67.魔狼の伝令
あらすじ
現、勇王国カツラギがある地には数百年前まで別の国が存在していた。
その名は冒険王国エルロンド。
しかしその国は、国の内部から生まれた一匹の魔鼠に滅ぼされてしまう。
魔鼠は人間の天敵ともいえるスキルを用いて、さらに人間たちに被害を与える。
その結果、領域教会は禁忌としていた異世界召喚に手を出し、一人の勇者を召喚した。
魔鼠のスキルに対抗する強力なスキルを持った勇者は、苦難の旅路の末に魔鼠の魔王を討伐することに成功する。
こうしてそこへ、勇者による新たな国を興した。
その後、その地域一帯から魔鼠を殲滅した勇者は、神となりその地へ魔鼠の侵入を阻む強固な神性領域を展開したという。
それはもう今は昔の物語。
この世界ではごくありふれた、勇者が魔王を打ち倒す冒険譚。
なんでこんな事態に陥ってしまったのか。
その因縁がいつから始まったのか、正確なところを私は知らない。
何故ならそれは、私がこの異世界へダンジョンコアとして転生する以前から存在していた事だからだ。
勇王国と魔鼠の【大魔王】の因縁。
ダンジョンへやってきた人間たちの言葉を拾い集め、組み合わせた情報から、私も多少のことは理解している。
昔、この地で魔鼠の【大魔王】が異世界から召喚された勇者に討たれた。しかし、魔鼠の【大魔王】は、死した後も力の残滓としてこの地に留まり続け、人間たちがこの地へ侵入しようとするのを阻止していた。そんな力の残滓のお蔭で、この病魔の森は今日まで人間たちの手から守られてきたのだ。
その大切な守りが消えてしまったのは、結果的に言えば私のせいだろう。
ダンジョンコアとして転生してから十年の間、私は神により世界から隔離されていた。恐らく最低限、私がダンジョンコアとしての身体に馴染む時間を与えてくれていたのだろう。その隔離するためのエネルギーに、大魔王の残滓が持つ力が流用されていたのだ。
とはいえ、こちらはまだ直接の原因とは言えない。
それよりも、私を見習い勇者の襲撃から守ってくれたことの方が、遥かに致命傷となっていた。
その結果、見習い勇者はその場で死んだ。
そして、私は死を免れた。
病魔の森を守る大魔王の残滓が消え去るのと引き換えに。
だが、それにより新たな因縁が生まれてしまう。
勇者の持つ圧倒的な力と、意味ありげな称号の数々。そして貴族という地位。
どれ一つとっても、見習い勇者が勇王国にとって重要な存在であったことは明白だ。
当然のことながら、勇王国は病魔の森へ騎士を派遣し、見習い勇者を殺した存在を探した。
私のダンジョンにも騎士が派遣されてきたが、一度目は戦力を隠して騎士たちを欺くことに成功する。
だがつい先日、私の失敗により起こしてしまったスタンピートの残滓から、ついに、隠していた戦力がバレてしまった。その中に強力な魔鼠が存在すると言う情報も併せて。
隠していた力と、魔鼠という【大魔王】との接点。それらは勇王国に目を付けられるに十分な理由だった。今まで集めた情報から予想して、きっと勇王国はダンジョンへ攻め入ってくる。
国家という強大な存在を敵に回した私は、直前で【Aランク冒険者】によって戦力を壊滅させられたこともあり、今まで危険だと躊躇していた手段にまで手を伸ばし、早急にダンジョンの戦力を確保していった。
そうして無茶をした甲斐もあり、少しずつダンジョンへ戦力が集まり始めてきた頃、私は病魔の森中に放った魔鼠、ケーブラットたちによる情報網から、病魔の森の外縁付近に作られた人間たちの集落へ、大量の人間が集まっているという情報を得る。
それはまさに私の予測が現実へと変わる予兆だった。
新たに得た情報によると、集落に集まった大量の人間たちはダンジョンの方角へ向けて、木々を切り倒しながら向かってきているらしい。
彼らの進む方向から考えても、その集団の目的がこのダンジョンである事は明白だ。
それに加えて、木々を切り倒しながら向かっているという点もかなり気になる。
病魔の森に生える木々は、多くの水分を含んでいるため燃えにくく、また魔力による硬化で切り倒すのにも苦労する厄介な代物だ。
それを苦労して木々を切り倒しているということは、そこにはそれ相応の理由があるはず。
新たに得た情報は、所詮はFランクの魔鼠であるケーブラットたちから伝えられた情報なので、集まった人間たちの数や装備などの細かな情報については分からない部分も多かったが、大量の人間が参加しているということだけは分かっていた。
だとすると恐らく奴らは、道を広げてより多くの人間を移動させる気なのだろう。
それは明らかに、これまで病魔の森に攻め込んできた冒険者たちとは違う動きだ。
そうしてこれまで集めてきた情報を重ねて想像すると、そいつらの輪郭が自ずと浮かび上がってくる。
奴らは、もしや勇王国が有する騎士団なのではないだろうか。
ダンジョンに侵入してきた騎士たちの称号でのみ知る、勇王国の騎士団。あれらの言葉が、どこまで信じられるかは不明だが、少なくともその実力はこれまでダンジョンにやって来ていた低ランクの冒険者程度とはいかないだろう。
しかもそれが大軍ともなれば、根本的に戦い方を考え直さなければいけない。
今までのダンジョンでは、多くても数人程度のパーティーが、二つ三つくらい重なる程度の数しか経験していなかった。これが鍛錬を積んだ軍レベルとなると、どうなるだろう?
