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第十三話 新しい課題




「そろそろ宿に戻ったほうがいいな」


「すごく経験値が稼げているから、もう少しお願いしたいわ」


 朝からぶっ通しでやっている俺に向かって、花ケ崎は容赦ないことを言う。

 レベルが上がって疲れにくくはなっているが、精神的には疲れが出ていて、もはやモンスターが視界に入るだけで嫌気がさす。

 青白いだけの陰気な洞窟マップなのも、ひたすらに精神を苛んでくる。


「今のレベルは」


「9になったばかりよ。どうしても今回の授業で10まで上げておきたいの」


「まだ一日目なんだから焦る必要はないだろ。明日にはあがるんじゃないか」


「それで、あなたはいくつになったのかしら。──どうして何も言わないのよ。そう、私だけに言わせておいて、自分は秘密にしておきたいわけなのね。いいわ、どうせ興味もないもの。最近は授業の後にダンジョンでも見かけないし、山にでも籠って剣でも振り回しているのかしら」


 それはもちろん7階層でレベルをあげているのだ。

 真似をされて死なれても困るから、それについては言えない。


「秘密だよ」


「初日なのに、私はもうレベル6だよ。さすがにこのくらいになるとあがらなくなってくるね」


「この階層なら、すぐに上がるわよ。では洋子のレベルが7になったら終わりというのはどうかしら」


 借りもあるので、まあいいかと狩りを続けることにした。

 しかし、さすがに大剣を振り回すのにも飽きてきたので打ち刀に切り替えた。

 レベルによってアイテムボックスの容量も拡張されているので、大剣も仕舞えるようになっている。


 打ち刀に変えても相変わらず敵は一撃で倒せるが、攻撃自体は結構かわされるので、敏捷のステータスが足りないことを実感させられた。

 第二階位へと成長した瞬身の魔法を使っているのに、それでも足りていない。

 この魔法は1.2倍強化なので、もとの数値が低すぎるのだろう。

 やはりビショップは後衛職寄りなのだ。


 攻略本にはそれを補う装備についても書かれている。

 本当は街に行くのが今日から解禁になるので、そっちでアイテム集めをしたかった。

 これまでは学園によって、街に行くことが禁止されていたのだ。


 この様子だと、三日あるダンジョンダイブの授業は、花ケ崎によって期間一杯まで使い倒されそうな気がしてくる。

 できれば最終日の午後までには地上に戻りたいところだ。

 すでに4層の奥まで来ていてこれだから、もはや5層に行くより効率を上げる方法がない。


 しかし5層は、Aクラスの連中さえまだ足を踏み入れないような場所である。

 厄介なサーベルタイガーが出るので、天都香に攻撃魔法でもあればわからないが、俺一人では苦戦しそうな予感がする。

 サーベルタイガーに手こずっていれば、サラマンダーの魔法を食らい続けることになる。


 素早いサーベルタイガーに、魔法攻撃のあるサラマンダーの組み合わせである。

 正直、レベルが上がってから刀は試してなかったが、これだけレベルをあげたあとなら、それでも何とかなるような気がした。

 そこで5層に続く階段を見つけた。


「ちょっと行ってみるか」


 さすがに二人とも猛反対したが、試してみたかった俺は強引に階段を降りた。

 最初はサーベルタイガーとサラマンダー二体の組み合わせで、サーベルタイガーの素早い攻撃に防戦一方となっていたら、サラマンダーのフレイムに焼かれてHPがじわじわと減り始めた。

