56.機能の先へ
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あらすじ
“私”が転生したことで起きていた、ズレとダンジョンコアの異常。
それらはダンジョンコアの成長により、正常へと回帰した。
それにより“私”は、地脈とダンジョンコアの基礎知識という新たな情報の入手先を得る。
基礎知識に記されたダンジョンコアの成り立ちと魔王候補という新たな敵の可能性。
そして、何故かそこに存在しない【神】と呼ばれる存在の情報。
そこに疑問を感じつつも、“私”はダンジョンの整備と強化を進めていく。
それでは、ダンジョンの整備と強化を始めよう。
まずは第三階層の整備から。
第三階層の構成は小部屋十部屋に迷路のように入り組んだ通路と、上の階層から持ち越してきた、硫酸の降る天井という罠だけ。それでも第四階層と比べれば通路はしっかりと造り込んであるので、あとは他の罠と魔物の複製体を設置していけば形にはなる。
今までであれば複製体を設置するためには、まず元となる魔物を育てて記録するという作業が必要だった。だが、新しく増えた機能をうまく使えば、魔物を育てて記録するという手間を省いて、複製体を生み出すことが出来る。しかも、それは階層の記録容量を消費しない。
その機能の名は複製召喚。魔物図鑑へ新しく追加された機能だ。その名の通り、これを使えば魔物の複製体をダンジョン内に直接召喚することが出来る。
ここで言う複製体の詳細は、記録複製で生み出す複製体と大よそ変わらない。ダンジョン外や階層の移動は出来ないし、死んでもダンジョン内の魔力により時間経過で蘇生される。自我が無いという所も、召喚する際の消費DPが通常より少ないという所も同じ。
違うのはまずそのステータス。記録複製された魔物は、記録された魔物が劣化した状態で生み出される。それに比べて複製召喚で召喚される複製体の強さは、ダンジョンLVに比例して変わっていく。今の私のダンジョンLVは5。そのため現状の複製召喚で召喚される複製体は、それほど強くない。今では記録複製の劣化がダンジョンの格によって軽減されていくので、最終的にも複製召喚より、ガッツリと育てられた魔物の記録複製の方が優勢だろう。
だが、複製召喚には記録複製には無い強みがある。それは魔物図鑑に記載された召喚可能な魔物であれば、いつでもどの階層にも召喚出来るということだ。記録を作る必要がないので、使いづらいと感じたら複製体として召喚した魔物を別の種族に置き換えることも簡単にできるのである。
記録複製に必要な階層毎の記録は消したり入れ替えたりが難しいため、今まで複製体とする魔物は慎重に選ぶ必要があった。けれど、複製召喚を使えるようになった今ならば、もっと大胆に配置する魔物を選ぶことが出来る。
とはいえ、階層毎に設定された配置できる魔物へのランク制限は今も健在だ。ダンジョンのランクが上がったとはいえ、未だ第三階層に配置できる魔物のランクはFランクまで。これは複製召喚でも例外ではない。
そこを踏まえた上で早速、魔物図鑑で条件に合う魔物を探していこう。
そう言えばダンジョンコアが覚醒してから、魔物図鑑もだいぶ様変わりした。
まずそこに記録されている魔物たちの数。地脈から情報を吸い出せるようになり、ダンジョン付近にいる魔物たちの情報であれば、配下に加えたり、魔石を吸収しなくとも魔物図鑑に記載されるようになった。病魔の森に生息する魔物であれば、例外なく全てが記載されているようだ。勿論、召喚も可能である。
