31.領主
あらすじ
ゴブリンナイトを召喚したことで、戦いの流れは変わった。
ゴブ太と召喚したゴブリンナイトの連携で襲撃ゴブリンナイトを打ち倒す。
さらに魔法使いゴブリンも撃破して、二つの戦いで辛くも勝利を収めるゴブ太たち。
しかし、ついに襲撃ゴブリンの親玉が動き出した。
圧倒的な強さを持つ襲撃ゴブリンの親玉。対してゴブ太たちはすでに満身創痍。
万に一つの勝ち目すら見えぬ戦いが始まってしまった。
直接相対しているゴブ太を援護するように、召喚したゴブリンナイトと戦士団のゴブリンたちが襲撃ゴブリンの親玉に攻撃を仕掛ける。しかし、襲撃ゴブリンの親玉はその攻撃をまるで羽虫でも払うかのように弾き飛ばす。これでは僅かな隙すら作れない。
それでもまだ、ゴブ太が完全に一匹で戦うよりは幾分かマシだろうが。
ちなみに回収用ゴブリンはこれまでの戦いで既に全滅している。亡骸回収には役に立ったが召喚したばかりの通常ゴブリンではこの戦いの余波にすら耐えられなかった。それを言うならば召喚したゴブリンナイトも防御はなんとかできているが、攻撃面では戦士団のゴブリンたちにすら劣っている。なにせレベルは1で、戦闘のためのスキルは『盾術』のみでこちらも同じくレベル1なのだから。
戦いが長引けば長引く程、その差は顕著となっていく。
私としてはさらに増援を送りたいところだが、先ほどのゴブリンナイト召喚で、DPがもう残っていない。回収用ゴブリンたちは全滅してしまったし、そうでなくとも外はもはや完全な危険地帯。逃げ惑うことすら難しい中で、亡骸の回収など出来ないだろう。
黒牙も動いてはくれないようだし、そうなると私にできることはもはや無い。
口惜しいが、戦いを見守ることしかできないだろう。
その時だった。
ゴブ太から、私宛にイメージが届く。それは私にある許可を求めるものだった。
それを許可すればゴブ太たちにも利はあるが、あちらの利となる可能性もあるような作戦。そもそもそれは私にとってあまり好ましい事では無い。
出来るなら、知らない存在を私に近づけるような事はしたくないのだが。
今も決死の覚悟で戦っている、あのゴブ太の願いだ。――仕方がない。
私は『伝心』を使い、ダンジョン入り口の部屋に避難している者たちを、ダンジョン奥の私の核が存在する部屋へと誘導した後、ゴブ太へ作戦の許可を出した。
最初は戦士団のゴブリンたちが、少しずつダンジョンの内へと撤退していく。そして全員がダンジョン内に入ったことを確認した後、ゴブ太に合図を出した。
即座にゴブ太もダンジョン内に撤退する。そうなれば当然、ゴブ太と戦っている最中の襲撃ゴブリンの親玉もダンジョン内へと向かうだろう。
そう。ゴブ太が願ったのは、戦場を変えること。ダンジョン内で、戦う許可だ。
回復の泉を背に戦えば、うまくすれば泉の水を活用できる。だがそれは、相手にも同じことが言える。目の前で回復の泉の水を使えば、その効果を推測することは容易いだろう。
それでもなお、ゴブ太はダンジョン内で戦うことを選んだのだ。
少しでもこの絶望的な戦況に変化をもたらす為に。
ゴブ太が襲撃ゴブリンの親玉に追われるように、ダンジョン内へ戻ってくる。
私は即座に、ゴブ太と襲撃ゴブリンの親玉のステータスを確認した。
名前:ゴブ太
種族:ゴブリンナイト ランク:C
年齢:7
カルマ:-5
LV:53/55
スキル:『夜目LV6』『解体LV5』『森歩きLV7』『採取LV5』『鈍器術LV8』『気配察知LV7』『指揮LV8』『盾術LV5』『並列思考LV1』『連携LV2』『見切りLV2』
称号:【生残者】【――――の眷属】【村落の長】【神の騎士】【英雄】【邪妖殺し】
名前:ギグガァドグ
種族:ゴブリンロード ランク:B
年齢:21
カルマ:65
LV:61/80
