第十話 レベリング開始
クラス内には、Cクラスに対しての鬱憤が溜まっている。
まるで教室内はお通夜のような雰囲気だが、なぜかカースト最下位の俺には、八つ当たりじみた罵声も多く浴びせられた。
そんな中で、今日から学年全体の合同授業まで始まるから、みな戦々恐々としていた。
合同選択授業は、剣術、槍術、盾術、鈍器、軽業に別れて行われることになっていた。
俺としては剣術の授業一択だ。
誰も刀剣の強さなど知らないのか、盾と片手剣が一番人気で、その次が槍、斧、杖、メイスと続いて、最後が両手で持つ刀剣である。
ほかのクラスにもヒロインはいるから、一目見るのを楽しみにしていたが、剣術の授業には一人も来なかった。
それどころか男ばかりで目の保養になるようなものは何もない。
「チッ、俺の相手はDクラスの最下層かよ」
そう言ったのは、俺とペアになったCクラスのロン毛だった。
この世界ではロン毛が流行ってるのかな。
相手は不満そうだが、Cクラスがどんなものか力試しをしたかった俺にはちょうどいい。
実戦で対人ができるこの授業は、かなり貴重な経験と言える。
すこし煽って本気を出させようかとも考えていたが、その必要はないようだ。
力の差を見せつけようと、すでにその気になっているし、俺をいたぶって今までの鬱憤を晴らすつもりでいるようだった。
俺には尊大な態度でいるが、AクラスやBクラスの生徒にはへりくだった態度をとっているので、今までは相手にもされていなかったのだろう。
訓練に使うのは刃を潰して攻撃力をさげた武器だが、開始の合図とともに、そんなものをいきなり本気で振り回してくる。
鼻先をかすめていく剣先は、空気を切り裂くするどい音を発していた。
俺はとっさにボルトを放って、相手が硬直した隙に突きを放った。
余裕をかましていたロン毛は攻撃を受けてのけ反ったが、その表情にはまだ余裕がある。
「剣術の授業だぞ。魔法なんて使いやがって」
「いやかまわん。それで続けろ」
教師さえ無視して、そんな指示を勝手に出したのはAクラスの生徒だ。
その生徒に対して、目の前のロン毛は媚びたような視線を向ける。
「そっすか。まあいいですけどね」
よく見れば剣術の授業に参加するほかの生徒全員が俺たちの訓練を見ているので、これは格付けの儀式かなんかなのだろう。
直後にロン毛の放ったフレイムバーストが俺の足元で炸裂し、視界が炎に塞がれる。
もちろん剣士の放つ魔法などでダメージは受けないが、すでに覇紋を進化させているのは大したものだ。
魔法を受けても余裕で立っている俺を見て、初めてロン毛の表情から余裕が消える。
地を蹴ったかと思うと、俺は身構える間もなく横から棒で殴られたような衝撃を受けた。
吹き飛ばされて初めて、剣の攻撃を受けたのだと理解した。
空中を舞う俺を、とてつもない脚力でもって追いかけてきていたロン毛が飛んだ。
空中でなんとかその攻撃を受けると、衝撃でまた大きく吹き飛ばされてしまった。
スーパースライムの体当たりにも匹敵するような斬撃の衝撃に、俺は空中でバランスを崩した。
ダメージはそれほどでもないが、このレベルによって強化された戦いには翻弄される。
砂埃を巻き上げて追撃してくるロン毛の攻撃を、地面を転がるようにしてさばこうとするが、ほとんど食らってしまっている。
またボルトを放って、硬直の隙に距離を取った。
耐久のステータスで軽減された剣によるダメージよりも、俺のボルトが一番ダメージを出しているようで、ロン毛はボルトを食らった左肩を押さえている。
このまま魔法だけ使っていれば、倒すことは難しくないだろう。
俺にはヒールもあるしな。
近接クラスにとっては、やはり魔法が一番怖いのだ。
いきなり始まったので、ヒールを使ってはいけないなんて注意は受けていない。
最初は負けイベントかとも思ったが、勝機は簡単に見つかった。
「Dクラス相手に情けない」
外野に煽られて、ロン毛の眼つきが変わった。
ロン毛の剣が赤く染まって、ブレイズのスキルを使ったのだとわかる。