もう一つの変化はその情報量だ。今までは魔物の名前が記されるだけだったが、今は魔物の初期ステータスと簡易な説明文、それからご丁寧に挿絵までついている。
この挿絵のせいで、最初に魔物図鑑の情報量の増加に気が付いた時、己の記憶との落差にちょっとした衝撃を受けたのだが、それはまあさておき。
魔物図鑑から今、召喚出来る魔物を探していく。
……へえ、病魔の森にはこんな魔物もいたのか。
面白そうだし、一先ず第三階層にはこの魔物を置いてみようかな。
種族:レイス ランク:F スキル:『霊体』『生命感知』
不死族死霊系の基本種レイス。死者の残した強い念を受けた魔力により生まれた魔物。『霊体』の特性により、物理系統の攻撃は効かず、物体を透過することが出来る。反面、太陽の光には非常に弱いため、常に暗い場所を好む。その生まれ故か、生者への強い執着を持つ。
挿絵には、半透明の靄のような何かが描かれている。名前や説明文からも予想はついたが、こいつは幽霊のような魔物だ。
挿絵だけだとあまり強そうには見えないけれど、物理攻撃が効かないという特性はかなり強力そうである。相手によっては格上であっても倒せてしまうかもしれない。
それにもう一つ、私にはレイスを使う利点があった。それは私の持つ【惨劇の跡地】という称号の齎す効果だ。どうやらこの称号はダンジョン全体に作用し、所謂アンデッドといわれる者たちの力を強める効果があるらしい。不死族と書かれているレイスも、このアンデッドの一種のようだ。
ちなみに【鼠の楽園】という称号もまた、魔鼠系の魔物たちの力を高めてくれるという。
こういったダンジョンを強化してくれるような称号は、所持した時点でダンジョンコアの基礎知識が自然とその称号の持つ効果を教えてくれる。正常に稼働し始めたダンジョンコアの基礎知識が、私にそれを教えてくれた。
この称号でどこまで強化されるのかを調べる意味も含めて、今回はレイスを第三階層に置いてみようと思う。
これで第三階層の整備はいったん終了。守護者についてはさすがにまだ保留としておく。
第三階層に置く魔物はまだ本決まりしている訳では無いし、守護者として配下を配置するためには予めある程度育てておく必要があるからだ。
そんなわけで、次は第四階層の整備へ取り掛かろう。
とはいっても、第四階層は第五階層の追加を優先して、適当に小部屋を並べただけだ。構造としての難易度はまだ何も手を付けていない第五階層を抜けば、ダンジョンの中でも最底辺と言える。ただただ、小部屋から次の通路へ進み、また小部屋に入って次の通路を進んでいけば、八の小部屋を越えた先には階段部屋が待っているのだ。
それはそれで使い道もあるだろうけれど、途中で帰らせることを目的とした現在のダンジョン構成とは、明らかに方針が異なる。
とりあえず今は回復の泉を移動させ、主力のゴブリン部隊を住まわせているけれど、小部屋の集まりだとゴブリンたちがばらけてしまって、いざというとき使いにくい。
せめて中部屋ほどとは行かないまでも、それに近い広さがあれば実戦での大規模戦闘に使いやすいのだけれど。それか第三階層までと同じように迷路化させて侵入者を惑わせるか。
どちらにしても、今はDPが足りていないので不可能だ。
うーむ。ダンジョンマップに映る小さな部屋の集まりを眺め、私は暫く悩んでいた。
小部屋同士をひとまとめにくっつけて、大きな部屋に出来ればもう少し利用価値はあるのだけれど。部屋の移動にかかるDPなら、今の残りDPでも何とか捻出できそうだし。
だがダンジョンコアの機能には、部屋同士を直接繋げることは出来ないという条件があった。…………いや、もしかしたら何とかなる、か?
