68.魔鹿と地形操作
あらすじ
魔鼠の大魔王が残した森への守りは見習い勇者の死を代償として消え去った。
見習い勇者の行方を探す勇王国の騎士たちを一度は欺いた私だったが、ある失敗から私のダンジョンは、勇王国に目を付けられる事態となってしまう。
結果的にその失敗から失った配下を取り戻すべく私は、今まで危険を感じて躊躇していた手段にまで手を伸ばし、ダンジョンの戦力を高めていく。
来たるべき、戦いに向けて。
そんな私に元にダンジョンを目指す騎士団らしき集団の情報が飛び込んできた。
否応も無しに、決戦の時は刻一刻と近づいている。
それを意識した私に元へ今度は同盟を結んだ魔狼たちから情報が届く。
それは魔狼の群れが勇王国の騎士団と接敵したという知らせと、その騎士団を撃退したという華々しき戦勝報告だった。
それを聞いた私は、この機に乗じてさらなる戦力の増強を画策する。
種族:ゴブリンシャーマン ランク:E スキル:『魔力感知』『魔力操作』『属性魔法』
邪妖族亜人系の祈祷師ゴブリンシャーマン。魔法の使用に適性のあるゴブリンが進化した個体。魔法による遠距離からの攻撃を得意とする。その分、身体能力は非常に弱く、近接戦は壊滅的。覚える魔法の属性は、ゴブリンシャーマンにより異なる。
魔物図鑑に記されたゴブリンシャーマンに関する情報にはこうあった。
ここに書かれている属性魔法とは恐らく、以前に【知者】の称号を持つゴブリンシャーマンであるゴウグゥが語っていた六つの属性を操る魔法のこと、即ち『火魔法』『水魔法』『土魔法』『風魔法』『灯魔法』『影魔法』の事だろう。このうち、『影魔法』と『灯魔法』には直接の威力は無いようだが、扱える者も少ないということで今は考慮しないでおく。
一方で他の四つの属性に関してはどれも十分な威力を有しており、火、水、土、風のどれを覚えても、遠距離攻撃として優秀だ。同じ遠距離攻撃である弓矢や投石と比べても、その威力は段違いである。
しかもその威力は、同時に放つ数を増やせば増やす程に増加していき、条件さえ整えば格上にさえ効果を発揮するのだ。
まあ、あまりにも強さに差があると、その限りでは無いようだけど。
そんな強力な攻撃方法を有するゴブリンシャーマンだったが、魔物図鑑にも記されているように明確な弱点も存在していた。それが、その弱すぎる身体能力だ。
魔物図鑑に記された言葉だけでは、その正確な弱さを知ることは難しい。だが、幸いなことに私は実際のゴブリンシャーマンをよく知っている。
先に出てきたゴウグゥもそうであるが、何よりも今は無き私の配下であるゴブ太により、ゴブリンたちの村を守るべく組織された戦士団には、ゴブリンシャーマンたちの部隊があったのだ。
ゴブリンシャーマンを揃えた魔法部隊。村を守る防衛専門の部隊として運用されていた彼らだったが、当初はもっと広範囲で活動させるつもりであった。そんな考えが見直される要員となったのは、ゴブリンシャーマンの数も揃い、そろそろ本格的に活動を始めようという頃の事だ。
彼らも他の戦士団に属するゴブリンたちの例に漏れず、レベル上げと実戦経験を積む目的で森へ遠征に向かった。が、すぐにそれは取りやめとなる。歩き出して数時間も経たぬうちに、ゴブリンシャーマン達の体力が限界に達したためだ。
彼らは魔力の扱いに長ける代わりに、身体能力を著しく欠いていた。その体力の無さは、進化前であるFランクのゴブリンにすら劣るほど。
そのため、長距離の遠征は不可能と判断され、もっぱら村付近での戦闘と村の防衛に回されることとなったのだ。
あれは、近接戦は壊滅的、という言葉だけでは済まされない。むしろ、近接戦も壊滅的と言うべきだ。体力を使う行動全般が壊滅的なのだから。
そんな長所と短所を加味した結果、ゴブ太はゴブリンシャーマンたちによる魔法部隊を拠点防衛専用の後方部隊として運用することにしたのだ。
私が予てより考えていた作戦。クリスタルホーンディアーの魔法スキル『岩石魔法』による地形操作で生み出した堅牢な壁の上から、数をそろえたゴブリンシャーマンたちによる魔法攻撃をお見舞いするという作戦は、そういう意味で理にかなっている。
あと残る問題は、どの程度の数をそろえるかだ。
ゴブリンシャーマンの召喚に必要とするDPは一体で8,000DP。決して安い消費では無いが、今の手持ちDPであれば十分に払える額だ。
ただし、Eランク程度の魔物を一体召喚しただけでは、どれだけ魔法攻撃が通常の遠距離攻撃より優れていると言っても、人間の軍団を相手に大した効力は期待できないだろう。