刀身に魔法を纏わせ、攻撃力を強化する剣士のスキルだ。
いきなり目の前からロン毛が消えたように見えた。
瞬時に後ろに回られたと判断して、ふり向いた時には眼前に赤い刀身が迫っていた。
バスケットボールをぶつけられたくらいの衝撃と、鼻先に空気を焦がすような熱を感じ、俺は頭から後ろに吹き飛ばされた。
地面を転がりながら、腕の力を使って態勢を整える。
鼻が折れてしまって息苦しいので、ヒールで元に戻した。
尋常ではない脚力によって生み出される、この人間離れした素早さはかなり厄介だ。
勝つだけなら相打ち覚悟で魔法を使えばいいが、もう少し剣の戦いを続けてみたい。
しかしスピード差だけは、さすがにどうにもならないだろう。
背中の覇紋に魔力を送ってみるが、強化されたと言える手応えは薄かった。
もうちょっと経験値を注ぎ込んでやらなければ、身体強化の方は役に立ちそうもない。
剣で戦いたいが手詰まりだ。
ボルトを放って攻撃を誘ってみると、今度は左に回り込んできたのが見えた。
集中していれば目で追えないことはないが、いかんせん体がついて来ない。
腕で脇腹への攻撃をガードしても、凄まじい力によって体勢を崩されてしまう。
吹き飛ばされたところで一直線に追ってきた相手へ、俺は苦し紛れにボルトを放った。
それでロン毛は体が硬直して、その場に立ち止まる。
「勝負あったな。おい、新入り。こっからは魔法なしでやれ」
「そんな! まだ勝負はついてませんよ」
「いや、お前の負けだよ。魔法に対処できてない時点でな。斎藤、次はモヒカンの相手をしてやれ」
そういえばこいつも剣術の授業を選んだのだったかと、俺は隣にいたモヒカンを見る。
いつも偉そうにしているモヒカンは、足が震えていて立っているのがやっとというありさまだった。
モヒカンはものの数分でボコボコにされて地面に転がされた。
そのまま回復も受けられずに、授業が終わるまで転がされていた。
わざわざこいつを回復してやるようなことはしない。
俺の方は、回復があるから最後まで立っていられたものの、ロン毛の斎藤相手に一方的にやられる展開になった。
敏捷のステータスで負けていれば、剣だけで勝つことなど不可能らしい。
それにスキルを使われると、かわすなんて不可能に思える速度の攻撃が来る。
この斎藤だって敏捷が特別に高い訳ではなく、魔法にリソースを割いているから、剣術の授業では下位カーストに属しているのだ。
授業が終わって教室に戻ると、まるで葬式のような雰囲気になっていた。
シクシク泣いている女子の声と、男子のうめき声が教室を満たしている。
俺としては自分の課題がわかった有意義な授業だったように思うが、なにを落ち込んでいるのだろうか。
みんなボロボロで、授業を受けられる状態でもなかったから、そのまま放課となった。
どうも、この授業でDクラスがボロボロにされるのは毎年の恒例らしく、最初から午前だけの授業で終わらせるつもりであったかのように思える。
教師たちも、このDクラスに対する差別を見て見ぬふりしているきらいがあった。
いや、この学園のルールは強さこそがすべてなのだ。
予定通りと言わんばかりに、昼休みの前にはクラス委員長となった風間洋二から、午後の授業はないと伝えられた。
そのまま葬式のような雰囲気で話し合いが行われることになったので、俺は教室を抜け出した。
とにかく今はレベルをあげたいから、あとで結論だけ聞いておけばいい。
せっかく時間があるのだからと夕食を買い込んで、ダンジョンの7層を目指した。
道中、敵が出たら煙玉というアイテムを使って逃げる。
7層は魔法でしか倒せないゴーストというモンスターと、スケルトン、ゾンビが出る。
古戦場跡のようなマップで、そこらじゅうに折れた槍や車輪のようなものが地面から突き出たりしていて、足場がかなり悪い。
ここはビショップだけがスピードレベリングできる狩場というわけだ。
敵が使ってくる魔法もかなり強力で、しかもゴーストは魔法でしか倒せないということもあり、属性武器が貴重なことから、みんなが素通りしていくマップである。
