第五十八話 生徒会
「棄権なんて認められませんわ。これは桜華学園を代表する名誉ある立場なのよ」
やたら豪勢な感じの生徒会室で、伊集院桜からそんな説教じみた言葉を聞かされる。
出たくないと言ってみたら、やはり認められないと言って突っぱねてきた。
駄目だと言われても、こちらとしては簡単に引き下がるわけにもいかない。
俺が戦えば、軍の機密情報どころか、軍すら知らない情報を持っていることがバレる心配がある。
「一条を出せばいいだろ」
「貴方は少し思いあがっているようね。ノワールから勧誘を受けた話は私も知っていますわ。けれど、あの時は対人で気後れしない生徒なら誰でもよかっただけですのよ。今では失態だったと、お母様も反省していますわ。もし、貴方のような者が有名ギルドに入りたいのなら、それはもう対抗戦で好成績を残すしかないんですのよ。もしそれができたなら、私が口利きをしてあげてもよろしくてよ」
20層台の攻略ができるようになって、ギルドの方針が変わったのだろう。
夏休み前は、たしかに解散寸前まで追い込まれていた。
それは今でもあまり変わりなく、かなり力をそがれてしまったのは事実である。
「俺はノワールになんて入りたくない」
「あまり口が過ぎると、ただでは置きませんことよ。これは名誉ある立場なのです。私たちが認めなければ、本来は参加すらできませんわ。特別に参加させてあげましょうと言ってあげているのです。立場をわきまえなさい!」
白銀に光る刃が、いきなり俺の首元につきつけられた。
教室まで俺を勧誘に来たグラマラスなお姉さんが、まあまあとか言いながら伊集院をなだめてくれている。
どうしたものだろうか。
これ以上貴族に逆らうのは、いらぬ争いを引き起こすことになりそうだ。
どうしたもんかと頭を悩ませていたら生徒会室のドアが荒々しく開いて、一人の男が入ってきた。
そいつはさっき、俺がここに来る途中で斬り飛ばした男である。
とりあえず生きていたことに俺は胸をなでおろす。
「ふざけやがって!」
「あら、副会長。どうなさったの。ずいぶん荒れているのね」
それで気がそれたのか、伊集院は腰に剣を収めながら言った。
そしたら男は、ふざけた一年に喧嘩を売られたというようなことを俺の前で喚きはじめた。
その喧嘩の相手が俺であることには気が付いていない。
貴族なんてものは庶民を人間とも思ってないから、きっと顔になど興味もないのだ。
「あの野郎、絶対に許さんからな」
「あらあら、それは災難でしたわね」
「でも、副会長を倒せるほどの生徒が、この学園にいたかしら」
グラマラスが余計なことを言う。
彼女のはち切れそうなほど押し上げられたブラウスの胸には、千歳と刺繍がされていた。
スカーフの色から彼女は二年であることがわかる。
「不意を突かれただけだ。クソッ! 思い出しただけでも腹が立つ」
「まあ、そうなのでしょうね。怪我などされなくてよかったですわ」
「それで、そいつはなんだ」
副会長だという男は、うさん臭いものを見るような目で俺の方を見て言った。
やはり俺の顔など見ようともしていない。
「対抗戦に出る一年ですわ。なんでもトーナメント戦で優勝したらしいんですのよ。あの織田家の長男を抑えて優勝したそうですわ」
伊集院の言っている織田家の長男とは、あの魔眼使いの事である。
しかし、直接戦ったわけじゃないし、あいつは一条にやられたのだ。
「ほう、それは面白いな。だが、まぐれということもある。実力を見てみなければわからないな。お前は近接職か」
そう言って、男は初めて俺の顔をまともに見た。
「そうだ。だけど辞退するって話をしたところだよ」
「はははっ、このメンツに気後れしないとは面白い。なかなかの胆力だ。それとも実力の差を理解することもできないほど、知恵の回らない愚鈍か」
「わかってないのは、アンタらの方かもな」
「それはない。お前にどんな力があろうとも、それをねじ伏せるだけの力が我々にはある」
「家来を呼ぶ以外に何ができるんだよ」
俺はちょっと気になって、そう聞いてみた。
こいつの口ぶりだと、それ以上のことができるみたいだったからだ。
「会長はギルドノワールのマスターの娘で、副会長の家はレンジャーズのスポンサーよ。もう少し口の利き方に気を付けなさい。クラスでちょっと持ち上げられたからって、この学園で浮かれていたら貴方なんて命がないのよ」
と千歳が言った。
