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前編

今回登場するベリンダもちょっとかわいそうだなって所はありますがそれでもとんでもない事をやってくれています。

後、今回のケイトについて『転生剣王』に出てくる彼女の孫であるシャンテも同じような事をしているので血筋だなって感じで書いています。

 私達の世界は花が咲く温かな気候の『桃虎の節』を迎えていた。

 父様の世界で言う所の3月にあたり、お祖母様の名前である『弥生』とも呼ばれている。


 隣に居るのは学生時代からの腐れ縁で仕事のパートナーであるユリウスだ。

 とある依頼者との打ち合わせ後、ふたりで事務所へ戻る途中、私達はある食べ物について話をしていた。 

 

「待ってくれリリィ君。それじゃあ君のお父さんの世界では葉っぱをフライにするのかい!?」


 彼が驚いているのは私が先日食べた『菜の花の天ぷら』についてだ。

 お祖母様が作ってくれたのだがこれがまた美味しかったので話題を振った。


「フライとは使う粉の種類が違うの。食感なんかも違うわ。それと葉っぱじゃなくて私が言っているのは食用の花よ」


 天ぷら自体は何度か作って貰っていたが『菜の花』については初めてだった。

 まあ、正確には菜の花ではない。それのよく似たものがこの世界でも流通していたことに気づいたのだ。


「あんた『キャノリア』って花知らない?リレッジ地方で主に栽培されているの。ソテーなんかで使われているわね」


「名前は聞いた事があるけど……気になるな。どんな味なんだろうか……その食材は一般に流通しているのかい?」


 ユリウスはどうやら未知の食べ物への興味でいっぱいの様子だ


「あまり一般家庭には普及していないわね。地元のレストランとかで消費されていることが多いみたい。ただ、最近リーゼ商会が取り扱いを始めたからこの辺でも手に入らなくはないわ」


 我が家に3人いる母親のひとり、リズママことリゼット。

 彼女が立ち上げたリーゼ商会は様々な事業を手掛けておりその中には地方の名産を各地に届けるという商売もあった。


「その、君は天ぷらを……その……」


 ユリウスは言い淀む。

 付き合いが長いので彼が何を求めているか、何となく察することが出来た。


 この男、意外に食に対する好奇心が強い。

 元々の彼は『貴族的』な食事を好んでおり庶民の味になど興味を持っていなかったらしい。


 だが私にドラゴンスープレックスをされてから色々と考えが変わっていったらしい。

 特に彼自身は大の野菜嫌いであり厳しめの両親もその辺は少し甘やかしていた様だ。

 

 学生時代は私達の弁当を見ては『これは何だい?』と聞いてきたものだ。

 というか女子のお昼ご飯にしれッと混じってくるなと毎回思っていた。


「ん。作り方は一応習得している。だから今度作ってあげるわ」


「おお!それは楽しみだよ!!」


 まるで恋人、あるいは夫婦のような会話をしている私達だがそういった関係ではない。

 生活力が無い癖に家を出されて困っている彼の元へ何だかんだ理由をつけて食事を作りに行ったりしているが恋人関係では無いのだ。


 しかし奇妙な事にお互い好き合っている状態だ。

 元々ユリウスが私に対し何度もアプローチをかけており何度も振っている。


 ただ、最近になって自覚したのだが……いつの間にか私も彼の事が好きになっていた。

 ならばさっさと付き合えばいいものだが私の事情がそれを阻んでいた。


 大分改善されてはいるが私は学生時代の経験により男性恐怖症になっている。

 長い付き合いである彼の事は限定的に触ることが出来るし。特に恐怖は感じない。

 それでも関係が進むことを私は恐れていた。


 本当は自分でも望んでいる。

 彼と先へ進みたい。この想いを伝えたい。

 だけど…………勇気が出せない。

 その『先』を考えてぶち当たるであろう『壁』を想像してしまう。


「ユリウス先輩?」


 歩いているとひとりの女性が声をかけて来た。

 

「うん?確かにそうだが……どこかでお会いしたかな?」


 髪をお団子状にまとめたその女性を、私は知っている。


「学校の後輩よ。ベリンダ…………ブロダイウェズ家のご令嬢で副会長」


「ああっ、ブロダイウェズの!いや、見違えたね。一瞬分からなかったよ」


 バツが悪そうな顔で私の方を見る。

 ああ、こいつ完全に忘れてたな。


 ユリウスは学生時代生徒会長をしていた。

 ベリンダは彼が会長の時に副会長をしていた生徒だ。

 彼に好意を抱いているようでよくアプローチをかけていた。


 まあ、この反応を見るにほぼ認識されて無かったんだろうな……

 何故そんなに知っているのかと言えば私が会計職として生徒会に居たから。

 

