幕間.黒牙3(三人称視点)
ホーンウルフとの決闘から暫くして、マスターから新たな命令が下された。
命令の内容は、魔蜂の群れを滅ぼし、黒牙の力の糧とせよというもの。
それまでは、魔物たちの群れは狩りの対象から除外されていた。
それは何よりも、危険だからだ。
群れに属する魔物というのは集団で格上の魔物を狩る事により、皆がそれなりの強さを持っている。それらが数を揃えれば、それだけで脅威だ。
だが、危険はそれだけではない。
群れということは、それを率いる魔物がいるということだ。そして多くの群れを率いる魔物というのは、それ相応に強い。
魔狼たちの群れだって、実質的にはホーンウルフが率いていたが、一応その上にも群れの頂点とされる魔狼がおり、その強さは他と隔絶していた。
黒牙は頂点の魔狼が戦う姿を見た訳では無かったが、その佇まいだけで自身が敗北する姿を想像してしまったほどだ。
けれど、群れを襲うにはメリットもある。それは広大な森の中、獲物を求めてさまよう必要が無いということだ。
特に魔蜂の縄張りには、大量の魔蜂たちがいる。
あそこの魔蜂を倒すことが出来れば、一気に強くなれるだろう。
が、うまく戦わなければ、あっという間に集団から襲われて、死んでしまう。
それはまさに、死地へ向かえというような命令。
刻まれた生への渇望が刺激され、死への恐怖が黒牙の内で強まっていく。だが、それ以上に黒牙の内では、強くなりたいという思いが育っていた。
死ぬことは恐ろしいが、もう侵入者には負けたくない。
もっと強くなれれば、死を恐れる必要もなくなる。
強くなればいいのだ。誰にも負けないくらい。
黒牙の内に宿っていた死への恐怖は、黒牙がさらなる力を求めるよう導いた。
そうして黒牙は更なる力を求め、死地へと赴く。
魔蜂の群れを狩る作業はかなり難航した。
魔蜂たち一匹一匹は然程賢くは無かったが、その動きは徹底されており、常に数匹で行動している。それにわざと見つかって縄張りから連れ出そうにも、ある程度の距離まで離れると魔蜂たちは巣へ戻ってしまう。そのため、縄張りから離しての各個撃破という作戦は使えない。必然的に縄張りの中で戦闘することとなる。
そうなると、正面からの戦闘では分が悪い。速度で翻弄しようとも、物量で攻められてしまえばあっという間に捕まってしまう。魔蜂たちには死への恐怖が無いようで、捨て身の攻撃を仕掛けてくるのだ。一度捕まってしまえば、後から後からやってくる魔蜂たちの攻撃に成すすべもなくやられてしまうだろう。
魔法を使った遠距離戦もうまくいかない。黒牙の魔法は離れれば離れる程に精度が悪くなってしまうため、空中を自在に飛び回る魔蜂たちを仕留めるにはある程度近づかなければならないのだ。勿論のこと、近づいてしまえば魔蜂たちの餌食だろう。
そうなると、黒牙に出来る戦法は必然的に限られてくる。そう、それは黒牙が最も得意とする闇に紛れての暗殺だ。
『闇魔法』を駆使して森に落ちる影を濃くし、その内に身をひそめる。そして、通りかかった魔蜂たちを一瞬で殺していく。周りを飛ぶ他の魔蜂たちへ、助けを求められるよりも早く。さらに亡骸は『闇魔法』で覆い隠し、その場には何も残さないという徹底ぶり。
黒牙はそれに成功した。黒牙の今の種族であるアサシンラットはそういった戦い方に特化しているし、相手は黒牙よりも格下なので当然である。
だが今の黒牙には、その手応えに満足することは出来なかった。
完璧な成功。安全な狩り。
だがそれは、相手が格下であったから成功していることだ。
同格、あるいは格上が相手であれば、ここまでうまくはいかない。
そこに思い至った黒牙の意識に浮かぶのは、敗北の苦い記憶。
このままで、あの人間に勝てるのか?
敗北の記憶は幾度も黒牙に思い出されることで、次第に悪夢と化していった。
真実よりもなお酷い悪夢へと。
黒牙の一撃はあっさりと避けられ、あの炎に焼かれてしまう。
炎は『闇魔法』で操る闇の楯で防御しようとも、それを貫き黒牙の身体を焼き尽くす。
そして黒牙は、死を間近に感じた。
死にたくないと、黒牙の内に宿る感情が強く叫んだ。
その感情は続けてこう叫ぶ。守るのだ、自分の命を。
そしてマスターの、あの子の命を。
心の奥底から出てきた最後の言葉に少し引っ掛かりを感じた黒牙だったが、強くなることに迷いはない。
黒牙は魔蜂たちを少しずつ狩り続けながらも、ずっと強さについて考え続けた。




