49.至高の騎士たち
あらすじ
やってきたのは騎士にして【Bランク冒険者】である貴族の三男と、二人の騎士だった。
彼らの会話から“私”は、彼らが王命を受けて死した勇者の足跡を探りに来たことを知る。
彼らが領域教会から聖女神リクシルの神託を受けて、勇者の死を知ったことも。
騎士の二人はともかく、貴族の三男からはその称号に見合った強さを感じない。
それが逆に、“私”を疑心暗鬼にさせる。はたして彼らは強いのか、弱いのか。
そんな不安を消し去るべく、“私”は侵入者たちの戦いに意識を集中させる。
「前方、曲がり角の先から魔物の気配がします。数は三、小さな人型、種族は恐らくゴブリンかと」
「ゴブリン? 魔の領域のダンジョンとは危険な場所ではないのか? ゴブリン程度なら、何処でも見かけるだろう。数十匹単位で襲ってこようとも、物の数ではないぞ」
「侮っちゃいけませんよ、フロイグ様。ここは既にダンジョンの中。それも魔の領域のダンジョンですから、どのようなことが起こっても不思議じゃない。敵がゴブリンだからと言って侮ると、手痛い反撃を受けることにもなりかねないですよ」
「む。だが、ゴブリンだぞ?」
「ゴブリンと言えど、上位種になれば強力な力を持ちますよ。昔、ゴブリンの魔王に幾つもの国が滅ぼされたということもあったようです」
「ゴブリンの、魔王か」
「ここに来た目的を忘れてはなりません。ここはあの勇者様が消息を絶った可能性のある場所なのですよ」
「……分かった、油断はしない。相手がゴブリンであろうとも、この私が全力を以て倒して見せよう」
カライドの言葉に応えて、フロイグは戦意を漲らせて宣言する。
そうして、三匹の複製されたゴブリンと三人の騎士の戦いが始まった。
先陣を切ったのは侵入者たちの一人、シルバスという騎士だ。シルバスはゴブリンたちとの視線が通ったその瞬間に走り出し、肉薄すると武器を抜き一匹の首を斬り飛ばす。その鋭さから言って、シルバスの武器は剣だろう。遅れて気が付いたゴブリンたちが戦闘態勢へと移行するが、その僅かな時間にシルバスはもう一匹のゴブリンの胴体へと己の剣を振るった。さすがに胴体を斬り飛ばすまではいかなかったが、その刃はゴブリンの腹を半ばまで斬りつけている。最後に残ったゴブリンは、そこでようやくシルバスへ向けて棍棒を振り上げたが、シルバスはそんなゴブリンへ向けて、剣を腹へと埋めたゴブリンの身体を蹴り飛ばす。飛んできた仲間の身体にぶつかって転がった最後のゴブリンは、そのまま剣を自由にしたシルバスの一撃で首を飛ばされた。それで、終わり。
全ては滑らかな動きによる一瞬の攻防だった。複製されたゴブリンたちが弱いというのもあるのだろうが、それを差し引いてもあのシルバスという騎士は強い。
動きの速さと力の強さの秘密は、シルバスの身に流れる独特な気配。恐らくシルバスのスキル『闘気術』によるものだろう。魔力とは少し違う、不思議な力だ。
その姿は以前に集落を襲撃してきたゴブリンロードに挑んだゴブ太を彷彿とさせた。あのシルバスという騎士、恐らく【Cランク冒険者】の中でも上位に位置する実力なのではないだろうか。まだ片鱗しか確認できていないとはいえ、先にその実力を知れたのは不幸中の幸いと思うべきだろう。
「シィルゥバァスゥ――っ! 何をやっている、全て一人で片付けおって」
戦闘が終わった直後、いきなりフロイドがシルバスに向けて怒鳴りつけた。
「ああっ、すいません。つい」
「つい、では無いっ! 私が倒すと言ったであろう! これでは私が活躍出来ぬではないかっ!」
「フロイグ様、お静かに。ここはダンジョンの中ですよ」
「カライド。しかしせっかく私がこうして戦意を高めていたというのに、こやつときたらっ! あんなに! あっさりと!」
「見たところ、今出てきたのは通常種のゴブリンが三匹、フロイグ様が相手をするまでもないとシルバスは考えたのでしょう。それにダンジョンはまだこの先も続きます。シルバスも反省しているようですし、ここは抑えて下さい」
「むう。……分かった。だが、多少は戦っておかねば、いざというとき動けぬでは不味かろう」
「確かにそれはその通りです。ならば次は、フロイグ様に戦っていただきましょう。よいですね、シルバス」
「は、はい。フロイグ様、勉強させていただきます」
「ふっ、そうか。そうだな。任せておけ。どのような魔物が現れようとも、この私が軽く片付けてやる」
「(シルバス、フロイグ様を守ろうとする志は立派ですが、あまりやり過ぎてはいけません。フロイグ様の活躍の場も少しは残しておかなければ。次は、気を付けて下さい)」
「(はい、すいません。……でも、大丈夫すかね? もし次が難敵であった場合は)」
「(その時は私がフロイグ様をお護りします。その隙にまたシルバスが倒しなさい)」
「(うっ。わ、わかりました。――まあでも、魔物の強さを見る限り、あまり強い魔物が出てきそうな雰囲気では無いですよね。もしかして、ここは大分新しいダンジョンなのかも。ならこの後もそんなに……)」
