60.火蓋を切る
あらすじ
第一階層の守護者を難なく倒し、第二階層へと向かうイグニス。
“私”は第二階層でも第一階層と同様に、複製体を配置し直していく。
第三階層にも複製体を配置し終えた“私”は、得たDPの使い方を考える。
通常の方法ではイグニスに勝てないと考えた“私”は、最終的に危険な選択肢を選ぶ。
ダンジョンコアの機能とは違う力、魔王の力を模倣した配下を一時的に強化する力。
配下たちとの絆を強め、強化の準備を整えた“私”は、第四階層にてイグニスを待つ。
この身で感じるはずの無い熱気を感じた気がした。
それは灼熱の魔力を纏い、第四階層へと足を踏み入れる。
【孤高の炎剣】イグニス。
彼が手にした剣には最初から炎が灯り、周囲へ熱を振りまいていた。
配下たちの様子がおかしい。恐らくイグニスの持つ『威圧』のスキルのせいだろう。
熱と共に振りまかれた殺意は、部屋で待つ配下たちの心を強く縛り付けていた。
どうやら強さに差があるほど、その効果は強く作用するらしい。
Dランクの配下たちでギリギリ、Eランクの配下たちは動くことすら難しいようだ。
明らかにイグニスはこちらの意図を読んでいる。ここを決戦の地と定めたことを。
ここまでの道中をあっさり進んできたというのに、イグニスには一切の油断が無い。
これは、急いだほうが良さそうだ。
私はDPを使用する感覚を思い出し、黒牙と繋がる絆へとそのDPを注ぎ込む。
しかし、強化は発動していない。感覚からして絆にDPをうまく流せていないようだ。
大丈夫。これはまだ想定内だ。私は祝福を使用したあの時の事を思い出して、あの時の状況を忠実に再現していく。そう。あの時は、ゴブ太を全力で応援していたのだった。
それを思い出した私は、黒牙の事を全力で応援しながら、もう一度DPを絆へと流していく。途端、DPが絆に向けて流れ込み、一気に黒牙の力が増大した。
出来た、出来た! ならば、これを維持したまま、次だ。
私は続いて、戦闘部隊の隊長格、イチからシイの絆に向けて、DPを流し込む。応援の気持ちを込めて。
すると再度DPは絆へと流れ込んでいき、イチからシイまでの隊長たちの力が増していく。さらにそれに呼応してか、イチからシイまでの隊長たちが率いる部隊の者たちまで、その力を強めていた。どうやら隊長たちが強化されたことで、彼らの覚えている『指揮』のスキルが強化され、指揮下にいる部隊の者たちにまで私の強化が適応されたようだ。
これは嬉しい誤算である。
ならば、もっと指揮下にいる者たちを増やしてみたらどうなるだろうか?
そう思い立った瞬間、私は即座にそれを実行に移した。
『指揮』のスキルはそのスキルレベルによって、効果の及ぶ規模と強化の度合が変わってくる。元の隊長たちのスキルレベルでは、この規模を全て指揮下に置くのは難しかっただろう。だが、『指揮』のスキルが強化されている今ならば、この四匹だけでここにいる全ての配下たちを指揮下に収めることが出来るのではないか。
『伝心』により全体へ命令を伝えると、配下たちの間で部隊が一気に再編される。すると、隊長たちの持つ『指揮』のスキルを通して、全ての配下たちの力が強化されていくのを感じた。またこれにより、今まで動くことが出来ずにいたEランクの配下たちも、イグニスの『威圧』に対抗できる所まで強化されたようだ。
これで一応イグニスへ、まともに立ち向かえるようにはなった。だが、それだけだ。まだ安心できるような状況ではない。全体的に強化はされたが、これでもまだまともな戦闘を出来るかは分からないのだ。
ああ、そう言えばDPの消費はどうなっているだろう?
