後編
今回は今までオブラートに包んでいたリリィの過去について触れられています。
ショッキングな表現があるので注意してください。
コミカルな部分もありますがシリアス多めです。
恐る恐る階下に行ってみるとやはりというか、ユリウスがそこにいた。
服は……ちゃんと着ている。良かった。
他には誰もおらず皆、部屋に戻っている様だ。
「やぁ、リリィ君。こんばんは」
「ユリウス…………あんた何でここに。ベリンダと食事に行く約束をしていたんじゃないの?」
「ああ。確かに食事に誘われたね。だけど君の様子を皆から聞いてね。それどころじゃないと丁重にお断りしたよ」
「ちょっと、何でそんな……」
「何故かだって?君は僕にとって大事な人だ。そんな君の様子がおかしいのに呑気に食事などしていられないさ。それに、正直なところああいう女性は苦手でね」
まあ、確かに私も元々好きじゃなかった。
「…………あのさ、彼女…………何か言ってなかった?」
正直なところ、聞くのが怖い。
ベリンダは私が手を切らないのなら『あの事』をユリウスに喋ると言っていた。
「君の事を、僕の隣に居るには相応しくない平民女だって言っていたね。だからはっきり言ってやったよ。『ならば貴女は僕の隣に相応しくない狭量な貴族だね』ってね」
「うわ……」
これはまたはっきりと言い切ったものね。
「そうしたら言われたよ。君のとんでもない秘密を知っている、とね」
「――ッ!!」
ああ、そんな……終わった……一番恐れていた事だ。
間違いなくあの事をばらされた。
知られたくなかったのに……
私は膝をつき崩れ落ちた。
「リリィ君!?」
駆け寄った彼は抱き起そうとしてくるが私はそれを手で制し拒絶する。
「お願いだから触らないで…………ベリンダの言う通りよ。私はね、そういう女なの。そうよ、だから逃げるように転校してきたのよ。だから男の人が怖いの!!」
「え?」
「聞いたんでしょう?私が転校前の学校で乱暴されたって。あれはね、本当の事なのよ!!」
「!?」
旧校舎の男子トイレに閉じ込められた私は散々からかわれ、そのまま放置された。
ビームを使って無理やり出る方法はあったが学校で使わない様にきつく言われていたのもあって私はそれを馬鹿正直に守って閉じ込められたままになっていた。
途方に暮れているとやがて私を閉じ込めた上級生のリーダー格、ルークがひとりで戻って来た。
ルークは私をトイレに床に押し倒しそして……
その時には冒険者としてのライセンスを既に持っていたので凶暴な魔獣とも渡りあっていた。
それなのに、たったひとりの男性に恐怖し、何も抵抗出来ずされるがだった。
ずっと隠してきたのに。
ケイトとアリスの三人で親にも隠してきた過去だった。
自分の弱さに打ちのめされながらただ終わるのを待つしか無かったあの無限にも感じた時間。
空間に響く自分の泣き声、そしてあの男の声や息遣いは今でも頭にこびりついている。
そのまま親にも言えず隠してきた。
今までどれだけ苦しかったか。
今でも時々その時の事がフラッシュバックしてしまう。
私はそれらを泣きながら半ばやけくそにぶちまけた。
彼はただ、黙ってそれを聞いていた。
「わかったでしょ?ベリンダの言う通り、私は………………」
それまで黙っていたユリウスは私の言葉を遮り力強く言葉を重ねた。
「リリィ君、君は何も悪くない」
「!」
私が部屋に籠り泣いている時にケイトとアリスもよくそう言ってくれた。
『あんたは何も悪くないから』
『リリィは何も悪くない。ボク達が守るから』
「何でそんな事言うのよ……そんな…………」
「辛い事なのに話してくれてありがとう。今こうやって話してもらうまで何も知らなかった自分が情けない。君と向き合っているつもりだったのに全然違う所を向いていた様だ」
あれ?
