69.魔狼の伝令、再び
あらすじ
魔法に精通する代わり、体力は壊滅的なゴブリンシャーマン
これを用いて、私はダンジョン前での籠城戦を画策する
五十体のゴブリンシャーマンを召喚した私は黒牙の力も借りて、
五十体のゴブリンシャーマンたちのレベルと魔法スキルを鍛えていく
同時に私は、ご近所さんとなったクリスタルホーンディアーと相談し
ダンジョンの手前に強固な壁を築いてもらう
しかし、着々と準備が整っていく中、新たな情報が私の元へやってくる
情報を私に伝えたのは、魔狼の群れを率いてやってきたホーンウルフであった
ホーンウルフが魔狼たちを率いてダンジョンまでやってきたのは、壁を完成させた日から数えて三日後のことだった。
私の知覚下に入った魔狼たちの数は全部で二十八匹。彼らはダンジョンの手前に造った壁の前で立ち止まると、その中から一際強そうな個体が一匹だけ壁の内側に進み出てきた。
他の魔狼たちと比べて一回り大きな身体で、額の一本角に強い魔力を宿す魔狼、聞いていた情報の通りならば、恐らくあれが魔狼の群れの実質的なトップ、ホーンウルフなのだろう。
その堂々とした姿を見るに、どうやらダンジョンへ挑みに来たという訳では無いらしい。
彼らの好戦的な性格は聞いていたので、少しだけそんな可能性が思考を過ぎってしまった。
では、どうして魔狼たちはわざわざ縄張りから離れたこの地までやってきたのか。
問うてみれば、なんとホーンウルフたちは人間の軍団から逃げてきたのだという。
よくよく魔力と気配を探ってみれば、ホーンウルフはかなり深い傷を負っているようだった。いや、ホーンウルフだけではない。他の魔狼たちも多かれ少なかれ、傷付き、疲弊している。
一体何があったのか、そう尋ねた私に返ってきたのは、人間たちの軍団に新しく加わった強者たちの情報であった。
新しく加わった人間たちの力は凄まじく、元からいた人間たちの堅牢さも合間って、魔狼たちの群れはあっという間に蹴散らされてしまったのだそうだ。
ガルセコルトの放った目くらましの一撃と、ホーンウルフの咄嗟の機転。
そのどちらか一方でも無ければ、傷付いた魔狼たちはその場で全滅してしまっていただろう。
ホーンウルフはそれでもまだ戦おうとする同胞たちを何とか引き摺って、一瞬の隙をつき、ここまで撤退してきたのだそうだ。
とはいえ、ホーンウルフとて誇り高き魔狼の一匹。本当はその場に残り最後まで戦いたかったそうだが、ガルセコルトに代わり魔狼たちを率いる役目を与えられていた為に、己の心を曲げて逃げに徹したのだという。
そこには、どれほどの葛藤があったのだろうか。
『読心』に混ざるホーンウルフの感情は、深く深く凪いでいるため、私には知る由もない。
想像は出来ても私の思想とは違いすぎるその誇りの在り方を、私が真に理解することは出来ないだろう。ただそこに、強い意志が介在しているということだけは分かる。
己の生よりも優先させる誇りを差し置いてでも決めた行動。
それを思った時、私は心の奥底からこみ上げるものを感じた。
魔狼たちの傷は酷いものだったが、少なくともこの場ですぐに死んでしまうような致命傷を負っているものはいない。だが、かなり苦しそうだ。それにもしも、人間たちがここまでやってきた時には、出来れば彼らにも戦闘に参加してもらいたい。
そのためにも、傷は早急に癒しておくべきだろう。
私は魔狼たちにダンジョンを解放し、第四階層にある回復の泉の使用を許可した。
まあ、同盟を結んでいるとはいえ、配下ではない魔狼たちをダンジョンコアの近くに呼び寄せるのは怖いので、一応遠方での狩りから戻した黒牙についていて貰ったけれど。
幸い、魔狼たちの姿を確認した瞬間から、万が一を考えて黒牙にダンジョンへ急いで帰還するよう命令を送っていたので、黒牙の到着を待つのにそこまでの時間は掛からなかった。
魔狼たちが回復の泉にて傷を癒したタイミングで、私はホーンウルフとこの後の事について交渉を始める。
私の望みは人間たちと戦うとき、共に戦って貰いたいというものだ。
ホーンウルフの返事は芳しくない。だがそれは、戦うことを拒絶している訳では無かった。むしろ魔狼たちは、今すぐにでも縄張りへ取って返し、人間へ再戦を果たそうとしていたのだ。それをホーンウルフも止めていない。彼らの戦意はかなり高かった。
だが、一度はボロボロにやられた彼らが、再度向かったとしても同じような結果になるのは目に見えている。それに今から向かっても、きっと戦いの終わりには間に合わないだろう。
