プロローグ.無病息災の勇者と魔鼠の大魔王
早めに書き終えられたので、今回は11月から隔日で更新していきます
本日、二話投稿
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前章までのあらすじ
唐突に現れ、私の配下であったゴブ太の集落を殲滅した見習い勇者は、黒牙に宿った大魔王の力によって打ち倒された。
しかしそれを合図としたように、それまで姿すら見せなかった人間たちが、病魔の森へとやってくるようになる。
森を少しずつ切り開き、開拓を進める冒険者と呼ばれる者たち。
その進行速度からダンジョンが発見されるのも時間の問題と考えた私は、あえて与しやすい冒険者たちをおびき出し、ダンジョンを発見させた。
そして次に調査のため訪れた騎士たちに対して、ダンジョンの主戦力を隠し通すことで、このダンジョンに危険は無いという認識を持ち帰らせることに成功する。
そうして得た束の間の安寧の内に、私はダンジョンを成長させていった。
順調にダンジョンの拡張を進めていた私は、ダンジョンの第五階層を追加した直後、真のダンジョンコアとして完全に覚醒する。
その結果、私はダンジョンコアという特殊な器に転生したことで、本来は使えるはずのないダンジョンコアの機能を越えた力の使い方を知った。
しかし、その力を試したせいで、私はダンジョンにスタンピートを引き起こしてしまう。
さらにスタンピートはAランク冒険者という凶悪な存在をダンジョンへ呼び込んだ。
何とかAランク冒険者を撤退させることに成功したが、育てていた戦力はほぼ壊滅。
挙句の果てに、勇王国が危険視する魔鼠がダンジョンにいることを知られてしまう。
この情報を知った勇王国は、きっと魔鼠を滅ぼすために動き出す。
そう考えた私は、もう一度戦力を増やしていく。
今度はなりふり構わず、危険だと二の足踏んでいた事にも手を出して、人間たちの情報を集めつつ、来たるべき戦いに備えて。
現在、勇王国カツラギがある周辺には、数百年程前まで別の国が存在していた。
国の名は冒険王国エルロンド。魔の領域の玄関口でもあるそこは、一流冒険者たちにとっての登竜門だった。
魔の領域には全てがある。稀少な素材や強力な魔物たち、力を蓄えた未踏破のダンジョン、そして数多の魔物たちを率いる【魔王】の支配領域。
力なき者たちにとっては地獄でしかない場所だが、相応の実力を持つ者たちにとっては夢の土地である。何せ、力さえあれば富も、権力も、名声も全てが手に入るのだ。
現に冒険王国エルロンドの初代国王は、一介の冒険者から始まって、その実力一つで魔の領域の一部を切り取り、国を築くまでに上り詰めた。
冒険王ガルテス・エルロンドの伝説は、冒険者たちにとっての夢と希望そのものだ。
その伝説に続けとばかりに冒険者たちは列をなして冒険王国へと向かい、魔の領域に挑んでいく。その結果、死して戻らぬ者も多いが、ごく一部の者たちは生きて帰り、新たな伝説を打ち立ててきた。その伝説が国を潤し、さらなる冒険者たちを冒険王国へと誘う。
冒険王国エルロンドは、至高の冒険者によって興され、一流冒険者たちによって発展してきた国だった。
だが、冒険王国エルロンドにやってくるのは、必ずしもすぐさま魔の領域へ挑める一流の冒険者たちばかりという訳では無い。むしろ、数としては一流冒険者などごく一部。
大半の冒険者は一流となることを夢見てやってくる、初心者や駆け出したちだ。
その理由には、魔の領域に挑めるほどの実力を持った冒険者というのが少ないという事情も当然あるが、同時に冒険王国が持つ独自の特色による所も大きい。
冒険王国が持つ独自の特色。その一つは、冒険者に対する好待遇だ。さすがは冒険者の興した国というべきか、この国では殊更冒険者に対する待遇が良い。街の者たちの態度一つとっても、他とは違う。他の国々であれば、初級の冒険者など破落戸と大差ない扱いを受けることが多いというのに、冒険王国では未来の英雄を迎えるように接してくれる。
