70.交渉
あらすじ
傷付き、疲弊した魔狼たちを率いてホーンウルフがやってくる。
彼らが齎したのは、新しく人間たちに加わった新戦力の情報だった。
私は彼らの傷を癒しつつ、殿に残った魔狼ガルセコルトの戦いの行方を待つ。
その日の夜、死にかけたガルセコルトがダンジョンまでやってきた。
私は逡巡の末に黒牙へ命令してガルセコルトを回復の泉へと運ばせる。
圧倒的な力を宿すガルセコルトをここまで痛めつけた人間たち。
私はガルセコルトの傷が癒えるのを待って、人間たちの話を聞くことにした。
身体を癒したガルセコルトは、開口一番に黒牙へ向かって礼を告げた。
種族の違いゆえに言語では通じずとも、その動作を見れば多少はガルセコルトの言いたいことも伝わっているはずなのだが、黒牙は特に何かを返すわけでもなく、じっと通路の前に陣取っている。前々から思っていた事だけど、黒牙はあまり他者とのコミュニケーションが得意では無いようだ。もしくは他者に興味が無いのか。
最初は同種である魔鼠が黒牙だけだったからなのかとも思っていたが、魔鼠情報網を構築するにあたり、大量の魔鼠を召喚し、名付けの為にも常に一定数の魔鼠をダンジョンへ常駐させるようになってからも、黒牙が彼らと意思疎通している所を見たことは無かった。他の魔鼠同士では、よく簡素な情報交換を行っているみたいなので、コミュニケーションが無いのは魔鼠の特性と言う訳でもないらしい。
まあ、私とは『伝心』や『読心』を通じて話もするし、先日は悩みを打ち明けてくれたこともあったので、問題が無いと言えば無いのだが。それはともかく。
私は挨拶もそこそこにガルセコルトへ、何があったのかを問う。
最初は姿を見せぬこちらを警戒していたガルセコルトだったが、私がこのダンジョンの主であり、同時に黒牙の主でもあることを伝えると、その態度を多少軟化させ、何があったのかを語ってくれた。
ガルセコルトの情報は、ホーンウルフから聞いた情報と重なる部分もあったけれど、同じ状況であってもガルセコルトから齎された情報の方が量も質も高い。ホーンウルフも他の魔狼たちよりは周りの状況を観察出来ていたようだったが、そこは強さの違いによる余裕の差が出たのだろう。
ホーンウルフは前回と比べて敵の攻撃が強力であったことと、その要が前回にはいなかった者たちだということしか分からなかった。だが、ガルセコルトは戦いながらも、人間たちの動きをしっかりと観察していたという。
人間の軍団の全体数は大よそ千人前後。その中でも最低限戦闘へ参加出来る程の戦闘能力を有していると感じたのは七割ほどで、さらにガルセコルトが特に注意しなければいけないと感じた者たちは二十人弱。
数人で連携する者たちが四組と、大勢の人間たちを指揮していた者が三人だ。
その他、ガルセコルトより聞いた特徴から考えても、恐らく指揮していた三人というのは騎士団を率いている者たちで、連携をしていたというのは冒険者たちなのだろう。
四組の冒険者たちが高威力の攻撃を担当し、三人の指揮官たちが増えたことで連携力の上がった騎士団の者たちが防衛に回り、四組の冒険者たちを守る。
そうして彼らはガルセコルトの攻撃を防ぎつつ、幾つもの致命傷となりえる傷をガルセコルトに与えたのだという。
ガルセコルトを返り討ちにした人間たちの連携は確かな脅威ではあるけれど、ガルセコルトをたった一人で屠れるような強者が現れたという訳ではないというのは不幸中の幸いだ。
それならまだ、やりようはある。
ここに揃っている戦力で、要となる人間たちを倒すことが出来れば、後はどうにかなるかもしれない。ガルセコルト一匹では成せなかった事でも、ここにはあと四匹のBランクの魔物たちがいる。それに強固な石壁と、ゴブリンシャーマンたちの魔法も。ガルセコルトを正面から打ち破れるような絶対的強者が存在するよりはまだ希望があるだろう。
ただ一つ気がかりなのは、ガルセコルトの語る要となる人間たちの情報の中に、このダンジョンを襲った例のAランク冒険者がいなかったことだ。あの時の戦いで片腕を失ったとはいえ、まだまだ奴は余力を残しているようだった。『再生』というスキルの効果も気になるところだし、また襲ってくる可能性を警戒していたのだけれど。
