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第五十六話 音無蒼



「足跡がついてしまったじゃない。貴方が責任をもって洗いなさいよ」


「おい、やっとけ」


 俺がそう言ったら、狭間とロン毛は瑠璃川からローブを受け取ろうとする。

 そしたら瑠璃川は、触るんじゃないわよとか言って、また大騒ぎを始めた。


「見ろよ。まるで王様みたいだ」


 俺は後ろに立っていた二人に振り返って言った。


「もの凄く印象が悪いわよ」


「感じ悪いよね」


 花ケ崎と神宮寺が呆れたように言う。

 なぜかわからないが、一条に勝っただけで俺は王様みたいにちやほやされていた。

 あのプライドの高い狭間ですら、素直に俺の言う事を聞こうとしているのだ。

 非常に複雑な心境である。

 これは二学期の悪役である、あの魔眼の男の立ち位置だからだ。


「洗って来い」


 試しに瑠璃川からマントを取って神宮寺に投げつけたら、しぶしぶという感じではあるが、神宮寺はマントを持って、何度も振り返りながらではあるが、水飲み場がある方に歩いて行った。

 これだけ素直に言う事を聞くとなると、そのうち決闘を申し込んでくるだろう。

 まあ、その時は断ればいい。


 これからは他のクラスに遠慮する必要がなくなったから、特にクラスメイトの中で俺と一条の評価はうなぎのぼりだった。

 二ノ宮がメスの顔になっているような気がするが、気のせいであってほしい。


「さすがですね。でも、もう少し謙虚にされていた方が高杉さんらしいと思いますよ」


 西園寺にそう言われたからというわけではないが、調子に乗って王様気分を味わうのはこのくらいにしておこう。

 これで気が大きくなったら、本当に悪役ルートに入ってしまいそうだ。

 俺が観客席でふんぞり返っていたら、新村教諭がやってきた。


「いやあ、まさか高杉がここまで成長しているとはな。上位チームには軍からクラス情報の開示があるそうだ。こんなことは今までなかったことだぞ。名前を呼ばれたものはついて来てくれ。残りは解散だ」