 輝かしい生徒会なんて場所は私には似合わない。

 ユリウスから誘われ一度は断ったのだが『リリィ君と会える時間が減るなら職を辞する』とかわけのわからない事を言い出したのだ。


 そんな事になったらただでさえ血統重視派の中心だったユリウスが執心という事で学内でも目立っていたのが更に目立ってしまう。


 という事で『出来る限り目立たない』事を条件に会計になったのだ。

 まあ、その時の経験が色々と役にたってはいるからいい経験だったが……

 

 ちなみに、私はこの子の事があまり好きではない。


「それで……君は元気にしているのかな?」


「ええ。今はアルスター卿の秘書をさせていただいています」


 アルスター卿は確か旧伯爵家の出身で国政にも関わっている大物政治家だ。


「アルスター卿の?それは凄いじゃないか」


「先輩は一体何をされているんですか?てっきり政治の道へ進むとばかり思っていましたが」


「僕はここにいるリリィ君と猟団を立ち上げ運営しているよ」


「……ああ、えーとそちらはリリアーナ先輩でしたよね?平民の」


 あえて『平民』とつけてくるか。

 やはりこういった部分は学生時代と変わっていない。

 まあ、彼が自分には目もくれず平民の私にずっとアプローチをかけているのは面白くなかっただろうけど……


「ええ、久しぶりねベリンダ」


 ベリンダは私の事は無視して続ける。こいつ!


「先輩ならお父様の後を継いで立派な政治家になれたでしょうに。それが猟団だなんて……」


「父上は確かに立派な人だしその仕事を尊敬している。だがらといって同じ道を歩む必要はない。僕に何が出来るか、何をしたいか。それを考えた結果、こうやって彼女と働いている」


 ……何よこいつ、ちょっとカッコいい事言ってるじゃない。


「そうですか……ところでおふたりはその、お付き合いをされたりしているんですか?」


「残念ながらまだだね。前節に通算33回目の玉砕をしたが僕は決してあきらめないよ」


 こいつは恥ずかしい事を堂々と……それにしても33回告白して振られても諦めないのって凄いメンタルだと思う。


「……そうですか」


 この後、少しだけ取り留めも無い話をして私達は彼女と別れた。

 時折彼女が向けてくる敵意に満ちた視線に私は胸騒ぎを感じていた。

 

 それからしばらくして……

 ミアガラッハ猟団の事務所にベリンダがやって来た。

 ちょうどユリウスが居ない時を見計らっての事だった。


 話がしたいという事なので会議室に通す。

 扉を閉めると彼女はカバンからおもむろにお金の束を幾つか出して机の上に置いた。


「えーと……何か仕事の依頼があるのだったらルール上、まずはギルドを通して欲しいんだけど。その時にウチを指定してくれたらきっちりと受けるから」


「ユリウス先輩とは手を切ってください。これは手切れ金です」


「えっと……」


「あの人は本来なら政治家を目指すべき方です。それなのにあなたみたいな人に騙されてこんな小さな事務所で働かされている。ここはあの人に相応しい場所じゃありません」


 嫌な予感はしていたけどこんな行動に出るなんて……


「あなたね……ここはあいつに相応しい場所じゃないとか、それを決めるのはあいつ自身よ?それにお金で解決しようとか、あいつはモノじゃないのに……」


 ベリンダは私の言葉を無視して続ける。


「あなたの事は学生時代からずっと気に入らなかったです。暴力事件を起こしたような低劣なあなたが先輩に好かれているなんて意味が分からなかった。それに、先輩からあれだけアプローチを受けておきながら断り続けるだなんて平民の癖に何様のつもりよ」


