第四十五話 9層攻略情報
「私たち、ボスを倒す方法を思いついたのよね」
昼休みの教室で、花ケ崎は神宮寺相手にそう切り出した。
「それって玲華ちゃんが見つけたの」
「そうよ。偶然だけど貴志がボスの攻撃を受けたのよ。死にかけたのだけれど、なんとか一命は取り留めたわ。最初に聖職者を選んでいたから、貴志は魔法に強かったのが幸運だったのね。それで……」
花ケ崎に任せておけば神宮寺を9層に連れ出すくらい難しくないだろう。
一条ならユニークスキルもあるので魔法耐性をあげるのは難しくないし、これだけ期間があったのだから、さすがに150になったと思われる。
そうでなくとも6層でやっているなら、そのうち受けられるようになるはずだ。
もし何らかのステータスが足りないにしても、狭間あたりが魔法ダメージ軽減のネックレスを持っているはずである。
「ふーん、なるほどね。つまり世間で言われているような生贄は必要ないってことだよね」
「そうよ。しかも、強烈な攻撃は最初だけなの」
「それって凄い情報じゃん! 独占できたら、家が建つかもしれないよ」
「私たちには必要ない情報だから、綾乃の好きにしていいわ」
たしかに、そう言っておけば、神宮寺は一条たちと一緒にやるしかない。
あとはテレポートリングだけ欲しいとか言って、一度だけ神宮寺と倒しにいけばいい。
だけど魔法耐性がない神宮寺の命だけは、なんとしても守らなければならない。
「だから放課後に一度試してみようぜ」
「わかった。頑張ってみるよ」
「つまり、さっきの攻撃はサラマンダーの26倍というわけだ。それに耐えられる奴を盾にすれば、攻略自体は難しくないな。ほら、実体に変わっても物理攻撃なら入るだろ。つまり魔法火力を温存してはいけないってことが重要なわけだな」
「う、うん。だけど、どうしてそんなに説明口調なの」
すでに最終形態までボスを追い詰めて、神宮寺にビームの攻撃範囲も見せておいた。
魔法攻撃の弱点属性と、攻撃パターンも説明し終わった。
「いや、頑張って倒しているだけだよ。カマイタチはお前でも大丈夫だろ」
「大丈夫じゃないよ! もの凄いギリギリだよ! これハイポーションなんだからね」
浴びるようにポーションを飲みながら、神宮寺はなんとか耐えている。
神宮寺の槍で3割弱体化させてこれだから、ちょっと早すぎたかもしれないな、なんて考えていたらゲイザーは倒れた。
ドロップアイテムは大したことがない。
テレポートリングだけは花ケ崎に渡し、あとは神宮寺に渡した。
「このテレポートリングがあれば、どこの階層に行っても遭難する心配はない」
「へー、じゃあこれからは私たちが倒しちゃってもいいの」
「好きにするといいわ。情報を洩らさないようにするのよ」
「ちょっと気になったんだけどさ、高杉ってちょっと強すぎない? その攻撃力で、回復魔法まで使えて、どうしてそんなに打たれ強いのさ」
「気のせいだろ」
神宮寺相手なので、適当な言葉で誤魔化した。
ここまでしたら、一条だっていつまでも6層あたりで遊んではいないだろう。
テレポートリングがあれば迷子にもならないし、逃げるのにも役に立つし、敵対派閥に気付かれずに奥の方で隠れてレベル上げをするのにも使える。
そもそも、あんな魔法まで持っておいて停滞しているのが不自然なのだ。
お金も稼げるようになるから、装備だってある程度は揃えられるだろう。
俺たちはテレポートリングを使って1層に戻り、神宮寺と別れた。
本当に倒せるか不安だったが、それからしばらくは一条たちも順調そうに見えたので、とりあえずの心配はなくなったようだった。
それよりも神宮寺が順調すぎて、そっちの方が心配になりそうなところである。
7層手前にも行くようになったらしく、それは大幅にレベルが上がったことを意味している。
かなりのハイペースで、すでに16か17には届いているものと思われた。
7層は魔法攻撃がきついので、今は天都香と一緒にやっているらしい。
いざという時に天都香を守れるのか心配になるが、槍の弱体化攻撃が思った以上に強いようで順調なようすだった。
なにも格上狩りというのは俺の専売特許ではないし、ソロやペアでやっていればこうなる。
格上狩りに特化した槍だからといって無理をしないか心配になる。
竜崎に渡した七星とは違って、神宮寺の槍は役に立たない階層がほとんどない。
「そろそろ玲華ちゃんを追い抜いちゃうかもね」
「あら、やっぱり犬に調達させた武器が良かったんですの」
「まあね。でも重要なのは武器だけじゃないんだよ」
「綾乃のことだから、どうせ新しい武器に頼りきりなのでしょう。きっとそうに違いないわ」
「言うよねぇ。自分は高杉を使ってレベル上げしてるだけのくせにさ」
「べつに、それは否定しないわよ」
