第五十九話 北海道組
二階堂がフローズンミストの魔法を使うと、水を吸ったサンドゴーレムは自重で動けなくなった。
こうなってしまえば、このゴーレムは自重によって勝手にダメージまで受けるようになる。
攻略本で14層が推奨されていたのは、このゴーレムが水属性攻撃に対して極端に弱いからである。
二階堂は純メイジであるようだった。
ノーマル品の打ち刀を使えば、さすがに俺でも物理攻撃一発でゴーレムを倒すことはできないため、竜崎よりも少し攻撃力が高い程度の活躍で抑えられている。
さすがに竜崎は俺の使ってる刀がノーマル品だと気が付いているらしく、力の差に打ちひしがれているような顔をしていた。
二階堂は何も気が付かずに、いい武器だななんてことを言っていた。
回復役のプリーストを二階堂が連れてきていたが、竜崎でさえ動きの鈍くなったゴーレムの攻撃を受ける程ではないから、今のところは出番もない。
パーティーに入れない回復役だから、いわゆるヒール奴隷という奴だ。
「でかい口を叩くだけのことはある。これなら対校戦も安泰だろう」
馬鹿馬鹿しい話だが、これも付き合いと数日はそのレベル上げに付き合った。
よほど対校戦で勝ちたいのか、二階堂は手ごたえを感じて熱が入っている。
一日に数時間は、この三人で14層を回るという日が続いた。
しばらくは機嫌をよくしていた二階堂だったが、数日して神宮寺、音無、花ケ崎の三人が狩場に入ってきたら、顔を真っ赤にして縄張りを荒らされたカバみたいに怒りだした。
あれから数日が経っているというのに、花ケ崎はまだ神宮寺たちとやっているようだ。
音無が強すぎるのか花ケ崎が遠慮なくやってるのか知らないが、たった数日でここまで階層をさげてきたらしい。
「よりによって一年がこんな場所にまで来るとは何事だ」
プライドの高い二階堂は、顔がどす黒くなるほど血圧をあげながら言っている。
今年の一年が優秀だとは聞いていても、実際に見せられると癪に障るものがあるのだろう。
二階堂だってかなり無理なパワーレベリングでここまでやってきたはずだから、プライドが傷つけられたとしても無理はない。
「あの花ケ崎って、あなたが贔屓にしてる娘だったわよね。どのくらいの強いのよ」
竜崎がささやくようにして聞いてくる。
「あんたらの規準だと、まあ魔王みたいに強いだろうな」
俺はそんなふうに答えた。
というか二階堂を止めないと、喧嘩っ早い神宮寺と揉めだすのは時間の問題である。
向こうもこちらに気付いて、何やら話をしている。
二階堂がふり向いて、小声で話していた俺に向かって言った。
「おい、追い返してこい。お前が一年の代表なんだ。しっかり躾けて来るんだぞ」
無茶を言う。
ソロでやれる実力は見せていないのだから、一人でパーティーを追い払ってこいなんて、それは要求がすぎるというものだ。
とはいえ、波風を起こしたくなくてこんなことに付き合っているのだからと、なんだか板挟みになって苦しむ中間管理職の気分で俺は三人のところに向かった。
「アイツが目障りだから帰れってさ。今日は他でやってくれないか」
「この私に剣を向けるというのね」
と花ケ崎が言った。
「そうじゃなくて、俺の顔を立てて他に行ってくれと言ってるんだ。15でも16でも、ここ以外の好きな階層に行けばいいだろ」
「こういう場合は戦いになるのよね。相手が良くないわ。避けるべきね」
俺のレベルを知っている音無はそんなことを言っている。
どいつもこいつも、厄介なのにもほどがある。
それにしても音無は、レベルを上げ始めてまだ一週間と経っていないはずだ。
「ずいぶんなスピードでレベルを上げたんだな」
「すごい才能なんだよ。たった一週間でここまで来れるようになったんだからね。きっと天才だよ。だからこそ、安全にレベル上げをしてあげたいんだよね」
いくらフルスペックと言っても、ここまでレベル上げが早いのはただ事ではない。
DLCを売るためにかなり無茶な調整が入っているのだろう。
「15層だって安全だよ」
俺がそう言ったら、意外なことに神宮寺は争う姿勢を見せずに、行きましょうと言って立ち去ってくれた。
無駄な争いは避けられたので、俺としても一安心である。
それからも14層は社会人の多い階層だからなのか縄張り争いも穏やかで、平穏に数日が過ぎた。
そんなことをしていたら、北海道のダンジョンにある士官学校から、選抜組が学園にやってきた。
「桜華学園にようこそおいでくださいました」
生徒会長である伊集院の甲高い声が朝の空気を震わせる。
北海道の士官学校生だけが、ほかの高校よりも一週間ほど早く桜華学園にやってくることになったのだ。
本格的な軍の援助を受けているから、士官学校とは言っても、実質的には軍の選抜育成部隊のようなものである。
「うっわ、なまら都会じゃねーか。すげー設備だぜ」
「あんまりはしゃぐなや。恥ずかしいべや」
士官学校生がバスから降りてきて、最初に見せた反応がそれである。
その反応を見た二階堂が、山猿どもがなんてことを呟いている。