スキル:『暗視LV3』『鈍器術LV3』『気配察知LV8』『森歩きLV5』『格闘術LV5』『解体LV1』『威圧LV9』『剣術LV10』『重剣術LV5』『魔剣術LV4』『支配LV3』『病気耐性LV1』
称号:【血族殺し】【暴君】【王を目指す者】【病魔の森の領主】
何か弱点でも見つけられればと思い行ったのだが、ステータスの確認はその強さを再認識する結果となってしまった。
ゴブ太もこの戦いでかなりの成長を遂げている。スキルレベル8へと至ったスキルが二つあるし、新たなスキルが三つ増えている。レベルもかなり上がった。称号には強そうな称号も増えている。
けれど、それでも。
レベルこそ近いが、それ以外が違いすぎる。スキルレベルは7から特に上がり辛いと予想していたのに、襲撃ゴブリンの親玉、ギグガァドグのスキルには8、9、10と一つずつ。さらに、見たことも無いスキル『暗視』『威圧』『支配』『重剣術』『魔剣術』。どれもスキルレベルは低いようだが、それが逆に恐ろしい。
こんな物騒な相手が、戦闘に使うスキルを育てていないわけがないのだ。
さらに称号にも物騒なものがある。
【王を目指す者】というのは、ギグガァドグが言っていたことそのままとして。【病魔の森の領主】。ロードは確か、領主という意味だったはず。そして、ギグガァドグはこの森を支配している。ここは病魔の森と呼ばれているのか。意外な所からこの森の名前を知ってしまった。
ここまではいい。
問題は【血族殺し】と【暴君】だ。
【暴君】はギグガァドグのこれまでの言動や行動を見れば、予測はついていた。称号がどの段階でつけられるのか今一分からないが、少なくともそう称される程には日常的に【暴君】なのだろう。益々、ギグガァドグを私のマスターにはしたくない。
さらに【血族殺し】。親兄弟を殺したのか、まさか自身の子供にまで手に掛けたという事だろうか。ダンジョン内で昔死んでいったラットたちのことが頭を過ぎる。あのような地獄を体験したのか、それとも日常的に?
いや今はそんなことを考えている場合ではない。
一応、ゴブ太に確認したギグガァドグのスキルなどをイメージとして送っておこう。役に立つかは不明だが、たぶん損にはならないと信じて。
先に着いた戦士団のゴブリンたちは、一足先に回復の泉で全快している。そして後からやってきたゴブ太も、回復の泉に飛び込むことでその身体に刻まれた傷を瞬時に癒す。
その間、ゴブリンナイトが集落ゴブリンの戦士たちと共に、ダンジョンへと侵入してきたギグガァドグを回復の泉へ近づけさせないように身体を張って守った。ギグガァドグからすればそんなものは大した障害ともならぬだろうが、ゴブ太の事だけは一応警戒しているのか、はたまたこの環境に何かしらの脅威を感じたのか、入り口付近で立ち止まっている。
そこに傷を癒したゴブ太が泉からはい出してきた。
ゴブ太は完全に傷を癒し、その身体には気力が漲っている。
だがそれでもまだ、ゴブリンロードであるギグガァドグと、ゴブリンナイトであるゴブ太との力の差は大きい。
ゴブ太もそれを理解しているのだろう。先手必勝とばかりに自分からギグガァドグへと攻撃を仕掛けた。
振り上げた得物はゴブ太の渾身の力と体重をプラスして、重く、早く、ギグガァドグへと振り下ろされる。それをギグガァドグが先ほどと同じように己の剣で受け止めようとし、一歩後退させられた。
ギグガァドグの防御を突破することは叶わず、されど先ほどと違って防いだギグガァドグは体勢を崩し、即座の反撃はやってこない。ゴブ太はそれを知ると即座に追撃をお見舞いするが、次の一撃はギグガァドグの武器により横へと流されてしまった。
今度はゴブ太の体勢が崩れる。すぐさま背後へ飛び、距離を取るゴブ太。そんなゴブ太へ追撃せず、体勢を立て直すギグガァドグ。
