63.ダンジョンコアの力
あらすじ
迅速に戦力を強化するため、今まで危険に躊躇していたことへも積極的に手を出していく。
勇王国を警戒して止めていた魔鼠の大量召喚と、それを利用した森での情報収集。
ゴブリンや魔鼠が持つ『繁殖』スキルを使った、召喚に頼らない戦力増強。
それらの手配を終えた“私”は、次に黒牙を修行に出すための問題解決に乗る出す。
緊急時、黒牙を呼び戻すまでの時間稼ぎについては、思いついた“私”。
だが、肝心の病魔の森で修行を行う黒牙に、緊急事態を伝える方法が思いつかない。
結局“私”は一時的にそれを保留とし、次の作業へと移っていく。
簡単な作業を終わらせたところで、次はいよいよ大物に挑む。それはダンジョンコアの持つ力の応用だ。もしこれに成功すれば、幾つもの問題が同時に解決するかもしれない。ただそれを行った結果、実際にどんな危険が伴うかは分かっていない。
本来なら細心の注意を払いつつ、時間をかけて行っていきたい作業だが、今の私にそんな時間は無いだろう。だから、必要と思うならば臆さずに手を出していく。
もう準備不足で全滅なんて未来は迎えたくないから。
これからダンジョンコアの力を応用して再現しようとしているのは、魔王が持つという力の一つ、領域を支配する力だ。ダンジョンコアはダンジョン内限定で領域を支配しているが、魔王は広大な土地を自身の領域として支配している。私はその違いが気になった。
元々魔王が持つ領域を支配する力は、ダンジョンコアを破壊してその力を吸収することで得たものだ。つまりはどちらも根底としてあるのは、同じ力であるはず。ならば大本であるダンジョンコアの力を操れる私にも、魔王と同じようにダンジョンの外を支配することが出来るのではないか?
勿論、ダンジョンコアには再現出来ない力の使い方という可能性もある。例えばダンジョンコアの力が魔物に吸収される際に変質して、領域を支配する力が生まれたというのであれば、私には魔王の力を再現することは不可能だろう。まあこちらの線は、魔王のもう一つの力である配下たちの一時的な強化を、私が再現できた以上、可能性は少ない。
だが、他にもその二つが相容れない力である可能性や、逆に二つは同じ力を別の方法で使っており、片方を使っている間はもう片方が使えない、という可能性も考えられる。
或いはダンジョンコアの支配と魔王の支配では、細かな部分が違っているという可能性もある。だがこちらなら、成功すれば何かしらの利点は得られることだろう。それが、私の知覚範囲拡大や、支配領域内での連絡手段辺りだと最高なのだが。
とにかくまずは、確かめてみることからだ。
この力を扱う上で参考にするのは、スタンピートを引き起こす原因となった力の使い方。ダンジョン内にある部屋や通路を、ダンジョンの一部とするためにつけられた目印を活用する方法。この目印は即ち、地下に掘られた空間へ私の支配領域である証を刻む方法とも解釈できる。ならば、これをうまく使えば、魔王の支配に似たことが出来るのではないかと考えたのだ。
まずは肝心の目印を生み出すところから。通常は部屋や通路を作成した際、同時に生み出されるこの目印。それを単体で生み出す方法は今のところ無い。だが、私は部屋や通路から外された目印を、一時的に保管していたことがある。
あの時の目印だが、一つは部屋へ張り直す際に使ったが、他のものは使わずに暫く放置していたら、いつの間にか消えていた。どうやらあれは何処かに張り付けておかないと、単体では形を保てない類のものらしい。物質的な何かというよりも、疑似的な形を与えられた情報というか。
とりあえず『空想空間』を起動して、そこへその辺の部屋に張り付いている目印の形をそっくりそのまま、複製してみる。やり方は、目の前にある複雑怪奇な目印と重なるように生み出した空想をすぅーっと真横に移動させるだけだ。『記憶』のスキルも仕事をしてくれたようで、なんとか欠けなく私の意識下へ、目印の形を複製することが出来た。
ただこれだけだと、目印の精巧な情報だけだ。これを本物とするためには、そこに疑似的な形を与えなければ。
迷った時は、DPを注いでみる。元々、DPを消費して作成するようなものだ。これで、何とかならないだろうか?