 それを聞いた瑠璃川はキャーキャー飛び上がって喜び、一条もガッツポーズを見せる。

 二ノ宮や伊藤たちもギリギリ入っていたので、派手に叫んで大騒ぎしていた。

 上位から漏れた生徒たちからは、盛大にため息が漏れる。

 そのあとで学園内にある防音室に集められると、さっきの軍の司令官を前にして、クラスの解放情報の開示を持ち掛けられた。


 こんな部屋があったのかと、俺はそっちの方に驚きを隠せない。

 情報を貰うとなれば、機密保持の魔法契約書にサインしなくてはならないが、さすがに断ったら不自然すぎるだろうか。

 開示されるのは、騎士、侍、神官、アークウィザード、レンジャーだった。


「特別に、聖騎士、忍者、狂戦士についても、情報を買う権利を与える」


 司令官らしき男はそう言った。

 提示された値段はどれも高く、とくに忍者だけは買えるような金額ではない。

 それよりもと、俺は真っ先に魔法契約書の内容を確認する。

 しかし、いくら読んでも軍属しろなどという条件はない。


「そんなに熱心に読む必要はない。魔法契約書というのは複雑な条項を指定することはできないのだ。疑心暗鬼にならないで欲しい。こちらは善意で提示しているだけだ」


 機密情報をあつかうから、わざわざ司令クラスが出てきたという事だろうか。

 だとすれば納得のいく理由になる。

 俺を探るためなどではなく、最初から異様にレベルをあげるのが早い一条たちに、研究所がクラスの解放情報を渡したかったという事だろうか。


「この程度の情報なら、俺たちには必要ない。これしかないというのなら帰らせてもらう」


 魔眼使いの男たちが席を立ち、三人が部屋から出て行った。

 俺より目立つ奴がいてくれるというのは有難い。

 俺を探りにきたのではないというのなら、俺たちも退室させてもらおう。


「私たちにも必要ないわね」


 花ケ崎がそう言って席を立ってくれたので、それに合わせて俺も立ちあがった。


「ああ。行こう」


 俺たちの行動を見て、神宮寺が驚いたような顔をしている。

 その神宮寺に向かって花ケ崎が言った。


「綾乃は教えてもらいなさいね」


「う、うん」


 それで俺たちは防音室を出る。

 防音室の外は、風が吹いていてとても涼しかった。


「何も心配することはなかったわね」


「ああ。考えすぎだったな」


 本来ならクラスの解放情報は研究所から買えるのだが、一条が研究所に近寄らなかったために、別のイベントが起こったような感じだった。

 軍も研究所も優秀な探索者を育てたいとは思っているはずなので、レベルを満たしていたら解放条件を教えるのもやぶさかではないのだろう。

 俺はいったい何と戦っていたんだろうと、急に馬鹿らしくなってしまった。


「綾乃との約束があるから、私はここで待つわ」


 ならば俺はと、いつもの40層台へと向かうことにした。




 二学期が始まったら、さっそくイベントが目白押しだった。

 そして俺には、色々な誘いがやってくるようになった。


「生徒会に入る気はないかしら。今の生徒会長はあの伊集院桜よ」


 廊下側の席に座る俺に話しかけてきたのは、上級生らしい色っぽいお姉さんという感じの女性だった。


「興味ない」


「あら、うわさ通りつれないのね。でも貴方には対校戦に出てもらう予定だから、今日の放課後は生徒会室に来てね」


 ウインクまでされて、俺は少しだけ動揺した。

 なんだか色仕掛けをされているような気がしないでもない。

 だって、やたらと胸が大きくて、開いた胸元からそれをわざと見せているのだ。

 そのお姉さんは、あっさりとどこかへ行ってしまった。


「さすがに、もうちょっと愛想よくすべきではないかしら。今の生徒会長は、ギルドノワールの会長の娘ですわよ」


 ずいぶんと俺に対する態度の変わった二ノ宮がそんなことを言ってくる。

 しかし、どうして今さら俺がノワールなんかに愛想をふりまかなきゃならないのだ。


「余計なお世話だよ」


「本当に愛想のない男ですわね。花様以外に興味がないようだわ」


「でも誘われるのが嫌なら私たちの所に入ればいいじゃん」


 今日も俺の机の上に座る神宮寺が言った。


「お前らの所なんて、なんの活動もしてないじゃないかよ。一緒にダンジョンに行ってるところすら見たことないぞ」


「そんなことないよ。最近は一条がみんなのレベル上げを手伝っているからね」


 そんなところに入れば、俺にも手伝えと言ってくるに決まっている。

 一条が設立したギルドには、まだレベル上げがうまくいっていないような一部の生徒しか入っていない。

 夏休み中の練習試合からは、他のクラスの生徒すら入るようになったそうである。

 それも一人では学食にも行けなかったような奴が入っているだけで、ギルド単位で新層の攻略に行くというようなことはとてもできない。


 上位クラスに恨みを抱いていたらしい一条も、あの軍による練習試合のあとからは受け入れられるようになったようだ。

 そして活動費用を狭間の財布に頼らなくとも済むようになって、自分のやりたい活動が本格的にできるようになったのだろう。


 朝のHRが始まると、さっそく転校生が紹介された。

 転校生として紹介された、人工生命体である音無蒼である。

 学園内には研究所が用意した、いらないダンジョン産アイテムを捨てる箱があるのだが、そこに特定のアイテムを捨てると音無の性能が上がるというギミックがある。

 迷ったが、べつにいらないアイテムでもあるから音無はフルスペックにしておいた。


 だから20層台のデバフですら音無には効かなくなっている。

 二ノ宮の隣、花ケ崎の後ろの席が音無の席となった。

 休み時間になったら、神宮寺がいきなり話しかけている。


「こんな時期に転校だなんて珍しいね」


「ええ、そうなの」


「もし、レベル上げが大変なら玲華ちゃんに頼むといいよ。簡単にレベル上げてくれるからね。私でもいいけど、私はちょっと荒っぽいから」


「そう、わかったわ」


「AIみたいな受け答えだな」


 俺がそう言ったら、花ケ崎と神宮寺に睨まれた。


「いいえ、そんなことないわ」


「どうしてそんなことを言うのかしら。おかしなところなんてないわ」


「そうだよ。なにを言い出すのさ」


 あきらかにおかしいと思うのだが、二人はそういう感想ではないらしい。

 攻略本による彼女の説明は、あまり詳しいところまでは決められずに見切り発車されたDLCだそうである。

 どうも、不自然な部分に周りは気付かないという設定があるから、花ケ崎たちにはそれが認識できていないように思える。


「まあいいや。今日は私が面倒を見てあげるよ」


 たいした慧眼である。

 音無と組むことになるのは神宮寺であるようだ。

 フルスペックだと初期状態でもかなりの性能だそうであるから、となれば神宮寺は音無を手放さないと思われる。

 俺は夏休みの間に48層まで探索を終えた。


 最近は、逃げる判断が少しでも遅れていたら死んでいたな、ということを何度か経験したので、これ以上の攻略はもう危険すぎると感じていた。

 しばらくは金稼ぎでもしながら、アイテムを手に入れる方に専念しようと思っている。




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[良い点] めっちゃ待ってます。
[一言] 続きが楽しみ
[一言] 久しぶりに読み返しました。 やはり面白い。 続き、待ってます。
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