 初めて自分にハイヒールを使ってHPを戻しながら、なんとかサーベルタイガーを倒す。


 そして次に小さいサラマンダーを追いかけまわしながら倒すハメになった。

 なるほど、魔法攻撃が極めて厄介で、ビショップでレベル上げをした俺では、サーベルタイガーを相手にするには、5層とはいえ敏捷の値が圧倒的に足りていない。

 魔法耐性のおかげでなんとかなったが、これではうしろの二人に危険がある。


 俺一人ならゴリ押しで何とかなるだろうが、MPが持つかわからないし、後ろの二人がタゲられてしまったら危ない。


「私たちには手が出せないわ。狙われたら死んでしまうわよ」


 本来ならサラマンダーの攻撃は後衛職がタンクし、サーベルタイガーは前衛職が倒すのだろう。

 前衛職としてのステータスが足りない俺には、手に余る相手だ。

 どちらかといえば、今の俺は後衛職寄りのステータスになっている。


 花ケ崎も精神の値が足りなければ、魔法を使われたところで最悪死んでしまう。

 俺たちは4層に戻って、多少疲れも出て来た体に鞭打ちながら二時間ほど続けた。

 けっきょく天都香はレベル7にもなれず、俺が先に音をあげた形だった。

 4層の宿があるところに戻ってくる頃にはだいぶ遅い時間になっていた。


「申し訳ないのだけど、部屋は二つしか残っていなかったわ。それにベッドは、とても二人が寝られる大きさじゃなかったわね」


「じゃあ俺はあっちでいいよ」


 俺が指さしたのは、簡易的な塀に囲まれて無数のテントが立てられている場所だ。

 宿は高すぎるので、俺は最初からテントの方を借りるつもりでいた。


「わ、私もテントでいいかな。宿はちょっと高すぎるし……」


「お金のことなら心配しなくていいわ。女の子が外で寝るなんて危ないもの」


「そ、そうかな。じゃあ、お言葉に甘えて」


「あなたは本当に外でいいの」


「ああ、それしかないだろ」


「お金を出せば、ロビーくらい貸してくれるかもしれないわよ」


「いや、いい。それじゃまた明日な」


 俺はテントのある方に行って、管理小屋にいたおじさんに20円を払う。

 そしてテントに入って、アイテムボックスから攻略本を取り出した。

 今の俺の課題は、敏捷の値が低すぎて、レベルが20もあるのに素早い敵に翻弄されてしまう事への対策を考えることである。


 攻撃力と耐久だけは有り余っているし、そのせいで一番数値が伸びている魔力による回復魔法の出番がない。

 魔法攻撃は、さすがにMPを温存しておきたいから使いたくはない。

 ダンジョン内では、モンスターだけでなく人間も敵になることがある。

 だから軽々しくMPを使ってしまうと、いざという時に戦えなくなってしまうのだ。


 しかし攻略本を読んでも今すぐにできる解決策は見つからなかった。

 やはり剣闘士でもっとレベルをあげるか、街に行ってアイテムを手に入れるかしか解決のしようがない。

 ローグ系にクラスチェンジすれば話は早いが、ステータスボーナスが敏捷にしかないし、それでは最終目標には到達できない。


 ダンジョンの中は暑くも寒くもないが、寝るにはちょっと涼しすぎる気温だった。

 大きめのテントの中にはベッドが一つあり、小さなコンロが置いてある。

 明かりが豆電球のような照明しかないのが辛いところである。

 保存食を火であぶってから食べると、疲れからかいつの間にか眠ってしまっていた。


 朝は天都香にベッドから落とされて目が覚めた。

 朝と言っても周りは薄暗くて、地獄の三丁目にでもいるみたいな気分にさせられる。


「昨日と同じところに汚れがあるわ。もしかして服を洗ってないのかしら」


 花ケ崎は昨日と同じく、銀色に輝く汚れ一つない純白のローブのようなものを着ている。

 ぶ厚くて高価そうなローブの下は制服を着ているのか、それとも普段着なのか。


「貴族様と違って、俺のテントには飲み水すらなかったからな」


 花ケ崎は気の毒そうな視線をこちらに向けた。

 ポケットから出した、水の入った小さなペットボトルを差しだされるが、なんだか施しを受けているようで、ひどくプライドが傷つけられた。

 封の切られていないペットボトルではあったが、花ケ崎の体温は高いらしく、水は生暖かかった。


