第六十話 一条の試練
「それで高杉は、どうやってレベル上げをしたのさ。久しぶりに玲華ちゃんの本気を見たけど、成長の仕方が尋常じゃないよね」
「それは私の才能というものではないかしら」
多少ひきつった顔で、花ヶ崎はそのように言い訳した。
「だそうだぜ」
「そんなわけないじゃん。立ち回りは6層くらいでやってる女子と変わらないよ。すぐにヘイトを取っちゃうから、やりにくいなんてもんじゃないね。前衛が蒼ちゃんじゃなかったら、コロッと死んでたかもしれないよ」
いくら紙装甲のメイジとはいえ、そのくらいの階層では大したダメージを受けない。
花ケ崎のHPでも十分に余裕があるはずだ。
「それはヘイトが取れない前衛のせいではありませんの」
パーティー通いで寝不足そうな顔の二ノ宮が言った。
彼女はもう婚約者も決まっているので、今のうちに遊びつくしておくことしか考えていない。
それでも実家の金で聖騎士の情報まで買ってクラスチェンジしたそうだ。
ヒーラーが無くてもやれて、ヘイトも取りやすいという、攻略本にもかなりの強クラスと書かれていた万能タンクである。
「初期魔法なのに、なぜかヘイトが剥がれるんだよね。それで玲華ちゃんが逃げ回るから、追いかける方は大変だよ。そのくせ見たこともないような魔法を使ったと思ったら、敵なんか跡形も残らないからね」
「そりゃひどい」
本当にひどい。
プレイヤースキルなんてあったもんじゃないし、敵の強さもわかっていない。
しかも秘密にしなければならないような魔法まで簡単に使ってしまっている。
なにも言えなくなって黙り込み、人を睨むくらいのことしかできなくなった花ケ崎は、俺と神宮寺に殺気を向けていた。
そんなことをしていたら、さっそく教室内で揉め事が起こり始めた。
揉めているのは貴族組の狭間と、北海道からやってきた速水である。
「どうして俺がお前なんぞに、そんな舐めた口を利かれなきゃならないんだ。レベルが低いなら低いなりに、もっと大人しくしていたらどうなんだ」
「貴様ッ! 俺にそんな口をきいて、ただで済むと思っているのか!」
「へえ、じゃあどうするってんだ。俺はお前の家来なんて怖くねーからな。カスしかいねえこんな学園の生徒ごときに、でかい態度をとられるいわれはねえんだよ」
狭間の実家が抱えている戦力も、いくら五男とはいえ、それは彼の実力と言ってもいい。
それはこの学園でも誰もが認めるところだろうし、だからこそ傭兵崩れのような連中を多数抱えている貴族連中は威張り散らしているのだ。
だが、23層を攻略している速水にとっては話が変わってくる。
そこまでいけば、そこいらの貴族が抱えている程度の戦力に後れを取ることはない。
「聞き捨てならないこと言うね。レベルが高いだけで、そんな暴言も許されると思っているのかい」
よせばいいのに、さっそく狭間を庇って一条が話に割り込んでいる。
「まあまあ、そんなに熱くならなくてもいいじゃないか」
さすがの風間も、今回ばかりは一条の方を止めようとしていた。
だが狭間も速水も頭に血が上っているので、ことが穏便に済みそうにない。
「探索者にとって自分より下の奴なんて、すべてカスみたいなもんなんだよ。お前らのような下っ端は、黙って上の奴に従ってりゃいいんだ」
「今現在の攻略階層なんかに、そこまでの意味があるとは思えないね。みんな目標を掲げて頑張っているんだ。俺たちだって、いつかはそこまでたどり着くさ」
実際にそうなることを知っている俺には、一条の言葉も単なる負け惜しみには聞こえない。
しかし速水にとってはそうではなかったらしい。
いきなり一歩踏み込んだかと思うと、掌底によって一条は教室の壁に叩きつけられた。
片手で軽く押されただけだというのに、一条はまるで藁人形のように吹き飛ばされた。
「ゴタク並べてんじゃねえよ。強くなりてーなら、つまんねぇこと言ってないで、一層でも深く潜ればいいだけじゃねえか。たったそれだけの事ができないなら、俺の目につかないところで大人しくしてろや。この俺が東京で唯一従うとしたら六文銭だけだ。ほかのカスどもの屁理屈になんて興味もねえんだよ」
速水は吐き捨てるように言った。
こんな奴が、老人会の茶飲みサークルみたいになった六文銭を尊敬しているというのが、ちょっとだけ面白い。
もはや数か月前の気迫が嘘のように、今では狩場に来ることすらなくなったというのに。
「まあ、そうなるよね。弱いんだから、私らにかまうのはやめときなよ」
と葉山が、冷たい目で見下ろすようにして言った。