魔法というものが威力の高い遠距離攻撃だと言っても、それを扱う魔物がEランクである以上、一つ一つの火力はどうしてもEランクの域を超えることは出来ないのだ。
ゴブ太が魔法部隊を用意した時は、時間をかけて少しずつ才能のあるゴブリンを集め、教育を施していった。あの頃はゴブ太の治める村でゴブリンは増え続けていたし、時間も十分にあった為、必要な数のゴブリンシャーマンを揃えることが出来たのだ。
だが、今はもう、そんな時間は無い。そこでダンジョンの機能の一つである魔物図鑑による召喚を使う。
魔物図鑑による召喚ならば、ゴブリンからの育成、選別、教育という行程を省き、素早くゴブリンシャーマンを用意することが出来る。けれど、代わりに相応のDPが必要だった。
ゴブ太が運用していた魔法部隊の放っていた魔法の威力を考えて、最低でも数十体、出来るなら百体以上は用意したい所だ。
百体のゴブリンシャーマンに必要となるDPは800,000DP。さすがに手持ちが足りない。
現状の手持ちのDPはどのくらいあったか。確認のため、今一度自身のステータスを開いてみよう。
名前:――――
種族:ダンジョンコア
年齢:16
カルマ:+9
ダンジョンLV:5
DP:652,346DP
マスター:無し
ダンジョン名:病魔の森のダンジョン
スキル:『不老』『精神的苦痛耐性LV9』『空想空間LV8』『信仰LV7』『地脈親和性LV8』『気配察知LV7』『魔力感知LV8』『伝心LV7』『読心LV7』『記憶LV6』『土魔法LV1』『加速思考LV6』『並列思考LV3』
称号:【異世界転生者】【□□□□神の加護】【時の呪縛より逃れしモノ】【聖邪の核】【鼠の楽園】【惨劇の跡地】【E級ダンジョン】
現在の手持ちDPで召喚出来る最高が八十一体。一応まだ、黒牙による狩りは続けているので、今後もDPは増えていくはずだが、もしもの為にある程度のDPは残しておきたい。
という訳で百体の半分、五十体のゴブリンシャーマンを召喚することにした。
魔法の威力を上げるには、魔物のレベルと魔法スキルのスキルレベルの双方が重要となってくる。だからこそ、ゴブリンシャーマンたちにも、少しくらいは実戦を経験させてレベルを上げておきたい。
だが、それを安全に行うには引率役が必要だ。
そこで私は、遠方で狩りを行っていた黒牙に命令を送り、ダンジョンへと呼び戻した。そうして呼び戻した黒牙に、召喚した五十体のゴブリンシャーマンたちのレベル上げを手伝うよう伝えたのだ。
ゴブ太が健在だった頃は、まだダンジョン周辺には魔物たちが寄り付き辛い状況が続いていたが、その要因だった大魔王の残滓が見習い勇者と相打ちとなってからは、少しずつダンジョンの周辺にも魔物が出没し始めている。そのためゴブ太が生きていた頃よりも、手近な場所で魔物を狩ることが出来るだろう。まあそれでもゴブリンシャーマンたちの体力と、いつやってくるか分からない人間たちの事を思うと、そればかりに尽力することは出来ないけれど。
黒牙の手際の良さもあり、十回に分けて向かった森での狩りで、ゴブリンシャーマンたちのレベルは平均で10前後まで上がった。
一日がかりで行ったレベル上げは、これにて終了だ。
本当はダンジョン周辺にいる魔物でレベルが上がりづらくなるまでレベル上げを続けたいところだけど、そのためには引率役の黒牙を引き留め続けなければならない。だが、黒牙には出来る限り、遠方での狩りを続けて自身のレベル上げも行って貰いたかった。
そこで、黒牙には引率役が終わり次第、遠方での狩りに戻ってもらい、ゴブリンシャーマンたちにはダンジョンの第四階層でスキルレベルを上げるための習熟度稼ぎを行ってもらうことにした。
やることはいたって簡単。ただひたすら、的に向けて魔法を放ってもらうだけだ。そして魔力が切れて魔法が放てなくなったら、『魔力感知』を磨きつつ、魔力の回復を待つ。
ちなみに、最初は回復の泉で魔力の回復を行えればと思っていたのだが、どうやら今ある回復の泉では魔力の回復までは出来ないようなのだ。一応、ダンジョンの施設一覧の中に魔力まで回復させる泉もあるようだったが、そちらをダンジョンへ追加するには、かなりのDPを必要とするらしく、そこは諦めた。
それでもまだ、ダンジョン内で魔法スキルの訓練を行わせている理由は、ゴブリンシャーマンたちがダンジョン内の魔力供給に繋がった状態だと、魔力の回復速度が上がる為だ。