それに、冒険に必要となる各施設の充実や、冒険者を求めて集まる依頼の多様性。
魔の領域に近いこの冒険王国では、高ランクの依頼が充実しているが、決して低ランクの依頼が無いわけではない。
特に、初心者から中級冒険者たちに対する依頼が充実しているのもまた、初心者や駆け出しの冒険者たちが集まる理由であった。
その中でも特に有名なのが、冒険王国エルロンドの下水道に住み着く魔鼠退治。
冒険王国エルロンドで腕を磨いた冒険者たちならば、一度は必ず受けたことがあるというくらいに、有名な依頼だ。
冒険王国の下水道は、当時の下水道の例に漏れず、水の浄化機能をスライムという魔物に任せていた。これは当時流行していた魔物の有効活用法の研究の中でも、特に画期的と言われていた発明の一つだ。
スライムは非常に弱い魔物で、倒した所で大した経験値にもならず、おまけに魔石も米粒ほどの大きさも無いという初心者の冒険者たちにさえ見向きもされない魔物である。だが、その代わりに一つ有用な能力を有していた。それが汚水の浄化だ。
スライムは汚水に含まれる汚れを体内に取り込み、糧とする力を有していた。スライムを用いた下水道はそんなスライムの特性を有効活用しているのだ。
勿論のこと、スライムたちも生きた魔物である。それ故に、便利なだけという訳にはいかない。そこには幾つかの問題もあった。
そんな問題の一つが、下水道のスライム詰まりである。大量の栄養を与え続ければ、スライムの身体は少しずつ成長していき、やがては分裂を繰り返すことでその数も増えていく。そしてスライムが育ち、増え続ければ、下水道がスライムで埋まり、その機能を低下させてしまう。
大問題にも思えるが、一応の解決策はある。単純な話だ。増えすぎたスライムは、間引いてしまえばよいのである。ただ、スライムというのは倒しても得るものが殆どない。それ故に他の国では不人気依頼として、最下層の冒険者たちが低賃金で嫌々やらされる依頼の定番と化していたわけだが。
そんな中、冒険王国では他国より一段上の解決策が編み出された。
それが、魔鼠を下水道へ放すことである。人間にとって面倒な仕事ならば、魔物たちにやらせればいい。それが冒険王国の取った解決策だ。
下水道に放たれた魔鼠たちは、冒険王国の人間たちが望んだとおりに下水道へ住み着く増えすぎたスライムたちを倒してくれた。冒険王国の人間たちが望んだとおりに事は運んだのだ。
だがしかし、次はスライムを糧とした魔鼠たちが増えていく。増えすぎた魔鼠たちの勢いは、スライムを根こそぎ駆逐する勢いであった。
一見して本末転倒に思えるが、スライムと違って魔鼠は初心者や駆け出しの冒険者たちにとって良い経験値となる。それに他の魔物と比べれば小さいが、スライムよりも良質な魔石を手に入れることも出来た。
汚水をスライムが浄化し、増えたスライムを魔鼠が糧とし、それで増えた魔鼠を冒険者たちが狩っていく。
この依頼は他の雑用依頼と比べても、魔石が手に入る分だけ実入りは良いし、魔物と言っても魔鼠はそれほど強くはない。さらに魔鼠は繁殖力旺盛で、沢山の冒険者が狩り続けても少量を残しておけばすぐにまた増えていくので、依頼が途絶えることも無かった。絶えず冒険者が増え続ける冒険王国に、それは非常に合致したのだ。
勿論、進化を繰り返した個体や特殊個体ともなれば強力な力を宿す魔鼠もいるけれど、そういった魔鼠は成長する前に、冒険者ギルドの依頼で中級や上級の冒険者たちが定期的に行っている一斉調査で殲滅される。
他の雑用依頼と比べて、絶対に安全とは言い切れないが、そこは冒険者を目指す若者たち。絶対安全な低収入の雑用依頼よりも、危険はあるけど収入が良く、尚且つレベル上げにも最適な魔鼠退治の依頼は、常に需要があった。
