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奈落の星  作者: 新人
Stage-06 寄る辺なき者ども
60/66

#60 蒼き世界

 規則正しく流れる電子音が何を意味するかは確認するまでもなく分かった。彼は目を――その“目”が如何なるものかも既に理解していた――“それ”に対して向けた。

 棺のような生命維持ポッドが視界に映った。ポッドの周囲には各種電子機器や必須生命維持物質の供給タンクが併設させており、ポッドに接続されている。ポッドの上面の一部は透明となっており、内部を観察できた。彼はそこに向けて視界をズームアップさせた。

 少年だった、1人の少年が寝ていた。目は閉じ、微動だにしない。果たして生きているのかと疑いかけるが、胸部は上下しており呼吸しているのは分かる。だが弱々しく、今にも止まりそうだった。それに顔色も悪く、容態の悪さを伺わせた。彼は少年が既に“死んで”いると認識した。


『フェルミ大佐――いや、大佐ではなくなっていたか――ここ(・・)に居るのだろう?』


 彼はフェルミの名を口にした。すると視界に1人の男の姿が映り込んできた、金髪碧眼の背の高い男だ。どこかクラシカルな背広姿をしている。その出で立ち見て彼は男――フェルミの“現在”を理解した。


『汎米連合軍を辞めて、それから直ぐにどこかに就職できたようだな。それとも辞める以前からになるか?』


 フェルミは微かな笑みを浮かべて口を開いた。


「汎米軍は兼業認めていないよ、玖劾クガイくん」


 そうか、と彼――玖劾は応え、更に言葉を続けた。


『取り敢えず確認したい。ここはどこだ? 三佐や特曹、モランやレイラ―たちはどうなったんだ?』


 フェルミは頷き、応える。


「ここがどこかと言うと、どこかの医療施設だと言っておく。詳細は複雑になるので後にしたい。軍や皇国の公的施設ではないよ。小隊の仲間たちもここに収容されている。最高度の医療施設だから安心してほしい――と言っても今の状態では無理かな?」


 フェルミは玖劾に目を向け――彼を見ている視線に向けて――言葉を続ける。 


「君は自分の現状を理解しているようだね」


 彼――玖劾は澱みなく応えた。


『うむ、俺の肉体は死んだも同然のようだな。ポッドの生命維持機能でかろうじて生き永らえているだけの代物、ポッドから出されればほんの数分で死に至る、と言ったところか』


 フェルミは首を振る。


「見事だね。実に冷静に判断している。ならば、何故そんな状態でちゃんと思考ができているのかは当然理解しているね」

『当然だ。思考がまともに機能していることから、脳には特に優先して栄養補給などの生命維持が為されているようだな。会話できるのは神経接続ニューロコネクトでこの室内のシステムとリンクしているからか。あんたの姿は室内のカメラアイを通して見ていることになるわけだな』


 フェルミの姿はやや上方から見下ろしているアングルになっている。カメラアイは室内――ポッドのある病室、ICU(集中治療室)レベルの病室――の天井に固定されているものだろう、と玖劾は思った。そのカメラアイが捉えた映像が彼の脳内視覚野に直接入力されており、それを的確に認識し、思考・判断できているのである。


『脳はちゃんと機能しているとは言え、頭から脳は摘出されていないな』


 ポッド内の“少年”の頭には頭髪が生えている。脳を摘出したのなら開頭手術をする必要がある。ならば頭髪は全て剃られているはずだ。


『医療用極微機械(ナノマシン)によって細胞生成させれば頭髪などものの数時間で元通りにできるだろうが、その肉体に対してそんな処置をする意味はないしな。摘出されていないんだな』


 フェルミはポッドに目を向け、そのまま説明した。


「まだ君の脳は摘出されていない。生命維持は肉体を通して行われている、その方がやり易いからだ。承知していると思うが、君の肉体は重度の放射線障害に陥っていてもう回復の見込みがない。〈ビルドアップ〉と呼ばれる医療用極微機械(ナノマシン)の強化機能で何とか生命維持されているが、はっきり言って持って数日との診断が下されている」