ステータスを確認すると、DPがすごい勢いで減っている。不味い。これは時間をかけていられる状況ではなさそうだ。さっさと始めないとあっという間にDPが無くなり、強化が消えてしまう。
第四階層に降りてきたイグニスは、そのまま配下たちが待つ部屋へと入ってくる。
向かい合うイグニスと配下たち。そして戦いは始まった。
最初に仕掛けたのは、フォレストウルフたちだ。足の速さに『身体強化』を重ね合わせ、左右に散らばりながらイグニスへと襲い掛かる。固まって動けば、そこを狙われてしまうからだ。
イグニスがフォレストウルフへ向けて、斬撃を放つ。無数の斬撃が放たれた瞬間、フォレストウルフたちは私の助言通りに二度、進路を変更した。一度目の変更で最初の斬撃を避け、二度目の変更でその直後に放たれた逃げ道を潰す斬撃も避ける。三匹ほど運悪く避け切れなかったようだが、それ以外はなんとか初撃に対処できた。これで第一階層の守護者たちの犠牲が無駄にはならずに済んだ。
そのまま左右から襲い掛かるフォレストウルフたち。イグニスの目前まで迫ることは出来た。けれど、これで優位に立てるなどとは思っちゃいない。
その間に私は後方で盾を持つゴブリンシールダーたちを展開し、背後のゴブリンたちを守りつつ前進させていた。イグニスがフォレストウルフたちへ対処している間に、ゴブリンたちを安全に接近戦の間合いまで送る。
ゴブリンシールダーたちが持つ盾は、以前全滅させた冒険者の使っていた鉄の盾だ。前に最低限の装備として揃えていたものだが、これで何処までイグニスの攻撃を防げるかは分からない。せめて一撃は持ってほしい所だ。
四方から同時に襲い掛かるフォレストウルフたちを、イグニスは見事な体さばきだけで避けていく。さらに避ける動作と同じくして振るわれた剣が、次々とフォレストウルフの首を切り飛ばしていった。
ダンジョン内をはっきりと知覚できるようになった私には分かる。全てが紙一重の動きでありながら、イグニスに一切の動揺はない。完全にフォレストウルフたちの動きを見切っているようだ。
フォレストウルフたちにも力の強化は届いているはずなのに、それでもイグニスの強さには及ばない。Eランクではこれが限界か。
それでも役目は果たせた。
フォレストウルフが切られている間に、ゴブリン部隊がイグニスを包囲する。
――そのまま乱戦に持ち込め
配下たちへ『伝心』を使い、命令を送った。
そこまでゴブリンシールダーに守られていた他のゴブリン部隊の者たちが、私の命令を受けてイグニスへと襲い掛かる。Eランク、Dランクの配下たちが混ざり合い、イグニスを四方八方から叩き潰さんと攻撃を開始した。
ゴブリンソルジャーはイグニスに前方から立ち向かい、ゴブリンシールダーは盾を構えてイグニスに体当たりを仕掛け、ゴブリンアサルトは棍棒を手にイグニスへと殴り掛かる。そしてそれらの隙をつくように、ゴブリンスカウトが隙を狙って短剣で攻撃を仕掛けた。さらに遠方からはゴブリンアーチャーが、弓を使ってイグニスを矢で狙う。
誰もかれもが、決死の覚悟だ。流れ矢や逸れた味方の打撃を受けようが、全てを無視してイグニスへの攻撃を続ける。
少しでもイグニスの体力を削るため。
少しでもイグニスの精神を削るため。
少しでもイグニスの意識を逸らすため。
我武者羅に攻撃を続けた。
その間も黒牙はずっと自らが作り出した闇の中にいた。黒牙には事前に、自身のタイミングで攻撃を仕掛けろと伝えてある。
イグニスは剣で、盾で、鎧で、あらゆる武具を用いて襲い来るゴブリンたちの攻撃を防いでいた。だがさすがのイグニスも、隙間無く四方八方から襲い来るゴブリンたちの攻撃を受けつつ、攻撃に転じることは出来ないようだ。
とはいえ、こちらも殆どダメージを与えられている様子は無い。
膠着状態、か。と、思った次の瞬間、イグニスの剣に灯った炎が強まった。
まずい、と感じたが、私に出来ることは何もない。集う魔力から予想されるこれから起こる現象は、防ごうと思って防げるようなレベルものでは無いだろう。
イグニスから火の魔力が剣に流れ、灼熱の魔力へと増幅され貯まっていく。
そして。
「フレイムバースト!」
イグニスの足元に魔法陣が展開する。剣に集められた灼熱の魔力が一気に魔法陣へ注がれて、現象が解き放たれた。
部屋の八割が、爆炎に包まれる。部屋の中の気配が次々と消えていく。
これは、不味い。死が、絆を通して私の心を蝕んでいく。
部屋の殆どを埋め尽くす炎は、暫く部屋の中を焼き続けた後、意外にあっさりと消火した。どうやらダンジョンを流れる魔力に押され、燃料となっていた魔力が部屋から押し流されたようだ。喪失感が心に去来する。一瞬にして、死が幾度も私の心を通過した。
あの爆炎の中心にいたというのに、イグニスは全く焼けた様子が無い。防具による耐性のお蔭か、はたまたそういう術なのか。
