第二十九話 ダンジョン競技
「なんで俺はブスを二人連れて、7層巡りなんてしてるんだろうな」
「私は美人よ」
「キミ、ちょっと強くなったくらいでおごり過ぎなんじゃないの。目ん玉ついてんのかな。私なんて町一番の美人だと言われてたんだよ」
「性格は間違いなくブスだよ」
さっきから二人がキャーキャー騒ぐので耳がおかしくなりそうだ。
腐った死体、骨、幽霊が出る薄気味悪いマップだから、まあそれはそうなるだろうと、そのことについては我慢している。
「下見はもう十分だ。普通にやれる」
「まあまあかな。そこそこ腕をあげたみたいだね」
神宮寺はスケルトンに攻撃も当たらないし、ゾンビの魔法にも大ダメージを受ける。
そしてゴーストに対しては完全なる無力だというのに、意地を張っていて、さっきからそれを認めようとしない。
花ケ崎だって氷属性と相性が悪いから、ゴーストすらまともに倒せていない。
それなのに私たちはやれると言って譲らないのだ。
まさに性格に問題があるというものだろう。
このままだとクラスの主力二人が遊ぶことになるから、階層変更を勧めているというのに、今さら計画は変えられないの一点張りで、現状を認めることすらしなかった。
そもそも二人とも俺の意見など、聞くに値するとも思っていない。
まわりには俺たちと同じように下見をしている上級生クラスも多く、ヒーラーと戦士だけで組んだようなパーティーも多い。
余ったヒーラーを、この階層に回しているのだ。
そいつらが厄介で、ここではスケルトンが危険なだけだから、ヒーラーが複数いればゴーストとゾンビは敵じゃない。
だから、あとはスケルトンを相手できる近接職が一人でも加われば事足りてしまう。
こいつらはかなり遠くから敵を倒すので、俺ですら手の打ちようがない。
普通なら引っ張りだこになるヒーラーが、今回だけは複数で組んでいるのだ。
ようするに、この階層ではライバルが強すぎて、俺たちは無力すぎた。
このクラス対抗戦は、来年のクラス分けにも影響するし、将来の就職にだって影響する。
それなのにプライドが邪魔して正しい選択ができないとは困った奴らだ。
「私は美人よ」
さあ帰ろうぜと言おうとしたら、なぜか花ケ崎に詰め寄られていた。
「顔だけはな」
嫌味のつもりだったのに、それで花ケ崎は笑顔になる。
花が咲いたみたいに華やかで、さわやかな笑顔だった。
「うわっ、こいつ今玲華ちゃんに見とれてたよ」
「そ、そんなわけあるか。さっさと帰るぞ」
クラス対抗戦の日、時間通りに行ったら、やる気のあるクラスメイト達はダンジョン入り口前のいい位置を陣取っていた。
闘技大会以外は、9時から15時までの時間で、獲得した魔石の量を競うことになる。
残念ながら正攻法で勝つことはできないイベントだった。
この学園では、負けるくらいならどんな手でも使うという価値観がはびこっている。
だから当然ながら、ダンジョン内には魔石を持った付き人が控えていたりするのだ。
となれば多くの貴族がいる上位クラスが断然有利となる。
つまり本気で勝とうとするのなら、準備段階で魔石をため込んでおくか、本気で妨害するかでもしないと不可能なのだ。
俺はやる気もなくあくびをかみ殺していたら、まわりがざわざわと騒ぎ始めた。
そしたら急に神宮寺が俺の首根っこを掴まえて後ろに引っ張り始める。
何事かと思ったら、竜崎紫苑がモーゼの如くに人垣を割りながらこちらに向かって歩いて来るところだった。
誰一人として顔をあげる者はおらず、目を合わせないようにしながら、下を向きつつ道を空けている。
あとから来たというのに、まさか最前列まで人垣を割って来ようというのだろうか。
なんという無茶をする奴だ。
もはや暴挙と言っていい。
「あれが竜崎だよ。端によって地面を見てなよ」
言われた通りに、俺が見つからないように小さくなっていたら、竜崎一行は悠々と最前列まで通り抜けていった。
前を通る時に、俺に気が付いたのか「それはなんの真似なんだ……」とかいう声が聞こえた。
事前に魔石を準備しているとはいえ、上位クラスだって最初からそれだけを頼りにしているわけではない。
竜崎は真面目にやる気でいるようだった。
となれば、やはり7層で鉢合わせる可能性が高い。
「ねえ、こっち見てなかった」
「チッ、さっそく目を付けられやがったな。お前は目立たないでいることもできないのか。これで俺達まで狙われたら、お前のせいだぞ」
口の悪い狭間がさっそく俺にいちゃもんを付けてくる。
