36.終焉の足音
仲間を殺された怒りと憎しみに燃えるライガス。
ダンジョンの最奥を目指す彼を何とか止めるため、“私”は彼に『伝心』で話しかけた。
だが、彼の心に宿る憎悪はあまりに深く、話は聞き入れられない。
“私”はステータスから得た情報などから、なんとか話の突破口を開く。
そして“私”は覚悟を決めて、真実を話すことにした。
“私”がここにいる理由。そして、“私”が今、何なのかを。
「は?」
思考の手詰まりを感じた私は、思い切って自身の置かれている状況を伝えた。すると、ライガスから、呆然としたイメージが返ってくる。意味が分からないというような、そんな感じだ。
――私は人間からダンジョンコアに転生したのです
「なんだそれは」
想像していた反応は三つ。単純に驚くだけか、やはり魔物の仲間と激怒するか、理解が出来ずに困惑するか。この中で最悪は二番目。果たしてライガスの反応は三番目が一番近いようだ。だとすれば、転生という概念は一般的ではないのか。それとも、転生先がダンジョンコアという事に問題があるのか。
私はじっと、ライガスが情報を整理する時間を待った。
「ダンジョンコアを……、だとすればここは……、ならばこの違和感も……」
微かに漏れる思考の断片を『読心』により掬い取ると、ライガスの中で情報が少しずつ形を宿していくのが分かる。ただ断片のみの情報ではそれが最終的にどういう場所に行き着くのかまでは読み解けそうにない。
それから暫く、不安な時間が続き。
「そうか、そういうことか」
ついにライガスの中で何らかの結論が出たようだ。
「お前を、確かめさせてもらうぞ」
ライガスは続けてそう言うと、迷うことなくダンジョンの奥へと進みだした。
ライガスがダンジョンの最深部へと近づいてくる。
不安が心を揺らすのは、私がライガスを信用していないからか、はたまたダンジョンコアとしての本能故か。
最後の部屋にライガスがやってきて、ダンジョンコアの前に立った。
間近にするとライガスの放つ強い輝きが、私の意識に突き刺さる。ライガスの中に宿り、輝きを放つ力の塊。これが、ライガスに力を貸した神の力なのだろう。その相手が勇神ユウトなのか、それとも称号にあるもう一つの神、聖女神リクシルなのかはわからない。
どちらにせよ、それはとてつもない力だ。今のライガスは、ゴブ太では抗い様が無い程の強者。あっという間の出来事で私には何も出来なかったけれど、出来たとしても私の応援では悔しいが焼け石に水だったことだろう。
結果的にだが、私が手を出さなかったのは正解だったのかもしれない。あの場で祝福を使っていたら、仲間であることがばれていた。
とはいえそれも、これからの交渉次第だ。もし交渉が決裂すれば、ライガスとは敵対関係になる。もしもそうなってしまえば……
次の瞬間、全ては一瞬のうちに始まり、一瞬のうちに終わった。
ライガスが突如として武器に手を掛け、ダンジョンコアへと振り下ろす。
それとほぼ同時に、ライガスの背後から私の最後の配下であるアサシンラットの黒牙が、潜んでいた闇の内から現れ、ライガスの首を狙う。
私のもう一つの切り札である黒牙は、ライガスたちが村に現れた瞬間からその姿をダンジョンの闇の中に隠し、ずっとライガスたちの隙を伺っていたのだ。
元々覚えていたスキル『隠伏』から上位スキルへと至った気配を隠すスキル『隠密』と、同じく上位スキルで、相手の意識より外れた状態から繰り出される必殺の一撃を放つスキルである『暗殺術』による攻撃。
数多の強敵を葬ってきた必殺のコンボは、しかし、突然軌道を変えたライガスの武器により防がれる。そしてそのまま、ライガスの武器は黒牙の身体を貫いた。
「この種族、やはりここのマスターはあの魔王に関係していたか」