対するゴブリンたちは、Eランクが全滅。Dランクは半数が炭化しており、もう半数は何とか生き残っているという状態だ。
だが、これでもまだ良い方である。生き残った者たちは、黒牙が炎に紛れこませて、闇を操り守った者たちだ。それが無ければ、あの一撃によりDランクも全滅していたことだろう。
全てがギリギリだった。ここでイグニスに、切り札である黒牙の存在を悟らせるわけにはいかない。だが、ゴブリン部隊が全滅してしまえば、イグニスの隙を作る事も出来なくなる。その両方を何とか両立させるため、黒牙が咄嗟に知恵を絞ってくれたようだ。
とはいえ、それは咄嗟の事。バレていないと、いいのだが。
多くの配下たちが倒されてしまった。中でも特に、名前を付けた指揮官、ゴブリンコマンダーたちの犠牲が痛い。先ほどの攻撃で、イチとニイ、それからシイも失ってしまった。『指揮』を持つ強化された指揮官はもはやサンが残るのみ。だが、幸か不幸か配下の魔物たちも大分減ってしまったため、一匹でも何とか全ての配下を『指揮』の範囲内に収めることが出来そうだ。
私は『伝心』を使い、改めて全ての配下たちをサンの指揮下へ入るように伝えた。
それによりサンを通じて、私の強化がまた他の配下たちにも流れ始める。
そしてすぐさま、私はイグニスへの攻撃を再開させた。
けれど、配下の数は明らかに減っている。先ほどと同様にイグニスへ四方から攻めてはいるが、それを受けるイグニスの動きには余裕があった。ある攻撃は避け、ある攻撃は盾で弾きつつ、剣でゴブリンたちを切り裂いていく。
このままでは、あっという間に配下たちは全滅する。
その時、黒牙から『読心』を通して、連絡があった。
内容はダイアウルフを戦闘に投入してほしいというもの。そう言えば後続として投入しようとしていたが、爆炎を振りまかれたことでタイミングを逃していた。
私の『伝心』を受けて、ダイアウルフが部屋の中に飛び込んでいく。次の瞬間、ダイアウルフの身体を黒牙の闇の魔力が覆った。その姿はイグニスの目に、漆黒の大狼として映ったことだろう。ダイアウルフの動きに合わせて闇を操ることで、『闇魔法』を扱っているのがダイアウルフであるように錯覚させようという狙いか。確かにじっくりと『魔力感知』で調べない限り、巧妙に偽装した『闇魔法』の出所はダイアウルフであるように感じられる。優位な状況であっても、戦いの中であればさらに気付かれにくいか。
そのままダイアウルフは、イグニスの元へ走り寄った。するとダイアウルフの身体の周りを覆う闇から幾本もの刃が生え、刃はイグニスへと斬りかかる。
イグニスは盾に火の魔力を注ぎ込み、ダイアウルフの身体から伸びた闇の刃をその盾で受けた。さらにイグニスが剣へ注ぐ魔力を増やすと、剣は激しく燃え始める。その剣で闇の刃ごと、ダイアウルフを弾き飛ばす。そのままイグニスはゴブリンたちの包囲から抜け出して、ダイアウルフに襲い掛かった。
ゴブリンたちを後にして、先に厄介なダイアウルフから片付ける気か。
イグニスは一息でダイアウルフに接近すると、燃え盛る剣を振り下ろした。『指揮』による強化と『身体強化』のスキルを使用したダイアウルフであっても、その速度には追いつけず、代わりに黒牙の闇がその一撃を防ぐ。だが、黒牙の闇も剣の炎に押されていた。
速度では何とかイグニスに対処できている黒牙だが、火力面では私からの強化を受けてすら負けている。やはりイグニスを倒すには、黒牙の暗殺術に賭けるしかないようだ。
闇がイグニスの炎剣を防いでいる間に、ダイアウルフはその場から跳び退いた。それを追い、炎剣での攻撃を繰り返すイグニス。ダイアウルフはイグニスの攻撃を闇に防いでもらいつつ、ゴブリンたちの側へとイグニスを引っ張っていった。
ゴブリンたちは近づいてきたイグニスへ、捨て身で一斉に攻撃を仕掛ける。それから一拍置いて、ダイアウルフもまたイグニスへと襲い掛かった。
攻撃が通るかは分からない。通ったとしても、致命傷には程遠いだろう。それでもこの一撃に全てを懸けて、ゴブリンたちとダイアウルフはイグニスへ全力の攻撃を仕掛けた。
イグニスもまたそれらを迎え撃つため、ここにきて初めて武具を構える。
配下たちの気迫が、イグニスの意識を一瞬奪う。
その一瞬を、黒牙は逃さない。
ダイアウルフの纏う闇に紛れて、黒牙はイグニスのすぐ側まで接近していた。そしてゴブリンたちとダイアウルフの攻撃の瞬間、闇を伝ってイグニスの背後へと回り込み、必殺の一撃を仕掛ける。私も強化を黒牙のみに絞り、ありったけのDPを黒牙との絆へと送り込む。これで全てのDPを使いきっても構わない。さらに精一杯の応援の祈りも込めて。
今の黒牙ならば、Aランクの魔物を相手にしても、必殺を成し遂げられるはず。
黒牙の身体がイグニスの首元に交差する。
そして――