果たしてそれは、進化した黒牙で対処できるレベルなのだろうか?
DPの回収を考えると、ダンジョン内で戦ってもらう方が良い。だが、ダンジョンに侵入されるということは、同時に私の弱点であるダンジョンコアに近づかれるということでもあるのだ。
侵入者への対策として第一階層の拡張も続けているが、それでも大軍で侵入して来れば、あっという間に突破されてしまう気がする。
それに、大量の人間がやってくるとなれば、兵站の不足も解消されそうだ。
この世界では今のところ、所謂異世界モノのファンタジーで見られる空間を拡張させた袋といったような、物資の運搬を便利にするタイプのアイテムを見たことが無い。他にも、アイテムボックスだとか、インベントリと言うような、物を大量に保管しておくタイプのスキルを持っている者も居なかった。
あの見習い勇者や、相当な強さを持つ【Aランク冒険者】までもが所持していなかったことを考えると、その手のアイテムやスキルは、無いか、それともかなり稀少と考えた方が良いだろう。
そのお陰もあり、今まで侵入してきたものたちは、あまり長い間ダンジョンを探索していかなかった。恐らく所持している消耗品のアイテムに限りがあるし、手に入れたアイテムを運ぶのにも限界があったからだろう。
だが、大人数で道を拡張させながらやってくるというのならば、当然のことながら補給用のアイテムも大量に用意しているはずだ。
もしダンジョンの手前に拠点でも作られてしまったら、それこそ絶えずダンジョンへ侵入者を送り込まれて、そのまま圧倒されてしまう可能性すらある。
侵入者によるダンジョン内での戦闘が増えれば、その分だけ回収できるDPの量も増えていくが、ダンジョンコアの機能というのは、DPを使って即座に戦力を整えるようことが出来ない。ダンジョンコアの持つ機能は基本的に、ダンジョンを少しずつ成長させていく方向性のものばかりで、即効性がある戦力増強に特化した機能というのが存在しないのだ。
何せランクの高い魔物を召喚出来ても、戦闘で使う為にはある程度の経験を積ませる時間が必要であり、ダンジョンの拡張にしても整備にはそれなりの時間が掛かる。
即効性という意味では、ダンジョンコアの力を直接使った配下たちの強化は強力だが、一瞬でDPを使い果たしてしまう為、その場しのぎにしかならない。
ここぞと言う時には使えるが、断続的な侵攻にこれで対処するのは難しいだろう。
この世界のダンジョンは通常、戦力の増強に時間が掛かるのだ。
それならばむしろダンジョンの手前に防衛を敷いて、最初からダンジョンに立ち入らせない方向性で戦った方が良いのではないか。同盟関係にある魔鹿たちの能力的に考えても、狭いダンジョン内で戦うよりダンジョンの外で戦う方が活躍出来るはずだ。
だが、戦い方を変えるのであれば、それ用の戦力を用意する必要がある。
現状、ダンジョンの戦力の殆どはダンジョンと紐づけされており、ダンジョンの外で戦える配下は黒牙だけ。黒牙は確かに強いけど、どうせなら魔鹿たちの能力とあった配下を使いたい。
しかし果たして、それを用意する時間は残っているのだろうか?
