第四十一話 瑠璃川
「お前までやってきたのか」
6層の奴らを問答無用に蹴散らしていたら、次にやってきたのは竜崎だった。
「うちのクラスの生徒を追い出したようね。どうしてあなたが、こんな階層でそこまでする必要があるというのよ」
竜崎は仮面の男の正体を知っているので、その感想になるのも不思議はない。
さっき追い出した上級生が竜崎に泣きついたのだろう。
こいつも変な噂が広まって色々と苦労していそうだ。
「余計なことに口を挟むな。お前は7層にでも引きこもってればいいんだ。それとも力ずくでやってみるか」
「結構よ。あなたが相手なら仕方がないわね。引かせてもらうわ」
こいつには借りがあるので、その話を出されたらどうしようもなかったが、どうやら竜崎にそこまでするつもりはないようだ。
竜崎はお手上げという仕草をすると、踵を返して行ってしまった。
「なんであんな有名人にまで喧嘩を売れるのよ。あなた頭がおかしいんじゃないの」
「しょうがないだろ。今日はこういう路線でやってみると決めたんだ」
「意味が分からないわ」
その後も適当に目につく奴を追い払いながら続けていたが、視界のすみにちょろちょろする影を見つけた。
ポーションを使いながら必死にやっているので、ボルトスパークを放ったら死んでしまうんじゃないかと心配になる。
しかし今日は強硬路線で行くと決めているので、俺は問答無用にボルトスパークを放った。
気絶状態になったからと言ってすぐ死ぬわけじゃなく、この世界のモンスターは人間を食うので、すぐに跡形もなくなってしまうわけでもない。
気絶してからでも助け起こすことくらいはできる。
悲鳴を上げて岩の陰から飛び出してきたのは神宮寺だった。
「どういうつもりなの。私とやり合うつもり!?」
「いや、まあ、そうなんだけど」
「はっ、言っとくけどね、狩場では人数の少ない方が立場は上なんだよ。つまりキミたちじゃ私には勝てないの。それでも勝負するっていうの」
こいつとの勝負に勝ったら、嫁にもらわなくてはならなくなる。
そんなのは御免だ。
「いや、戦うつもりはない。行っていいぞ」
「行っていいぞ、じゃないんだよ。ここは私の狩場なんだから、そっちの方がどこかに行ってよね。邪魔だよ」
こいつはあんな槍を手に入れたせいでずいぶん強気になっているな。
とはいえ筋は通っているので、こちらが引き下がるしかない。
こっちが戦えないのをいいことに強気に出やがってとも思う。
「ちっ、いくぞ」
俺が歩き出したら、瑠璃川に後ろから服を思いっきり引っ張られた。
「まってまって、おかしいじゃない。なんで神宮寺には引くのよ。道理が通らないでしょうが」
かりにも神宮寺はクラスメイトである。
どうしてそんなことでまで責められなければならないのだ。
「あいつの言う通りだよ。狩場では人数の少ない方が上なんだ」
「竜崎だってひとりだったでしょうが!」
瑠璃川は、俺の顔につばを飛ばしながら叫んでいる。
俺にとってはどっちだって大した違いはないのだが、めんどくさいことを言いだすものだ。
「あいつは手下にヒールを貰いながらやってるような奴だぞ。神宮寺は違う」
「私も納得できないわ。綾乃ばかり贔屓しているのでしょう。不公平だわ」
花ケ崎までそんなことを言いだしたので、俺は耳打ちした。
「そうじゃない。あいつに勝ったら面倒なことになるのは、お前も知っているだろ」
「あらそう。そんなことまで知っているのね。ならいいのよ」
最後に、ノワールからギルドに入らないか勧誘が来て、それを断った。
大手で一番目立つギルドだから、多少焦りのようなものも見える。
もともと貴族の互助会のようなギルドだから、俺を勧誘するというのもおかしな話だ。
古くからの貴族が多くて、様々な権益を持つ、最も金回りのいいギルドと言える。
翌日になってわかったが、俺の作戦はまったく功をなさず、俺に追い出されたやつらは6層手前で暴れ回ったそうで、クラスメイトに甚大な被害を出してしまった。