 〈ビルドアップ〉とはある種のドーピンク効果をもたらす極微機械ナノマシンであり心拍、呼吸、血圧など生命維持に必要な機能を強制的に励起するものだ。だがこれは強制的であるため、副作用も大きい、殆ど死にかけた者を蘇生することは可能だが、それは一時的なもので、返って死期を早めることもある。玖劾のケースはまさにそれだ。


『フム、そんなものを使わなければもっと持っただろうな』


 記憶の中に微かに残る無辺の世界の光景が浮かんだ。それと同時にあの言葉(・・・・)が――――


 遍く世界を等しく照らし出せ――――


 フェルミの応えが玖劾を現実に戻した。


「その通りだ」

『ただし、意識不明のまま。俺がこうして意識を回復してあんたと会話できるのは〈ビルドアップ〉のお陰か。寝たままの方が楽だったろうがね』

「そうなる。――で、そんなことをしたのは君に“あること”を判断してもらいたいからだ」


 そこでフェルミは言葉を切った。そのまま沈黙が続く。


『どうした、続けないのか?』


 フェルミが小さく息を吐き、笑みを浮かべた。苦笑いのようなものだったが。


「すまないね」

『何を謝る? らしくないな』


 フッ――とフェルミは笑いを漏らした。だが彼は直ぐに真顔になり、玖劾に――彼が視線を送っているカメラアイに――目を向けた。


「単刀直入に言う、君が生存するのに唯一の方法は完全機械体フルメカニクスとなることだ」


 僅かな沈黙。それは玖劾の心境の表れか? 動揺でもしたのか? だが彼は静かに応えた。


『そうなるだろうな。軍の生活が何年か続いていたとは言え、難民上がりにバックアップ用のクローン体の用意が認められるわけもない。あれは何年も保存する必要があるしな。健康を維持させねばならないし、コストもバカにならない。もう再生医療が可能なレベルなど遥かに超えているし、助けるとなるとメカニクスしかないとなるか。だが軍に見捨てられた俺に――』


 ここまで話して彼は言葉を切った。


ここ(・・)は自衛軍の力が及ばないところだし、皇国からも離れているんだったな』


 沈黙――フェルミは何も言わない。そんな彼を玖劾は観察する。顔面をアップし、表情などを仔細に見てみた。


 ――全く、まるで思考を読ませない奴だな。量子感応でも読めないし……こいつも能力者なんだろうな。それにこいつの身体は……


『あんたもフルメカニクスだな?』


 フェルミは顔を上げた。


「分かるかね? 私の普段の機体ボディ軽量型ライトモデルで通常の人間の有機体と殆ど変わらない型なんだけどね」

『動きかな。有機体との違いは何となく分かる。言語化は難しいが』

「以前から分かっていたのかな? ベルジェンニコフ大佐は見破っていたようだがね」


 玖劾は気づいた――ベルジェンニコフの階級をフェルミは“大佐”と言ったことに。だが彼はここで問うことはしなかった。直ぐに確かめる必要はないだろうし、後で教えてくれるだろうと思ったからだ。


『まぁ、何となくだ』

「君は何も言わなかったね」

『他国の高級軍人だったからな。俺ごときが何を言えるのか』


 フェルミは小さく笑った。


「まぁいい。それで、どうするかな? どんな回答にせよ君の意志を尊重するよ」


 玖劾は直ぐには応えずフェルミを見つめた。

 量子感応は役には立たず、彼の思考は読めない。カメラアイに映る表情からも何も読めなかった。


 ――メカニクスの造形だから心理を忠実に反映するとは限らないし、この男の場合は反映しないように設定しているのかもしれない。何にせよ、この男の腹を探るのは困難か……


「どうなのかな? 黙っているが、さすがに迷うのかな?」


 玖劾は苦笑した(意識の中で)。そんなものはとうに分かっているのだろう――彼は応えた。


『イエスだ。メカニクスになろう』


 フェルミは頷いた。特に満足した風もない。当然だと理解する顔になっていた。だが心中の詳細は読めない。


 ――これも制御コントロールか。どこまでも読めない奴だ。


『それで? 俺の立場はどうなっている? 自衛軍所属のままとも思えないが? 行方不明とか、それとも指名手配になっているのか?』


 フェルミは手を振った。違うと言いたいようだ。


「いやいや、どちらでもない。君は正式に除隊となっている。不名誉除隊じゃないよ、正規なものだ」


 ほほう――玖劾は意識の中で唸った。


アカツキ総理が色々と手配してくれたんだ。君は別に軍に追われたりしていないよ」


 暁総理――六ヶ所村再処理工場で聞いた名ではある。フェルミたちの到着は彼女の手配らしく、脱出の手助けをしていたらしい。実際の脱出に際しては彼も意識を失っていて記憶していないが、簡単ではなかったかと思う。何故総理がそこまで手を尽くしたのか、軍との関係など後で面倒なことになるとは思わなかったのか――それも含めて、聞くことは多いと彼は思った。だが一度に聞けるものではなく、質問は絞った。

