79.大地支配
あらすじ
朝になると勇王国は、ダンジョンに向けて進軍を開始した。
勇王国の最初の作戦は、後方からのファイアーボールで壁を破壊し、そこへ騎士たちを突っ込ませるというもの。
だが、事前にそれを知っていた私は壁に出来た穴を即座に塞ぎ、逆に突撃してきた騎士たちへ壁上から魔法の雨を降らせた。
それを見た指揮官たちは騎士たちを一時的に撤退させる
その後も魔術と魔法による攻撃の応酬がしばらく続き、魔導士団の魔術師たちが新たな動きを見せた。
それは昨夜のような巨大な魔法陣。
嫌な予感を覚えた私は、それを完成させまいと妨害するが、騎士たちが盾となることで、こちらの攻撃は魔導士団には届かず、ついに、彼らの魔術が完成する。
「グランドドミネーション!」
重なり合った意思が、宮廷魔導士団副長シュトラフィカから発せられる。
その瞬間、巨大な魔法陣を巡る魔力が、ダンジョン手前の大地へと染み込んでいく。
範囲こそあまり広くは無いようだけど、そこに染み込んだ魔力は光の領域を構成していた魔力と同じように、精密精緻な魔力の折り重なりにより頑強な魔術を構成している。範囲の狭さは恐らく、ガルセコルト対策の極光牢域とは違い、こちらは事前に準備がされていなかったせいだろう。
魔力から感じるのは、強き支配の力。大地支配という魔術は、魔力を染み込ませた大地の一部を支配下に置いていた。それはダンジョンコアが根源的に持ち、神や魔王が自らの支配する領域を広げるために行使する力と少し似ているが、この魔術が支配しているのは土という属性を持つ魔力のみだ。
その限定的な力から支配領域を広げる力の縮小版とも思えたが、どちらかと言えばそれを模倣した魔術という方がしっくりくるだろうか。
私が『並列思考』により分けた副思考でそのようなことを考えている間にも、魔力の染み込んだ大地に新たな変化が訪れる。
魔力の染み込んでいったダンジョン前方の大地で、クリスタルホーンディアーの生み出した巨大な壁が地面へと沈み始めたのだ。
沈み始めた壁は、ダンジョンを囲む壁の一辺だけ。しかし、その壁が無くなってしまえば、
騎士たちはそこを通って容易に攻め込んでくるだろう。
――クリスタルホーンディアー、壁を戻せないか?
クリスタルホーンディアーへ『伝心』を使うが、暫くしても壁が沈む現象は一向に止まらない。クリスタルホーンディアーは何度も『岩石魔法』を使い、壁を戻そうとしているが、うまくいっていないようだ。
どうやら、あの大地支配という魔術が、クリスタルホーンディアーの『岩石魔法』の発動を妨害しているらしい。
やがてクリスタルホーンディアーから、無理そうだ、というイメージが返ってきた。
やはり無理だったか。
似たような形式の魔術にBランク特殊個体のガルセコルトが抗えなかった時点で、Bランク稀少種のクリスタルホーンディアーにも不可能だろうと予想はしていた。
だがそれでも、万が一という可能性もある。ガルセコルトは光の魔力があまり得意では無かったようだし。
しかしクリスタルホーンディアーの得意とする土属性でも抗えないとなると、あの形式の魔術に単体で抗うのはほぼ不可能なのかもしれない。
非常に厄介だ。それでも今のところ、あの形式で直接的な攻撃能力を持つ魔術を使ってこないだけ、まだマシではある。
ダンジョン手前の一角だけではあるが、壁は跡形もなく消えてしまった。もう一度、あの場所に壁を建築し直すということも出来ないようだし、もはや騎士たちが壁の内側に侵入してくるのを阻むことは出来ない。
不幸中の幸いというべきか、この魔術は壁を地面に沈めるだけで、その上に陣取っていたゴブリンシャーマンたちがそれにより傷付くことは無かった。しかし、ゴブリンシャーマンたちは、無防備な状態のまま壁のあった場所に取り残されている。さらに騎士たちは既にダンジョンの入り口へ向けて前進を始めていた。