ギグガァドグからは先ほどまでの余裕が鳴りを潜めている。それは隙が無くなったともいえるが、逆に言えば隙さえあれば倒せる可能性が生まれたとも言えるだろう。少なくともギグガァドグ自身は、先ほどのゴブ太の一撃にそれを感じたはず。
ここからはさらに激しい戦いになるだろう。
力と技量の双方で勝るギグガァドグに対して、ゴブ太は捨て身の攻撃で対抗していた。
死力を尽くすゴブ太は攻撃の度に傷を負うが、ある程度の傷ならば何とかなる。ただしそれを成しているのは回復の泉の効果ではなく、ゴブ子の持つ『神聖魔法』によるものだった。
回復の泉近くでゴブリンナイトや戦士団のゴブリンたちに守られて、ゴブ子は『神聖魔法』を使い、戦闘中のゴブ太を遠隔で回復し続けている。戦う力の無いゴブ子は他の戦う力の無い集落ゴブリンたちと共に、ダンジョン内に避難し、後方支援に徹していたのだが、戦いがダンジョン内に移ったことを知り、一匹だけ奥へと避難せずに残ったのだ。
味方に守られているとはいえ、相手はその味方を軽く捻りつぶせる実力を持つ。その上、ゴブ子には戦う力が無い。その場にいるのは想像を絶するほどに勇気のいる行為だろう。
だがその勇気によってゴブ太は、隙を作ることなく攻撃し続けることを可能としていた。
一見すればゴブ太が押しているように見える。けれどその攻撃は、今のところ相手の手を止めさせる以上の成果を出せてはいない。
さすがはスキル『剣術』がレベル10まで至ったギグガァドグ。
視覚で見ているわけでは無い私にすら捉えるのが困難なほどの速度と、流れる様な流麗さを持った武器の動きは、まさに達人と呼ぶべき技量。
さらにギグガァドグは己の剣に魔力を通しているようだ。恐らくスキル『魔剣術』の効果だろう。その効果は私の知覚ではしっかりとは把握できないが、魔力の質からして恐らく魔法を刃に纏わせているものと思われる。
私のイメージで言えば、魔法剣のような感じだろうか。
確かめたいところだが、ゴブ太もゴブ子も必死の様子でとても口を挟めるような状況ではない。
ゴブ太が回復という支援を受けているのはギグガァドグも分かっているのだろうが、今のところゴブ子に攻撃を仕掛けるような様子はない。それはゴブ太の捨て身の攻撃が長続きしないと理解しているからなのか。もしかしたらゴブ太がうまく牽制しているのかもしれないが。
ゴブ太の攻撃は長く続いた。息を呑むようなギリギリの攻防。一つ一つに全力を込めた攻撃は、振るうゴブ太の体力だけでなく精神力も大いに削っていったことだろう。
疲労の蓄積は確実にゴブ太の動きに影響を及ぼし、ついにギグガァドグはゴブ太の渾身の攻撃を完璧に剣で逸らし、ゴブ太へと鋭い反撃を仕掛けた。
攻撃に全力を傾けているゴブ太には、その攻撃を避ける事はおろか受けることすら出来ない。
そしてギグガァドグの刃は、ゴブ太の身体を深く斬りつけた。
致命傷だ。
ゴブ太から感じる気配が、魔力が教えてくれる。
ゴブ子の回復が間に合わない。もとより小さな傷を癒す程度の魔法だ。回復の泉を使い連続でかけ続けても、致命傷を治せるほどの力はない。
追撃を仕掛けるギグガァドグに対して、ゴブ太は無防備を晒している。
そしてギグガァドグの刃が、ゴブ太の頭上から一直線に振り下ろされた。
両断される身体。
しかし、ギグガァドグの刃が切り裂いたのは、盾を構えて飛び込んできた召喚されたばかりのゴブリンナイトの方だった。それに少し遅れて駆け付けた戦士団のゴブリンたちがゴブ太の身体を抱えて走り、回復の泉へと投げ入れる。
ゴブリンナイトの行動は私の命令では無く、ゴブ太の命令でもない。ならば、ゴブリンナイトは己で考え、その行動に出たのだろう。盾ごと両断されたゴブリンナイトからは、もう生きている者の気配はしない。
さらに戦士団のゴブリンたちが数匹、ギグガァドグへと突撃する。ゴブ太が回復するまでの時間を稼ぐためだろう。