いつか俺が言われていたようなことを、今度は一条が言われている。
俺は重要なシナリオ部分だからと、なるべく邪魔しないように気配を消していた。
教室内は異様なほど静まりかえっている。
どうやら完全に攻略本の範囲から出てしまったわけでもないようである。
しかし現実となった世界で一条がシナリオのペースで攻略を続けていけば、いつかは事故が起こるんじゃないかとも思えた。
「またカスと言ったな」
「まだ言うわけ。いいかげんうざいよ、その態度。なんなの」
葉山にそう言われて、一条は何も言い返せなくなる。
興味を失ったのか、速水は自分の席に戻った。
たぶん軍は、手段を問わずに速水のような次世代型の軍人を育てているのだろう。
その次世代型軍人に、いつか39層を攻略させようという考えなのだ。
桜華学園は職業探索者を輩出しているだけの学校だから、そこまでの目的意識を持って探索者を育てているわけではない。
そもそもの環境が違いすぎるのだが、一条はさらに恵まれた環境にいるということを本人がわかっていないのだからどうにもならない。
昼休みになって、食堂で昼ご飯を食べていたら、葉山が俺の所にやってきた。
「君は他の人と雰囲気が違うよね」
急にそんなことを言われても、どう答えたらいいのかわからない。
だが、聞いてみたいことは山ほどあった。
「そうかもな」
「もうちょっと愛想よくしてみたらいいのに。強くなる秘密を私から聞き出せるかもしれないよ」
「23層はHP減少のデバフが厄介だと聞いたことがある。しかも敵の攻撃力が高いそうじゃないか。それも魔法の範囲攻撃だって話だ。いったいどうやって、そんな階層を攻略したんだ」
「へえ、ずいぶん詳しく調べてるじゃない。そこまで知っているなら大したものだね。けど、それに関しては教えられないかな。ヒントだけ教えてあげると、3種類の敵のうち1種類の敵としか戦わないんだよね」
それはヒントを出し過ぎというものだ。
つまり軍は、攻略本に書かれていた隔離という方法を用いているらしい。
デバフ持ちの敵だけを忍者などで離れた場所に連れて行き、テレポートリングなりなんなりで帰還してしまうという方法だ。
敵はその場に生き続けるので、隔離されたやつらを倒さなければ元いた場所からはいなくなるというシステムの隙をついたやり方である。
完成してしまえば目的の敵だけが湧き続ける狩場を作ることができる。
しかし、その環境を作るには何度も死ぬことになるから、あまり効率的な方法ではないとも攻略本には書かれていた。
つまり軍はそれだけの犠牲を払って、そんな環境を作ったということになる。
その話を聞いたら、俺はなんだか怖くなってきた。
今まではゲームの中にいるような気分でいたが、この世界には人の命を犠牲にしてまで強い探索者を作り出そうとしている奴らがいるらしい。
「ほかに聞きたいことはないかな」
「特にない」
俺の気を引きたいのかなんなのか知らないが、ちょっと葉山は喋り過ぎである。
しかし本人はそのことに気が付いていない。
どこかの国では、そんなことをやっている国もあるかもしれないななんて気楽に考えていたが、まさかこの日本でそんなことまでやっている奴らがいるとは思いもしなかった。
放課後になって生徒会室に行ったら、今度は二階堂と伊集院が深刻な顔を突き合わせていた。
「では23層まで行っているという確証はありませんのね」
「だが教師たちの話じゃ実力は確かなようだ。こっちでも探らせてみるが、軍が対象となると、さすがにうちの連中でも相手が悪い。危険すぎて父の許可が下りないだろう。それよりノワールには23層より上に行ける奴らがいるんじゃないのか」
「わかりませんけれど、たぶん力は借りられないと思いますわ。かなりの人員を割いて、なんとか安定させようとしているところですもの」
「まあ、それはそうか」
二人は部屋に入ってきた俺に気付きもしない。
そこで仕方なく俺は言った。
「今日は実戦訓練をやるんじゃなかったのか。話し合いで忙しいなら帰らせてもらうぞ」
「貴方から見て、士官生の実力はどう見えまして」
「23層でやってるってのは本当だろうな。追いつく気があるなら真似をするしかない」
そのあとで竜崎がやって来て、伊集院桜がリーダーを務める団体戦のメンツまで全員が集まったところで闘技場に移動した。
団体戦の方のメンバーは、3年の伊集院桜と千歳を含む五人だった。
そのうちの二人は補欠である。
まずは二階堂と二階堂の手下2人で、団体戦チームとの模擬戦が始まった。