「油断は禁物ですよ」
「(す、すいません)」
「む、そうであったな」
その後、再度遭遇した複製されたゴブリンとの戦闘では、宣言通りフロイグがゴブリンを倒した。その戦闘過程はというと、まあ危なげないものではあったけれど、シルバスという騎士の戦闘の後では無難という印象しかない。観察した限りの情報から予測するならば、個人の戦闘力はDランクの序盤といったところだろうか。先日のウルード村同盟というパーティーの若者たちよりは強いが、戦闘部隊に所属するゴブリンたちに比べれば弱い、といった感じ。
スキルも含めた総合的な評価で言えば、実戦で鍛えられた探索部隊や総合部隊のEランクゴブリンでも下手をすれば勝てるかもしれない。ただのお荷物とは言わないが、この侵入者たちの中で唯一の【Bランク冒険者】とはとても思えない。やはりぼんぼんの可能性が濃厚か?
一方でカライドという聖騎士についても、数回の戦闘が終わった所で大体の実力は判明した。どうも攻撃には殆ど参加せずに、防御を固めた戦い方を得意としているようだ。それに『神聖魔法』による回復役も担っている。厄介と言えば厄介なのだろうが、シルバスほどの怖さは感じない。
やはりあの侵入者たちの要となるのは、騎士シルバスだろう。総力戦となれば、きっと奴が一番厄介な相手となる。彼らなら確実に第二階層まで上がってくるはずだ。ただでさえ、国王から授けられた使命とやらがあるのだから。
とはいえ、今までに得た情報から推測するに、戦闘部隊を複数投入すれば倒せない相手では無い。一応、念には念を入れて黒牙にも参加してもらう予定ではあるが、むしろ私が今、恐れているのは、この侵入者たちを殺した後だ。
道中の言動からして侵入者たちの目的は、勇者を亡き者にした原因を探し出して倒すことだろう。だが、実際のところ勇王国がこの侵入者たちに期待しているのは斥候としての役目なのではないか。そんな侵入者たちが、送られた先から戻らなかったとしたら、送った者たちは確実にこの場所を疑うだろう。そうなれば勇王国は、次にもっと強大な戦力を用意してくるはずだ。その未来が何よりも怖い。
私の安全のためにも、いずれ勇王国は滅ぼすべきだ。その考えは今も変わってはいない。両者に因縁がある以上、勇王国は潜在的な私の敵だ。だが、それは今すぐの事では無い。
今の私の戦力で全面戦争となれば、まず間違いなく負けるのは私だ。そして、私の敗北は十中八九、私の死に繋がる。それは出来るだけ避けたい。
だが、侵入者たちが私の命を脅かすようであれば、奴らを生かすという選択肢は無くなる。未来の危険を回避するために、現在の死を受け入れては元も子もないからだ。だから、たとえその後にさらなる危険が待っていようとも、私は彼らを殺すだろう。
その時は、覚悟を決めなければ。
私はその手始めとして、戦闘部隊のゴブリンたちと黒牙に、戦いの準備を整えておくように改めて伝えた。
それからも侵入者三人による快進撃は続く。元々第一階層にいるのは複製されたゴブリンと、同じく複製されたゴブリンファイターだけなので、ある程度の実力があるならばそれも当然と言えば当然なのだけど。
そんな最中に私はまた興味深い事を発見した。それは、侵入者に対する罠と迷路の効果についてのことである。
侵入者たちはシルバスの持つスキル『罠感知』と『地形把握』によって、これらへ対処しているようなのだが、スキルのレベルが低いせいなのか、たまに引っかかるのだ。
例えば罠の場合で言えば、戦闘の直後や暫く罠が無かった時、あとは宝箱に仕掛けられた罠などには面白いように引っかかる。恐らく、その辺りで緊張の糸が緩んでいるのだろう。
また迷路についても、同じような道順が連続していたり、罠に引っかかった直後などは記憶が一時的に混乱するのか、一度歩いた道を進んで、途中で引き返すことが度々あった。しかも一度道を間違えると、記憶が不明瞭になるのか、以降も何度か道を間違えるのだ。
そんな場合ではないのは分かっているけれど、自分が考えて設置した罠に他者がこうも見事に引っかかるのは観察していてかなり楽しい。
だがまだ、引っかからない罠、迷わない道も多くある。そんなわけで私は、よく引っかかる罠や迷いやすい道をしっかりと『記憶』しておくことにした。次のダンジョン拡張の参考とするために。
それにしてもこの三人組の侵入者たち、思っていた以上に罠や迷路に引っかかっている。色々と知恵を絞って考えたものではあるけれど、所詮私はまだまだダンジョン造りの素人。ダンジョンのある世界で育った者たちと比べれば、その蓄積された知識の差は歴然だろうに。一応罠や迷路は侵入者の探索を妨害し、体力を削る目的で設置してはいたけれど、実際のところ、ここまで引っかかることは無いだろうとも思っていた。蓄積してきた知識と、スキルによってあっさり対処してしまうだろうと。だからそれにこれほど引っかかっている姿には違和感がある。彼らの話からも感じていたことだが、もしかして彼らはダンジョンにあまり詳しくないのだろうか?
