35.人間のルール
あらすじ
配下であるゴブ太が治める村は森の外とも交流を持ち、急速に発展していった。
だがそんな平穏も、三体の侵入者たちによってあっさりと終わりを告げる。
何とか二体を倒したゴブ太たちだったが、神の祝福により強化された最後の一体によって、
ゴブ太を含むゴブリンたちの村は完全に殲滅された。
最後の一体のステータスを確認した“私”は侵入者の正体を知る。
それは“私”がこの世界で初めて出会う人間であった。
見習い勇者、ライガス・グラストフィア。
その魔力には怒りと悲しみが混ざり合っていた。状況から見てそれらの感情が、仲間を失ったことによるものなのは明白であろう。
周囲に振りまくライガスの強い殺意が私にも突き刺さる。ここにいるもの全てを滅ぼそうという意志が彼にはあった。そこには確実に、まだ見ぬ私も含まれることだろう。
称号にある【コア破壊者】。その前にある【ダンジョン踏破者】という称号と合わせて考えれば、それが示すコアがダンジョンコアの事であろうことは想像に難くないだろう。
彼に関する情報があまりにも足りていない。急襲からの一方的な虐殺。そして神の祝福による覚醒からの殲滅。戦いと呼べたのはほんの一瞬でしかなかった。
ステータスにある情報と私の知識を合わせれば想像くらいは出来るが、そこには確実性がない上に、そもそもそれに掛ける時間すら今は無い。
ライガスが私を認識しているのかは不明だが、その慎重な歩みは明らかに洞窟の最奥を目指している。
ダンジョンの部屋の数は未だに二つだけ。ライガスは最初の部屋から短い通路を通って、すぐにでも私の前に現れるだろう。
こんなことならもっと部屋数を増やしておくべきだった。
物理的な方法で逃れることが出来ぬのなら、私はこの状況から逃げる手段を考えなくては。
いや、相手は人間なのだ。ならばこそ、使える方法もあるのではないか。
――貴方は何者ですか?
私はライガスに対して、『伝心』のスキルを使用した。
これは私が覚えているスキルの一つ、自身の考えたことを相手に伝えるスキルだ。このスキルの特徴は、対象となる相手に対して言葉をイメージとして伝えられること。
それを利用して私はこの言葉を、女神っぽいイメージで脚色した。神聖で静謐で、美しい女性のイメージ。とはいえそれは、あくまで、ぽいものであり、それだけで何とかなるとは思っていない。少しでもライガスの敵意を削ぐのが目的だ。価値観の差異はあるだろうが、イメージなら受け取った相手がそれを補強してくれる。
多少卑怯な気もするが、対話に第一印象は重要だ。身体を見せるわけにはいかない以上、届けるイメージに気を遣うのは大切である。それに今の私はなりふり構ってなどいられない。ダンジョンの入り口にある部屋には、神聖な魔力を放つ回復の泉も設置してあるし、雰囲気もばっちりだろう。
と、思ったのだが、私が『伝心』を使った瞬間、ライガスの動きが止まり、同時に周囲への警戒度が一気に最大まで跳ね上がった。
そんな小細工は通用しないと言うように。
それはそうだ。何せここは、ライガスにとって敵地なのだから。
それでも私は、イメージを送り続ける。それが私の希望だから。
――貴方は何の目的でここに来たのですか?
続けて私は『伝心』を使うがライガスは答えない。警戒をそのままに、ただゆっくりと奥を目指す歩みを再開した。
怖い。
ただただ怖い。
ライガスが何を考えているのか分からない。
でもその先で、何が起こるのかだけは分かってしまう。
止めなくては、何としても。それだけは。
――私は貴方の敵ではありません
必死な私が三度目のイメージを送った時だ。
「黙れ、邪悪な魔物めっ!」
怒気の込められた叫びが、ライガスから発せられた。
その言葉は大気に伝播し洞窟内に響き渡ったのだろうが、ダンジョンコアとなり五感を失った私にはそれを聞き取ることは出来ない。ならばなぜ私がそれを知ったのかと言えば、それは私に宿るもう一つのスキル『読心』によるものだ。
これは読んで字のごとく相手の心を読むスキルなのだが、心を読むためには相手に伝える意志があることを条件としている。
口より言葉を発するということは、それ即ち相手に伝えるという意志の発露とも言えるだろう。故に相手が口にした言葉は、聴覚で聞き取れなくともこのスキルで知ることができるのだ。ただ、『読心』は『伝心』と同じく、イメージとしてその意思を伝達するので、私が知るそれは『伝心』で私が相手に伝えたものと同じく、多少なり私の主観が入るのだが。
「貴様らのせいで、仲間たちが死んだ。イリス、ライラ、数々の冒険を共にした大切な私の仲間たちがっ」
悲しみと怒りに、深い憎悪が滲む。それは強いイメージとなって私に伝わった。
そこに込められた意志が、彼に止まる選択肢が無い事を物語っている。
「この呪われた森の奥深くで貴様らが何を企んでいようとも、私が来たからにはもう終わりだ。この私が勇神様に代わり、全てを叩き潰してやる」
口を開いたかと思えば、そこから出てきたのは何一つ身に覚えのない一方的な断罪の言葉。