素のゴブリンシャーマンたちの弱さは、一つ下のFランクの魔物であるゴブリンにすら敗北を喫するほどだ。騎士たちの手にかかれば、あっさりとやられてしまうことだろう。
私は即座に『伝心』を使い、ゴブリンシャーマンたちへダンジョン内に逃げ込むよう命令を出したが、彼らは逃げ足もまた貧弱。
あっという間に追いついた騎士たちが、ゴブリンシャーマンたちを最後尾から順繰りに斬り殺していく。
結局、何とか命からがら逃げ延びた二匹だけを残して、四十八匹のゴブリンシャーマンたちは騎士たちの手で葬られてしまった。
それに続いて大量の騎士たちが壁の内側へと侵入してくる。
さすがにここまであっさりと壁を破られるとは思っていなかったが、いずれ破られることはまだ想定の内だ。
ダンジョンへ侵入される危険は増してしまったが、騎士たちが壁の内側まで侵入してきた以上、これで魔鹿たちが重い腰を上げてくれる。
そう、魔鹿の群れを率いる三匹のBランク魔鹿たちが、いよいよ動き出すのだ。
巨大な体躯が壁内に侵入してきた騎士たちへと突っ込んでいく。
立ち上がればダンジョンを囲む壁の頂上に届く程の巨体。それが、数十人の騎士たちをまとめて壁の外へ叩き出した。
魔鹿の群れを率いる三匹のBランク魔鹿のうちの一匹、ジャイアントディアーだ。
続いて鋭利な角を持つ一匹の魔鹿が飛び出していき、ジャイアントディアーの突撃で陣形が乱れた騎士たちをその角で突き刺し、切り裂いていく。こちらもまたBランク魔鹿のうちの一匹、ブラディーホーンディアーだ。
二匹のBランク魔鹿は、一瞬で壁の内側に押し寄せてきた騎士たちの殆どに致命傷を与え、壁の外へと弾き飛ばした。
さすがは正面からの戦闘を得意とする肉体派のBランク魔物たちだ。
それでも騎士たちは、後から後から壁の内側へと侵入してくる。二匹の魔鹿たちは暴れ続けているが、それで倒す数よりも侵入してくる騎士たちの数の方が勝っていた。
騎士たちの後方には、昨夜も活躍していた三人の指揮官。
騎士団総長デュランダル、騎士団副総長バルガス、そして第二騎士団団長リッシュバルト。
彼らの指揮により、生き残った騎士たちは何倍も強い二匹の魔鹿たちの動きを死に物狂いで抑えていく。
すると一瞬、二匹の魔鹿の動きが騎士たちにより留められる。
そこを狙い、さらにその背後からやってくる高ランク冒険者たち。
彼らの攻撃力は馬鹿に出来ない。闇の魔力を封じられていたとはいえ、あのガルセコルトに無数の重傷を与えた彼らの攻撃の威力は、確実に魔鹿たちを窮地に陥れることだろう。
武器に手を掛け、走り寄ってくる高ランク冒険者たち。
しかし、そのまま参戦するかと思われた彼らは、そのまま二体の魔鹿たちと戦う騎士たちの横を素通りして、ダンジョンの入口へと向かう。
そうして四つの高ランク冒険者パーティーがダンジョンへの侵入を果たした。
やはり、そう来たか。
昨夜、野営地で行われた作戦会議から得た情報で知ってはいたが、もしかしたら、という思いもあった。
まず魔鹿たちを全戦力で討伐し、その後にそこへ新たな拠点を築いて、ゆっくりとダンジョンを制圧していく。そうすれば、人間たちは当初の予定通り、安全にダンジョンへ挑める。
少なくとも私からすれば、そちらの方が遥かに現実的な選択だ。
だがそれはきっと、私側だからそう思えるのだろう。
彼らはこのダンジョンに魔王が潜むと考えている。
だからこそ人間たちには、魔王とやり合う時のセオリーを重視した。
魔王とは領域を支配し、配下たちを強化する存在だ。それ故に、力の中心たる魔王を倒してしまえば、他の魔物たちは弱体化する。
つまりセオリーとは、多くの魔物の相手をするよりも、強力な力を持つとはいえ、たった一体しか存在しない魔王を先に討伐してしまった方が、結果的には被害が少なくなるというものだった。
そのために魔王と戦うとき、人間たちは魔王の討伐に全力を注ぐ。