スキルの構成や彼らの会話からしてこの三人組の中で一番ダンジョンに詳しいのはシルバスなのだろうが、そのシルバスにしてもダンジョンの探索に関するスキルのレベルはあまり高くない。だがそう考えると、ある部分と矛盾が生まれる。
それは、彼らの目的。
勇王国の国王の命令によって、彼らは未発見だったダンジョンの探索に来たはずなのだ。たとえ彼らが斥候としての役割だったとしても、初めからダンジョンの探索だと分かっていたのなら、普通はダンジョンに詳しいものを派遣するものではないのか。
その辺りが私の感じた違和感の原因だった。
どうして彼らは、ここに派遣されたのだろう?
もしかしたらその弱点を補って余りあるほどの何かを彼らが持っている可能性もあるけれど、今まで侵入者たちを観察して得てきた情報の中にそれらしいものは無い。
人間側の事情は一切分かっていないので、何とも言えないのだけれど。
その辺りにも注意して、彼らを観察していく必要がありそうだ。
なんて思った、その直後だった。
「つまらん」
ダンジョンも半ばほどまで進んだところで、フロイグが突然その場に立ち止まりそう呟いた。先へ数歩程歩いたところで、他の二人もフロイグに気が付いてその場に立ち止まる。
「フロイグ様?」
シルバスは引き続き周囲の警戒をし、カライドがフロイグに話しかけた。
「出てくるのはゴブリンやゴブリンファイターといった弱い魔物ばかり。周りはずっと薄暗い岩の壁が続いて、仕掛けられている罠も子供だましのものしかない。この程度のダンジョンで、あの勇者殿がやられるわけが無いだろう。このダンジョンの探索はもうこのくらいで良いのではないか?」
どうやらフロイグは変わり映えのしない敵や道のりに、痺れを切らしたらしい。
まあ確かに、あの勇者であればこの程度のダンジョンで、傷一つ負うことは無いだろう。たとえデッドラインに辿り着いたとしても、それを超えて私の元へ到達していたはず。あの時だって魔王の残滓が助けてくれなければ、私は確実に殺されていた。そう考えると分からないでもない理屈だ。けれど、彼らにはここで探索を止められない理由があったはず。
「いけません、フロイグ様。これは王命なのですよ?」
「それは分かっている。だが、可能性を探れと言う話だっただろう。このダンジョンにその可能性があるとは到底思えぬ。シルバス、今までの道のりで他のダンジョンと比べ、異質な部分はあったか?」
「いえ、今のところは無いですね」
「そうであろう。ならば」
「でも、魔の領域にあるダンジョンでは、よく予測できない事態が起きます。勇者様はその事態に巻き込まれたって可能性も」
「予測できない事態? それはどのようなものだ?」
「ギルドで他の冒険者から伝え聞いた話だと、ダンジョンを徘徊する規格外の強さのボスや、全体が致死性の高い罠となった部屋、有毒なガスに満ちた階層、それにその階層で出会った魔物たちと比べて桁違いに強いボス。この辺りが記憶に残っている例ですね。どれにしても普通の冒険者パーティーが出会えば、かなりの確率で全滅します」
「――ここに、それがあると?」
「それは、まあ調べてみないと分からないです」
「無い可能性も、あるのだろう?」
「勿論あります。でもまだ、そうと言い切れるほどの情報は揃ってないですから」
「……分かった。探索を続けよう」
沈黙の後、フロイドは探索の続行を告げた。
どうやらカライドとシルバスによる説得がうまくいったようだ。三人組の侵入者は、また探索に戻っていく。
私としてはそこで探索を止めてくれてもよかったのに。まあ王命という話があったからこうなるだろうとも思ってはいたけど。




