プロローグ.会議
前章までのあらすじ
通り魔に殺された男はある神の計らいにより、異世界でダンジョンコアとして転生した。
その後、男は紆余曲折を経て、死にかけのゴブリンと出会う。
男に助けられたゴブリンは、男に名前を貰い、男の配下に加わった。
その後、名前を貰ったゴブリン、ゴブ太は同じく森を彷徨うゴブリンたちを仲間に加えつつ、次第にその勢力を拡大させていく。
やがてダンジョンの手前には、ゴブリンたちによる集落が形成されるまでに至った。
しかし、束の間の平和は長くは続かない。
以前、ゴブ太の暮らしていた村を襲ったゴブリンの別勢力が、森中に縄張りを広げだしたのだ。
ゴブ太とその仲間たちは新たに出来た集落を守るため、襲い来るゴブリンたちを迎え撃つ。
最後の最後、多大な犠牲を払い、男の力も借りて、襲ってきたゴブリンたちの親玉であるゴブリンロードを討ち取ったゴブ太は、二度とこのようなことが起きないように、この森を自らの縄張りとすることを決意する。
襲撃してきたゴブリンロードの目指す支配とは違う、多くの魔物たちが手を取り合って平穏に生きられる場所を目指して。
死はいつだって側にある。
何処にでも、誰の側にも、必ずある。
なのにどうして、皆はそれを意識の外に置けるのだろう。
絶対に、必ず訪れる命の終わり。
予め決められたそれを、なぜ意識せずに生きられるのだろう。
私には無理だった。そんな恐ろしい事、私にはできなかった。
そして私は必死に生きて。
必死に生き続けるためのその望みは、死んでからようやく叶う。
私は安息を手に入れた。盲目な意識を。
だから忘れていた。その焦燥を。
その当たり前な現実を。
死はいつだって、今だって、すぐ側にあるというのに。
定められた終わりだけが、終わりではない。
初めての安息は、一時だけ。
ほら、気が付けば恐怖はまた、すぐ側に。
その部屋の中心には磨き上げられた重厚な雰囲気の円卓が置かれており、そこへ並べられた豪奢な無数の椅子は、現在全てが埋まっていた。
ここはとある王国の王城、その一角にある会議室である。
今、ここにはこの国の王を初めとした国で重要な役職に付く者たちと、国の重鎮たる高位の貴族たちが一堂に会していた。
「では宮廷魔導師長、報告を」
宰相に促され、黒いローブを着た神経質そうな男が席から立ち上がる。そして彼は部屋にいる人々をじっくりと見回したあと、咳ばらいを一つして話し始めた。
「一週間前、例の森を観測していた部下より、森の奥から発生し続けていた瘴気が消えたとの報告がありました」
宮廷魔導師長のその言葉に、この場に集まった者たちから騒めきが起こる。それは驚きと、喜びに満ち溢れていた。
しかし、そんな騒めきの中から疑問の声が上がる。
「確か瘴気が消えるまでにはまだ、もう数十年は掛かるという話だったのでは?」
宮廷魔導師長はそれを聞き、質問者に視線を向けた。
「元々の計算ではそうでした。しかしそれは自然に浄化され続けた場合の話です。事実として、森からの瘴気は完全に消えている。であるならば、そこには我々の想定とは違う何かがあったと考えるべきでしょう。我々に出来るのは、あくまでも遠方からの観察のみです。周辺の変化に関しては、逐一報告を上げるよう伝えていますが、森内部に関しては分からないことの方が多い。それ故に異変の断定が出来る程の情報はまだ上がってきてはいません。しかし、仮説としては幾つかの候補が挙がっています。一つ目はより大きな力を持つ者が、あの場所から力を回収した可能性。あの瘴気は人間にとっては劇毒ですが、魔物にとってはそこまで排他的ではありません。森内部に強力な魔物が誕生していても不思議ではないし、十分な観測の及ばぬ魔の領域と通ずる場所から何かが侵入した可能性もあります。二つ目は地脈の変動により力がどこかへ流された可能性。地脈に関しては十分な研究が進んでおらず、まだ不明な点が多い。森の外周に幾つかの拠点を設けて観測は続けていますが、さすがの瘴気と言えどあの膨大な力の流れに呑み込まれれば消え失せる可能性は十分にあります。そして、三つ目は――」
「仮説の話はそこまでで良い。今は一先ず簡潔な報告を」
落ち着きつつも有無を言わせぬ王の言葉に、宮廷魔導師長は熱弁を止め、一旦己を落ち着かせた。そしてもう一度咳ばらいをすると、話を結論まで飛ばす。
「結論としては、現状であの森に人間が入ることは可能であるということです。入ったところで、あの呪いを発症させることはもはや無いでしょう」
宮廷魔導師長の断言により、騒めきはより一層大きくなった。
皆の口に上るのは、王国の悲願、領土の奪還、英雄の聖地という浮足立った言葉の数々。