人間たちが昨夜話し合っていた作戦もまた、騎士団と魔導士団が高位の魔物たちを抑えている間に、高ランク冒険者たちがダンジョンへ侵入して魔王を倒すというものだ。
何だかんだ確執はありつつも、高ランク冒険者たちの実力は認められているらしい。
まあその他にも、ダンジョンの探索に騎士団は向かないという理由もあるようだが。
騎士団の背後、指揮官たちのさらに後方から、二匹の魔鹿たちに向けて槍の形をした火属性の魔力が無数に飛ぶ。魔導士団の魔術師たちが放った魔術だ。
二匹の魔鹿たちを射殺し、焼き尽くす勢いで放たれたその魔術は、魔鹿たちへ到達する前に、魔鹿たちの後方から飛来した岩塊にぶち当たり相殺された。
岩塊を放ったのは、残る最後のBランク魔鹿、クリスタルホーンディアーだ。
クリスタルホーンディアーの得意とする戦い方は、正面からの物理戦闘を得意とする他の二匹とは違い、『岩石魔法』を駆使した後衛からの援護である。それ故にクリスタルホーンディアーは、戦場から少し後方に自ら造った岩場に立ち、そこから『岩石魔法』による援護を行っていた。
続けてクリスタルホーンディアーは、『岩石魔法』で生み出した岩塊を、騎士たちに向けて放つ。クリスタルホーンディアーが『岩石魔法』により打ち出すのは、硬さも重さもある巨大な大岩だ。それが結構な速度で飛来するのである。当たれば如何に頑丈な盾と鎧で身を固めた騎士たちと言えど、ぺしゃんこに踏みつぶされてしまうだろう。
しかし、今度は魔導士団の魔術師たちが、用意していた魔術を放ち、飛来する岩塊を破壊した。
クリスタルホーンディアーの『岩石魔法』は魔導士団の魔術師たちが放つ魔術によって相殺され、逆に魔導士団の魔術師たちが放つ魔術は、クリスタルホーンディアーの『岩石魔法』により相殺される。
そうして魔法と魔術が飛び交う下では、指揮官により指揮された騎士たちと二匹のBランク魔鹿であるジャイアントディアーとブラッディーホーンディアーが戦いを続けていた。
今のところ、私の知覚する範囲で戦況は五分五分。
だが、まだどちらも全力を出しているようには思えない。
様子見をしている段階だろう。
そうこうしている間にも、高ランク冒険者たちがダンジョンの奥を目指して進んでいる。
今の私が最も気にすべきは何か。考えるまでも無いだろう。
私は『並列思考』で分けた副思考の一つに外での戦闘の知覚を任せつつ、主思考をダンジョン内に侵入してきた高ランク冒険者たちへ向けた。
侵入してきた高ランク冒険者たちのステータスを確認しつつ、ダンジョン内に配置した戦力の運用を行う為だ。
ダンジョンに侵入してきた高ランク冒険者たちは、高ランクというだけあってかなりの強さを持っている。私が今まで見てきた人間たちのステータスの中でも、上位に位置する強さだ。それが四パーティー、総勢二十一人。
その中にはかつてダンジョンに溜めた戦力の大半を灰燼にした冒険者イグニスと同ランクであるAランクの冒険者たちもいた。
だが、まだ大丈夫。
ここまでは、昨夜の人間たちの作戦を聞いた段階で、想定していた。
それに高ランク冒険者たちが強いというのは、昨夜のガルセコルトとの戦いを知覚していた時から分かっていたことだ。
だからこそ、昨夜の内から出来る限りの対策はしておいた。
外での戦いに魔鹿たちしか参戦していないのも、その対策の結果である。
人間たちはどれほどの犠牲を出そうとも、死に物狂いで高ランク冒険者たちをダンジョン内へ送り届けようとしていた。
その覚悟を知ったとき、私はどれほどの妨害をダンジョンの外に用意しようとも、人間たちは必ずダンジョンへ高ランク冒険者を送り込んでくるだろうと理解したのだ。
ならばもう、それは既定路線として動くべきだろう。
ダンジョンには侵入される。
問題とするべきは、侵入してきた高ランク冒険者にどう対処するか。
私は最初から、そういう考えて動いていた。
だから、大丈夫。
ここはまだ、私の想定内だ。