今…………変な台詞が出た気が……
「……ユリウス、今あんた……この話を初めて聞いたみたいな風に言わなかった?」
「ああ。初めて聞いたよ。君がそんな風に抱え込んで苦しんでいることに気づかなかった自分の不甲斐なさに腹が立つ」
「…………えっと、ベリンダから私の過去を聞いたんじゃなかったの?」
「いや、聞いてないよ。『それくらい知ってる』って言い捨てて出て来たから」
「え?」
「いやその……」
ユリウスはバツが悪そうな表情で頬を掻く。
「てっきり君が会計時代に机に隠していてこっそり食べていたお菓子の事かと思っていて……」
「…………………………………………はい?」
彼の言葉に私は硬直した。
いや、確かにお菓子を隠していたけど。
え、まさか、まさか……
「そうしたら……その、違ったようだね」
「えっ……嘘でしょ?まさか…………あんた本気で?」
小さく頷く彼を見て開いた口が塞がらなかった。
つまり私は秘密が暴露されたと早とちりしてそのまま自分で秘密を話してしまった、という事。
ヤバイ、頭が痛くなってきた。
私は立ちあがるとふらつきながらソファに腰を下ろしのけぞった。
「信じられない……もう最悪」
さっき流した大量の涙は何だったのだろう。
しかも自分から言ってしまった。こんな形でばれるなんて……ああ、もう疲れ切ってしまった。
「あの、リリィ君それでなんだが……今の話を聞いた上でだ。改めてボクは君に交際を申し込みたい。君を傍で支えていきたい。僕は世界中の誰より君の事が好きなんだ」
ああ、また始まった。
だから男から告白するとかさ、ナダ人の男としてどうなのよ。
「その男からの告白何とかしてよ…………まあ、そういうちょっとダサいとこも含めてあんたの事が好きになっちゃったんだけどね……」
「え?今のって……………」
「…………………………………………あっ」
自分の言葉を脳内で再生し直し…………うん、そうよね。そうなるわね。
「えーと…………」
やっちゃったあぁぁぁぁぁぁっ!!
私はゆっくりとユリウスの顔を見る。
真剣な表情でこちらを見る彼の頬は紅潮していた。
今のナシ、今のナシだから!
脳内で瞬間的に言い訳大会が開催されるが何を言っても自分が『好き』と放った言葉を彼に聞かれてしまったことに変わりはない。
「リリィ君、つまり僕たちは両想いって事で……いいんだね?」
「そ、そうね…………」
「それでも……付き合ってくれないのかい?」
「駄目…………だって私は現在進行形で壊れてるの。フラッシュバックするし、男の人は怖いし」
「一緒に乗り越えていこう。僕達ならそれが出来る。僕が補う。だから傍で支えさせてくれ」
「ううっ~!」
ああもうそんな真っすぐな表情でこっちを見ないでよ。
顔が、顔が熱くなる。
「…………私はこんなだから手を繋いだりハグしたりできないよ?」
「君にはドラゴンスープレックスという素晴らしい愛情表現があるじゃないか」
いや、どんな愛情表現よ……まあ、確かにあれって私なりの彼への愛情表現なのかもしれない。
「キスも……多分無理。その後とかも当然……」
「愛というのはそれが全てじゃないだろう?」
こ、こいつ迷いがない!
でも何というか……
ある意味事故だが話せてよかったかもしれない。
彼が真正面から受け止めてくれたから。
『君は何も悪くない』って言ってくれた。
その言葉に、私は救われた気がする。
「…………それじゃあその、こんな女だけど…………お願いします」
ぽそぽそと呟きながら私はユリウスの告白を受け入れた。
この瞬間、私とユリウスは正式に恋人関係になったのだ。
「……っ!ゆ、夢じゃないだろうか。遂に、遂にこの日が!」
「大袈裟すぎ。まったく……」
まさかこんな形で前へ進むことになるとは……
そんな事を考えていると彼の腹が鳴った。
「えーと……これはその……」
そう言えばこいつ、ベリンダとの食事を断って来たって言ってたっけ。
「私もご飯食べてないから……何か作ろうか。そうね……『キャノリア』があったから天ぷらでもどう?」
「おおっ、それはいい!と……言いたいところだがどうやらその前にすることがありそうだね」
「え?」
彼が指さした先、そこには父様、そして母様、アンママ、リズママ、ケイトの5人が立っていた。
いつの間にあんなところに……
まあ、そりゃ実家の1階でラブロマンスしてたら皆気になるか……
父様が前に出る。
「それじゃあユリウス君、ふたりで話でもしようか」
「ええ。そうですね。お義父様」
「ちょっと待って!付き合う事にはなったけど結婚するとは言ってないからね!!」
いや、一番のネックだった壁を一応超えたのだから多分その内するとは思うけど……
父様に連れられユリウスが出ていく。
そして……
□□
「えっと……というわけでユリウスとお付き合いすることになって……えーとそれで……」
報告をしつつ、息を整える。
私の視線を感じ、ケイトもうなずく。
「母様達にずっと隠していたことがあって……もしかして聞こえてたかもしれないけど学生の時、トイレの事件の時だけど……私はその……」