「おおっ! ならばすぐにでも兵と神官を派遣し、我らが国の領域を広げましょうぞ!」
騒めきの中から、一人の貴族が高らかに声を上げた。それはこの場の皆に向けた言葉ではあったが、その視線は隠しようもなくはっきりと王へ向けられている。
だが、王は黙したまま。代わりに宰相が声を発した。
「それについてはもう一つの報告を聞いてからでも遅くはない。騎士団総長、例の報告を」
宮廷魔導師長が椅子に座り、その声に促されて今度はここに集まる者たちの中でも特に筋骨隆々とした体躯の男が立ち上がる。
「私からの報告も件の森についてだ。これは例の森に最も近い村に駐屯する兵士たちからの報告だが、最近あの付近に見慣れぬ魔物が複数目撃されている。あの辺りには本来住まぬ魔物たちで、中にはそれなりの危険度を持つ魔物も確認されているとのことだ」
「それがなんだというのだ?」
先ほど高らかに声を上げた貴族が今度は疑問の声を上げる。彼はこの場に参加出来る程度の地位を持っていたが、法衣貴族、即ち領地を持たず王城の中での事務仕事をする貴族である為、騎士団総長の言った言葉の意味をよく理解出来ないようだった。その証拠にこの場へ集まった者たちの中でも、領地を統治している貴族や魔物に関りのある仕事をしている者たちは、騎士団総長の言葉に難しい顔をしている。
普段その地で見ない魔物を確認する。それも複数の目撃例があるというのは、それだけ重みのある報告なのだ。
「本来その地に現れぬ魔物の出現は、往々にしてその地でのトラブルの予兆だ。強力な魔獣の発生、魔族共の暗躍、危険なダンジョンの出現、そして新たな魔王の誕生、どれであろうとも私たちは最悪の状況を想定して動かねばならない。領域の拡張には時間と安定が必要だ。今の状況では、それは難しいと言わざるを得んだろう」
騎士団総長に丁寧な説明と冷たい眼差しを向けられた貴族は、その勢いを失いその場で口を噤んだ。
「まず森に調査団を送るべきだが、異変を抜きにしてもあの場所は危険だ。慎重を期する必要がある。であれば、専門家に依頼するべきだろう。探索と魔物討伐の専門家、冒険者ギルドに」
「冒険者だと? あのような野蛮人共に何を頼むというのだ?」
「そうだ。あのような流民共に我が国の英雄が切り開いた聖地を踏み荒らさせろと?」
騎士団総長の言葉に数人の貴族が怒りを露わに声を荒げて立ち上がる。
「これだから、貧民上がりの騎士は困るのだ」
立ち上がった数人の貴族たちの中には、騎士団総長へ冷たい視線を向ける者もいた。
だが、それに対して騎士団総長はただ呆れの籠った視線で返す。
「その野蛮人が魔物を狩り続けることで、王国周辺の治安は保たれ、食肉を含めた様々な魔物素材が流通しているのだぞ? それに冒険者ギルドには流民だけでなく、この国の民も多く登録している。大体、我が国の建国王も元は冒険者だろう。その発言こそ不敬ではないのか?」
息巻いて立ち上がった貴族たちだったが、騎士団総長の言葉に二の句を告げられなくなり、そのまま彼らはひっそりと己の席へ座った。
「私からの報告は以上だ」
騎士団総長も最後にそれだけ言うと、席へと座る。
それから暫く会議室内では論争が続き、そして――
「あの森を我が国の領域とする事は建国以来の悲願であり、また我らが祖にして、王国の守護神である勇神様より授けられた使命だ。騎士団総長の意見も重要ではあるが、出来ることなら最初の一歩は王国側で刻みたいという意見にも一理ある。ならばこそ、ここへ集いし者たちに問おう。危険に立ち向かい、その偉大なる一歩を踏み出す栄誉を得たいという者はいないだろうか?」
威厳をもって放たれた王の言葉に、誰もが沈黙する。その栄誉の大きさと比例する危険度の高さを、誰もが理解したのだ。冒険者を悪し様に罵った者たちや、国の領域を広げようと高らかに声を上げた者たちも、立ち上がることは出来ない。
そんな中にあってただ一人、手を上げる者がいた。
「私が向かいましょう」
声を発したのは、端正な顔立ちをした黒髪の青年であった。
「私ならば、二つの意見を両立出来ます」
その穏やかな物腰に反して、青年の瞳には強い決意の光が宿っている。
青年が名乗り出たことにより、会議室内がまた騒めき出す。誰もが青年に対して、好意的な、或いは敬愛の視線を向けている。青年よりも明らかに年配の貴族たちや、騎士団総長、宮廷魔導師長たちでさえ、青年へ向ける眼差しには敬意が籠っていた。
「なるほど、其方ならば最適であろうな。それに何があろうとも、其方なら切り抜けることが出来よう。では此度の事は今代の勇者、ライガス・グラストフィアに任そうぞ」
国王の言葉に、黒髪の青年は深く頭を下げた。
「はい。必ずや彼の地を、病魔の森を切り開いて御覧に入れましょう」