ゴーストもゾンビもハイヒール一発で倒せるが、問題なのは動きの速いスケルトンで、魔法耐性まであるから、マップの一部にあるスケルトンが出ない場所まで行く必要がある。
この狩場情報を秘匿するために、端末は寮に置いて来てあるので迷子にだけは気を付けよう。
まあ攻略本には詳細な地図もあるので、あまり心配はしていなかった。
ほどなくして目的の場所に到着する。
倒したゴーストがドサリと蜜柑サイズの魔石を落としてくれたので、お金の方も悪くなさそうだし、視界に入ったはしからヒールで倒していけるので効率もいい。
こんな高効率な狩場を知っていたら、低層階での縄張り争いなど好きにやっていればいいという気持ちにしかならない。
せいぜい時間を無駄にしていればいいのだ。
マナポーション
効果時間3600秒 15秒ごとに3回復
エーテル結晶から作られるMP回復薬で、ポーションとは比べ物にならないほど高価。
研究所でたくさん拾うことができる。
研究所で拾ったマナポーションは7つしかないので、それを使いきったら帰ろうと思う。
次からは自分で買わなければならないが、問題は一つ1200円という値段だ。
研究所にはそう簡単に入れないし、購買でたくさん買うのも不自然すぎる。
そもそも、ここで出る魔石を売ってもそこまで稼げるとも思えない。
高価なマナポーションを使っている罪悪感から、イマイチ狩りにも集中できなかった。
ゲームでは問題にならなくとも、現実でマナポーションを使いすぎると精神に影響をきたす可能性がありそうなのも引っかかるところだ。
魔法一発で敵を倒せるから、狩り効率だけは尋常ではない。
三時間もやったら、レアドロップが二つも出た。
野太刀というEレアのとてつもなく長い日本刀が出たが、攻略本にはあまりいいことが書かれていなかった。
こんな中二心をくすぐるデザインだというのに、売ればそこそこの値段というような評価である。
ゾンビ相手に試し切りをしようとしてみたら、あまりの扱いにくさにあやうく殺されかけた。
ゾンビはすごい怪力で、刃がまったく通らないし、口から吐き出す冷気魔法は骨にまで達するほど肉を凍らされた。
ダメージを二回も半減してそれだから、背伸びした狩場にいるというのを忘れたら命を落とすなと、自分の油断を戒める。
深夜前には打ち刀という俺でも使えそうな武器が出てくれた。
打ち刀(E)
追加ダメージ+40
それを合図に切り上げることにする。
忍者刀よりは攻撃力が高いので、武器はこっちに乗り換えることにしよう。
急いでダンジョンから出て、閉まる前に校内へと滑り込む。
リングやらなにやら使わないアイテムを購買部が閉まるギリギリに売ったが、3000円くらいにしかならなかった。
かなりの稼ぎだが、1万円近いアイテムを消費しながらの狩りだったから嬉しくはない。
レベルは14まであがった。
心配だったステータスのあがり方も、特におかしなところはなかった。
あの場所ならまだレベルが上がりそうなので通いたいが、MPの問題がある。
休みながらでは、今日ほどの効率は出せない。
疲れた体を引きずって、暗くなった寮の自室に戻ってきたら、端末には花ケ崎から連絡が来ていた。
けっきょく話し合いでもたいしたことは決まらずに、クラス全体の底上げをするという事で決着したようだ。
俺は攻略本を持ってベッドに入る。
どうやら野太刀を扱うには、大剣スキルを上げなければならないようだ。
まったく横道にそれてしまって必要がないが、これを上げてみたい誘惑にかられた。
今日手に入れた野太刀はまだアイテムボックスの中に入っている。
明日になったら初心者向けの大剣でもレンタルして使えるようにしてみようか。
あまりに今日のレベル上げが順調すぎたこともあり、強さを隠すためにも授業中はそれを使って大剣スキルを上げるというのもありな気がしてきた。
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