 玖劾はフェルミ自身のことを訊く。


『――で、あんたも汎米を離れているのだろうが、今はどこの所属だ?』


 フェルミは胸を張った。何となく自慢しているようにも見えたが、そんな意識は微塵もないだろうと玖劾は理解していた。


「〈国際救助隊〉だよ」

『何だ、それ?』


 フェルミは視線を外し左の方に向けた。玖劾もカメラアイの視線を同じ方向に向けた。そこには壁があるだけだったが、視線を向けた瞬間、亀裂のようなものが開いた。

 いや、シャッターを開けたようなものか? 開ききった時、壁には窓が現れていた。その向こうに星空が見えている。今、この施設なるものがある場所は夜なのかと彼は思ったが、ある違和感に気づいた。


「気づいたかね、玖劾くん?」


 そう、確かに気づいた。


『星が瞬いていない』


 フェルミは満足げに微笑んだ。


「うむ、ちゃんと観察できているようだね。戦場を生き抜く者としては当然か。でも、この“環境”はさすがに意外だったろう?」


 フェルミの言う通りだった。それは玖劾の予想だにしないことだったのだ。


『ここは宇宙なのか? 衛星軌道上か?』


 窓の中に蒼いものが見えてきた。それは次第に大きさを増していって、視界いっぱいに拡がった。


「ここは高度500キロほどの低軌道上を周回する〈国際救助隊〉の衛星軌道基地だ」


 蒼は地球だった。そんなものを目の当たりにするとはさすがに予想しておらず、玖劾は正直に驚いてしまった。軌道上となると、環境は無重量と思われるが、脳だけと言っていいこの時の玖劾には体感が無く、重力は感知出来てない。軌道上にいるとは全く気づかなかった。またフェルミの動きには無重量を思わせるものは無かった。そこは見事だと思ったが、だが彼の一番の感心は別の所にあった。やはり目撃した光景だったのだ。


『成層圏から地上を見たことはあるが、それとは段違いだな。なるほど“宇宙”って感じだ』


 水平線は明らかに丸く、もはや“水平線”と呼ぶべきではないと理解させた。これは地球だ。自分のいた世界が確かに惑星なのだと認識させる光景だった。


「堪能しているようだね。君が素直に感動している様子が見れて私も嬉しいよ」


 “感動”だと? 玖劾はその指摘に戸惑いを憶えた。


 ――今の俺の心理状態を“感動”というのか?


 殆ど――というか全くなのか――味わったことのないものなので、彼には理解できなかった。


「チャンネルを変えて外部のセンサーと君の脳を神経接続ニューロコネクトさせることもできるが、どうだ?」


 提案するフェルミははしゃいでいるようにも見えた。本当に楽しそうに見えるが、果たして本心はどこなのか――だが玖劾は何となく裏がないように思えた。


『ああ、そうだな。後で頼むか』


 直に脳内に地球や宇宙を捉えてみたい。そう思うとワクワクわするものを憶えたが、この“ワクワク”というものにも玖劾は戸惑いを感じはした。それは別として彼には確認すべきものがあった。


『それでだ、その〈国際救助隊〉ってのは何だ? 皇国や汎米の機関じゃないだろう。あんたはそこに所属しているのだな? どういう組織だ?』


 彼は窓に近寄り振り向く。そして両手を大きく拡げた。


「その名の通り、国際的な救助組織。皇国や汎米――その他、世界のあらゆる国家とは一線を画すものだ。地球全体を舞台として困っている人たちを助ける組織といったところだね」