レンジャーズはダンジョンの攻略や戦闘の力よりも、情報収集の能力に特化した探索者だけを集めた特殊ギルドだ。
政界や軍とのコネもあるだろうが、規模としては中堅ギルドでしかない。
その役割から女性の多いギルドである。
「そりゃ怖いね」
これ以上話を聞くのも面倒になったので、俺はそう言った。
そしたら場の空気が少しだけ緩んだ。
「なんだ。ずいぶんと余裕のある態度だから、まさか真田にコネでもあるのかと思ったが、やはりただの愚鈍だったらしいな。しかし、このくらいの方が対抗戦でも役に立つだろう。俺が直々に鍛えてやってもいい」
「その話は、もう一人の候補者が来てからにしましょう。それにレベルをひとつふたつ上げるより、実戦訓練をした方が良いのではないかしら」
「うむ、たしかにそれも一理ある」
二人がなにやら相談を始めてしまったので、俺は高級そうなソファに腰かけた。
革張りでつるつるしていて、本当に高そうだ。
こんなものを買う金はどこから出ているのだろう。
もしかしたら、こいつらの私物なのかもしれない。
「遅れました。すみません」
そんなことを考えていたら、竜崎が生徒会室のドアを開けて入ってきた。
対抗戦に出る二年代表は彼女であるらしい。
本来は違う奴が選ばれるはずだったので、ここでもまた攻略本と食い違いがある。
どうも噂やらなんやらで適当に選んで、ろくに選抜テストすらしていないようだ。
「やっと来たか。バケモノを飼っているとかいう二年だな。いくら有能なのを雇っていたとしても、本人にそれに見合うだけの実力があるかどうかはわからんがな」
副会長がバケモノと言ったところで、竜崎は俺の方をちらりと見た。
やはり俺のせいで攻略本のストーリーから外れてしまったらしい。
三年の代表は、たしか伊集院ではなかったはずだから、この偉そうな男が代表なのだろうか。
「集まったようですわね。それじゃ、自己紹介を始めてくださいませ」
「一年D組、高杉貴志」
「二年A組、竜崎紫苑です。代表に選ばれ光栄です」
新興貴族だからなのか、竜崎はいつものような横柄な態度ではない。
なにやら、よくわからない力関係がある。
「二階堂天馬だ」
「この三人が個人戦の代表になりますので、そのつもりで願いしますわ。団体戦は私がリーダーを務めます。今期は北海道の士官学校から、かなりの精鋭が来ると聞きおよんでおりますのよ。とはいえ負けることは許されませんわ。もし失態を晒すようなことがあれば、竜崎さんのノワール加入の話も流れる可能性があることをお忘れなきようにね」
「それは承知しています」
また竜崎が俺の方を見た。
言いたいことがあるのはわかるが、いちいちこっちを見ないで欲しい。
「それじゃ、ダンジョンに行くとしよう」
と二階堂が言った。
「この三人で行くのかよ」
「あたりまえだ。誰か、こいつに口の利き方を教えてやる必要があるな」
生徒会室を出ると、二階堂の手下であろう黒服たちが並んでいる。
さっきは見なかった連中だ。
家来なのだろうが、やはり大した奴はいそうにない。
馬鹿馬鹿しいと思いながら、俺は中庭に続く階段を降りた。
「それで、どこまで実力を見せられるのかしら」
二階堂がどこかに行ってしまい二人きりになったので、竜崎がそう聞いてきた。
俺は少し考えてから言った。
「学生として不自然ではないくらいかな」
「それは手加減が難しいわね」
竜崎と待っていたら、遅れてやってきた二階堂はダンジョンの14層に行くと言い出した。
そして貸してやると言いながら、水属性のエンチャントがついた刀を俺に向かって無造作に差し出してくるではないか。
それも完全水属性化である。
「必要ない」
「ふん、いつまでその強がりが続くんだろうな。楽しみだ」
そう言って、二階堂は刀を竜崎に渡す。
ダンジョンの攻略は、やはり資金力がもの言う世界である。
いくら三年とはいえ、高校生くらいの歳で効率のいい14層に通うなんて、資金力に加え情報力もかなりのものがある。
それに、かなり無理なパワーレベリングがなければ到達するはずがない。
「普段は何層でやってるんだ」
「大したことのない階層だよ。48層くらいかな」
「冗談にしてもモノを知らな過ぎる。今現在、解放されているのは39層までだ」
「あなたが言うと冗談に聞こえないわ」
二人がそれぞれの反応を見せる。
竜崎はひきつったような笑いを見せていた。
「ほう、二人は知り合いか。この一年はそんなに実力があるのか」
「ええ、それだけは保証します」
二階堂は楽しみだと言って笑った。