遅れてゾッとする。ライガスは躊躇なく私を破壊する気だった。もし黒牙が途中で攻撃していなければ、その攻撃はそのまま私を砕いていた事だろう。
何の躊躇もなく、私を殺していた。
――なぜ、私を、殺そうと、したの、です、か
驚愕と恐怖というノイズの混じるイメージが、私からライガスの元へ届く。
「まだ、死んでいないのか? それとも、これはマスターでは無かった?」
ライガスが武器を振るうと、黒牙の身体がダンジョンの隅へと投げ飛ばされた。ライガスは周囲を警戒しながら、もう一度ダンジョンコアへと向き直る。
「なぜ、なぜだと? そんなこと決まっているだろう。魔に穢されし、神の成り損ないよ。お前が私の、人間の敵だからだ」
明確な殺意を持って語られるそのイメージに、その言葉に、私の意識が大きく揺らぐ。
「私を騙し果せたと思ったか? 私がお前の下らない甘言に踊らされると思ったか? 勇者様の名を出せば、私を操れると思ったか?」
ライガスの殺意を、強く感じる。アレは私を本気で殺す気だ。
私の中に存在したルールが、大きく揺らぐ。
「この私を甘く見るなよ」
なんで、どうして。私は、わたしはにんげんのなかでずっと。
ずっと、るーるをまもってきたのに。
ひとをころさなかったわたしが、どうしてなんどもひとにころされなければいけない?
「消え去れ、魔王の残滓よ」
ライガスの武器が振り上げられ、それがダンジョンコアへ振り下ろされ――振り下ろされようとしたその時、ダンジョンの最深部に力の塊が君臨した。
それは、黒牙の身体が飛ばされた場所。
それは、どこかでずっと感じていた魔力。
それは、知らないはずの私が知っている誰か。
記憶には無いのに懐かしい。記憶には無いのに、知っている。
前生の記憶からは見つからない。ならばこれはきっと、この新たな肉体の記憶。
私はそれのステータスを表示する。
名前:黒牙=病魔を振りまく厄災
種族:デモンディザスターラットキング(劣化) ランク:S
年齢:―
カルマ:+99
LV:95/95
スキル:『夜目LV10』『隠密LV10』『気配察知LV10』『爪牙術LV10』『闇魔法LV10』『魔力感知LV10』『魔力掌握LV10』『追尾術LV7』『暗殺術LV7』『病魔生成LV10』『病魔拡散LV10』『病気吸収LV10』『病魔支配LV10』『病魔創造』『繁殖LV10』『念話LV10』『支配LV10』『威圧LV10』『精神耐性LV10』『火耐性LV8』『水耐性LV10』『土耐性LV10』『風耐性LV10』『闇耐性LV10』『物理耐性LV9』『光耐性LV7』
称号:【――――の眷属】【影に潜む者】【暗殺者】【病魔の根源】【鼠の支配者】【大魔王】【病魔を振りまく厄災】【人間の天敵】【魔王の残滓】
黒牙、なのだろうか? いや多分、混ざっている。
本当に実在したのか。これは恐らく、ライガスが言っていた魔王の残滓。
ここで異世界より来た勇者ユウトに討たれた魔王の怨念のようなものだろうか。
その魔力は、ずっと傍にありながら、当たり前すぎて気が付かなかったもの。多分最初からここにあったその力は、私をこの世界に導いた神がダンジョンの封印に使っていたのだろう。それは封印が解かれた後も、暫くの間、私を外敵から守ってくれていた。
いや、それだけではない。
私は魔王の残滓に懐かしさを感じている。前生に生きていた世界から遠く離れたこの世界で、親に出会ったかのような安心感。そんなはずはないのに。それが私の前生の両親でないことは分かっている。ならばこれはきっと、この世界の肉体であるダンジョンコアとして、私が感じているもの。
この世界での私の肉体であるダンジョンコアが、あの魔王の残滓と密接な関係にあるのだ。恐らくそれは、今の私にとっての親のような、そんな関係。
