第二十七話 縄張り争い
思ったよりも竜崎は壮絶なレベル上げをしていた。
手下とはパーティーを組まずに、基本的にソロで敵を倒している。
手下は3人組パーティーを二つ作り、竜崎に危険が及ばないように見ているだけだ。
俺も、その2パーティーとともに竜崎のレベル上げを眺めているだけだった。
この階層に出てくる敵はイエティという、オークロードを毛むくじゃらにしたみたいなやつと、ブラッドスパイダーという足の速い蜘蛛だ。
どちらも火属性が弱点になる。
蜘蛛の足には、ナイフのような爪が付いていて、俺の虎徹を手にした竜崎は白い雪原を赤に染めながら、やっとのことでブラッドスパイダーを斬り伏せたところだった。
蜘蛛の血は紫だから、雪を染め上げている血は竜崎のものである。
血まみれの竜崎に、手下のプリーストがヒールをかけた。
血液は骨で作られているというから、いくら傷を塞いだって、あれだけ出血していたらすぐに骨がスカスカになってしまうのではないかと心配になる。
ゲームが現実となった今、その辺りのことは大丈夫なのだろうか。
せっかくの武者鎧はもうボロボロで、体に張り付いているのが奇跡のようだ。
下着が見えてしまっているが、竜崎にそれを気にするようなそぶりはない。
マントで竜崎を覆って、手下の女たちがボロボロになった鎧を新しいものに着替えさせる。
それが終わったら、また何事もなかったかのように竜崎は次の敵を求めて歩き出した。
「どうだ。お嬢様はお前が思っているよりも努力家だろう」
そう言ったのは、竜崎の手下の一人であるプリーストの女だった。
俺は苦虫をかみつぶしたような顔になるのを抑えられない。
あれを努力と呼んでもいいのだろうか。
必要もないほどリスクをとって、無茶をやっているようにしか見えない。
明らかにソロで回れるようなステータスがないから、事故が起こる可能性は低くない。
普通ならHPが半分を切るような狩場には近寄りもしないというのにだ。
わざわざ一人で倒す必要があるのかと言いそうになって、クラスの解放条件には一人で何匹倒せというようなものが多かったことを思い出す。
たしかに情報の集まる貴族なら、ソロにこだわったとしてもおかしくない。
格上の敵にソロで挑んでいるのもその辺りが原因だろう。
なにも経験値が惜しくて、ひとりでやっているわけではないようである。
「もっと集中しろ。紫苑様にもしものことがあったら、お前を殺してやるからな」
手下の槍を背負った前衛職風の男が、俺に向かって凄んで見せる。
さっき言いすぎてしまったから、俺に対して良くない感情を持っているらしい。
しかし半人前だと思ったのは事実だし、いつわりなき本心である。
べつにこのくらいの距離なら、いつでも敵を瞬殺できるから、俺としては十分真面目にやっているつもりだ。
「馬鹿なことは言わないで。あなたたちでは勝てないわよ」
そう言って話に割り込んできたのは竜崎本人だった。
「そんなことは……」
「この余裕を見ればわかるでしょう。心配しなくとも私に危険はないわ。少なくとも武器をトレードするまではね。だから余計なことは言わないで。それよりも、今の戦いを見てどう思ったのかしら。なにかアドバイスはないの」
俺はただ思ったことを言った。
「戦士でレベルをあげてないから、HPと耐久が低すぎるんじゃないのか」
「そんなもの必要ないわ。必要なのは力と素早さだけでしょう。特別に教えてあげるけど、私が上げたのは剣士系と盗賊系だけよ」
剣士は筋力とHPが上がりやすく、盗賊は敏捷と筋力が上がりやすい。
戦士はHPと耐久が上がるし、ダメージ軽減系のスキルも多い。
「回避に失敗したり、魔法攻撃を受けたらどうするんだ」
竜崎は胸元からネックレスを引っ張り出して俺に見せる。
名前を聞くまでもなく、魔法ダメージ軽減30%のネックレスだった。
この学園の貴族がよくお揃いでつけているやつだ。
「私に失敗などないわ。魔法ならこれで十分よ」
「ソロでやるならアタッカーだとしても耐久は必要だろ。盾になるのは自分しかいないんだぞ。いつでも回避できるわけじゃないだろ」
「ふん。期待したのに、型通りのつまらないことしか言わないのね。私が目指してる目標は、そんなに低いところにはないのよ」
どんな目標を掲げているのか知らないが、はたしてカンストダメージを出すのが先か、回避に失敗して死ぬのが先か。
なんとも分の悪い賭けに出ているような感じがする。
それからも竜崎の血にまみれたレベル上げは続く。
耐久とHPがないとこんなふうになるのかと、大変興味深いものがある。
蜘蛛の爪が触れただけで、スパッと勢い良く傷口が開くのだ。
そして大量の血が飛び散って、かなりの割合のHPを失ったことがわかる。
つまり、どれだけダメージを受けたかは、傷の開き具合を見ればわかるのだ。
俺は最初からHPと耐久をあげていたので、これほど派手なダメージを受けたことはなかった。
敵が沢山出た時には、護衛がすぐに魔法でターゲットを取ってしまうので俺の出番はまったくない。
どんなに怪我を負っても、竜崎は怯むことなく戦い続けていた。
順調にやっているなと思っていたら、ぞろぞろと隊列を組んだ一団がやってくる。
「おやおや、どうやら一年のゴミから念願の武器を手に入れたようだ。俺のアドバイスを聞いてやっと始末する気になったか。だから今さらになって、この階層にのこのこ現れたというわけだ」
一年のゴミというのは俺の事だろうか。
始末するなんて簡単に言うが、実際はそんなに簡単なわけはない。