レベルは二階堂の手下が高いようだが、それでも一人が落とされてしまえば、伊集院桜のチームが勝つことさえあった。
人数で不利になってしまえば、そこからの逆転は不可能なようである。
つまり集中砲火によって、とにかく一人を落としてしまうのが最善らしい。
ヒーラーがいれば当然ながら真っ先に狙う。
つまりモンスターと同じ戦い方をするしかないらしい。
しかし三人で一人を落とすのさえ、レベル差が開いてしまえば簡単なことではない。
どちらにしろ、このままでは士官学校生たちに勝てないだろう。
向こうはたとえ一人であっても、この五人を倒せるくらいにはレベル差がある。
それにしても忍者にクラスチェンジしているらしい千歳は、短いスカートの下から黒い下着のようなものが見えてしまっているので目の毒だった。
戦いが終わったところで、俺は闘技場の設定パネルに近寄って、戦闘のログを取っていないかを調べた。
次の戦いのために操作しにきた千歳にも聞いてみる。
「これはダメージとか、そういったバトルログは出ないのか」
「出ないわよ。そんなものが設置されていたら誰もここで戦わなくなるわ。これはフィールド内でアイテムを使えるかとか、パーティーの人数を設定するだけね」
どうやら、わかるやつが見ていなければ思いきり戦えるようである。
研究所の職員がやってくるとは思えないが、士官学校生の付き添いでやってきた軍人が、学園をうろついているので注意は必要だろう。
そのあとで俺は竜崎とやることになったのだが、どんなに魔法やらなんやらを使って手加減してみても、武器で攻撃してしまえば一撃で倒してしまうことになった。
「おいおい、ずいぶんやるじゃないか。今年の1年は、やたらと騒がれるだけのことはある」
そんなことを言っている二階堂が次の相手だ。
あたり前だが、やはり二階堂もなんの手応えもない。
俺の魔法は大して効いていないようだが、やはり刀で切れば一撃だ。
シナリオに絡まない奴には強いとはいっても、やはり、やりすぎなくらいの実力を見せてしまうことになった。
「クッ、信じられん。いったいどんな裏技を使ってやがる。俺の魔法が効いてないのか」
精神のステータスはそれほど育ててないが、圧倒的なレベル差のもとでは、どうしてもHPの量がものを言う。
HPが倍になっただけで、ダメージが半分になったようなものなのだ。
「し、信じられませんわね。副会長はこの学園で一番レベルが高いはずなんですのよ」
「私にやらせてもらえないかしら。火力と防御にすべてを注いでいるなら、私のスピードで対抗できるはずだわ」
そう言ったのはグラマラスな黒パンツこと、千歳である。
正直やりたくなかったが、ちょっと面白そうだなとは思ってしまった。
敏捷性の高い相手とやるのは、斎藤に苦戦していた剣術の授業以来のことである。
「やりたいなら闘技場にあがってくれ」
「言っておくけど、私に追いつけると思わないでよね」
「そんなことより、もっとまともな恰好をして欲しいね」
「これは相手を惑わす作戦だわ。そんなことに気を取られているようじゃ足元をすくわれるわよ」
試合開始の合図とともに、俺は全力で千歳に向かって踏み込んだ。
瞬身の覇紋は使ってないとは言え、かなりのスピードが出ているはずなのに、それでもまだ千歳の方が早い。
千歳は逃げながらダイスのスキルを使って、倍率のついた手裏剣を投げてくる。
手裏剣を生み出すスキルであって投げるスキルではないから、そんな攻撃スキルでもないようなものを食らうような俺ではない。
それでも追いつけないというのは、戦いにおいてかなり嫌な状況だった。
だからトニー師匠は、瞬身の覇紋をビルドに組み入れていたのだろう。
逃げながら手裏剣を投げているだけだというのに、こちらの攻撃を当てる方法がない。
しかし、ダイスのスキルを使っていれば当然ながら1の目が出る。
「うっ」
と、千歳がダイスの目を見てうろたえ、それで場外に飛ばされてしまった。
戦った感じだと瞬身の覇紋を使えば簡単に追いつけるが、同じようなレベルだったらわからない。
それでも忍者の遠距離攻撃など、近接職にとって脅威にならないようだ。
「そんな奇策が通用すれば苦労はないな」
二階堂は千歳の戦い方をそう評した。
「本当に今年の1年は豊作ですのね。でしたら団体戦のメンバーにしてもいいですわよ。それで勝てるようになるのでしたらですけど」
「いや、個人戦でいい」
俺はある秘策を思いついていたので、団体戦は望んでいない。