少なくとも、この魔王の残滓は私の敵ではない。
魔王の残滓はライガスに敵意と殺意を向けている。混ざり合ったそれらは、物理的にダンジョンを震わせるほどの力を持っていた。
魔王の残滓のステータスには劣化という表示があるけれど、その上で尚、神の祝福を受けて超強化されたライガスの力と拮抗している。種族的には黒牙と同種であるラット種のはずだが、果たしてこの魔王が生きていた頃はどれほどの力を有していたのだろう。
混ざったことで多少は成長したスキルもあるが、前半のスキルと称号は見覚えのある黒牙のものだ。しかし、後半には全く知らないスキルや称号が並んでいる。その全ては魔王の残滓が生前に所有していたスキルや称号の数々なのだろう。色々と物騒なものが並んでいる。
「――ユウシャ……ユウシャ……ユウシャ……――」
これは、魔王の残滓のスキルにある『念話』だろうか。一言一言に強い憎悪を込めた言葉が、聴覚が無いはずの私にすら理解出来る。
「魔王の残滓、覚醒したか。だが、だからなんだというのだ。私は、負けない。勇者は負けない。世界のため、勇王国悲願のため、ここで私が負けるわけにはいかないのだっ!」
ライガスの武器に魔力が集中し、振り払った一撃が魔力を飛ばして周囲を破壊していく。魔力から感じるイメージは輝き。ライガスの持つ『光魔法』と武器を合わせた力だというのがなんとなくわかる。もしかしたら、『聖剣術』も使っているのかもしれない。
ライガスはダンジョンコアすら巻き込んで、いやむしろ、ダンジョンコアと同時に魔王の残滓を攻撃したようだ。
ヒヤリとした死を感じる私だったが、その攻撃が私に届くことは無かった。
魔王の残滓から溢れた闇の魔力が、光の範囲攻撃からダンジョンコアを守ったのだ。
私のスキル『読心』を通じて、黒牙の想いが伝わってくる。魔王の残滓と混ざり合ったそれは、どちらも私の身を案じてくれていた。配下として。或いは、親として?
勇者は狭いダンジョン最奥のこの部屋で、広範囲に効果のある攻撃を周囲へと放ち続けている。恐らく魔王の残滓がダンジョンコアを守ったことで、そちらへの攻撃も有効だと気づいたのだ。
それに対して魔王の残滓は私を守り、自身もライガスの攻撃を避けながら、ライガスへ攻撃を続けている。その戦い方は何処か黒牙を彷彿とさせた。速度と『闇魔法』によるかく乱と、『爪牙術』による攻撃。
魔王の残滓は黒牙の戦い方を発展させたことにより、これまで黒牙が苦手だった真っ向勝負にも対応していた。同じラット種であるがゆえに似ているのか、それとも肉体が黒牙だからこそ、魔王の残滓がそのように戦っているのか。
「ちょこまかと鬱陶しい!! 止まれぇぇ――っ!」
その言葉と共に壁を背にしたライガスの顔部分から新たな魔力が放たれる。その魔力はライガスから前方へ向けて扇状に広がっていく。
小さな洞窟内にそれを避ける空間は無く、魔王の残滓は否応なしにその魔力に呑み込まれる。
その瞬間、魔王の残滓の動きが一瞬鈍った。
魔力の性質と現象、そしてライガスのステータスから考えて、スキル『麻痺の魔眼』を使ったのだろう。レベル表記の無い特殊なスキルだ。
しかし、魔王の残滓は即座に元のスピードを取り戻し、むしろ鈍った一瞬をフェイントに利用した。
「なっ、なぜ止まらない!? 何処だ、何処に消えた?」
『闇魔法』を使って、ダンジョン内の闇にその姿を潜ませる魔王の残滓。勇者からその身を完全に隠しきった次の瞬間、勇者の死角から一撃が放たれた。
その一撃は勇者に気付かれることは無く、『暗殺術』のスキルにより必殺の一撃へと昇華する。
そして、勇者の気配がダンジョンから完全に消え去った。