取り巻きに囲まれているうちに気が大きくなってしまった馬鹿な貴族の典型に見える。
「藤原か。お前などにかまってる暇はない。消えてくれ」
「あれは」
俺は隣にいたプリーストに耳打ちする。
「藤原という新興貴族だ。同じノワールから誘いがかかっていて、お嬢様をライバル視している」
藤原とかいう魔導士風の男は、簡単に立ち去るような様子はなかった。
ニヤニヤと気味の悪い目でこちらを見ている。
「消えるのはお前の方だ。お前のような雑魚が同じ狩場にいると、こちらの効率が落ちる。それとも、この俺とやり合うつもりか」
ネクタイの色から見て三年だから、レベルはあっちの方が先行している様子である。
竜崎に追いつかれたくなくて、わざとそんなことを言っているのだろう。
器の小さい男だ。
竜崎の手下どもは、藤原の言葉に歯ぎしりしている。
こっちの方が人数は多いのだから、何故やっつけてしまわないのかと不思議に思ったが、ダンジョン内では人数の少ない方がヒエラルキーは上とされていることを思いだした。
向こうの方が長くこの階層でやっている分だけ、全体的なレベルも上なのだろう。
竜崎があと何匹で、この階層の討伐を終えるのかは知らないが、俺としてはサポートする期間が早く終わってほしいので、こんな茶番で引き下がられては困る。
刀狩りで二週間も無駄にしているので、これ以上時間を無駄にはできない。
プリーストの女は、今にも飛び掛かりそうな周りの男どもを、必死の形相で説得していた。
ちょうどいい。
魔法職相手に腕試しをしてみたいと思っていたところだし、サポートとかいう仕事の範疇だとの言い訳もたつ。
それに同じギルドを後ろ盾にしているなら、ギルド同士の争いには影響がない。
となれば、これは腕試しをする絶好のチャンスである。
それに同じ狩場では人数の少ない方が強いと言われている定説が本当なのか試す機会でもある。
俺ならこの階層を回るのに護衛など一人も必要ない。
自分の実力を把握しておかなければ、今後の攻略に大きな支障が生じる。
竜崎の手下を見てきた限り、俺が負けるような相手ではない。
これから起こることは、きっと竜崎が貴族の伝手を使って揉み消してくれるだろう。
俺はプリーストの女からローブを剥ぎ取ると、それを頭から被り前に進み出て言った。
「そこまでだ。お嬢様への、それ以上の暴言は許さない」
「あ? 貴様は今、自分が何をしているのかわかっているのか」
「お前のような雑魚に、お嬢様の邪魔はさせないと言ってるんだ」
「おい、やめろ! 藤原、そいつは関係ない。今回はこっちが手を引こう。この階層にはしばらく来ない」
なぜかひどく取り乱した様子の竜崎が言った。
「もう遅い。そいつは一線を超えた。ここで引いては藤原家の名が廃る」
急に雰囲気の変わった藤原が言った。
いくら凄んで見せても、やはり俺には紙風船が凄んでいるようにしか感じられない。
「お前もよせ。もういい」
竜崎の言葉を無視して藤原は続けた。
「お前の名前は」
「宮本武蔵」
「ふざけてるのか。言っておくが、お前はもう死んだも同然だぞ。こうなった以上は竜崎にも庇えない。先に手を出してきたのはそっちだからな。悪く思うなよ」
いつ俺が手を出したというのだろうか。
勝ったほうが正義だから、そういう事にするというなら話は分かる。
それとも貴族に暴言を吐いたことが、絶対に捨て置けない事だから、殺すことになっても仕方がないという事か。
だとしたら、どこまで思いあがっているのだろう。
「しょうがない。こうなったら──」
竜崎が手出しをしてきそうだったので、俺は彼女の言葉を遮って言った。
「いいかげん待ちくたびれたぞ、馬鹿たれ。まだ能書きを垂れるつもりか。藤原家ってのは漫談が有名なのか。さっさとしろ、この愚図め」
俺が全力で煽ってみせたら、さっきまで余裕を見せていた藤原の顔色も変わった。
獰猛そうな顔つきになると、右手を高く掲げる。
「おい、お前ら! 殺す気でやれ。藤原家魔道隊の前に出たことを後悔させろ」
突如として、俺に向かって無数の魔法が放たれた。
たしかに一人くらいならやれそうな魔法の量だが、俺を倒すには4人倒せるくらいの火力が必要なのだ。
やはり、お守りを任されてる程度の奴らはこんなものか。
「なにが魔道隊だよ」
避ける気にもならず、スペルシールドを展開する気にもならない威力なので、俺はしばらくその場に突っ立っていた。
俺は半分くらい減ったところでHPを戻した。
「エクスヒールだとッ」
俺は背中に魔力を流し正宗を引き抜いて飛び込むと、端から斬り伏せていった。
後衛職ばかりだから、まるでカカシを斬るみたいに簡単だった。
俺の動きに反応できたのは前衛職の一人きりだったが、瞬身の覇紋が育った俺の動きにはついて来られない。
すぐに藤原だけが残る。
「雑魚の分際でお嬢様に楯突いたこと、あの世で後悔するんだな」
「おい、待て! やめろおおおおおお!!!」
偉そうにしていた藤原も、一撃で気絶状態に入ってしまった。
ツバメ返しも使ってないのに簡単に転がるから腕試しにもならない。
よくこの程度の力しかないのに、あれだけ能書きを垂れていたなと感心してしまう。
「こいつらの始末はお前に任せる。アイテムを取り上げるなりなんなり好きにすればいい」
「ばッ、バケモノか、お前は」
せっかく助けてやったのに、竜崎は失礼なことを言った。
そして竜崎は気付け薬まで使って、藤原たちをプリーストの女に回復させていた。