43.人間の痕跡
あらすじ
亡くなった配下たちの事を定期的に思い出していたら『記憶』というスキルを習得した。
これを機に“私”は、改めて有用なスキル習得のための特訓の進捗を思い返してみる。
『鑑定』と『並列思考』。スキルを覚えていた配下たちから聞いた習得方法。
それらを元に続けている特訓の成果は、まだほとんど出ていない。
だがその過程で、“私”は別の新たな発見をした。
魔法陣。それは人間たちが持つ未知なる技術。魔法使用の可能性。
だが喜びもつかの間、“私”の元へゴブリン部隊からある情報が届けられようとしていた。
事態を動かす、重要な情報が。
病魔の森の内部にて、人間の痕跡を発見。
そんな報告を入れてきたのは、病魔の森の遠方の探索を行っていたゴブリンたちの部隊であった。
その部隊は遠方の探索中、病魔の森の外縁近くで不自然な焚き火の跡を発見したそうだ。
病魔の森に住む魔物たちは、基本的に植物系か動物系、虫系の魔物。人型であるゴブリンは、病魔の森の魔物としては少数派である。そんな中で焚き火という形を整えて火を扱うのは人型の魔物くらいだ。そんなゴブリンしか使わないような焚き火の跡が森の中にあり、尚且つその周辺でゴブリンの痕跡が発見されないという事は、確かに少し違和感がある。
そもそもこの森の魔物たちは、森の外縁付近に近づくことからしてあまりない。この森で生きる魔物は、森の中での生活に慣れているので、わざわざ森の外へ出ようとはしないのだ。それ故に当然、森の外縁部付近に近づくことも無い。
逆に森の外から訪れた魔物が焚き火をしたという可能性も低いだろう。基本的に魔物たちが来るのは真逆の方角からであり、ゴブ太が居た頃にもそちらからやってきた魔物という話は聞いたことが無い。
それらを根拠にゴブリンたちは、その焚き火に不自然さを感じたのだという。
ただそれだけだと、人間の痕跡と確定するにはまだ根拠に乏しい。
痕跡を発見したゴブリン部隊の隊長はそう考えたようで、それ故もっと正確な情報を得るために、彼はその場で新兵器を使うことにしたそうだ。
その部隊は以前、試験的にゴブリン以外の魔物を配備した部隊だった。
配備されたのはダイアウルフ。大型の狼型魔物で、狼特有の鋭い嗅覚と高い機動力、そして群れを率いる高い知能を持った強力な魔物だ。さらにそのダイアウルフには以前、勇者たちの残していったアイテムについた人間の匂いを記憶させている。
それもあってダイアウルフは、辺りを調べ始めてすぐに気が付いたようだ。その焚き火に残された匂いが人間のものであると。
これまで全く発見されなかった人間の痕跡。それが、森の中で発見されたのだ。そこが森の一番外側だとしても、森の中であることに変わりはない。
まだダンジョンからは遠い場所であるし、痕跡の大きさからしてその人数も一国の軍隊が侵入してきたと言うほどの数ではなかったというが、それだけで油断は出来ないだろう。
きっと何かが動いたのだ。人間側で。私の知らない所で。
可能性として考えられるのは、斥候。なぜ勇者が死んでからこんなにも時間が経って現れたのかは不明だが、この痕跡は人間がこの森に侵入してくる予兆と捉えるべきだろう。
私の想像は数日後、再度持ち込まれた人間の痕跡発見の報告により確信へと変わる。
報告にあった場所は、以前よりも少しだけ森の奥へと近づいていた。さらに戦闘の痕跡と、魔物を解体した跡も同時に発見されている。
戦っていた魔物は恐らくFランクのレッサーウルフの群れ。強い種では無いが、人間側にも苦戦した跡は無い。つまり、侵入してきた人間たちは最低限の戦闘能力を有していると考えるべきだろう。それが言葉通り最低限の力でしかないのか、それともあの勇者に近い力を持っているのかはまだ分からない。さすがに神の祝福を受けて力を増した勇者程の力を持っているとは思いたくないが、だからといって楽観するべきでは無いだろう。
何にしても今はまず、彼らの動向をしっかりと把握しておく必要がある。
今までは最低限の任務以外、各部隊の指揮官に一任していたが、これからはもっと積極的に病魔の森の外縁近くへ探索範囲を伸ばしてもらい、人間たちの動向把握に努めなければ。
だがそうなると、今のゴブリン部隊の運用方法では効率が悪い。
そこで私は一度、ゴブリン部隊の運用方法を見直すことにした。
まずはこれまで全ての部隊に徹底していた最低限のノルマの見直しから。最低限のノルマとは、病魔の森での情報収集と戦闘によるレベルアップ、そしてその後の魔石回収の三つ。これらは全てダンジョンの戦力を整え、森での情報を集めるために必要なことだった。
けれどそれが今、足枷となっている部隊が幾つかある。それは得意とする分野が偏っている部隊だ。探索を得意とする部隊は、戦闘のノルマが邪魔をして、遠方での探索時間を思うように取れていない。戦闘を得意とする部隊は、探索に時間を割かなければならず、そのせいで効率的な狩りを出来ないでいる。ただ同時に、どちらの分野にも精通し、総合的に活動が出来ている部隊も少数だがいた。そう言った部隊にはこれまで通りのノルマと、定期的な時間交代でダンジョン周辺の探索を行ってもらう。そして得意とする分野が偏っている部隊には、それぞれ新たな目的と自由な遠征時間を部隊の特性に合わせて決定していく。