完全なるダンジョンコアとして覚醒したことで、私はダンジョンコアに元々備わっていた機能の全てを扱う事が出来ている。だが、私の変化はそれだけで終わらなかった。
ダンジョンコアの機能とはそもそも、ダンジョンマスターがダンジョンを構築するうえで、ダンジョンコアの力を効率的に扱えるように作られた仕組みだ。それら全ては、ダンジョンマスターが使うことを前提に作られている。
しかし、私はダンジョンコアを扱うダンジョンマスターではなく、ダンジョンコアそのものだ。
それ故なのか、私にはダンジョンマスターでは知ることのできないダンジョンコアの機能の裏側が見えていた。ダンジョンコアの機能を支えている力の流れ。本来は決して表には出てこない部分。完全なるダンジョンコアとなった時、それがあるということを私は知った。
これはダンジョンコアとして転生した私にだけ許されたアドバンテージだ。他のダンジョンを構築しているダンジョンマスターには絶対に出来ないことである。
ならばこそ、どうにかこれをうまくダンジョンの構築に活用したい。
これをうまく利用出来れば、本来の機能では触れることのできない部分、それこそ部屋同士を繋げられないという条件も、何とかできるのではないか。
通常、部屋や通路、罠、施設などの移動は、ダンジョンマップ上で行われる。ダンジョン拡張から移動を選択すると、ダンジョンマップが表示され、それを移動させることにより実際のダンジョンもそのように変化していくのだ。
そんな中で例えばダンジョンマップには、部屋という場所は部屋、通路という場所は通路、という属性を示す目印がつけられている。これは本来ならば表に出てくるような表示では無いが、ダンジョンコアとしての知覚を持つ私はそれがあることに気が付いていた。
多分この目印があるから、部屋と部屋同士を繋げられないのではないだろうか。そうだとしたらこの目印を部屋から通路に変えてみたり、いっそ目印自体を取っ払ってみたりしたら、何か変わるのかもしれない。まあ、それが出来ればの話だけれど。
機能を使用する際の力の動きを意識して観察してみると、どうやらその構造は魔法陣に近いようだった。未だ『魔法陣学』のスキルを習得出来てもいない私だが、長く人間たちの残していった武具や道具に描かれた魔法陣を観察、考察してきただけあって、それが魔法陣に近いものであるということだけは分かった。
とはいえ、その複雑さは人間たちの使う魔法陣の比ではない。ダンジョンコアの機能を形成している魔法陣は、精密なうえに情報がかなり圧縮されており、おまけに三次元的な形状すら垣間見える。否、もっと深く知れば、もっと色々な未知の技術が見つかるかもしれない。
見比べてみるとその違いがよく分かった。恐らく技術的には人間たちの扱う物と、ダンジョンコアに備え付けられた機能とでは天と地ほどの差がある。
とてもじゃないが、今の私では理解の取っ掛かりすら掴めないだろう。
だが、それは機能を解析して改変しようと考えたならばの話。魔法陣がブラックボックスとして存在するのならば、そこを避けてしまえばいい。ブラックボックスの中に触れなければ、まだやりようはある。
そこで役に立ったのが、『空想空間』のスキルだった。
『空想空間』。これは想像した物を形に出来る独自の空間を意識下に生み出すスキルだ。面白いスキルではあるが、ここで生み出した物はあくまで空想の産物であり、本来なら現実で実体を持つことは無い。
私は己の知る範囲のスキル群から考えて、『空想空間』は『並列思考』のような己の意識下で完結する情報処理を補助する系統のスキルと定義していた。
ただそれだけのスキルだと思っていたのだが、その考えはあることを切っ掛けに変化する。それが今回、『空想空間』を使ってみようとした理由でもあった。
それはダンジョンコアとしての覚醒を自覚して、魔物図鑑の情報量が増えたことに気が付いた時のことだ。
魔物図鑑に魔物の説明文と共に追加されたもう一つの情報、その魔物の挿絵。これにより私は、魔物たちの姿形を正確に知覚することが出来るようになったのだけれど。
その結果、これまで大部分を私自身の空想で補っていた情報との齟齬が発生した。
大したことが無いと言えば大したことでは無い。むしろ、初めてこの世界を視覚的な情報で知ることが出来たのは、貴重で素晴らしい体験だった。
だが、ゴブリンたちの姿形については少しだけ私の願望が入っていたようで、挿絵に記された一般的なゴブリンの姿を確認した時、私はちょっとだけ混乱してしまった。