 彼女の言葉は私への八つ当たりになっていた。

 確かに彼女からすれば理解不能な光景だったと思う。


「……それは、私にも事情があって」


「事情ね……まあ、確かに他の『男の手垢のついた』あなたは先輩にはふさわしくないですよね」


「え?」


 その言葉に私は凍り付く。

 憎しみのこもった表情で私を睨みつけ、ベリンダは言い放った。


「わたし、知ってるんですよ。先輩が転校してきた本当の理由。ルークの事」


 何年も聞いていなかった。忘れようとした。

 私の人生を壊した男の名前。

 それが私の心臓を鷲掴みにした。


「ルークとの事、先輩が聞いたらどう思うでしょうね?」


「──ッ!!」


 世界が傾いていく感覚と共に脚の力が抜け踏ん張ることも出来ず後ろにのけぞりそうになった。

 眩暈と共に脳裏にあの日の光景がよみがえってくる。

 あの冷たい床の感触。

 無限とも思えるほどに続いた絶望の時間。


「私、今夜先輩と食事に行く約束をしました。あなたはそろそろ自分の身の程を理解して手を引いてくださいね。その方がお互いの為ですから」


 そう吐き捨てて彼女は去っていった。


□□


 私は会議室の隅でかがみ込み泣きじゃくっていた。

 傍には女性事務員のジルが付き添ってくれていた。

 

 しばらくして団員達から連絡を受けて母様とリズママが迎えに来てくれ私はそのまま早退した。


□□□


 早退して家に帰った後、私は食事もとらず自室に引きこもった。

 あの時の様に、部屋の隅で膝を抱えていた……


 何度か母様達が様子を見に来たが私は鍵をかけて拒絶した。

 今回の件を話せばそれはあの時の事に繋がってしまう。

 あの時の事は母様達に話をしていない。

 

 知っているのはケイトとアリスだけだ。

 二人に見つけてもらった私は必死に頼み込んだ。


『言わないで。母様達には絶対言わないで。知られたくない……』


 私の願いを姉と妹は聞いてくれた。

 三人で必死に誤魔化した。

 思えばあの時の選択が間違いだったのかもしれない。

 だけどそれしか考えられなかった。

 

「リリィ、入るよ?」


 ケイトの声が聞こえて来た。

 私は返事をしなかった。そんな余裕がない。

 やがてガチャガチャとドアノブを回す音と共にガチャリと鍵が外れる音がして扉を開けて姉が部屋に入って来た。


「鍵、掛けていたんだけど……」


「これくらいの鍵なら解錠は簡単よ。ギルドの受付嬢を舐めないで」


「……いつからギルドの受付嬢には盗賊スキルが必須になったのよ……」


「まあ、開けられないならビームで扉ごといくつもりだったし」


 開けられるレベルの鍵で良かった。

 いつもと同じ調子の彼女に私は少しだけ安心した。

 ケイトは私の隣に腰を下ろす。


「大丈夫……じゃないよね」 


 無言で頷く。


「ユリウスと喧嘩した?」


 首を横に振って否定する。


「……それじゃあ、『あの日』絡み?」


 反応はしない。

 それでケイトは察したのだろう。

 顔を歪め黙り込みそのまま傍に座っていた。

 しばらくして、私はゆっくりと口を開く。

 ベリンダと再会した事。

 彼女が私の過去を知っておりユリウスと手を切らないなら彼にその事を話すと脅された事。


「ベリンダ……あいつ、何てことしてくれるのよ……せっかく立ち直りつつあったのに!!」


 話を聞いたケイトが片手で額を覆っていた。


「やっぱり私はダメだった……」


 乗り越えつつあると思った。

 ユリウスの事を好きになって少しずつ前に進んでいって、時間はかかるけどいつかは……

 だけど、やっぱり……


「あんたはいいの?このままあんな奴にユリウスを渡して、それでいいの?」


「…………いいわけ無いじゃない。でも、ユリウスには知られたくない」


「それは……」


 私の一言でケイトはそれ以上言えなくなってしまった。

 あの日と同じ言葉、『知られたくない』。


 そう、このまま諦めてしまえば彼に知られる事は無い。

 ユリウスなら政治の世界に行ってもきっと活躍できるだろう。

 でもその後、私は……?


 今までみたいに生きていけるだろうか?

 正直、自信が無い。


「リリィ、あなたにお客様が来てますよ」


 頭が混乱する中、部屋に入ってきた人が居た。

 母上だ。


「メイママ、今は……」


「もう中に入れてしまいました。玄関にあんな変態が立っていたら近所迷惑ですから」


 は?変態?

 私を訪ねてくる変態だなんて一人しかいない。


「居間で待ってもらってます。待たせてはいけませんよ」

後編は昼頃投稿予定です。

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