すると『空想空間』へ浮かべた情報に、確かな形が成された。うまくいったようだ。
次はこの目印を、消えないように保管する方法を考える。とりあえず、どのように消えていくのかを確認するために、暫く観察をしてみよう。
と、思ったのだが、造り出した目印は何故か安定している。暫く時間を置いてみても、消えるようなことは無い。
『空想空間』内にあるせいだろうか? 一向に消える気配はない。
とりあえず『空想空間』内で意識下に置き続ければ、目印を暫く維持出来そうだ。
ならば次は、そこから部屋という情報を排除して、ただ私の領域の一部であるというだけの情報を宿す目印とする。つまり、ダンジョンの部屋を示す目印から、ダンジョンを示す目印に変えるのだ。それが出来れば、目印に含まれる情報と合致しない場所にも、目印を張り付けることが出来る、はず。と、思うのだけれど、む、難しい。
目印は言ってしまえばよくわからない情報の塊だ。それぞれに何かしらの意味はあるのだろうが、それに対する知識の無い私では、それぞれの持つ意味を完全に理解することは出来ない。
それでも私の元には、部屋の目印と通路の目印という二つのサンプルがある。これを比べて、違う部分を削っていけば、とりあえずは目印から部屋という情報を消すことは出来るのではないか。事前情報が全くない状況下で、頼れるのは己の感覚と閃きだけだ。
私は『加速思考』を最大限に意識しつつ、その作業へ没頭した。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『加速思考』のレベルが4から5へ上がりました〉
だが、それだけに集中していられる程、私に残る時間は多くない。私がやらなければならないことは山ほどあるのだ。程なくして病魔の森中に放ったケーブラットたちから早速、最初の報告が届いた。私は『空想空間』により意識下へ置いた、目印を弄りつつ報告をまとめていく。
報告内容は事前に私が調べるように伝えていた、病魔の森における人間たちの動向と、病魔の森に縄張りを敷く高位ランクの魔物たちの情報だ。
人間たちの動向についての情報はあまりない。いや、むしろ無いという情報があるとも言える。今まで森の中で見かけていた冒険者たちの数が、明らかに減っているようなのだ。
そちらも気になるが、まずは得られた高位ランクの魔物たちの情報を整理しよう。
高位ランクの魔物の縄張りついては、ケーブラットたちの情報から三つ、確認できた。狼の魔物、蜂の魔物、鹿の魔物たちによる縄張りだ。それぞれの高位ランクの魔物が、同系統の魔物たちを率いて縄張りを確立している。
地脈から魔物図鑑に登録された病魔の森付近に住む魔物を確認すると、それらしいランクの魔物を見つけた。これらが魔物図鑑に記されたその魔物たちの情報である。
種族:ガルセコルト ランク:B スキル:『聴覚』『嗅覚』『暗視』『遠吠え』『身体強化』『闇魔法』
魔獣族魔狼系の特殊個体ガルセコルト。漆黒の毛皮に包まれた魔狼系統の高位魔獣。特殊個体でありながら、各地での目撃例がある。基本的に群れで動き回ることを好まず、狩りは単体で行う場合が多い。夜はガルセコルトの時間。格上の魔物であろうとも、闇夜にガルセコルトと戦うことは躊躇するという。
種族:マザービー ランク:B スキル:『産卵』『伝心』『読心』『指揮』
魔蟲族魔蜂系の母体種マザービー。子供たちが造り出した巣の最奥に潜む魔蜂たちの母。『産卵』の能力を使い、多くの魔蜂系統の魔物たちを産み出す。個体としての戦闘能力はそれほど高くは無いが、複雑な構造の巣の最奥で多くの子供たちに守られているマザービーに近づくのは至難の業。
種族:ブラッディーホーンディアー ランク:B スキル:『気配察知』『角術』『猛突進』『身体強化』
魔獣族魔鹿系の高位種ブラッディーホーンディアー。赤く鋭利な角を持つブラッディーホーンディアーは、魔鹿系統の群れの切り込み隊長である。その鋭利な角による突進は、容易に敵を刺し貫き、切り裂く。
