよ。物好きだな。おっ、めっちゃ美人!」
葉山に釣られて速水までこちらにやってきてしまった。
こいつらが絡むべきは一条だというのに、俺がシナリオを変に動かしてしまったからこんなことになってしまっている。
「今度、一緒にダンジョンに行きませんか」
速水は花ケ崎を前にしてかしこまった態度をとり、そんなことを言った。
さっそく花ケ崎を口説けるあたり、肝が据わっている。
「結構よ。私にはパーティーがあるの」
花ケ崎はつれない態度だが、速水の方は食い下がった。
「そのパーティーが一緒でもいい。俺がレベルをあげてやるよ」
「そんなことができるとは思えないけど」
まあそれはそうなのだが、それを断る口実にしては速水も納得できないだろう。
速水はちょっと落ち込んだ様子で、自分の席に帰っていった。
「せっかくのチャンスなのにもったいないね。こんなこと二度とないわよ」
と葉山が花ケ崎に向かって言った。
「そうかしら」
花ケ崎の無表情は、どうやら人見知りの現れらしいと俺は気が付いた。
ちょっと強張ったような迫力のある無表情を顔に張り付けている。
長い付き合いになってきたので、だんだんと花ケ崎の人となりもわかるようになってきた。
「君もその女に夢中なんだってね。貴族なんかと付き合ってもいいことないよ。そんなの常識じゃない。悪いことは言わないからやめておきなよ」
「そこまで夢中じゃない」
なぜか俺は花ケ崎の家来になったことになっているので、二ノ宮の前でははっきり否定することもできない。
それにしても、この女はどうして俺のことをかまってくるのだろうか。
こいつがいじらなければならないのは、今にもダークサイドに落ちそうな一条のはずである。
本来のシナリオがどうなっているのかは知りようもないが、そもそもゲーム時代は今の時点で主人公が20層台を攻略していないことの方が少ないものと思われた。
死んでもやり直しがきくゲームでは、そもそもそんなところで足踏みする理由がない。
女子に囲まれているというのに、一条はまたストレスと鬱憤を溜め込んだような浮かない顔つきで自分の考えに沈んでいるようである。
自分では頑張って夏休みの間に13層まで行ったつもりでいたのに、俺に負けて、さらには士官学校生から次元の違う現実を突きつけられたのだ。
「ちょっと、高杉。話があるわ」
昼休みに入ったところで声をかけてきたのは瑠璃川だった。
また辛いだの死ぬだのといった苦情かと思ったら、そうではないようである。
「なんで、そんな深刻そうな顔なんだよ」
「一条たちのパーティーから抜けることにしたわ」
それは俺としても困った話である。
実力もあるし、なによりBLシナリオに入るのを防ぐ意味で瑠璃川は重要なのだ。
「なにがあったのか話してみろ」
「そんなのわかるでしょ。私はローグ系だから、どうしても魔法で命の危険があるのよ」
20層台なんてまだまだ低層の範囲だから、ゲームのヒロインならそこまでではないはずである。
それでも命がかかっているとなれば、ミス一つで死んでしまってもおかしくない場所なのだ。
瑠璃川の表情から、本当についていけないと感じているようだった。
「今、魔法ダメージ軽減付きのリングが流行ってるだろ。あれを使えばいいんじゃないか。モグラッ……じゃなくて、なんだったっけか。とにかく流行ってるやつだ」
「そんなもの気休めだわ。一撃でHPが半分以上も減るのよ。いったいアンタはどうやって、あれ以上の階層に行っているのよ。いえ、それを聞くのはマナー違反ね。でもとてもじゃないけど、これ以上一条たちに付いていけば命にかかわるわ。悔しいけど、自分の限界を感じたということね」
短期間のうちに急激に階層を移動すれば、危険を感じるのも無理はない。
それでも音をあげてもらうにはまだ早すぎる。
「そんなもんが限界のわけないだろ」
俺はそう言ってみたが、瑠璃川は静かに首を振った。
どうやら本気のようである。
しかしその程度の階層で瑠璃川に脱落されては、俺の予定が狂ってしまう。
問題を先延ばししているだけかもしれないが、一条にはもう少し先まで攻略を進めてもらいたいと考えていた。
とはいえ無理をさせて死なれたりしても嫌だから困ったものだ。
攻略本には、どうしてもキャラクターロストを避けたい場合は、魔法パーティーで30層台まで攻略して、魔法耐性のあがる装備を先に手に入れるべしとあった。
しかしそれはノーコンティニュー縛りとかの特殊な場合でしかやらない遊び方だ。
普通はキャラクターロストになったらセーブからやり直すだけである。
俺はさんざん迷ったあげく、アイテムボックスからリングと指輪を取り出した。
アンチカーズの指輪(S)
魔法ダメージ軽減10%
すべての呪いを無効化する。
マジックプロテクションリング(S)
HP+500 魔法ダメージ軽減30% 魔法回避率+5% ダメージ軽減+21
魔法耐性の裏スキルが育っているなら必要になることはない。
魔法回避によって、このリングがあれば魔法耐性の裏スキルを上げることができる。
パーティーメンバーを入れ替えたりしたときに、新しいキャラに装備させよう。
HPも伸びるし、裏スキルの魔法耐性も上げられる、それだけでもかなり安全になるはずだ。
しかしいくらなんでも狂った性能をしていて、はいよと渡して問題にならない方がおかしい。
しかも、どちらもまだ日本で発見されたことのないSレアというのもまずい。
となれば嘘で誤魔化すしかなかった。
「……花ケ崎財閥が極秘で開発したアレを使えばなんとかなるかもな」
「なんの話よ」
「いや、あいつの実家が凄いリングを開発したんだよ。それを使えば行けるんじゃないかと思ってさ。だけど極秘すぎてお前には見せることもできないんだ」
そんな俺のみえすいた誘い水に、瑠璃川はダボハゼの如く食いついてきた。
「あら、そんなにいいものがあるなら寄こしなさいよ。私は誰にもしゃべったりしないわ」
「ちょっと魔法ダメージを軽減できるだけなんだけどな。使い方に気を付けてくれよ。鑑定に出したりしたら効果が無くなるんだ」
「あら、とたんに胡散臭くなってきたわね」
「ダンジョンで出たわけじゃないから、たぶん魔法的な何かでだめになるんだと思うんだ」
「へえ。でも、どんなリングかもわからずに使うのは怖いわね。もしなんの効果も無かったら大変な事になるわ」
「効果がないことはないから安心しろ。そこら辺のリングより強いぜ」
「そんなものを使ってレベル上げしていたのね。さすが花ケ崎財閥だわ。で、それを貸してくれるわけ」
少しだけ躊躇したが、今の俺に害をなせる奴などいないのだから、秘密がバレたらその時はその時だと割り切るしかない。
今までだって危ない橋は渡ってきた。
「もし誰かに取られたりバレたりしたら、俺もお前も消されるからな」
そう言って、俺はリングと指輪を渡した。
「簡易鑑定もダメなのかしら」
「いや、そのくらいなら大丈夫だ」
「アンチカーズにマジックプロテクションね。でも、Sって出たわよ。何の略なのかしらね」
「馬鹿だな。シークレットに決まってるだろ」
こいつにはあんまり適当な嘘が通用しそうにないから、あとあと面倒なことになるかもしれない。
それでもこのくらい渡しておかないと、本当に死にかねないからな。
「ふーん、よくできてるじゃない。ダンジョンで出るのと見た目はそう変わらないわよ」
瑠璃川はありがとう助かるわとか言いながら、さっそくその二つを装備していた。
こいつは思った以上に肝が据わっていて頼りになる。