翌日の教室で、俺はまるでギャングのような言われようだった。
レベル上げがたまたまうまくいっただけなのに、調子に乗って力自慢をしているというような言われようだ。
六文銭のような腹の据わった集団は、やはり恐れられているだけでなく、尊敬もされていたということなのだろうか。
俺が新鮮な空気を吸うために廊下に出たら、目ざとい瑠璃川に見つかってしまった。
「ずいぶんと嫌われたようね。私よりも煙たがられているじゃない。しかも花ケ崎の評判まで落としているのだから大したものだわ」
こいつの罵詈雑言は、ずっと聞いていると正しいような気がしてきて気分が滅入る。
しかも落ち込んでる時には聞きたくないような金切声なのも嫌になる。
「おまえと違って俺には実力がある。この学園じゃ力こそ正義なんだよ。なにをしようが俺の勝手だろ」
「人間性のない最低な発言だこと。どうして、それだけの力がありながら花ケ崎の家来になんてなったのよ。花ケ崎を好きなのだとしても理解できないわね。いくら尽くしたところで、お前なんて使い捨ての駒でしかないのよ。戦えなくなったら放り出されてそれまでよ。少しは自分の生き方を考えなさい。それに昨日の人たちが、貴方になにをしたというの」
さすがキレたナイフと呼ばれるだけのことはある。
ここまでキレのいい啖呵をきれるやつはそうそう居ない。
思わず感心してしまう。
「金のためなら、どんなことでもする奴らなんだ。争わせないようにしなきゃ死人が出るんだ。やり方は間違ったけどな」
「パンドラは軍からも支援されているのよ。本当に殺されても知らないから」
そんなのは知っている。
軍が積極的に支援しているから、パンドラはノワール潰しに動いているのである。
軍はノワールが幅を利かせていると、39層の攻略が進まないと考えているのだ。
古い貴族が多いノワールでは、アリバイ作りのような攻略しかしていないから、こんなところが狩場を独占するのは軍として看過できない。
だから荒くれ者ぞろいのパンドラを支援して、けしかけるような真似をしたのだ。
ところがパンドラは金と権力にしか興味が無くて、39層なんかに挑戦する気概はない。
そいつらこそ、まわりの奴らを従えて徹底的な支配構造を作り出したいだけの害悪だ。
そこに主人公がカリスマでもってして、新層の攻略に意欲的なメンバーを集めた第三の勢力を作り出すというのが、今の一条が選んだストーリーである。
ノワールやパンドラ側の連合とは対立するが、軍や国、企業などは第三の勢力に傾く。
企業とは言っても、このゲームの中でそれを代表するのは主に研究所である。
そのシナリオなら、スタンピードが起こったり、街中にゲートが開いたりといった、パニックシナリオは引き起こりにくい。
瑠璃川の罵詈雑言を適当に聞き流しながら、そんなことを考えていたら、一条が教室から出て来た。
「昨日は6層で暴れてくれたんだってね。クラスメイトは歓迎していないらしいが、俺は有難いと思っているよ。あいつらはパンドラや竜崎まで連れてくるから、手が出せなかったんだ」
その発言にヒートアップしたのは瑠璃川だった。
「はあ、一条まで何を言い出すのよ。アンタら上位勢はいいかもしれないけど、ほかのクラスメイトは6層の手前からも追い出されたのよ。勝手に揉めて、被害を押し付けられる方の身にもなってみなさい。どうしてそんな考え方しかできないのよ。親にやけっぱちみたいな名前を付けられたからって、自暴自棄にでもなってるっての」
「どうしてお前はクラスの代表者ヅラして俺たちを非難するんだよ。お前も昨日は俺と一緒にやってた側だろ」
一条に狙いを定めた瑠璃川は、俺の言葉など聞き流した。
「いやはや、なんとも手厳しいな。だけど引くわけにはいかないんだよ」
「みんなのレベルをあげたいだなんて言ってたくせに、邪魔してるだけじゃないの。一条も高杉と何も変わらないわね。欺瞞に満ちた役立たずだわ」
瑠璃川は別に怒っているというわけではない。
普段からこんな調子で、誰に対しても思ったことを言うのだ。