 何だそれ? 玖劾は胡散臭いもので見るような目で(意識の中で)フェルミを見た。


「まぁ色々と気になるだろうがね、後で詳しく説明するよ。今は取り敢えず地球や宇宙の風景を堪能してくれ」


 玖劾は意識の中で接続経路(チャンネル)が増やされるのが感じた。増えた分は外部環境センサー群のものだと理解した。これで自身の意識次第でいつでも“外”が見られるようになった。だがまだ彼には確認すべきことがある。


『あんたは俺をその〈国際救助隊〉とやらにスカウトするつもりなのか?』


 フェルミは無言で頷いた。その思考はやはり読めないので何も掴めない。


 ――一国の一兵卒に過ぎなかった俺を〈国際救助隊〉とやらにスカウトだと? そもそも〈国際救助隊〉とは何だ? 困った人を助けるなどという文言は、字義通りに受け止められるわけもない。


 考えてもキリがないので、彼は思考を止めた。後にすればいいと思ったからだ。そして意識を外部センサーにアクティブコネクトさせた。つまり“目”を外に向けた。

 たちどころに地球の姿が視野に飛び込んで来た。それはストレートに心を揺り動かした。

 海や大気に彩られた蒼と雲の白、大地の緑や海洋の翠――それらの組み合わせはこの世界が生命の坩堝だと教える。対照的な宇宙の漆黒がそれを際立たせていた。だが――と、玖劾は思った。


 ――あれは火と氷と嵐の世界だ。この生命の坩堝なる感想は遠く離れた軌道上だからこそ得られるもの。地上に降りれば嫌でも理解できる。いや、ここからでも解るか……


 大地――或いは海洋のあちこちから血の滴のような筋が伸びているのが見えた。それは1つ2つに留まらず、地球上のかなりの地点で確認できた。

 それらは火山噴火だ。大小様々なレベルで噴火活動を継続しており、中にはかなり広範囲に渡って溶岩流を流しているものもある。破局噴火と呼ばれるものだ。これらが地球環境を大きく揺るがしているものだということを玖劾は身をもって理解していた。


 ――スーパーホットプルームか……2億5000万年前のヤツと比べると遥かに小規模だとか聞いたが、それでも現在の人類にとってはとんでもない代物だ。


 世界規模に連鎖した地殻変動は国際秩序を一変させた。スーパーホットプルームは氷河期を招き、世界の富を破壊したのだ。国際秩序は一変し、力の論理が席巻するようになった……

 玖劾は自身の体験としてその現実を理解していた。火と氷と嵐の世界は人類ヒトをケダモノにしたのだ。


『いや、ケダモノですらない。文字通りの悪魔だ』


 焼き、殺し、奪う悪魔どもが跳梁跋扈する世界――それが火と氷と嵐の世界……


『俺もその悪魔どもの中の一匹だ』


 何人殺した? どれだけ奪った? 自身の内に撃ち込まれた質量を意識する。

 重く、深く……どこまでも撃ち込まれ、積み重ねられた質量の数々――その意味を意識する。


『俺は殺した……殺し続けた……』


 ――それをまだ続けろというのか?


 “救助隊”とフェルミは言った。その活動が何を意味するのかは不明だが、“救助”に際して何を“実行”するのかを、玖劾は理解していた。自分をスカウトする以上、“それ”が期待されている。


 ――俺はそれを続けるのか? 選択するのか?


 答えは出ていた。最初から出ていたのだ。


 遍く世界を等しく照らし出せ――――


 微かに残るこの言葉、無辺の世界から持ち帰った僅かな記憶は、己の人生の原点を知るしるべとなる。それを知るために今は生きるしかない、生きるべきだと意識する。

 そのために選択するのだ、と玖劾は決意した。

 完全機械体フルメカニクスとなり、更に人間からかけ離れようとも、それでも生きる――と。



 これより1カ月後のこと――〈国際救助隊〉と名乗る組織に密かに編成された部隊があった。それは完全機械体フルメカニクスの兵士のみで編成されたものだった。それも単なる機械体メカニクスではない。

 フルメカニクスの上位機体とされる〈ハードメカニクス〉なる機械体メカニクス兵によって編成された多用途多目的戦闘機械化兵部隊――――


 その名は、〈マージナルマン〉――――


 サイバネティクスが生んだ新たな兵器・兵士体系の誕生である。

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