どうして何も言わずに目も合わせないで大人しくしていた俺が目をつけられると思うのか。
「俺はなにもしてない。そんなにビビるな。どうせ、なにもしてこない」
「はッ、さっそく足を引っ張ってるやつの言う事か。甘く考えてると本当に殺されかねんぞ」
神宮寺と狭間は、竜崎を恐れてか顔色が悪い。
委縮させるために、二年Aクラスは竜崎をわざと歩かせたのだろう。
まあそんなことはどうでもいいか。
今日もまた経験値も稼げずに一日が無駄になるなと考えたら、俺の方も気持ちが落ち込んできた。
「どうして私たちの顔を見て、ため息なんてつくのかしら。とっても失礼だわ」
「どうしてキミは、あんな人に目を付けられて平気でいられるのかな」
しばらくすると開始の合図がかかって、みんなで一斉にダンジョンになだれ込む。
神宮寺が体力のない花ケ崎の手を引きながら、俺たちも階段めがけて走った。
階段前で団子になっているところへ、後ろから声がかけられる。
「どけっ!」
言葉と同時に飛んできた魔法をスペルシールドで防いだ。
俺のスペルシールドは展開時間が短い代わりに大きめに展開できる。
しかし爆風は広がるので、もう悲鳴やらなんやらで階段前は大混乱になった。
ひどいやけどで倒れてるクラスメイトたちにヒールを使っていたら、魔法を放ったやつらは悠々と脇を通り抜けていった。
「ひどいな。大丈夫か。俺たちもさっさと行こう」
神宮寺にヒールをかけて、手を貸して立たせてやる。
「う、うん。痛たた」
ここで差をつけられたら巻き返すことは難しい。
気を取り直して俺たちも目的の階層を目指して走る。
すぐに7層までやってきたが、敵の姿は見えない
竜崎があらかた倒してしまったのか、次のポップまでは敵が出ないようだ。
「あれ、敵がいないじゃん」
「しばらく待ってみましょうか」
「いや、奥に行こう」
俺は先陣を切って歩き始めた。
ここはヒーラーパーティーが占拠するから効率が悪すぎる。
視界の開けた広いマップだから、ヒーラーパーティーがMPを回復している間くらいしかまともに敵を倒せない。
「予定と違うじゃん。手前側でしか下見してないよ」
「俺がいれば大丈夫だ」
「イキがってるけどさ、キミって、その刀が強いだけだよね」
「そうかもな」
そう思ってくれるならその方がいい。
レベル10前後のやつが、ライバル心を燃やして突っかかって来られても困る。
しばらくして敵が湧き始めると、奥に行っていた奴らの姿も見え始めた。
その中には、さっき魔法を放ってきたAクラスの生徒までいる。
まさかこんなところまで来ていたとは意外だが、竜崎も近くにいるので横暴なことはできないだろう。
「うわっ、超ヤバいのが二人もいるじゃん。どうするの」
「気にしなくていい。さっさと始めるぞ」
竜崎は単騎で敵をサクサク倒しながら、もの凄いスピードで走り回っている。
索敵範囲も広いから、これならAクラスの生徒だって迂闊なことはできまい。
俺たちは竜崎から離れるように移動しながら敵を倒し始める。
足手まといを二人連れているので、さすがの俺も竜崎ほどの速さでは倒せないが、それでもAクラスの奴らよりは敵を倒しているので、十分に仕事はできているだろう。
Dクラスに負けているのが許せないのか、焦ったAクラスの奴らに俺たちを邪魔する余裕がないのも悪くない傾向だ。
躍起になって俺たちの討伐スピードに張り合おうとしている。
「Aクラスも大したことないな」
「聞こえたらどうするのよ。やめなさい」
「問題ない。俺たちの方が強いのはあきらかだ」
「そうかもね。でも竜崎はヤバいよ。ほとんど一撃で敵を倒してるじゃん。目を付けられたら問答無用で追い出されるよ」
GPSの範囲があるので、階段から離れすぎるわけにはいかない。
最初は俺たちに張り合っていたAクラスの三人組は、わざと邪魔をするように、俺たちのまわりに湧いた敵を倒しだした。
それを鼻で笑うようにやっていたら、とうとう我慢ができなくなったのか、Aクラスの奴らは俺たちから離れていった。
だいたい三体セットで出てくるので、スケルトンとゴーストは俺が倒して、ゾンビを神宮寺と花ケ崎に回しているが、神宮寺の受けるダメージが深刻だった。
「大丈夫か」
「うるさいよッ。自分のことに集中しなよ」
俺に気遣われるのをよしとしない神宮寺は、俺の言葉に被せるように言った。
さてどうしたものかと思っていたら、花ケ崎が言った。
「しょうがないわね。本気を出すしかないかしら。奥の手を使うわ」