人間と魔物は敵対している。外にあるその関係性を如実に表すような態度だ
このままでは不味い。このままでは私は魔物として、この勇者に殺されてしまう。
いやだ、死にたくない。こんなところで終わりたくはない。せっかく念願の『不老』を手に入れたのに、寿命などという理不尽な死から逃れられたのに。
こんなところで呆気なく、またあの時のように死ぬなんて。
私の記憶に浮かぶのは、前生で私を殺した男。突然に、私の命を奪った若者の姿。ぼんやりとしたそれは、なにもかもが曖昧だ。その程度でしかない相手が、私の命をあっさりと奪った。それもまた理不尽。あの場に選択肢など微塵も無かった。
でも、今は? まだ、生の可能性は消えていない。
ライガスは最初になんと言っていたか。
黙れ、邪悪な魔物め。
そうだ、私を魔物と断言したのだ。何の理由があるのかは不明であるが、この森は人の踏み入らぬ地。それ故に、この場で声を掛けた私を魔物と断言したのではないか。彼のステータスに鑑定に類する能力は無い。ならば、全ては彼の類推である可能性が高いだろう。
では、私が魔物でないことを証明できれば? 何か変わるのではないか。
正直なところ、ダンジョンコアという種族が魔物かそうでないかは分からないが、少なくとも私の前生は人間だった。こことは違う世界ではあるが、確かに人間だったのだ。
一か八かライガスにそれを伝えられれば、この状況も変えられるかもしれない。
それは賭けだった。
自分が前生、人間であったと伝える事。
そのためにはまず、神さまに出会い転生してこの場所に至るまでのことにも触れなければいけない。そうしなければ、姿を現せない理由や、奥にあるダンジョンコアを傷つけたくない理由を説明できないからだ。
だがそれを話した所で、そもそもその話自体を信じて貰えるのかどうか。
前生の世界では確実に荒唐無稽と言われただろうが、果たしてこの世界ではどうなのだろう?
私は実際に転生してここにいるが、そのようなことは起こりうることなのか。
だが、幾重もの賭けを乗り越えていかなければ、怒りと悲しみ、憎悪に満ちた今のライガスを説得することは不可能だろう。
それに勝算が無いわけではない。それはライガスのステータスに表示されていたカルマの数値だ。
-37。その数値は今まで見てきた魔物たちの中でもダントツに低い。カルマが私の思う通りの法則に従っているのであれば、きっと私が真摯に向き合えば、ライガスとも話は通じるはずだ。私はそれを、信じる。
――私は魔物ではありません。私は、人間です
そして私は、その決定的な言葉を『伝心』により伝えた。さらに私は畳みかけるようにして、『伝心』を使い続ける。
――私は元々、この世界とは別の世界で生きる人間でした。しかしそこで事故に合い、ある神さまに導かれてこの世界にやってきたのです。ただその時の影響で、私はこの場から動くことが出来ぬようになってしまいました
肝心な点をぼかしたのは、全てを伝えることに迷いがあったからだ。出来る事ならば、秘密にしておきたい事も多くある。要点だけを伝えて、まずは少しずつ信用してもらわなければ。
「異世界の人間? そんなことが……いや、まさか建国の勇者様と、同じ?」
呟くようなそれは、困惑のイメージ。建国の勇者様の部分は、他に病払いの勇者様、初代国王様、勇神様といったような複数のイメージが連なる。恐らくライガスが口にしたのはそのどれかの意味なのだろうが、ライガス自身はそれをそのように認識しているのだろう。ただ一つ、どれをとっても彼にとってその人物は称えるべき存在であるようだ。
勇神と言えば、ライガスの称号にその名があった。
確か【勇神ユウトの加護】。それから【勇王国カツラギの民】にあるカツラギもまた、関係があるのかもしれない。
なぜそう思ったのか。その理由はその言葉の響きにある。
私はまだこの世界の言語と接触を果たしていない。ステータスは何故か前生の母国の言葉だが、これは恐らく私の前生の知識を参照しているものと思われる。次いで、『読心』による情報もあくまで送られてきたイメージを私の知識に照らし合わせて言語へと変換しているので、この世界の言葉はそこに存在しない。
そんな中で始めてそれらしきものとして出てきたのが、人物名だ。
私以外が名付けたゴブリンたちの名前は、獣の鳴き声のような名前だった。恐らくそれが、ゴブリンたちの言葉なのだろう。そこから推察するに、名前はこの世界の言語そのままであると思われる。だとしたら、ライガス・グラストフィアという名もこの世界の言語なのだろう。
それを踏まえて、勇神の名前、ユウト。
と、勇王国というライガスの住む国の名前、カツラギ。
もしこれらが、誰かの名前からつけられていたとしたら。
それはとても懐かしい、前生で聞いた響き。
だが、知っている名前という訳ではない。私とは関係の無い、けれど同郷かもしれない存在。それが無意識において、その私の行動を後押しした可能性は否定できない。
――もしかしてそれは、ユウトという名の方ですか?