毎日こいつらの馬鹿トークを聞かされるのだからたまらない。
二ノ宮は、いまだに黒仮面様がどうたらとかいうことを毎日のように言っているから、心臓に悪い。
ダンジョン探索をしつつ、貴族のパーティーにも欠かさず出席しているようである。
感心するなとも一瞬だけ思うが、そういえば昼過ぎに重役出勤してくることも珍しくない。
連れている男の手下がそこそこ強いらしく、安全を確保できる範囲でパワーレベリングをしているようである。
手下の二人は、たまに護衛を離れていなくなるので、昼間のうちはダンジョンに入っているようだった。
「それでお前は、花様にお相手してもらえたのかしら」
花ケ崎がいなくなると、二ノ宮は俺にそんな話を振ってきた。
神宮寺まで興味深そうにこちらを見ている。
「世間知らずの花ケ崎をあんまりからかってやるな」
「なにを言っているのよ。それが花様の魅力でしょう。あれだけのバックがあるお方だから、お前が心配するようなことはなにもありませんわ」
そういえば財閥系のお嬢様だというのに、あいつが召使を連れているところすら見たことがない。
手下だって連れていないし、兄貴は軍人で家来のようなものがあるとも聞いていない。
竜崎や藤原なんて、新興貴族だというのに私設軍隊レベルの兵力を抱えている。
「なんであいつは家来を連れていないんだろうな」
「お前がいるじゃないの。でも、そういう方針の家はあるのよ。それでもガードマンくらい抱えているものなのだけど、花様は教室に連れてこられないわね」
「玲華ちゃんの部屋には、メイドさんが沢山いるけどね」
「なら、そのメイドがとても強いのね。きっと、希少なメイドを雇っておられるのよ。お前のような暴虐なゴブリンすら飼いならしてしまうのだから、さすが花様ですわ」
「黒仮面は、きっとお前のような奴が嫌いだろうな」
「ふざけたことを言っていると、本当に殺しますわよ」
二ノ宮に殺意のこもった目で睨まれる。
「でもさ、あの黒仮面の人って、高杉にちょっと似てるよね。白っぽい日本刀も持ってるし」
藪蛇だ。
余計な話題を自分からふるもんじゃない。
しかも神宮寺には二刀流ツバメ返しさえ見られているのだ。
もしこいつが馬鹿じゃなかったら、とっくに気付かれているはずである。
「きっと貴志も黒仮面に憧れているのよ。同じような色の刀を、わざと揃えたのね」
いつの間にか帰ってきていた花ケ崎が、そう言ってくれた。
俺はまあなとかなんとか不明瞭な言葉で花ケ崎の言葉に乗っておいた。
どうも俺は花ケ崎のように、はっきりと嘘をつくのが苦手なようだ。
「馬鹿ですわね。色よりも性能で選ぶべきですわ。武器は大切ですのよ」
その日の放課後になると、花ケ崎が今日は休みたいと言い出した。
話の流れはわかっているが、それを認めるわけにはいかない。
「沙希のレベルをあげてあげる約束をしてしまったのよ」
そう、花ケ崎は昼間に二ノ宮からレベルをあげて欲しいと頼まれていたのだ。
断ればいいのに、こいつは持ち前の慈愛精神を発揮して、いつもの安請け合いをした。
「自分のレベルがわかっているのか。お前が魔法なんか使ったら不自然すぎて、レベルがすぐにばれるぞ」
「使っても不自然でない魔法しか使わないわ」
「どんな魔法を使ってもダメージから魔力がわかるんだ。魔法一発で倒してしまったらダメージが計算できるだろ。おおよそのレベルまで一発で見抜かれるよ」
「そんなことができるのは、世界広しと言えどあなたくらいのものだわ」
そんなことはない。
研究所にいる奴なら誰でもわかるレベルの話だし、大手ギルドならステータスの研究くらいはしているだろう。
二ノ宮の手下が大手ギルドに所属していたことがないとは言い切れないし、その辺りの人脈がないとも限らない。
まあ、近接アタッカーとハイブリッドメイジだろうから、魔法には詳しくない可能性は高い。
しかし35層のモグラ落としは、一日で5万、10万はあたり前に稼げる、今となっては俺の大切な金づるなのだ。
それを二ノ宮ごときとの付き合いで休まれるのは納得できない。
俺が勝手に、心の中で花銀行と呼んでいたくらいの錬金術である。
「誰とも組めなくなるのはお前も納得してただろ」
「別にいいじゃない。お願いよ」
美少女におねだりモードでそんなことを言われて、さすがの俺も断り切れなくなった。
ならば俺は、心の中でわだかまりになっている竜崎への借りでも返しておこうか。
たいした借りではないが、小烏丸のおかげで最近はかなり強くなったのも事実である。
それに上級生クラスのケツ持ちみたいなことをしている竜崎を育てておけば、抗争で学園の生徒に被害が出るのを防げるかもしれない。
「パワーレベリングした奴は、死亡率が高いらしいから気を付けろよ」
「そのくらい知っているわ。だけど今さら6層くらいで事故は起こさないわよ」