私はガルセコルトに、火竜の装備を身につけて、爆炎を放つ人間がいなかったかも尋ねてみたが、心当たりは無さそうだった。どうやらダンジョンを襲ったAランク冒険者イグニスは、その場にはいなかったようだ。
もしその場にいれば戦闘には参加していたはずだし、戦闘に参加していたならば、ガルセコルトが見逃すはずはない。あの猛る火の魔力はかなり目立ったはずだから。
大体の情報を聞き出した所で、私はガルセコルトに共闘の提案をしてみた。
以前、使者伝いで聞いた時は断られてしまったけれど、今回は状況が異なる。ガルセコルトは一度人間たちに撃退されてしまったし、回復の泉で瀕死の重傷を癒したという恩も売った。
今ならば、断りづらいのではないか。
案の定、ガルセコルトは返答に窮しているようだった。
魔狼たちの性格から想像するに、自分たちだけで再戦したいと言う所だろうか。もしくはガルセコルトだけで戦いたいのかも。
だが、私としてはガルセコルトたちに、共闘へ参加してもらいたい。
ガルセコルトだって再戦の折には前回の二の前にならぬよう戦うのだろうけれど、それでもまだ負ける可能性は十分にありうる筈だ。
それにたとえ勝ったとしても、ガルセコルトだけで襲ってきた人間の軍団を殲滅することは難しいだろう。また撤退させるだけでは、また人間の軍団は力を補給して襲ってくる。それでは短い時間を稼ぐことしか出来ない。
それよりは戦力の整っているここで共に迎え撃つ方が、敵に甚大な被害を与えることが出来るだろう。場合によっては、そのまま勇王国に攻め入ることも考えるべきだ。
滅ぼすまでは行けずとも、勇王国の中枢に対して、こちらへ戦力を割けないくらいのダメージを与えることが出来れば、暫くは仕掛けてくることも出来なくなるはず。
――このままやってくる人間たちを撃退し続けても、人間たちは何度でもこの地を奪いにやってくるだろう。そうなれば何れは、この森の魔物たちは滅ぼされる。ガルセコルトが人間たちに敗北したように。戦うというならば、徹底的にやるべきだ。やってくる人間たちは、一人残さず殲滅し、やつらの住処まで攻め込んで徹底的に叩き潰す。
私が考えていたことを『伝心』で伝えると、ガルセコルトはそんなに広い縄張りは要らないと伝えてきた。さらに、お前は支配領域を広げたいのか? とも。
何やら思っていたのと違う答えが返ってきた。よくよく尋ねてみると、ガルセコルトにとって相手の住処に攻め込むというのは、自身の縄張りや支配領域を増やすため、という価値観があるようだ。
試しにクリスタルホーンディアーにも同じようなことを尋ねてみると、大よそ同じような答えが返ってきた。あとついでに、人間を追い払うのは手伝うが、攻めるのには参加しないとも告げられる。理由は不要なことで群れを危険にさらしたくないから。
ガルセコルトも同様の理由で、こちらから攻める案には消極的なようだ。
――だが、奴らを滅ぼさねば、またいずれ攻めてくる。奴らはこの森を手に入れることを諦めない。この森を支配領域にすることを。
私は何とか説得を試みてみるが返ってきた答えは、その時はまたやってくる敵を倒せばよい、という単純なものだった。
――何故だ。人間たちは諦めないぞ。このままではいつまでも、襲い来る人間たちに怯えて過ごさなければならない。それでは何時まで経っても平穏はやってこないぞ。
私が送ったイメージを受け取ったガルセコルトは、不思議な言葉を聞いたとばかりに首を傾げる。そして、それの何がいけない? と、伝えてきた。
そのまま幾度か思考を伝え合うことで分かってきたのは、私とガルセコルトの間にある圧倒的な認識の違い。いやこれは、私という異世界から来た元人間と、この世界に生きる魔物たちとの認識の違いと言うべきだろうか。
縄張りを狙い、敵が襲い掛かってくることなど、この世界では当たり前のことであり、ごくありふれた事だ。それは何処であっても、どんな相手であっても変わらない。それでももし、攻められ続ける事が嫌だというのなら、自分が攻める側に回るしかないのだ。