時間差を駆使して飛び込んでいった戦士団のゴブリンたちは、ギグガァドグの振るう刃によってあっさりと両断されていく。
一太刀、その数秒を稼ぐため、彼らは己の命を差し出しているのだ。
何のために? そんなことは分かりきっている。ゴブ太を生かすため。延いては非戦闘員の集落ゴブリンたちを守るため。
私には出来ない。己の死をなによりも恐れる私には、他者のため己の命を差し出すことなんて、絶対に出来ない。
だからこそ私には、その行為はとても尊いことのように感じた。
誰よりも仲間たちのことを想い、家族や仲間を守るために強くなったゴブ太。
そんなゴブ太が回復の泉から立ち上がった時、戦士団のゴブリンたちは全員が血の海に沈んでいた。守るべき者たちに守られ、仲間の命を犠牲にして自分が救われる。
たとえ彼らが己の死すらも選択肢に加えた一端の戦士であり、その行いに一片の悔いすら無かったとしても、ゴブ太は彼らを守りたかったはずだ。
その光景を見たゴブ太は、どう思ったのだろうか。
自分の命を第一に考える私では、その気持ちを正確に察することなど出来ないだろう。それでも、ゴブ太の気持ちを思うと強い痛みが私の心を貫いた。
心の痛みは精神的な苦痛。スキル『精神的苦痛耐性』で緩和されるはずのそれは、されど変わることなく、その痛みを私に伝え続ける。
この痛みは忘れてはいけない類いの痛みだ。そんな私の想いにスキルが応えたかのように。
ゴブ太は回復の泉より上がると、ギグガァドグに向かって足を踏み出す。その一歩には怒りと悲しみ、そして強い決意が込められていた。
私の心が高鳴るのを感じる。ゴブ太の中でどんな変化が起こったのか、先ほどまであった決死の覚悟は、敗北を許さない必勝への誓いに変わっていた。
死んでいった仲間たちの想いを背負うように。
それで何が変わるのか、私にはわからない。もしかしたら何も変わらないのかもしれない。
でも私は変わってほしいと願った。
ゴブ太に勝って欲しいと強く願う。
強く、強く。
その時だった。
私とゴブ太の絆を通して、巨大な力が私からゴブ太へと流れていく。
何かが変わる。
ゴブ太のステータスを確認した私はその変化の正体を知った。
【――――の祝福】
称号に増えた名前の無い存在からの祝福。
これは、私の応援の形だ。ゴブ太の歩みを後押しする私の願いだ。
私の内から何かが減ったように思うが、構うものか。幸い私の命とは関係がないモノのようだし、この瞬間にゴブ太が勝利へ少しでも近づけるというのなら、私はそれを全て賭けよう。
ゴブ太に流れ込んだ力の奔流は、ゴブ太の力を飛躍的に強化した。
祝福の力を宿したゴブ太が足に力を籠め、ギグガァドグへ向けて走り寄る。一っ跳びで懐へと飛び込んだゴブ太は、己の得物をギグガァドグへ向けて振り抜いた。
その一撃はギグガァドグの防御を抜けて、その身に深く突き刺さる。強烈な一撃を受けたギグガァドグは、それでも剣を振るってゴブ太を狙い、ゴブ太はそれをバックステップで避けた。さらに追撃を仕掛けるゴブ太だが、次の一撃はギグガァドグの剣にて弾かれ、代わりにギグガァドグの斬撃がゴブ太を襲う。
そこからは、ゴブ太とギグガァドグの攻撃の応酬であった。技量ではギグガァドグが勝っているが、それをゴブ太が底上げされた力で抑え込んでいる。
その力量は同等。そこまでしてようやく同等となったのだ。
だがこれで、勝負は分からなくなった。
頑張れ、ゴブ太。
私にはもう、その応援に乗せられる力は残ってない。それでも私は応援していた。声に出せないのは勿論のこと、『伝心』でそのイメージを送ることも無い。ゴブ太の邪魔になりたくなかったからだ。
届かなくとも、届けなくとも、私は応援を止めない。
それらは応援を止める理由にはならない。
英雄物語の主人公を応援するのに、理由などいらない。