なぜか俺は生徒会のメンツと一緒に、朝っぱらから出迎えなんぞに引っ張り出されていた。
「こっちだ。ついて来い」
そう言った横柄すぎる二階堂の言葉に、士官学校生たちは動こうともしない。
「なんなの。ずいぶんな上から目線なんですけど。気分が悪いわ」
山猿発言を聞かれていたのか、士官学校生のひとり、背の低い女生徒がそんなことを言い出す。
「たしかに葉山の言う通りだ。俺らには俺らのルールがある。貴族だかなんだか知らねーが、自分より攻略階層の低い奴らに偉そうにされんのは耐えられねえ。いくらダンジョンの外であってもな。仕官生はそういうルールでやってるからよ。ちなみに俺の攻略階層は23層だぜ」
「なっ!」
その言葉を聞いた途端、二階堂と伊集院はそろって言葉を詰まらせた。
俺はご自慢の攻略階層を公開するまでがずいぶん早いんだなとなかば感心しながら、その茶番に付き合っている。
本来なら、主人公はこいつらに対抗するため、20層台に足を踏み入れなければならなくなるのだ。
だからそういう事を積極的にアピールしてくるのだろう。
「はあ。なんだか、その驚き方だと東京組には期待できそうにないね」
葉山と呼ばれた女が、二階堂たちの反応を見て意地の悪い笑みを浮かべる。
「俺の攻略階層は48層だ。挨拶は済んだようだし、さっさと荷物をまとめたらついて来い」
二階堂の代わりに俺がそう言ってやったら、葉山と呼ばれていた女は驚いたような顔を見せる。
付き合ってられないので、俺はついて来ないなら置いてくつもりで歩き始めた。
「へえ、なかなかユーモアのわかる人もいるじゃん。それじゃみんな、行こうか」
その葉山の言葉で、やっとほかの奴らもバスから荷物を下ろし始めた。
「に、23層って、本気で言ってるのかしら」
「わからん。しかし、むこうは軍がついて探索をやらせているらしいからな。あり得ないとも言い切れんぞ。とんでもないことになったな」
俺のそばに寄ってきた二人が、声をひそめてそんなことを話し始める。
彼らは嘘など言っていないし、そのうち26層辺りまで攻略階層を進めることになる。
「それにしても、本当に気後れしないんですのね」
あらたまった感じで伊集院が俺のことをまじまじと見上げた。
「俺も、ようやくお前の冗談の笑いどころがわかって来た」
失態を救ったお礼のつもりなのか、二階堂もそんなことを言う。
俺は朝早くから駐車場で揉めるのが、ただただ馬鹿らしく思えただけである。
俺と二階堂は、黙って貸し出し予定だった男子寮の部屋に7人ばかりを案内した。
「この階層の部屋なら、どこを使ってくれても構わない。安い部屋になるが、空きが他にないのだ。わからないことは執事にでも聞いてくれ」
そこそこグレードの高い有料の部屋を、フロア丸ごと貸し出してしまうらしい。
段ボールの隅っこみたいな俺の部屋とは違って、きちんとベッドメイクまでされた一室は、まるでホテルかと見まごうほどに設備が調っている。
しかも、このくらいのグレードの部屋になると掃除などをやってくれる人までついていた。
見られたくないものが沢山あった俺は、そのせいで高い部屋に移れないでいたのだ。
まあ、貴族どもがうようよしている階層になんて俺は住みたくもないけどな。
それでも自分で魔石を足さないとすぐにうすぼんやりとしか発光しなくなる照明しかない俺の部屋と違って、神々しいほどに輝いている照明だけはうらやましい。
「うっひょー、なまらすげえ。コーヒーマシンまでついてるぜ」
「東京じゃそのくらい普通だよ。時間がないんだ。さっさと登校の準備をしてくれないか」
俺がそう言ったら、設備をいじくりまわしていた奴らも荷物を漁り始めた。
服などは擦り切れたものを着ているのに、装備だけはアイテムボックスにも入りきらないほどの予備を持ってきている。
士官学校らしく、民間では販売されてすらいない軍用の装備が混じっていた。
俺がDクラスの教室に案内することになったのは葉山と、二階堂に喧嘩を売っていた背の高い男である。
二人とも気後れした様子もなく、堂々とした様子で廊下を歩いていた。
「君は面白いから好きだよ。でも48層はないかな。冗談にしても次からは38層までにしておきなよ。ま、君がそんなところに近寄ったら、まばたきする間に死んじゃうだろうけどね」
「だろうな。アンタは仲間から一目置かれているようだったのに、1年なんだな。てっきり3年かと思った」
「そりゃ、ヒーラーだからね。私に嫌われたら見殺しにされちゃうもん」
「おい、そりゃ言いすぎだぞ」
「なんて冗談は置いておいて、私たちは軍人だからね。メディックってのは兵隊の花形なんだよ。だからかな。まあ階級の違いみたいなもんだよ」
「まだ軍には所属していないだろ。葉山、お前はいいかげんすぎるぞ」
そして、この速水という男が、自己紹介で攻略階層を23層だと言い放ち、それに続いて葉山も同じように自己紹介したから、教室内がざわついた。
それまでは小さくなって過ごしていたロン毛やモヒカンなどが、休み時間になった途端に速水に取り入ろうとしていた。