魔鼠は丁度良い獲物だ。冒険王国エルロンドには、そういう認識が広がりつつあった。
丁度良い、都合の良い、狩られるためだけの存在。レベル上げの為の生贄。
強力な力を持った魔物の犇めく魔の領域がほど近い冒険王国だからこそ、駆け出し冒険者にすら狩られる魔鼠たちは、余計にそういう認識を持たれてしまったのかもしれない。
人間たちの間で魔鼠が魔物であるという認識すら消えかけた頃、しかし、魔鼠たちの中では少しずつ変化が育っていた。
生き延びたいという強い本能と偶然の産物によって、一匹の稀少種として進化した魔鼠が、定期的に行われる冒険者たちによる一斉調査を生き延びたのだ。
戦闘に向いた進化では無かったこともまた、その魔鼠が生き残る手助けとなっていた。
稀少種に進化しても、魔鼠の弱さではきっと駆け出し冒険者たちにさえ、狩られてしまう。
そんな弱い個体は、自身に宿ったスキルを使い、必死で生に食らい付き続けた。
全ては生きるために、この魔鼠に与えられた地獄で生き続けるために。
稀少種の魔鼠は冒険王国の下水道から、進化で得たスキルを使って地上の弱い人間たちを攻撃し始めた。静かに、気付かれないように、ゆっくりと。
スキルの特殊性もあって、魔鼠の攻撃は人間たちに気付かれることなく、少しずつ冒険王国のスラムで広がっていった。それは体内から宿主の体力を奪い続け、それに抗えぬほど弱った人たちから殺していく。
そうして稀少種の魔鼠は少しずつ、暗い下水道の内で成長を遂げていった。
やがて魔鼠はさらに進化を果たし、ついに稀少種から特殊個体へと至る。単純な戦闘能力に関しては、未だ駆け出し冒険者にすら苦戦する程度だったが、代わりにスキルと知能は急速に成長していった。
高い知能を得た魔鼠は、この状況が長くは続かないだろうと考える。
いずれは、人間たちも魔鼠が行っていることに気が付く。そうなれば、この下水道の中に居ては、逃げ切ることが出来なくなる。
魔鼠はそうなる前に、まだ人間たちが油断している隙を突き、下水道から抜け出して、冒険王国を後にした。
やってきたのは冒険王国の近くにあった森の中。そこを新たな拠点とした魔鼠は、さらに己のスキルを磨き、密かに人間たちを攻撃し続けた。
魔鼠の持つスキルは、元々体力の無い人間や弱っている人間にしか効果が無い。しかし、今や魔鼠のスキルの効果範囲は広大な領域に達していた。どんな国であっても、そこに住む誰もが健康に生き続けられるわけではない。
貧富の差による栄養失調や、怪我に体力低下、徹夜による疲れ。そういった様々な理由により、体力を失った人間たちは何処にでもいる。それに効果が出ないだけで、潜伏させておくことは出来た。時には健康な人間の肉体を運び屋に仕立て上げ、魔鼠は多くの国々をその射程に収めていく。普段は潜伏しているスキルの効果も、宿主の体力が減った瞬間を狙えば、一気に終わりまで持っていける。
さらに人間が多く死ねば死ぬほどに、魔鼠の力は成長していく。レベルもそうだが、使い続けることでスキルレベルも上がっていき、強力になったスキルの効果は、次第に健康な人間たちにも効果を及ぼし始めた。
人間たちがその異常に気が付き始めたのは、様々な国に魔鼠の影響が出始めてから。その頃には魔鼠の拠点に最も近い国である冒険王国は、非常に不味い状況に陥っていた。
だが、異常には気付けても、その原因が何処にあるのかまでは分からない。
人間たちがその異常の原因を突き止めたのは、魔鼠が強力な同族たちを率いて、あるダンジョンに挑み、【魔王】へと至った後のことだった。
【魔王】へと至った魔鼠のスキルは、尋常のものを遥かに超えている。どれだけ健常な者であろうとも、魔鼠の領域に入った者たちは即座にスキルの餌食となった。
当然のことながら、魔鼠の住まう森に近い冒険王国エルロンドは魔鼠の領域内。