 べつに水くらい自分で持ってきているし、替えの下着だってある。

 だが一般の探索者にとって、多少臭くなるぐらいはあたり前のことなのだ。

 そんな当たり前のこともわからないとは、なかなか甘やかされて育ったらしい。


 自分は服が汚れるようなことなど何もなかったくせに、ずいぶんと贅沢なことをする。

 もっとも貴族の中には、シェフを連れてダンジョンに入るのもいるそうだから、そんなのと比べれば庶民的とも言えた。

 水を飲んで打ち刀を腰に差したら、俺の準備はそれで終わりである。


「今日も張り切りなさい。期待してるわよ」


 かわいい笑顔でそんなことを言われるが、こいつは自分の価値をよくわかっているので油断ならないなと思った。

 そんな言葉に乗せられる俺ではないが、早く地上に帰りたいのも事実だから、何も言わずに4層の奥を目指して歩いた。

 自分のレベルも上がらないというのに、俺はなぜこんなことをしているのか。


「経験値を欲しがるわりに、変なのを拾ってきては手助けするんだな。本気でレベルをあげたいと思っているのか。そういえば貴族には責務があるんだったな」


「変なのって私の事じゃないよね」


 天都香が過敏な反応を見せるが相手にしない。

 花ケ崎は表情を曇らせて、なんと答えたらいいのか考えているようだった。


「難しい質問ね。お兄様がとても優秀なので、両親はあまり私に期待を寄せていないでしょうね。家はお兄様に継がせたいでしょうし、しょせん私は政略結婚の駒でしかないわ。だから私には、それなり以上のことは求められていないわね」


 なるほど貴族様も大変である。

 そんな時代錯誤な慣習が残っているくらい、貴族が利権を握っているという事だろう。

 まあ、それでも庶民に比べたら大した悩みではない。


「へえ、大変なんだね」


「お父様はアメリカの大富豪から、お兄様のために、あるクラスの解放条件を買っているのよ。その条件を満たして、クラスチェンジすることが私の目標でもあるかしら」


 花ケ崎の実家が手に入れたのは、アークウィザードに関する情報である。

 たしか魔導士をカンストさせて、盗賊をレベル5まで上げたあと、付与魔術師にクラスチェンジして、ダンジョンでドラゴン族をソロで討伐すれば解放されるはずだ。

 しかし、この世界でその条件を満たすのは相当に難易度が高い。


 授業で習った日本の最高到達階層は28層であり、レッサードラゴンが出るのは21層からとなっている。

 上位ギルドのエース級ならば難なく達成できるだろうが、そんなのは一握りしかいない。

 よりにもよって貴族がなぜそんなことをと思うかもしれないが、貴族として体裁を保つには、それくらいの攻略階層が必要なようである。


 その辺りの階層になってくると縄張り争いは、こんな低層のものとはわけが違う。

 とはいえ貴族なら上位ギルドとのコネ自体は作れるだろうから、妨害の心配はしなくてもすむ。

 ちんたらやっていなければ、まあまあ達成可能な範囲だろうと思われた。

 探索者のピークは早いから、最前線でやれる期間はそれほど長くない。


 それゆえに、無茶をしたり縄張り争いをしたりということが減らないのだ。

 あまり長くダンジョンにいると、やはり精神的に良くない影響が出始めるとのことだった。

 だから10年も続けたら、探索者から足を洗うのが慣例となっている。

 それまでに解放条件を満たして、それなりにクラスレベルもあげるというのは大変だ。


 アークウィザードの解放にはもっと簡単な方法もあるのだが、それを教えられないのがもどかしい。

 普通なら花ケ崎を仲間にしたら、魔女にクラスチェンジさせるのがセオリーのはずである。

 もっとも、かなり高度なAIが搭載されたゲームだったので、仲間になったキャラであっても、プレイヤーの意志で勝手にクラスチェンジさせられるようなゲームではない。


 魔女を解放しても、花ケ崎がそっちにクラスチェンジする可能性は半々だったはずだ。

 俺はソロ攻略だし、彼女は俺の仲間になったわけではなく、落ちこぼれを助けるボランティア活動で一緒にいるだけだから手助けはできない。




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