21.家族と成長
あらすじ
最近元気のないゴブ太。
関係構築の怠慢で配下に裏切られることを恐れた男は、そんなゴブ太を元気づけようと決めた。
そのために男が選んだのは、一匹になったゴブ太の相方となれるようなゴブリンを召喚することだった。
召喚したゴブリンとゴブ太の関係は男が想像もしないほど一気に進み、
召喚の日から三日後には、結婚と一月後に子供が生まれると告げられた。
男はそのスピードに呆気にとられながらも、二人を祝福するのだった。
『空想空間』の新機能と『魔力感知』『気配察知』を併用した合成スキルを覚えているだろうか。探査系スキルで得た情報を元に、私の常である真っ黒な世界へ『空想空間』により仮想の視覚を投影して、疑似的な視界を確保しようという試みだ。
なぜこんな面倒なことを行うのかと言えば、視覚という前生で慣れ親しんだ感覚で世界を確認することにより、私がスムーズに情報を確認出来るようにする為である。
まあ端的に言ってしまえば情報の最適化だ。
ダンジョンコアなる種族となり世界を知覚する方法は人間だった頃とはかけ離れたスキル頼りになってしまった私だが、人として産まれ育ってきた記憶は未だ私の基幹として存在している。その記憶が五感を失った今、現状の知覚方法に慣れようという意識を阻害し、不便を感じさせ続けているのだ。
しかし同時に、それこそ私が今存在し続けているという証左であり、私の願いが未だに途切れていないという事の大切な証なのだから、これは歓迎すべき事柄といえよう。
代償は甘んじて受ける所存である。
それはともかく。
この新たなスキルの活用法には、白い空間の内では使うことの出来なかったダンジョン機能が使用可能という利点もあった。ただ白い空間の外で自分の身体を想像して好きなように動かすというのは未だに出来ない為、それは引き続き白い空間内で行っている。
さて、この合成スキルについてはちょくちょくと時間を見つけて特訓を繰り返していた。
その甲斐あってか最近では『空想空間』や『魔力感知』、『気配察知』のスキルレベルが上がってきた事もあり、多少使い心地が良くなってきている。
現実と仮想視覚との間にある情報の変換による時間的なズレを減らすことが出来るようになってきたのだ。
ただ、これを行うにはどうしても一定以上の集中力が必要となり、その為その間は他のことが殆ど何もできなくなってしまう。これでは利点も何もあったものでは無い。
これまで試行錯誤で様々な問題を解決してきたのだが、どうやらこの問題だけはどれだけ特訓を積んでも改善は出来ないようだった。もっと抜本的な観点からの改革が必要なのだろう。
さて、この合成スキル。スキルにより集めた情報を分類、整理して仮想視覚化するとき、そこで視界を構成する要素は私の前生の記憶から参照されている。
洞窟の風景や森の中の木や草花、あるいはゴブ太が採取してくる木の実やキノコなどは、実際に前生で見た物を元に映像を当て嵌めているのだが、ゴブリンやブラックラットといった魔物は違う。前生の世界では想像の産物であった彼らは、作品群や地域などによってその姿を変える。さらに私自身の心象というものもあった。
それらを加味した結果、今、合成スキルの特訓中、私に映っている私の配下たちの姿は……
まず黒牙ことブラックラットは、大体手のひらよりも少し大きいくらいの大きさで、漆黒色の毛皮を持つ鼠の姿だ。幼く引っ込み思案で、けれど頑張り屋という私のイメージがプラスされているため、その動きは多少愛らしくもある。
次にゴブ太やゴブ子、それに先日産まれたベビーゴブリン。ゴブリンと言えば大抵の作品で醜悪な顔に薄汚れたボロを纏う小人という感じで描かれているが、私にはどうしても彼らをそのように見ることは出来なかった。
なので私の仮想視界に映る彼らの姿は、西洋で伝えられている伝承の一つ、おふざけ好きな妖精というイメージから私が勝手に想像したものを採用している。
醜悪と言われる顔はデフォルメされ、子供の身長に緑の肌を持つ愛嬌のある顔立ちで映し出されているゴブリンたち。
ベビーゴブリンは今、ゴブ太やゴブ子に見守られながら、ダンジョンと森の間に出来た小さな広場で楽しそうに走り回っている。
本当の姿は違うのかもしれない。でもいい。本当が見えない間は、これが私の本当なのだ。
話は変わるが、最近ゴブ太からある相談を受けた。それは、強くなりたいというものだ。