それよりはここで待機して、情報を待つべきだ。どうせ、人間たちはここを目指してやってくるはずだから。
ガルセコルトが勝っても負けても、ここで待っていれば何かしらの情報は得られる。その上で、もしガルセコルトが負ける様な事があれば、その時はここで私たちと戦って貰いたい。
私はそのようなことを『伝心』で伝え、ホーンウルフを説得した。
ガルセコルトが勝てば、私はまた暫くの時間を得られるし、ガルセコルトが負けるようなことがあっても、魔狼たちが戦力に加わってくれる。まあ出来るなら、ガルセコルトには勝ってほしいものだが。
その結果、ホーンウルフは私の提案を半分だけ受け入れて、一先ずここで戦いの結末が届くのを待つことになった。
その日の夜。
私は何かがダンジョンへ近づいてくる気配に気が付いた。
途切れ途切れの薄れた気配と、夜の闇に溶けるような魔力を持つ何か。
それは死にかけた魔物の気配。
それが何であるかはすぐに分かった。
Bランク特殊個体の魔狼、ガルセコルト。
ダンジョンの手前で休んでいた魔狼たちは、私よりも早くその接近に気が付いていたようで、既にガルセコルトの側まで走り寄っていた。
魔狼たちの悲痛な思いが『読心』を通じて、私の元へと届く。
壁の手前で頽れたガルセコルトの症状は深刻だ。他の魔狼たちと違って、その傷は一刻を争う。それを理解した瞬間、私は即座にガルセコルトの下へ黒牙を送り、ダンジョン第四階層の回復の泉へと送り届けさせた。
危険はもちろんある。完全回復したガルセコルトが、もしダンジョンコアの破壊を望めば、恐らく今の黒牙でも止められない。ステータスに表示されるランクは同列だが、ガルセコルトは特殊個体のBランクであり、進化した黒牙は通常のBランクだからだ。
それでも私は、ガルセコルトを第四階層で回復させることを優先させた。
『加速思考』のスキルにより早めた思考の中で、回復の泉を第一階層へ移動させるという可能性も一瞬考えたけれど、それを待っている時間が今のガルセコルトには無い。それに、回復したガルセコルトが本気になれば、第一階層だろうが第四階層だろうが大差は無いだろう。つまり、今、考えるべきは回復させるかさせないかと言うことだけ。
味方としたガルセコルトという力と、敵となったガルセコルトという脅威。
二つを天秤にかけて、私は味方となったときの力を取ったのだ。
人間の軍団には圧倒的な力を持つガルセコルトをあのように出来る程の存在がついている。そこに思い至ったとき、私にはもう選択肢は無かった。
他の魔狼たちの数倍はありそうなその巨体が、ダンジョンの通路に収まるか少し不安だったが、なんとか通過は出来たようだ。非常事態故に、多少壁に擦ってるのは容赦して貰おう。
ダンジョンの中に入った事で感じ取れるようになったガルセコルトの肉体は、幾つもの傷で埋め尽くされている。その中の幾つかは、致命傷と呼べるほどに深い。
よくここまで逃げてこれたものだ。そう思ってしまうのも、仕方が無いだろう。
だが、同時にガルセコルトの身に宿る力の大きさも感じていた。それはこのダンジョンを襲った見習い勇者や、Aランク冒険者たちをも超えるのではないか思う程の力。今は傷付き弱っているが、本来その身に宿す力ならば、彼らが攻めてきたとしても圧倒出来るはず。
気になった私は黒牙の操る闇によって運ばれているガルセコルトのステータスを確認してみることにした。
名前:夜襲の黒狼
種族:ガルセコルト ランク:B
年齢:126
カルマ:-7
LV:76/80
スキル:『超嗅覚LV7』『超聴覚LV7』『暗視LV10』『山歩きLV10』『森歩きLV10』『咆哮LV7』『気配察知LV10』『気配探査LV10』『爪牙術LV10』『真・爪牙術LV9』『威圧LV8』『体術LV10』『身体操作LV8』『追尾術LV7』『身体強化LV10』『見切りLV10』『魔力感知LV10』『魔力精査LV10』『魔力制御LV5』『暗黒魔法LV2』『地形把握LV7』『広域探査LV5』『風耐性LV7』『土耐性LV7』『水耐性LV7』『火耐性LV8』『精神耐性LV7』『加速思考LV7』『灯耐性LV2』
称号:【闇夜の孤狼】【放浪者】【人間の虐殺者】
一先ず、【王を目指す者】の称号は無い様なので、今のところ魔王を目指しているというような可能性は低そうだ。これで多少は、安心できるか。