思わずそれを聞いてしまったのは、繋がりを信じたいという想いからだったのだろう。
遠い異世界で出会った、産まれた世界を同じくするかもしれない同胞。この世界がどんなに危険な世界であろうとも、同じ平和な世界で育った感性を持った同胞がいるかもしれないというのは希望が持てる。
それは偏に、前生と同じルールが通用されるかもしれないということだから。
「そうだ。建国の勇者ユウト・カツラギ様。異世界より召喚され、当時世界を滅ぼさんとしていた凶悪な魔王をこの地で討ち取った英雄だ。ユウト様はその後、多くの仲間たちを集め国を築いた。それが我らが国、勇王国カツラギだ」
それは異世界召喚というジャンルのあらすじとしては、ごくありふれた話だった。最近では少し減ってきたようにも思える王道的な異世界召喚モノ。話から感じるユウトの印象は悪くない。そんなユウトの興した国ならば、同じく異世界から来た私も受け入れてくれるのではないか。正直なところ、不安を上げたらキリがない程に存在する。でもそれを考えても仕方がない。だってこれは、最高では無く、最良。私が選びたくて選んだ道ではなく、私が選ばざる負えなかった道なのだから。
――私もそのユウト・カツラギと同じ異世界の人間です。色々な誤解はあるのでしょうが、私たちが争う理由はないはず。どうか落ち着いてください
「ならば、表にいた魔物たちはなんだ? お前とやつらはどういう関係だ」
来てしまった。
それは核心に迫る問い。ここでゴブ太たちの仲間であると言ってしまえば、また敵対することになってしまう。せっかく、こうして話し合いが出来るようになったのに。
ゴブ太たちが静かに平和に暮らしていたことを話しても、ゴブ太たちに敵意が無かった事を伝えても、お前たちから仕掛けてきたのだということを訴えても、いきなり虐殺を仕掛けてきた事を咎めても、あちらの数百倍もの死者が出ていることを告げても、ライガスの持つ魔物に対する敵愾心は全てを無意味とするだろう。
気持ちが悪い。私から見て、悪いのは明らかにあちら側なのに。
でもこの危険な世界のルールを用いて、弱い事が悪いのだとすれば、彼の意見は強ち間違いとも言い切れない。今はそうやって、無理やり呑み込もう。
私は生きたい。死にたくない。そのためならこの気持ちは、小事でしかない。
――彼らは、勝手に、住み着いたのです。私とは、何の関係も、ありません
務めて冷静に、私はそのイメージを作り送った。私に宿るこの微かな気持ちが一滴すら混じらないように。
果たして私の形にした通りに、そのイメージは伝わっただろうか?
「そうか」
やがてライガスは一言だけ、そのように答えた。
そして、
「それでお前はなぜ、この場を動くことが出来ないのだ?」
次なる核心を突く問いを口にしたのだ。
動くことが出来ない理由。それはつまり、転生した今の私の種族について。
こちらは誤魔化すことも、隠すことも出来ないだろう。なぜならこれを説明しない限り、【コア破壊者】の称号を持つライガスに、この先にある私の本体たるダンジョンコアを破壊させない理由が思いつかないから。
――私は、異世界で一度死を迎えました。そしてこの世界に導かれた際、人間とは別の種族に転生したのです。その種族は魔物では無いのですが、少し特殊でして……
何と言って説明すればいいのだろう。ダンジョンコアという概念を使っても構わないのか、そこはぼかして伝えるべきか。
人間側のダンジョンに対する捉え方が分からないので、どこまで情報を明かすべきか迷ってしまう。そもそもライガスはここがダンジョンだと分かっているのだろうか?
情報を出し渋るべきか、それとも吐き出してしまうべきか?
ゴブ太たちの仲間ではないと言った手前、ダンジョンであると告げるのは不味いのではないか。だがダンジョンコアを見られてしまえば、きっとライガスはそれがダンジョンコアであると分かってしまうだろう。ならば黙っている方が、疑われてしまう原因となる。
結局は分かってしまうのなら、先に告げておくべきだろう。
ええい、そこから先はもう、なるようになれだ。
――意識を取り戻したとき、私はダンジョンコアとなっていました
私はついに、それをライガスへと告げた。




