第四十九話 三人の暗殺者
「貴方が仮面の二刀流で有名な探索者ね」
「ええ、有名になりすぎて困っているところですよ」
「ずいぶんお若いようですけど、ノワールに興味はありませんでしょうか」
いきなりそんな勧誘をしてくるあたり、ノワールも相当に追い込まれているらしい。
「名門のノワールに誘っていただけるのは光栄ですね」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ。有能な方はいつでも歓迎なのですよ。どうですか、今日にでも入っていただいても構いませんのですが」
「いえ、ギルド内の指針や規約なども確認しないとなりませんからね」
「あら、そうでしたわね。いやだわ。ちょっと焦ってしまったかしら」
焦っているどころか、危機感がにじみ出ている。
本来なら、今話しているこのパーティーの主賓である伊集院響子が狙われるはずだったと、攻略本には書かれていた。
それを娘の婚約者がたまたま近くにいて、庇ったことで暗殺されてしまったとあった。
婚約者は大きな企業の重役の息子で、探索者ではない。
つまり近くにいさえすれば、俺なら相手が現れてからでも対処可能という事になる。
会場内には、SPだか護衛だかの黒服が多すぎて、暗殺者は探せそうにない。
会場の入り口では、とくに身分チェックのようなこともしていなかった。
紹介が終わって花ケ崎が俺から離れてしまうと、また俺の周りには女の子たちが集まってきてしまう。
「ずいぶんと人気ですのね。あれだけ活躍が何度もテレビで流れたのだから、それはそうなるでしょうね」
六文銭に出し抜かれたとでも思っているのか、29層の攻略については好ましく思っていないような口ぶりである。
「ええ、どうしたらいいのでしょうか」
俺は年の功があるであろう相手に対処法を聞いてみた。
「引っ付けて歩くしかありませんわね。それにしても六文銭に入っているわけじゃないのですね」
「ええ、たまたま手助けすることになっただけですよ」
「ならちょうどいいじゃありませんか。主力のいなくなった真田よりは、ノワールの方が活発でしてよ」
「そうですね」
そうですねとか言っているが、心中はそれどころではない。
これでもかとおっぱいを押し付けられて、正気を保てない。
二ノ宮だけじゃなく、やたら熱心な数人は伊集院響子と話している時ですら、べったりと引っ付いてきている。
だいたい仮面を外そうとする二ノ宮の両手を押さえておかなければ、おちおち話をすることさえできない。
仮面が外れたら一瞬で正体がバレるため、それだけは避けなければならない。
おかげで二ノ宮と手をつなぎながらいるような錯覚に襲われるが、今のこいつには何を言っても無駄だ。
熱に浮かされたような瞳で俺を見上げて、一瞬たりとも視線を外さない。
二ノ宮のことがちょっとかわいく思えてきた頃になって、会場に動きがあった。
伊集院響子が挨拶のために、連れていた護衛から離れたのだ。
暗殺をするなら、アサシンのダイスというスキルを使うのは間違いない。
6面体のダイスを振って出た目の数だけ、攻撃力に倍率がかかるアサシンのスキルだ。
1の目が出たら、その場で気絶状態になるが、6が出るまで振りなおすのは難しいことじゃない。
そうなれば、一度だけ攻撃力の6倍の魔法ダメージを相手に与えられる。
壇上では、ちょうど娘の婚約者が伊集院響子にマイクを渡したところだった。
天井のパネルが落ちてきて、三つの黒い影が飛び出した。
「いけない!」
真田の叫び声が聞こえた時には、俺はすでに伊集院響子に迫っていた。
飛来するダガーを、一本はなんとか素手で弾き飛ばし、もう一本は自分で受けて、最後の一つからは伊集院響子を庇った男ごと蹴り飛ばすことで防いだ。
天井から落ちてきた三つの影は、そのまま窓を突き破って外に消える。
俺は全力で跳躍して、窓枠に足を掛けた。
敵はホテルの上に逃げたようだった。
三人とも忍者のクラスに就いているらしい。
頭の中でステータスを操作して、上忍にクラスチェンジして忍術をセットする。
そしてホテルの外壁を登り始めた。
敵がけむり玉を投げて来たので、俺は印を結んで火遁の術を使い上昇気流でけむりを遠ざける。
そのままホテルの屋上にまでやってきた。
俺も三人も息が切れている。
三人はウイングスーツのようなものを着ていた。
「よりによって、一番面倒なのが付いてきちまったぜ」
「作戦通りだ。決行しろ!」
三人のうちの一人が、自分の手首に向かってそう叫んだ。
三人は、そのまま背後の闇に向かって飛び立つ。
まさかまだ仲間がいたのかと、俺は追いかけるのをあきらめ、急いで引き返して壁を駆けるように降りて、パーティー会場の窓から中に飛び込んだ。
会場内を探すと、護衛と六文銭に囲まれた伊集院響子がそこにいた。
この状態で暗殺が行えるとは思えない。
どうやら騙されたようだ。
「どうなった」
「逃げられた」
真田に聞かれて、俺はそう答えた。
しかし、伊集院響子の体に問題はないようだった。
ただ、よほどの恐怖を感じたのか、青白い顔で震えている。
そこでパーティーはお開きになったが、暗殺を防げただけでも良しとしよう。
それにしても忍者のクラスなんて国が管理しているのだから、それが三人もいたら犯人を割り出せそうなものだ。