人間たちはすでに、ダンジョンへ向かって進軍している。大軍を動かすために厄介な木を切り倒しつつ進んでいるだから多少の時間はかかるだろうが、その情報をケーブラットたちが私の元まで運ぶのにもそれ相応の時間が掛かっているはずだ。
新たな配下を召喚するにも、相応のDPを消費する。召喚した配下たちが育ち切る前に人間たちがやって来て彼らが倒されでもしたら、そこに掛けたDPは丸損だ。
黒牙が魔蜂の群れを壊滅させたときに集めたDPは、まだある程度残ってはいるけれど、これは慎重に使いたい。
リアルタイムに人間たちの情報が手に入れば、もう少し作戦を決めやすいのに。
ケーブラット達の情報網は何だかんだでうまく機能している。ならばもう少し、伝達速度を上げる工夫を考えるべきか。せめて情報網のまとめ役をしているケーブラット達だけには運送用の魔狼を召喚して付けておくとか。ケーブラット達と同ランクである魔狼ファングウルフであっても、ケーブラット達よりかは早く走ることが出来る。その分、消費するDPも少しお高いが。
だが、それをすると、ケーブラット達の小さな体を利用した隠密行動に支障が出るかもしれない。ファングウルフはケーブラット達ほど、隠れるのが得意という訳ではないのだから。
ああ、何とも悩ましい。
と、そんなことを考えていた数日後、同盟相手である魔狼たちの群れから、ある伝令が届いた。
待っていたような、届いてほしくなかったような、複雑な気持ちを抱きつつ、私は伝令役の魔狼から『読心』のスキルを使い情報を読み取る。
ちなみにこの魔狼、私が魔狼たちの群れへ使者として送った個体だ。魔狼の群れへ送ったときはFランクのファングウルフだったのだが、黒牙が力を証明したことにより、使者として送った魔狼も魔狼たちの群れに認められ、群れでの狩りにも参加するようになった結果、いつの間にやらEランクのフォレストウルフへと進化を果たしていた。
そんなフォレストウルフが私に伝えたのは、人間の大軍が魔狼たちの縄張りへと侵入してきたという知らせ――と、もう一つ。
魔狼たちが夜襲により、人間たちを追い返したという戦勝報告だった。
何という朗報だろう。さすがにこれで、もう終わりということは無いとしても、多少の時間は稼げたハズだ。
さらにフォレストウルフへと進化を果たしたこの配下は、ケーブラット達が持ってきた情報よりも、詳細な人間たちの情報まで持ち帰ってくれた。それは魔狼の群れを率いる実質的なリーダーであるホーンウルフのまとめた情報と、このフォレストウルフが見聞きしてきた情報である。
フォレストウルフから聞く人間たちの装備は、前にダンジョンへ侵入してきた騎士たちの姿とよく似ていた。その他の情報からも、彼らが件の騎士団であると考えて良さそうだ。
騎士団というからには、それは国の持つ主要な戦力の一つであろう。それを大軍で動かしてきた所に、勇王国の本気度が伺えた。
問題はその騎士団が、どの程度の強さを有しているかである。
魔狼たちの群れは人間たちを追い返すことにこそ成功したが、伝え聞く限りでは与えた損害はそこまで大きくはない。どうやら騎士たちが森での戦いに慣れていなかったらしく、さらに魔狼たちの急襲に対応しそこなった結果、戦いの流れが魔狼たちの勝利に傾いたようである。とはいえ、後半は人間たちも魔狼たちを相手にうまく連携し、被害を最小限に抑えながら撤退していったようだ。
魔狼たちの群れには病魔の森最強と言っても良いであろう魔狼、ガルセコルトがついている。その上で、軽度の損害に抑えたという情報は、決して無視できるものではない。
ガルセコルトがそう簡単にやられるとは思えないが、油断も出来ないだろう。
それに人間たちが進む先を変えてくる可能性もある。
そもそも今回の事態は、人間たちがこの病魔の森の均衡について詳しかったからこそ、起きた事なのだ。
強力な力を持つ魔物たちは、己の住処を中心とした縄張りを持っている。そして基本的に、その縄張りから出ることは稀だ。
特に最近のガルセコルトは、群れを守るために住処からあまり離れようとしなかった。
恐らくだが、このことは病魔の森を探索している冒険者たちにとって、よく知られたことなのではないだろうか。だからこそ冒険者たちからその情報を得ていた騎士団は、魔物たちの縄張りを避けるような進路で、ダンジョンへ向かっていたのだろう。
だが、魔狼たちの群れは、人間たちがこの病魔の森から引き上げた後、黒牙を通じた私との交渉で、その位置を人間たちがダンジョンへと向かう時に通る進路上に移動して貰っていた。それ故に騎士たちは、油断した状態で魔狼の縄張りに踏み込んでしまったのだろう。
もし、それを踏まえて人間たちが進路を変更してきたら、次は魔狼たちの群れを経由せずにダンジョンへやってくる。
魔狼たちへ頼んだのは、あくまで群れの位置の変更と人間たちがやってきたら知らせてもらうということだけ。もっと正確に言えば、魔狼たちの縄張りに人間たちが侵入して来たら知らせてほしいということ。
それ故に、人間たちが魔狼の群れを避けるのであれば、もう人間たちの動向を探るのに魔狼たちの伝令を頼ることは出来ないし、魔狼たちに人間たちを撃退してもらうことも難しい。
ただ、もし人間たちが進路の変更を選んだとしても、安全な道を探すために多少の時間はかかるはずだ。何せ人間たちには魔狼の縄張りがどのように移動しているかや、他の縄張りに変化は無いのかといったここ最近の病魔の森の情報が不足しているハズだから。
きっと彼らの進みはより慎重になる。
どのくらいの時間が掛かるのかは分からない。だが、これは間違いなくチャンスだ。
私は思い切って、人間たちの大軍をダンジョンの外で迎え撃つ方向へ、作戦を改め直すことにした。
そうとなれば、これからやるべきことは既に大よそ考えてある。
まずは魔鹿の群れを率いる三匹の内の一匹、クリスタルホーンディアーにダンジョン手前の地形を作り変えてもらうように伝えよう。
我々にとって戦いやすい地形へと。
同時に攻城戦へ長けた魔物の召喚と、育成も行っていく。
魔法による遠距離攻撃を得意とする魔物の中でも、現状の私が召喚可能な魔物、ゴブリンシャーマンを。