「わかっていましたよ、リリィ」
母様の言葉に息を呑んだ。
「あなたの様子を見て恐らくそうだろうと。ケイトとアリスが協力してそれを隠していることも何となくですが察していました」
ケイトが目を伏せる。
「そう……だったの?」
「ごめんなさい。あなた達が必死に隠そうとしていたから、それ以上聞けなかった。それに私もあの時、どうしてあげたらいいかわからなかったんです。それでアンジェラとリゼットと3人で何度も話し合い決めました。あなたが自分で話してくれるまで、何があったか追及はしないでおこうって。私達に出来る事はあなた達が少しでも元の生活に戻れるように今までと同じよう振舞う事でした」
「母様……」
「でも時々思う事もあります。もしあの時無理にでも話を聞いていたら、もっと違った形で支えることが出来たかもしれない。ケイトとアリスについても重いものを背負わせてしまいました」
「メイママ、ごめんなさい。あたしは……」
謝るケイトに母様はゆっくりと首を横に振る。
「私にアンジェラとリゼットが居たように、リリィにもあなたとアリスが居てくれて本当に良かったです。おかげでリリィは孤独じゃなかった。部屋から出てこれたし、また学校に通えるようになりました。そして、ユリウスと出会い絆を深めることが出来た。あなた達のおかげです」
その言葉にケイトが両手で顔を覆い嗚咽を漏らした。
アンママがケイトの肩を抱く。
「私も、お父様とこの事について話が出来たのは最近の事です。彼も薄々気づいていた様でどうしようかとずっと悩んでいた様です。どうやら家族みんなで気を遣い合っていたようですね」
「そっか……父様も……」
「アリスとはあの子が出張から帰ってきたら改めて話すね。あの子の事も楽にしてあげないと」
リズママが外国へ出張へ行っている娘の名を口にした。
そう、ケイトと一緒に私を支えてくれていた妹。
あの子は私にひどい事をしたルークを拳が骨折する迄殴り続けたそうだ。
「みんなに心配かけてばかりだね、私」
「まあ、それでも可愛い娘だわ。そう言えば異世界へ家出した時あったでしょ?あの時のメイシー、本気でヤバかったんだから」
まあ、確かにあの段階で察していたのだったら私の家出に関しても深刻度が相当変わってくる。
「あれは10歳くらい一気に老けた気がします。あの後初めての白髪を見つけましたからね」
「うっ……そ、それはごめんなさい」
皆が吹き出す。
ああ、この人達が家族で良かった。
長い時間がかかったけど、ようやく私は背負っていたものを降ろすことが出来たんだ……
□□□
翌日、私はユリウスと共に職場の皆にユリウスと交際を始めた事を報告した。
歓声と共に祝福されたが中には『え、まだ付き合ってなかったの!?』という声も。
ちなみにユリウスは昨夜、父様と色々話をしたらしいが内容については『男同士の秘密さ』と教えてくれなかった。
ただ、父様もユリウスとの交際については快く祝福してくれた。
そして今回の騒動を引き起こしたベリンダはどうなったか?
昼頃になって父親であるブロダイウェズ卿と雇い主であるアルスター卿が血相を変え揃って謝罪にやって来た。
どうやらアルスター卿の支援者にはリーゼ商会の関係者が多いらしい。
今回の件でもしリズママが怒って声をかけようものならアルスター卿はあっという間に大きな基盤を失ってしまう。
そしてブロダイウェズ卿にとって父様は何度か命を救ってもらった大恩人。
そんな人の娘に害を為したなどとんでもない話だ。
というわけでベリンダはアルスター卿の秘書としての任は解かれ、更に父親からは遠縁の嫁に無理やり出されたそうだ。
この国で『嫁に出される』というのは娘の不始末を隠す為の流刑みたいなもので要するに『お前は大人しくして表に出て来るな』という意味である。
ベリンダが置いていった手切れ金は迷惑料として納めて欲しいと言われたがしっかりと突き返しておいた。
「さて、それじゃあ次は君の心を鷲掴みにするようなプロポーズを考えないといけないね」
「昨日から付き合い始めたばかりでしょ。気が早い!ていうかダサいから男からプロポーズしないでって。その……取り敢えずその辺はこうご期待ということで。ああ、それより……今日のお昼だけど、その昨日作ってあげられなかった天ぷらでも揚げようかと思うけど、どう?」
「本当かい!?ありがとう!!」
興奮したユリウスが私の両手を取り、皆が『あっ…』と小さく叫び……
「だから……予告なく触るな!!」
いつも通り、私達の始まりとなったドラゴンスープレックスが炸裂する。
まあ、彼なら実は結構触るの平気なのだがやはりそこは様式美という事で。
私達の歩みは昨日よりも大きな一歩を踏み出していた。
これから紡がれていく日々が楽しみだ。
とりあえず晴れて恋人になれた二人というハッピーエンドです。
えーとこれ、TAKE20くらい書き直してようやくこの形に落ち着きました。
本作に出て来たベリンダですが他の作品で再登場の予定です。