一応、スキル構成の元となっているのは私の配下にもいるフォレストウルフなどの魔狼系と同様のスキルなのだろうが、そのどれもが上級スキルとなっていたり、スキルレベルの上限にまで育っている。
だがそれも、年齢を見れば多少は納得できた。
126歳。私がこの世界で見たステータスの中でもぶっちぎりの最高齢だ。それだけの月日をこの物騒な世界で生きてきたのなら、これ程多くのスキルが育っていたとしても不思議ではない。
とはいえ、戦い続けてきたのだとすれば、今度は逆にレベルの低さが気になるけれど。
今回のガルセコルトを含めると、私は今まで四体のBランク魔物のステータスを確認してきた。その内の二体は今は亡き配下であるゴブ太と、最近Bランクへと進化した黒牙だ。
そして最後の一体は以前、ダンジョン手前にあったゴブ太の治めるゴブリンの集落を襲った襲撃ゴブリンたちの頭目だったゴブリンロードである。
『記憶』スキルを意識して自身の記憶を遡り、思い出したゴブリンロードのステータスは確かこのような感じだった。
名前:ギグガァドグ
種族:ゴブリンロード ランク:B
年齢:21
カルマ:65
LV:61/80
スキル:『暗視LV3』『鈍器術LV3』『気配察知LV8』『森歩きLV5』『格闘術LV5』『解体LV1』『威圧LV9』『剣術LV10』『重剣術LV5』『魔剣術LV4』『支配LV3』『病気耐性LV1』
称号:【血族殺し】【暴君】【王を目指す者】【病魔の森の領主】
スキルだけで言えば確かに生きてきた年月の差を感じるけれど、レベルだけで言えば100年分も差があるようには感じられない。
幾ら高ランクな上に、高レベルということでレベルが上がり辛いと言えども、さすがにガルセコルトのレベルは上りが遅いように感じる。
ちなみにもう一つの同盟者である魔鹿の群れのBランク魔物たちのステータスは確認出来ていない。その理由は彼らがまだ一度もダンジョンへ立ち入っていないからだ。その辺りに私と魔鹿たちとの同盟関係の線引きが見え隠れしていた。
と、まあ色々と考えてみた所で、答えが出る様な問題ではない。その辺りのことはあとで時間が出来た時にでも、回復したガルセコルトに直接聞いてみよう。
などと考えている間にも、黒牙はガルセコルトの巨体を運びつつ、ダンジョンを降りていき、第四階層に到着した。
そのまま回復の泉の中へガルセコルトの巨体を投げ込む黒牙。
ちょっと荒っぽいが、回復の泉の水に浸かっていれば、程なく傷は癒えていくはず。
黒牙には、もしものことを考えて第五階層への階段がある部屋に続く通路の前で待ってもらい、ガルセコルトの様子を伺う。
ホーンウルフにも、逃げるまでの話は聞いていたが、その後の話はその場に残ったガルセコルトからしか聞けない。ガルセコルトは人間たちの軍団に対して、どれほどのダメージを与えられたのか。その結果如何によって、これからの人間たちの動きも変わってくるはず。
ガルセコルトが回復したら、すぐにでも聞き出さなければ。
『並列思考』によって分けた副思考の一つでガルセコルトの状態を確認しつつ、私は魔鹿たちに『伝心』でガルセコルトが傷だらけでやってきた事を伝え、ついでに魔鹿たちの状況も確認する。
避難してきた魔狼たちには、魔鹿たちの住処からダンジョンを挟んで反対側にいてもらっているが、元々この二種はあまり仲が良くない。さすがに今ここで争うようなことは無いだろうが、精神的にはあまり宜しくないことだろう。
まあそもそも、魔物たちは魔王の支配下でも無い限りは同種同士で集まることが殆どらしいので、理由があるとはいえ今の状況はかなり特殊なことなのだろうが。
あとどのくらいで人間たちがやってくるかは分からないが、やってきてしまえば戦闘になることは確実だ。その辺りのことも考えて、今のうちに魔狼たちを組みこんだ戦い方も考えておいた方が良いかもしれない。
クリスタルホーンディアーからの返答によると、やはり魔狼たちが来た事で魔鹿たちの気が立っているようだったが、今のところ目立った問題は起こっていないようだ。
だがそれも時間の問題かもしれないとも伝えてくる。人間たちが攻めてくる前に、内部で争いが起こるのだけは避けたい。その辺りの対策も考えておかなければ。
と、そんなことを考えている間に、どうやらガルセコルトの傷が完全に回復したようだ。
どちらにしろ、全てはガルセコルトから聞く情報次第か。