今現在、ゴブ太にはダンジョン周辺の見回りと森の恵みの採取を頼んでいる。ダンジョンの周りには未だ魔物の気配は無いので、実質ゴブ太が行っているのは採取のみ。元来平和を愛する性格であったらしいゴブ太は、そんな毎日に満足していたらしいのだが。
新たな家族が出来て子供が産まれた事で、大切なものたちを守れる強さが欲しいと思うようになったらしい。きっと集落を滅ぼされた時の記憶もその気持ちを後押ししているのだろう。
私はその相談を受けた後、現状の再確認も兼ねてステータスを確認してみた。
まず、私のステータスだ。
名前:――――
種族:ダンジョンコア
年齢:11
カルマ:+6
ダンジョンLV:1
DP:10581
マスター:無し
ダンジョン名:名も無き洞窟
スキル:『不老』『精神的苦痛耐性LV7』『空想空間LV7』『信仰LV6』『地脈親和性LV3』『気配察知LV6』『魔力感知LV6』『伝心LV5』『読心LV5』
称号:【異世界転生者】【□□□□神の加護】【時の呪縛より逃れしモノ】【聖邪の核】【鼠の楽園】【惨劇の跡地】【G級ダンジョン】
そして次にこれが、私の手足たる黒牙とゴブ太のステータスである。
名前:黒牙
種族:ブラックラット ランク:E
年齢:1
カルマ:±0
LV:21/25
スキル:『夜目LV5』『隠伏LV5』『気配察知LV5』『不意打ちLV5』『爪牙術LV3』
称号:【――――の眷属】【影に潜む者】
名前:ゴブ太
種族:ゴブリン ランク:F
年齢:5
カルマ:+2
LV:2/15
スキル:『繁殖LV2』『夜目LV3』『解体LV1』『森歩きLV4』『採取LV4』『鈍器術LV1』『気配察知LV3』
称号:【生残者】【――――の配下】
黒牙は度重なる遠征によりレベル20を超え、さらに『爪牙術』なる戦闘系らしきスキルを獲得するに至った。おまけに最近では【影に潜む者】という称号まで得ている。
一方でゴブ太のレベルは逃げてきた時のままで、戦闘に使用するスキルも最初の頃から上がってはいない。代わりに採取に必要なスキルは順調に上がっている。
このまま黒牙のレベル上限までレベルを上げるというのも手だが、最近は上限が近づいてきたからかレベルの上りが悪い。二度、三度の遠征を行ってもレベルが1上がるかどうかだ。
この辺りでテコ入れしてみるのもありだろう。例えばいきなり戦闘に慣れていないゴブ太を一人で行かせるのは怖いし、黒牙と共にパーティーを組ませて遠征させてみる、とか。
ゴブ太には良い経験になるだろうし、黒牙にしても戦力が増えればもう少し格上を相手にすることも出来るようになるかもしれない。
採取とダンジョン周辺の見回りは、ゴブ子に任せることにする。
ちなみにこれが今のゴブ子のステータスだ。
名前:ゴブ子
種族:ゴブリン ランク:F
年齢:0
カルマ:±0
LV:1/15
スキル:『繁殖LV2』『採取LV1』『森歩きLV1』
称号:【――――の眷属】
ゴブ太と比べれば頼りないスキルレベルだが、ゴブ太からの手ほどきにより最低限『採取』と『森歩き』のスキルは獲得できている。『気配察知』が無いのは見回り役として少し痛いが、あとは実戦で上げていけばいいだろう。
子育てについても問題は無い。まだ産まれて一月も経っていないのに、ベビーゴブリンはもう元気いっぱい走り回っている。この辺りは他に魔物もいないから、ベビーゴブリンを見回りに連れて行っても問題ないだろう。
あと残る問題はまたダンジョンが空になってしまうことだが、それはもう今更か。
今のところまだダンジョン付近に魔物が近づいてきたという報告はゴブ太の時以外に無い。黒牙やゴブ太が細かく周囲を探索してくれているので、この情報は確度の高いものである。
ならばここは、未来を考えて強くなることを優先していこう。
私は黒牙へゴブ太と組んで遠征へ向かうように伝えた。そしてその間の採取兼見回りはゴブ子に任せることを伝える。
皆やる気のようだが、特にゴブ太から伝わってくるやる気が一番強い。これから危険な森の中に行くというのに、少し興奮しすぎているような気がする。だがまあ、その辺りは黒牙がうまくフォローしてくれる事だろう。前まではかなりやる気満々で探索に向かっていた黒牙ではあるが、最近はレベルが上がり力をつけてきたからだろうか、慎重さとは別の落ち着きが見えてきた。今の黒牙ならば、どんな状況でも冷静に対処してくれることだろう。
こうして黒牙たちは意気揚々と遠征に向かった。