この瑠璃川もヒロインの一人であり、その見た目がロリコン向けであることを除けば、ピンクブロンドのかわいらしい顔立ちをしている。
仲間に引き入れやすいので一条にはお勧めしたいところだが、性格の問題があるのでどうだろうなという感じである。
早いところヒロインを育て始めないと、これからの戦いで苦労することになる。
犬神と風間でもいいから、さっさとちゃんとした固定パーティーを作って欲しいところだ。
狭間やロン毛などは完全な脇役なので、彼らを育てることにメリットはまったくない。
瑠璃川から逃れるために吊るしあげられている一条を放置して教室内に戻ったら、花ケ崎、神宮寺、二ノ宮のトリオに囲まれた自分の席にしか居場所がなかった。
「あら、狂犬のお帰りですわ。もう解雇した方が良いのではなくて」
「本当にごめんなさい。私がちゃんと言い聞かせておくわ」
「ほんとだよ。私にまで喧嘩を売ろうとしてきたんだよ。今回は見逃してあげたけど、次はないからね」
「だけど綾乃は、一人であんなところに行くのよしなさいよ。危険すぎるわ。なにかあったらどうするの」
「べつに平気だよ。玲華ちゃんの飼い犬が噛みついてきたりしなければね」
神宮寺は貯めていた金で、モグラのリングを買ったらしい。
筋力と耐久ばかり上げているから神宮寺はHPが低いので、それでもまだ魔法に弱い。
それなのに6層でソロとは、いくら何でも無茶が過ぎるというものだ。
花ケ崎が心配するのも無理はない。
溜まっていたポーションがあるうちはいいが、それが無くなったらどうするのだろう。
モグラのリングは少し値下がりしてきたが、こいつにはかなり稼がせてもらえそうだから、もう金の心配は全くない。
報奨金を辞退したことに後悔がないくらいの稼ぎだ。
とはいえ、金だけあっても欲しいアイテムに売りがないことの方が問題だった。
昼休みになったら購買に行って、昨日のドロップを西園寺に渡す。
ものすごくうずうずした感じで、聞きたいことが沢山あるのが見ていてわかる。
「こちらの一般アイテムはすべてオークションでよろしいでしょうか」
俺は黙ってうなずいた。
西園寺が一般アイテムと呼んでいるのはアバターアイテムで、装備の上から着ていても戦闘で壊れたりしない特殊なアイテムだ。
最近になって大量に市場に流れだしたので、非常に人気となっている。
「なにが聞きたいんだ」
「えっとですね!」
水を向けたら、食いつかんばかりに西園寺に詰め寄られた。
客相手に根掘り葉掘り聞いてはいけないという教育でもされているのだろうか。
「やはり、あの黒仮面は……なのでしょうか」
「そうだ」
西園寺の口の堅さは信用しているし、すでにばれているようなものだ。
俺の返事を聞いて西園寺も納得したようにうなずいた。
「やはりそうですよね。最近持ってこられた魔石は、どれも見たことがないものばかりでしたものね。それで、これはいったい何層のモンスターから出たものなのでしょうか」
「それは秘密だな」
さすがにモグラ落としは見られるのもまずいし、気付かれるのもまずい。
この世界の人は基本的に一層一層順番にしか攻略していかないので、35層に人がやってくるのはずっと先の事だろう。
30層台はかなり強敵が多いし、最初はギルド単位でしか攻略できない。
六文銭も攻略には動いていないから、何年放置されるかわかったものではなかった。
「そ、そうですよね。こんなに稼がれた学生は過去にも存在しなかったでしょうね。秘密にされたい理由もわかります」
「それより頼んでたアイテムに売りはないのか」
「それが、やっぱり最近は様子がおかしいんです。誰かが買い占めでもしているのか、売りが極端に少ないんです。高杉さんが欲しがるようなアイテムは、もともと売りが少ないんですけど、ここまで市場に流れなくなったことはありません。しかもオークションに出る前に誰かが買っているような感じなんですよね」
と、西園寺はなんだか不穏なことを言った。