他の階層では難しくとも、魔力供給率を消費していない第四階層であれば、ゴブリンシャーマン五十匹に魔力供給をし続けても、問題にはならない。
こうして魔法スキルのスキルレベルを上げてもらうことで、威力の向上を狙う。
ゴブリンシャーマンたちの方はこれで良い。
次は同時並行で始めていた、彼らを活躍させるための舞台造りについてだ。
五十体のゴブリンシャーマンを召喚し、黒牙を引率役として森へ狩りに向かわせたのと時を同じくして、私は『伝心』と『読心』のスキルを使い、ご近所さんとなった同盟者である魔鹿たちの群れを率いる三匹の内の一匹、クリスタルホーンディアーに相談を持ち掛けていた。
内容はダンジョン手前の改装について。
クリスタルホーンディアーの持つ魔法スキル『岩石魔法』の有用性は、事前に確認済みだ。魔鹿の群れがダンジョンの側に住処を移動してきた時、クリスタルホーンディアーはその魔法を使い、あっという間にゴツゴツとした岩で出来た小さな丘を造り出した。
この力を用いれば、ダンジョン手前に堅牢な壁を生み出すのも容易だろう。
私は早速、クリスタルホーンディアーに魔狼たちから伝えられた人間たちの動向と、それに対抗するための作戦、そしてクリスタルホーンディアーにしてもらいたいことを伝えていく。
クリスタルホーンディアーは、作戦を聞くと快く了承してくれた。
そこで私は、造りたい物の詳細をクリスタルホーンディアーへと伝えていく。さすがに何処まで細かく形に出来るのかは分からなかったので、そこは一つずつ確認しながら進めていった。最悪、巨大な壁でダンジョンの入り口を囲うだけでもいい。
と、思っていたのだけど、どうやらクリスタルホーンディアーは『魔力操作』のスキルにも熟達しているようで、かなり細かな注文にまで対応してくれた。
そうして暫くの後、城壁のような造りの壁がダンジョンの手前に出来上がったのだ。
ダンジョンの入り口を四角く囲む壁は、厚さが大体両腕を広げたゴブリン三匹分ほどで、高さはゴブリン八匹分ほど。内側には階段が付いており、ゴブリン五匹分ほどの高さを登ると、そこから壁の中に入ることが出来た。壁の中には外へ向けて窓が等間隔に並んでおり、そこから外敵に向けて魔法を放つことが出来るようになっている。
そして肝心の壁の硬さは、ゴブリンシャーマンたちが魔法を連続で当て続けても罅すら入らない程に硬い。さらに、多少壁が壊れたとしても、クリスタルホーンディアーがいればすぐに修復が可能だ。
壁には一か所だけは穴が空いており、そこがダンジョンの内と外を行き来する唯一の出入口となっている。もし人間たちがダンジョンに立ち入ろうとした場合は、必然的にここを使うことになるだろう。
最初は扉や落とし格子のような物を造ろうとしていたのだが、クリスタルホーンディアーにそれを告げた所、さすがに『岩石魔法』で開閉出来る装置を造るのは難しいという事で、最終的にはこのような形に収まった。
しかしこの壁、それ以外のところでは私のイメージを忠実に再現してくれたらしく、なんと細かな装飾まで加えられているようなのだ。
まあ、近くとはいえ、そこはダンジョン外のことなので、私にはそこまで詳しく知覚することは出来ないが。私の代わりに城壁を確認したゴブリンシャーマンたちが『読心』を通じて詳しく教えてくれたのだ。
城壁は相談も含めて、たった一日で完成。ゴブリンシャーマンたちのスキルレベルも順調に上がっている。
幾度か城壁の上からの魔法発射も試してみて、問題点の洗い出しも終わった。
あとは人間たちがやってくるギリギリまで、ゴブリンシャーマンたちのスキルを鍛え続けるだけだ。
さて、そんな人間たちの動向だが、病魔の森に散る魔鼠情報網から撤退した人間たちについての情報が届けられた。
多くの魔鼠たちからのリレー形式で集められた情報によると、人間の軍団は魔狼たちの縄張りから後退した位置で固まって陣を築き、その場に留まっているようだった。大よそは私の予想した通り。恐らく森に斥候を放ち、魔狼たちの縄張りを通らぬ別の道を探そうとしているのだろう。
彼らがその場に留まっている限りは、まだ時間があるはずだ。
さりとて、油断は禁物。
人間たちが病魔の森の中で動いているというのであれば、きっとその痕跡は何処かしらに現れるはず。魔鼠情報網から送られてくる情報をしっかりと精査して、小さな起こりでも逃さぬようにしよう。
と、私が決意を改めてから数日後。
私は小さくない情報の到来により、はっきりとした形で人間たちの動向を知ることとなった。
群れを率いてやってきた、ホーンウルフによって。