薄汚れた緑色の肌と黄ばんだ歯と爪、ぎょろりとした瞳と下卑た醜悪な表情で……いや、止めておこう。アレについてはもう思い出したくもないし、たとえあれが一般的なゴブリンの姿だとしても、ゴブ太たちもまた同じ姿であったとは思いたくない。
とにかくそれについて私は驚き、瞬間的に『空想空間』を起動して、魔物図鑑に記されたその挿絵の上から私の思うデフォルメされたゴブリンの姿を上書きしてしまったのだ。
ふう、これで安心。と、一瞬思った所で、私は私に突っ込みを入れた。
何の解決にもなっていないだろう、と。百歩譲って現実を受け入れず挿絵を否定するのは良いとしても、このままもう一度魔物図鑑を開き直しせば、また同じことを繰り返すことになる。だって私は『空想空間』で、挿絵という情報の手前に私の想像したゴブリンの姿を映し出していただけであり、『空想空間』はその特性上、それを意識から外した瞬間に消えてしまうものなのだから。
ところが、一時的なものだったはずの私の空想は、次に魔物図鑑を開いた時、当たり前のように魔物図鑑の挿絵へ記されていた。
『空想空間』はもう使っていない。それなのに、魔物図鑑に記されたゴブリンの挿絵は、私の想像に置き換わっている。
その時、私は気が付いたのだ。
ダンジョンマスターがどのようにダンジョンコアの機能を使うのかは分からないけれど、私がダンジョンコアの機能を使う方法は私の意識による操作だったということを。
私が思うことで、機能は実行される。つまり私は、私の意識でダンジョンコアを操作しているのだ。そして、『空想空間』のスキルもまた、私の意識により動いている。
どちらも私の意識により干渉できるというのであれば、これはダンジョンコアの機能と『空想空間』のスキルが干渉しあった結果なのではないか。
魔物図鑑のゴブリンの挿絵が差し替えられたのは、そういう理由からなのでは?
『空想空間』には、私の意識で操作するダンジョンコアの機能に干渉する力がある。ならば、機能の一部である目印にも、同様に干渉することが出来るのではないか?
そこに行き着いてしまえば、後はそれほど難しい事ではなかった。
DPを消費する感覚と、目印の知覚。そして、スキル『空想空間』による情報の視覚化と干渉を行った結果、私はそこに存在する目印を外す事が出来るようになった。幾ばくかのDPは消費したが、それは問題とするほどの量ではない。
そうして私は、ひょいひょいひょいと通路と部屋の目印を外していく。
第四階層にある通路と部屋の内、階段の設置された最初と最後の部屋とそれに通じる通路二つ以外は、全て問題なく取り外せた。階段のある部屋とそれに繋がる通路に関しては、少し不安があったので一先ずそのままにしている。
そのまま部屋と通路を移動させようとしたのだが、目印が無い状態だと機能が部屋や通路をそれとして認識せず、移動の機能が使えない。
こちらでも目印を外す要領で出来ないだろうか? 私はDPを消費する感覚と共に、『空想空間』を通じて、ダンジョンマップの表示から消えた部屋や通路をひとまとめにするよう念じてみた。お、うまくいきそうだ。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『土魔法LV1』を獲得しました〉
おお、へ? なぜか、魔法を習得出来た。
嘘。ほんとに?
信じられないが、どうやら間違いないらしい。
え、これで私も魔法を使えるということだろうか?
あ、でも、私には私の魔力が存在しない。その場合はどうなるのだろう?
いや、スキルを覚えたということは、魔力はあるのか?
もしかして、DPがその代わりになっている?
我ながら、棚から牡丹餅なこの状況にかなり混乱していた。
先ず何よりも嬉しさが優る。魔法の習得は、それを知ってからずっと願っていたことだったから。無理だと知った後も、魔法陣という新たな可能性に懸けて頑張っていたのだが。
まさかこんなところで、大本の望みが果たされるとは。
おまけに八つの小部屋と七つの通路も無事に一つの部屋へと合体してくれたようだし、全てが十二分にうまくいったと言えるだろう。
新たに出来上がった部屋は、小部屋と中部屋の間くらいの大きさだ。中部屋に比べると少し狭いが、小部屋のままよりは使いやすい。とりあえずはここにゴブリン部隊を常駐させて、デッドラインとして機能させよう。
それよりも『土魔法』の検証を早くしてみたい。これがあれば、私でも魔法は使えるのだろうか? ああ、楽しみだ。
しかし、それが思いがけない事態を引き起こす事となる。
それに私はまだ、気が付いていなかった。