手始めに探索部隊からは戦闘のノルマを無くし、探索に専念出来る環境を作っていくことにした。その中でも特に広範囲での活動を得意とする部隊には、病魔の森外縁付近に陣取ってもらい、そこから定期的に人間の動向を報告してもらうことにする。さらに定期的な報告には、別の探索部隊を間に挟むことでダンジョンへの帰還回数を減らし、現地での継続的な調査を出来るようになった。これで人間たちの動向を逐一知ることが出来る。
一方で戦闘部隊からは探索のノルマを無くし、効率的な戦闘と魔石回収が出来る環境を作っていくことにした。探索部隊とも連携して獲物となりうる魔物の情報を共有し、その魔物と戦うのに適した部隊を迅速にそこへ向かわせて討伐し、魔石を回収してくる。これにより、魔石の回収と戦闘部隊のレベルアップはさらに加速していった。
ただこれらの変更は、利点だけをもたらすという訳ではない。
これを行ったことによる最大の問題点は、探索部隊のレベルが上がらなくなることだ。スキルレベルが上がれば技術は向上していくが、レベルが上がらなければ身体的な能力は上がりづらい。身体能力の向上は、戦闘だけでなく探索にも必要となってくる要素だろう。
それに戦闘でのレベルアップがなくなれば、進化も難しくなってくる。
一応探索部隊のゴブリンたちも、今まであった戦闘ノルマの甲斐あってレベルはそれなりに高いけれど、成長が無いというのはやっぱり不安だ。とはいえ、人間の動向確認は今や必須。ここは必要な代償と信じて、ダンジョンの戦力増強に関しては探索部隊の分も戦闘部隊に頑張ってもらおう。
部隊の運用方法はこれで良いとして、他にも考えなければならないことはある。
今はまだ人間の痕跡を発見したという報告しか無いけれど、このままいけばいつかは人間と接触することもあるだろう。そうなったときの行動方針を各部隊と共有しておかなければならない。まずは人間の姿を確認した際のこと。
動向を探るのだから、いずれは人間の姿を発見することもあるだろう。そうした場合は相手に悟られないように細心の注意を払いつつ、人間たちの森の中での行動を観察し続ける。
相手との接触は極力避けること。まだ人間たちがどの程度、こちらの情報を手にしているかは不明である。勇者たちは一人残らず始末したハズだけど、取り逃がしが絶対に無いとは言い切れない。とはいえここは殆どバレていないという前提で、私に関わる情報は極力、人間たちに渡らないよう気をもらおう。
勇者一行が病魔の森で謎の失踪。知られているのがその最低限の情報だけであれば、まだ相手が油断してくれる可能性もある。ダンジョンがその死に関わっているということや、ましてや魔王の残滓が存在したなんて事が知られてしまうよりはずっといい。
次にもし不測の事態が発生して、先に人間たちから発見された際の対処に関して。
やはりここでも、情報を相手に渡さない事を徹底する。具体的には逃げられる時には出来るだけ逃げて戦闘は避け、どうしても逃げられない場合にのみ交戦すること。あくまでも戦闘は最後の手段であるが、もしそれでも戦闘になった場合は相手を一人も逃がすことなく徹底的に殲滅する。
しかし場合によっては、逃げられないほどに強力で、こちらが全滅するような相手と鉢合わせする可能性もあるだろう。ただでさえ、人間との接触の可能性が一番高いのは探索部隊なのだ。なので、もしそんな最悪の事態に遭遇した時のことも伝えておく。
もしそんな状況になってしまったら、まず第一に優先すべきは、その情報を私の下へ持ち帰ることだ。部隊のうちの一人を逃すために、他のゴブリンたちには死力を尽くしてもらう。恐らくその際に逃げる役を請け負うのは、全ての部隊に存在し、尚且つ最も素早く動くことの出来るゴブリン。ゴブリンスカウトになるだろう。ただ出来るなら、そんなことにはなってほしくはない。せっかく育ったゴブリンたちを一部隊分も失ってしまえば、戦力の低下は甚大だ。だからこそ、探索部隊にはまず人間に見つかったりせぬように、慎重な行動を心がけてもらう。
部隊の運用方法を変更してから十日が過ぎた。その間も私の下には、順調に病魔の森へと侵入してくる人間たちの情報が集まってきている。この辺りで一度、集まった情報の整理をしてみようか。
侵入してくる人間は複数のグループに分かれており、一つのグループは大体二人から六人程の人数で動いているという。身のこなしや森の魔物との戦闘を遠方から観察していた者たちからの報告によると、強さはグループによってマチマチ。下はEランクの魔物一匹に集団で挑みかかり辛勝するような者たちから、上はDランクの魔物複数を相手に危なげなく勝利するような者たちまで、その強さの幅はそれなりに広い。
そんな彼らの行動範囲は基本的に病魔の森の外縁付近。ただその範囲は、少しずつ拡大していってるようだ。力に自信のあるグループは先頭に立って開拓をしていき、その後を他のグループが追っていく。大体はそんな感じ。
たまに功を焦ったグループが奥へと進み過ぎて、強力な魔物の縄張りに突っ込み、手痛い敗北を喫する場合もあるらしいけど、殆どのグループは慎重に進んでいる。
そして肝心の彼らの目的だが、主に病魔の森での植物採取と魔物狩りのようだ。少なくとも勇者の足跡を追うような行動をするグループの情報はまだ報告されていない。
もしかすると彼らは、勇王国とは関係が無いのだろうか?