攻略本によると、犯人は見つからないらしいが、どんな理屈なのだろう。
それとも俺が知らないだけで、わりとクラスの解放情報は闇社会の中で取引されているものなのだろうか。
変なパーティーに出席したせいで、今になってどっと疲れが押し寄せて来た。
伊集院響子が周りに護衛されながら出て行くときに、どうぞお楽しみを続けてくださいと言い残して消えていった。
そこで飲み物が運ばれてきたので受け取って一気に飲み干したら、どうやらそれはワインだった。
一気に酔いが回って、俺は寿司をよそった皿を持ってソファに腰かけた。
また女の子たちに囲まれそうになったところで、花ケ崎と神宮寺がやって来てくれる。
それでなんとか寿司を食べ終えるだけの猶予ができた。
神宮寺にキラキラした目を向けられているので非常に居心地が悪い。
食べ終えたところで、花ケ崎の兄貴が俺たちのところへやってきた。
「そろそろ帰る時間だよ。父上の車で学園まで送ろう」
「そうね。お願いするわ。お兄様」
シスコン気味の兄が、俺から妹を救出に来たと言ったところか。
花ケ崎がいなくなれば、また囲まれることになるので、俺も会場を離れることにした。
外にはまだマスコミが詰め掛けているだろうから、今夜は泊まっていくことにする。
会場を離れる時に、ノワールの関係者からしきりに礼を述べられた。
上の階にあがると、黒仮面様と書かれた部屋があった。
部屋の中に入ると、急にうしろから誰かに抱きつかれた。
そのまま部屋の中に押し込まれてしまう。
そこにいたのは当然ながら二ノ宮である。
二ノ宮は肩にかかっていたドレスを音もなく床に落として、その裸体を晒した。
「おいおい、服を着ろって。なにをやってるんだ」
廊下に放り出すにしても、裸のままではまずい。
反応の薄い二ノ宮に、仕方なく俺が服を着せていると、なにかが挟まって閉まり切っていなかったのか、ノックの音がして部屋のドアが開いた。
そこから姿を現したのは花ケ崎だった。
「違うぞ。これは脱がせてるんじゃなくて着せてるんだからな」
「あら、花様もいらしたのね。申し訳ないのだけど、そこで順番を待ってもらえるかしら」
二ノ宮はもう周りの言葉など耳に入っていない。
「なんで俺のことを睨んでるんだよ」
花ケ崎は無言で顎をしゃくってみせる。
その視線の先には窓しかない。
どうやら今から走って帰れというような意味のことを言いたいらしい。
外は雨が降っているし、いくら探索者の体とはいえ走るには遠すぎる距離だ。
しかし二ノ宮を帰らせる方法もないし、こいつから逃げるにはそうするしかないようである。
仕方なく俺は抱きついてくる二ノ宮を花ケ崎に渡して廊下に出ると、非常口の階段から夜の街に飛び降りた。
さすがに街の中でこんな格好をしていたら目立ちまくるので、公園のトイレで着替えて、学園を目指して走り始める。
俺が学園についたのは深夜過ぎである。
すでに門限を過ぎているから、部屋の窓に登ってそこから中に入った。
びしょ濡れだというのに、シャワー室すら閉まっていた。
当然ながら翌日は学校に遅刻した。
なぜかタクシーを使うなんて考えは頭のすみにもよぎりさえしなかった。
「はあ、素敵でしたわあ」
「本当だよね。私も恋しちゃったかもしれないよ」
二ノ宮と神宮寺が天井を見上げながらため息をついている。
昼前になって登校したが、二人は朝からこんな調子だったようだ。
気が抜けたようになっている二人を、俺と花ケ崎はなんとも言えない表情で見ていた。
「黒仮面様にプロポーズされる女性がうらやましいですわあ」
「私は黒仮面様から、決闘を申し込まれたいな。ロマンティックだよねえ」
どんな状況だよ。
脈絡もなく、見知らぬ女子高生に決闘申し込むような奴がいたらおかしいだろうが。
「そんなに素敵だったかしら」
花ケ崎が不機嫌そうにそんなことを言う。
「玲華ちゃんはいいよね。黒仮面の人に興味を持ってもらえたみたいだしさ」
「さすが花様ですわね。花様なら黒仮面様とも釣り合うかもしれませんわ」
「でも、沙希は庶民の男なんて犬と同じだと言ってなかったかしら」
「レベルは社会ステータスとイコールですのよ。そんなこと関係ありませんわ。それにしても高杉は黒仮面様に背格好が似ていますのね。それなのに、お前は花様に一筋だから、私の相手は嫌だというのよね」
「そうだよ」
「うわ、沙希ちゃんが変なこと言うから、私まで高杉が黒仮面の人に見えてきたよ。高杉があのくらい強くなってくれたらいいのにね。あれ、なに言ってるんだろ。ちょっと頭を冷やしてくる」
神宮寺はそう言って廊下に出て行った。
「私もお手洗いに行ってきますわ」
残された花ケ崎に、どう思うよあいつらという視線を向けると、花ケ崎は赤面していた。
なんだろうと思っていたら花ケ崎は言った。
「貴志は、私に一筋なの……?」
「お前の嘘に話を合わせただけだろうが。なにを言ってるんだよ」
今日からこいつらのことは三馬鹿と呼ぼう。
それからは期末テスト期間になって、さすがの俺も勉強しないわけにはいかず、ダンジョンにも入れないまま一週間が過ぎた。
それでやっと夏休みに入ることになる。
夏休み中は部活に入っておけばパーティーを組む相手に不自由しないので、テスト期間が明けたら部活の勧誘も賑やかになる。
最近は学園内の治安も悪くなっているので、みんな部活に入るようだった。