種族:ジャイアントディアー ランク:B スキル:『気配察知』『身体強化』『猛突進』『威圧』
魔獣族魔鹿系の高位種ジャイアントディアー。小山の如き体格と、大樹の如き角を持つ魔鹿系統の巨大魔鹿。強靭な肉体と尽きることのない無尽蔵の体力で、外敵から群れを守る。特殊な能力などは無いが、その巨体だけで、大抵の敵を圧倒するには十分すぎる力を持つ。
種族:クリスタルホーンディアー ランク:B スキル:『気配察知』『魔力感知』『魔力操作』『岩石魔法』
魔獣族魔鹿系の稀少種クリスタルホーンディアー。美しい水晶の角を持つ稀少種の魔獣。土の属性との親和性が高く、土の上位魔法である『岩石魔法』を自在に操り、住環境を整える。基本的に臆病で大人しい性格だが、一度敵対すれば大地全ては仲間を守る堅牢な盾となり、また敵を切り裂き叩き潰す強大な剣となるだろう。
現状、地脈から得られる周辺の魔物情報は、病魔の森付近に限られているので、魔物図鑑に登録されている魔物たちは、病魔の森に生息している魔物たちと考えてよいだろう。
そこからケーブラットたちに報告された特徴に合う魔物で、高位ランクの魔物を調べた結果、この五体が見つかった。そのランクだけでも危険度は有り余るほどだが、魔物図鑑に記されている特徴もかなり厄介だ。
まずは魔獣族魔狼系の特殊個体ガルセコルト。この特殊個体というのは恐らくゴウグゥから以前聞いたユニークと呼ばれる、現状この世界で唯一の進化を果たした魔物の事だ。ユニークと呼ばれる魔物はただそれだけで一ランク上の実力を持つという。実質的にはAランク相当の魔物だと考えた方がいい。それは即ち、あのイグニスという侵入者と同ランクの実力を持つというわけだ。環境によってはそれ以上の実力を持つかもしれない。今の今まで冒険者や勇王国の侵攻を防いできたのも納得というものである。
続いて魔蟲族魔蜂系の母体種マザービー。マザービーの場合は、本体の力というよりも大量にいる子供たちが厄介だ。これはゴブ太がいた頃に聞いた話なのだが、病魔の森にいるというマザービーの子供たちのランクは、下はFランクから上はCランクまで様々なランク帯が混ざり合っている。つまり実質的に、一番の戦力となるのはCランクの魔蜂たち。それだけであれば、まだ対抗の余地がある。問題は、その数だ。
特に巣の周辺は、Cランクの魔蜂が群れをなしており、不用意に巣へ近づけば、魔蜂たちは巣を守るために決死の覚悟で襲い掛かってくるそうだ。死を恐れぬ者たちほど、恐ろしい敵はいない。ここを襲うというのであれば、甚大な被害を覚悟する必要があるだろう。
最後に残るは三匹で一つの群れを率いる魔鹿系統の魔物たち。
魔獣族魔鹿系の高位種ブラッディーホーンディアー。同じく高位種のジャイアントディアー。そして、稀少種のクリスタルホーンディアー。
Bランク三体に率いられたこの群れもまた、冒険者や勇王国の侵攻を撃退し続けているようだ。
その中でも特に気になるのが、クリスタルホーンディアーである。稀少種とは恐らく、ゴウグゥ曰く、ユニークほどでは無いが、それでも滅多に見かけない稀少な魔物のことだろう。稀少種はユニークほどではなくとも、他の同ランク帯の魔物たちとは一線を画す実力を持つそうだ。私側の戦力で言えば、黒牙が同じ稀少種に該当する。その上で、あちらは黒牙よりもランクが上。さらにまだBランクが二体も控えているのだ。この群れもまた、他の縄張り同様に一筋縄ではいかない実力を持っている。
病魔の森中に放った千匹のケーブラットたちが集めてきた、未だ冒険者や勇王国の侵攻に抵抗を続ける縄張りの情報。魔狼系統の群れを従える特殊個体ガルセコルト。魔蜂系統の子供たちに守られた鉄壁の巣の奥に潜む母体種マザービー。そして魔鹿系統の群れを率いる高位種ブラッディーホーンディアー、高位種ジャイアントディアー、稀少種クリスタルホーンディアーの三体。