少なくとも勇王国から直接、何かしらの使命を受けて来ているという感じではない。
勇者が勇王国にとって特別な存在であるということは、疑いようのない事実だろう。見習い勇者という職業はともかく、彼の称号には彼が勇王国において重要な人物であるというのを示すようなものが幾つかあった。
一つは彼が貴族の出身であることを示す称号、確か……【グラストフィア侯爵家次期当主】。侯爵という地位が私の知識通りのものであれば、貴族のいる国家の中ではかなりの高位であったはずだ。その後継者ともなれば、貴族社会では重要視されているはず。
もう一つはそのものずばりで、【勇王国の希望】。こちらは説明するまでも無いだろう。国の希望なんて大層な称号がついている時点で、国からの期待の大きさがうかがえる。
そんな称号を持つ彼が行方不明になったというのに、探さないというのはありえない。まあもしかしたら、勇者が国に秘密で森に来たという可能性も無いわけでは無いけれど。もしくは、貴族の次期当主という言葉からの連想で、お家騒動の結果で見捨てられたとか?
だがこの世界の人間の文化を知らない私では、その辺りの事情は推測することも難しい。
ならば今は、勇王国が勇者の行方を追っていると考えて動く方が良いだろう。逆に勇王国が勇者の行方を追っていないというのであれば、私には何の問題も無いのだから。
そう仮定すると、今この病魔の森に侵入してきている人間たちは結局何者なのだろうか?
そこで私は前にゴブ太の村へやってきた、ある旅の魔物から聞いた何気ない話の一つを思い出した。その魔物の話の中で、冒険者というイメージが出てきたのだ。
その魔物は人間の冒険者たちに追われて大変な目にあったと語っていた。話を聞く限りでは、冒険者とは魔物の討伐や、未開領域の探索を得意とする人間たちの事らしい。
私はそれを聞いた時、よく異世界系小説に出てくる冒険者という職業がこの世界にもあるのだなと、そんな風に思っていた。ちなみに未開領域の中には、ダンジョンも含まれているそうだ。つまりは私の天敵ということになる。ただその時は、まだ病魔の森で人間を見ることは無かったから、特に気にしたりはしていなかった。
最近病魔の森に侵入してきた人間たちの特徴は、その時話に聞いた冒険者と近いように思う。そう言えば、あの勇者の称号にも【Aランク冒険者】というのがあった。もしかしてあの侵入者たちは、そんな冒険者の繋がりから情報を得てやってきたのだろうか?
侵入者たちは似たような行動をしつつも、グループ毎に独立して動いている。基本的にグループが違えば不干渉。中には死にかけた相手を置いて逃げたり、グループ同士で殺し合ったりする者たちもいたという。冒険者間で情報共有があるとしても、実際の繋がりというのは割とドライなのかもしれない。
元々この森に人間は近づかなかった。何かしらの理由があって近づかなかったものと思われるが、今はもうその理由は無いようだ。その何かが消え失せた原因は、十中八九最初に侵入してきたあの勇者一行だろう。
考えられる可能性の一つとしては、勇者を返り討ちにした魔王の残滓のこと。魔王の残滓の魔力は私をこの世界へ導いた神さまによってダンジョンを封印するために使われていたようだが、元々は森へ人間を近づかせないように作用していたのかも。魔王の残滓が人間に抱く感情を思うに、その可能性は高いのではないか。しかし、魔王の残滓はあの勇者を返り討ちにした後、消えてしまった。
いや、そもそも勇者が森に入ってこれた時点で、魔王の残滓に残っていた力はもう、残り少なかったのかもしれない。
勇者が病魔の森に侵入出来たという事実が冒険者の繋がりにより伝わって、その情報を基にした他の冒険者たちが安全を確認しつつ病魔の森に侵入を開始した、とか。
病魔の森という未開領域での稼ぎを期待して。
と、まあ色々と考えてはみたが、これらは全て私の想像に過ぎない。事実としてあるのは最初と最後だけで、その中間は全て仮定である。その全てを事実として記憶するには、根拠があまりにも曖昧だ。一先ずこれからも探索部隊のゴブリンたちには、冒険者として仮定したあの人間たちの情報を探り続けてもらおう。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『記憶』のレベルが2から3へ上がりました〉
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『魔力感知』のレベルが7から8へ上がりました〉
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『空想空間』のレベルが7から8へ上がりました〉