冒険者たちにとって夢と希望の玄関口だった冒険王国は、もはや見る影もない。
そこでは、全ての人間が死に絶えていた。変わりにその国に住まうのは、下水道から上がってきた魔鼠と、魔鼠に付き従う他の魔物たち。
既にそこは、魔の領域の内側だった。
それから数年。
人間世界の安定を司る領域教会が、禁忌としていた異世界召喚に手を出したのは、世界人口の約三割が滅びた頃だった。
人々の願いを束ね、聖女神リクシルが異世界より呼び寄せたのは、なんてことの無いごく普通の青年、桂木勇人。当人も最初の頃は、なぜ自分が選ばれたのかと困惑していたという。
だがこの青年は、魔鼠の【魔王】にとって天敵と言っても良い、ある特殊な才能を備えていた。
この世界にやってきた事でスキルへと変化したその名は『無病息災』。
青年は元の世界で、生まれてからこの方、一度も病気にかかったことが無かった。軽い風邪ですら、一度もない。そんな青年の生い立ちから生まれたこのスキルは、青年の身に降りかかる一切の病を消し去り、さらに青年の周りにいる人たちをも病から守る。
魔鼠の【魔王】が持つ唯一にして最強の対人間特攻スキルは、この青年に限り無効化された。
ただ、だからといってすぐに、この青年が魔鼠を討伐できるわけではない。
青年は、元居た世界の祖国で、争いとは無縁に育ってきた。ちょっとした喧嘩程度ならあっても、命の奪い合いのような争いなど知らずに育ってきたのだ。
そんな青年が一端の冒険者として、戦えるようになるまでにまた数年。
その間にも世界では、多くの人間たちが死んでいった。
そうして死者の数が世界人口の半分を越えた頃、ようやく青年は仲間たちと共に【魔王】を討伐すべく、件の森を目指した。
既に大量の命を糧に【大魔王】へと至っていた魔鼠と、領域教会から託された聖剣を携えた青年の戦いは、まさに死闘と呼ぶにふさわしいものだったという。
決着は青年の勝利に終わった。
魔鼠の【大魔王】の敗因はその力の方向性。魔鼠の【大魔王】は、その力のほとんどを自身の特殊なスキルを強化する方向へつぎ込んでいた。人間であれば、一撃必殺ともなりうる強力無比なスキル。だが、青年には一切通用しない。
それ故に、魔鼠の【大魔王】は苦手な戦いを行うことになり、それでも生き延びるために必死で抵抗していたが、最後には青年の聖剣に切り裂かれ、終わりを迎えたのだ。
しかし、その死の瞬間、魔鼠の【大魔王】は、最後の最後にその一帯へ、自らの魔力の全て使い、ある呪いを残す。人間の侵入を拒絶し、その地に侵入してきた人間を問答無用で死に至らしめる恐ろしい呪いを。
『無病息災』を持つ青年に、その呪いは通じない。だが、それ以外の仲間たちは、呪いが発症する兆候が見られた。たとえ、『無病息災』のスキルを持つ青年の側にいようとも。
青年は仲間たちを抱え、足早にその地を去ったという。
その後、青年は領域教会より勇者の称号を与えられ、滅ぼされた冒険王国の跡地を含む、【大魔王】の支配していた領域へ、生き残った仲間たちと共に王国を築き上げた。
それからさらに時が経ち、青年は魔鼠の【大魔王】を生んだ原因が、冒険王国の制度にあったことを知る。
国王となった青年は、第二、第三の【大魔王】出現を危惧し、病魔の森と名付けた呪われた森の監視と、魔鼠という危険の元凶に対する殲滅を宣言。率先して病魔の森へ赴き、残る魔鼠たちを狩り続けた。その後も国を挙げて魔鼠狩りに尽力したことで、とうとう勇王国とその周辺諸国からは、魔鼠と呼ばれる魔物の姿は無くなったのだ。
さらに数十年後。
青年は【大魔王】討伐という偉業と、勇王国の民から捧げられた信仰を領域教会より認められ、【神】となった。【神】となった青年は、二度とあのような悲劇が起こらぬようにと、自らの広げた神性領域に魔鼠系統の魔物の侵入を阻害する力を与え、今も魔鼠が他の地から自身の守る王国へ紛れ込むのを防いでいるという。