どれも一筋縄ではいかない魔物たちばかり。縄張りの位置が分かり、相手の情報を得られたからといって、それですぐに仲間へ引き入れることは出来ないだろう。
せめて同等の力を示すくらいしなければ、彼らはこちらの話すら聞いてくれない。むしろ下手に接触をしようものなら、こちらを敵と認識して襲い掛かってくる可能性すらある。
だからこそ、これまでは触らぬ神に祟りなしを貫いてきたのだが、もうそう言っていられる状況でもない。彼らの力を借りることが出来れば、それは十分な戦力の補強となるだろう。一先ず同種族の魔物を召喚して、その魔物たちを使者として送り、接触を試みる事とする。DPの関係から召喚するのはFランクの魔物だ。同種であれば、さすがにいきなり敵となることは避けられる、と思いたい。
後は野となれ山となれ、最悪を引かぬことだけ願っておこう。
高位ランクの魔物たちの情報処理が終わったので、残していたもう一つの情報についても考えてみる。ケーブラット達が持ってきた、否、持ってこられなかった人間たちの情報だ。
以前までは病魔の森を開拓する冒険者たちの姿がそこかしこで見かけていた。どうやら病魔の森の外縁部に人間たちの村が出来つつあるようで、場所からして間違いなく勇王国が絡んでいるであろうその村は、病魔の森に挑む冒険者たちの拠点として機能しており、休みなく冒険者たちを森の奥へと送り込んでいたのだ。
だというのに、それらの前情報と比べて、ケーブラットたちが病魔の森全体で見かけた人間の数が明らかに少ない。イグニスを逃がしてしまったせい、という訳では無いと思う。あれで確かに状況は悪化するだろうが、私は『加速思考』でイグニスが逃げた直後からケーブラットたちを放って、病魔の森を探索させていた。なのに、ケーブラットたちの報告が正しければ、冒険者たちは最初から殆ど見かけなかったそうだ。ケーブラット達の足の遅さを考慮しても、あまりに対応が早すぎる。もっと以前から、冒険者たちの動きが規制されていたと考えるべきだろう。
これにもスタンピートが関係していたりするのだろうか?
他に何かしらの事件が起こっているというような情報は無かった。といっても、しっかりと情報を得られていたのは、スタンピートが起きる直前までのことだ。
暴走したゴブリンを逃がしてしまったことが悔やまれる。多分あれで、ダンジョンでのスタンピートの可能性を周囲に拡散してしまったのだ。
改めてそう考えてみると、もしダンジョンのスタンピートがそこまで警戒されていたのだとしたら、あそこでイグニスを逃がしてなかったとしても、結局のところはあまり変わらなかったのかもしれない。
いや、大魔王と関係がある。という情報がイグニスによって齎されてしまえば、ダンジョンの危険度は跳ね上がるはず。やはりあそこでイグニスに黒牙の姿を見られたのは、大分不味かった。
まあこれらは、今更考えても仕方のない事だけど。
これは恐らく、嵐の前の静けさ。イグニスが情報を持ち帰れば、きっと事態は加速する。勇王国は本気で攻めて来るだろう。あのイグニスという冒険者も含めて、病魔の森で暴れている強力な冒険者たちもすぐにやってくるはず。
死の足音が聞こえる。すぐ側にそれは確かに存在していた。
逃げ切った訳では無かったのだ。撃退できたわけでもない。
私はただ、見ないふりをしていただけ。それが出来るようになっただけなのだ。
いつかは訪れていたこの状況。
私には、何が何でも生き続けるための覚悟が足りていなかった。
危険を冒してでも、私は生存のための手段を模索するべきなのだ。
もっと、もっと。死から逃れるそのために。
ダンジョンコアの持つ力の本質へ、再び深く踏み込んでいこう。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『加速思考』のレベルが5から6へ上がりました〉
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『並列思考LV1』を獲得しました〉