だからガルセコルトは私に聞いた。支配領域を拡大するのか、と。
生きてきた世界の違いを感じる。
それは、覚悟の違いだ。
私はダンジョンコアに転生してから、この地に縛られて生きてきた。
思えば、この地はこの世界の中でもかなり特殊な位置にある。
人間の住まう地の近くでありながら、死した【大魔王】の魔力に守られていた。その特殊な事情故に、この地は今まで比較的平和だったのだ。
この世界では、真に安息と呼ばれるものなど存在しないのだろう。
ずっとずっと、意識を張っていなければ、あっさりと死ぬ。
それが、この世界なのか。
理解した瞬間、世界との繋がりが馴染んでいくのを感じた。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『地脈親和性』のレベルが8から9へ上がりました〉
地脈から新たな情報が流れ込んでくる。この世界全体に関する情報だ。
本来のこの世界は、戦いに満ちていた。
それは人間と魔物との戦いだけでは無い。
魔物と魔物もまた、己の縄張りを守るべく戦っている。
遠い地では、大魔王と大魔王が支配領域を巡り、争い合っていた。
人間と魔物の争いなど、この世界全体から見ればごく一部のことでしかないのだ。
ダンジョンコアであるという事が狙われる動機になると思っていたけれど、そんな動機が無くたってこの世界では生きるために戦い続けなければならない。
思わぬところで不安しかない未来に気が付いてしまったが、今はそんな遠い未来よりも近い将来に襲い来る人間の軍団をどうにかすることが先決だ。
考えれば考える程に暗く危険な未来しか想像できない遠い先の事などは一先ず置いておき、今はただガルセコルトを共闘へ迎え入れるための説得に集中しなければ。
それに全てが全て、悪い方向に向かっているわけではない。
それは、ずっと心の内で引っかかっていたことだ。
人間の軍団は明らかにダンジョンを目指しているというのに、その事について魔鹿たちも、魔狼たちも何も聞いてこない。
確かに人間たちは初めから魔物たちと敵対している。だが、今は他の魔物の討伐を後回しにしてでも、ダンジョンを目指しているのだ。それなのにその事について何も聞いてこない。
魔狼たちの縄張りを移動させたのだって、どう考えても人間の通る道を予測して移動させたというのに。
最悪、この争いに巻き込んだことで、敵対される可能性すら考えていた。
なのに、ガルセコルトからそのことに触れる様子はない。
その理由はきっと、この世界の常識から来ているのだろう。
この世界では外敵に襲われるのは当たり前なことなのだ。そこに大層な理由は必要ないのである。
当たり前なことだからこそ、巻き込まれたと思わない。
当たり前なことだからこそ、特に気にすることなく受け入れる。
当たり前なことだからこそ、そこを突っ込んできたりはしない。
少しだけ抱いていた不安が薄れた気がした。
まあ、もっと大きな問題が立ち上がった訳なのだけど。
――ならば、人間の住処を襲う話は、一先ず置いておこう。だが、人間の軍団については、今も森を蹂躙し続けている。彼らを殲滅せねばならぬ事に関しては、同意していただけるだろう。そこだけは手伝ってほしい。
ガルセコルトは暫く悩んだ末に、同意を示してくれた。ガルセコルトが同意したとなれば、ホーンウルフたちも断りはしないだろう。
ただし、ガルセコルトを含む魔狼たちは、私の命令を聞くつもりはないし、独自の判断で動くとのことだ。
共闘をするというよりはただ同じ場所で戦うといった感じになってしまったが、こちらの動きを予め伝えておいた上で、魔狼たちの動きにこちらで合わせてやれば問題は無い。
私は魔狼たちに、ゴブリンシャーマンたちによる壁の上からの魔法攻撃の事を伝え、魔鹿たちにも魔狼が参戦する事を伝えた。
あとは魔鹿たちと魔狼たちの仲を取り持ちつつ、新たに得た人間たちの情報を元に、クリスタルホーンディアーたちと作戦の細かな点を修正していくだけだ。
人間の軍団がダンジョンに到達するその時までに。




