180.決着
あらすじ
『精神感応』の効果により、私はクリスタルホーンディアーの深い迷いを感じ取っていた。あと一歩、決定的な何かがあれば、クリスタルホーンディアーの心は傾く。それを感じた私は、やむなく切り札を切ることにした。
それはスピリットラインを調べた際に知ったこの世界の理。契約という形で結ばれるスピリットラインの一つ。その繋がりの名を庇護の契約という。如何なる強者であろうとも、この契約を破れば、強力な代償から逃れる術は無い。それを感じ取ったクリスタルホーンディアーは、仲間の魔鹿たちと共に、私との契約に了承する。それから私は魔熊ストロングベアの熊江を新たに召喚し、非戦闘員のゴブリンたちにも手伝ってもらい、クリスタルホーンディアーの水晶角を折ることに成功した。
あとは、水晶角をミクスギガントゴーレムに届ければ、この危険な状況の全てがようやく終わる。
さあ、水晶角は手に入れた。
いよいよ、大詰めだ。
私は新しく召喚した魔熊ストロングベアの熊江に、折れたクリスタルホーンディアーの水晶角を託し、ダンジョンの上層へと向かわせる。目的地は第一階層、ミクスゴーレムたちの最前線だ。
それと同時に私は、ミクスギガントゴーレムにも『伝心』を送る。内容はこれから届ける水晶角について。
ミクスギガントゴーレムとミクスゴーレムたちの間には、私と配下たちの間にあるよりも強固な繋がりが存在する。ミクスギガントゴーレムと、ミクスゴーレムたちの関係はさながら、頭と手足のようなものなのだ。故に、ミクスギガントゴーレムはその繋がりを通して、ミクスゴーレムたちへ、常に私が配下たちへ使う命令と同等の強制力で指示を送ることが出来る。同時にミクスゴーレムたちからも、常にミクスギガントゴーレムへ大まかな報告が飛んでいるようだ。
しかし、手探りだけで全てを見通すことは出来ぬように、ミクスギガントゴーレムが完全にミクスゴーレムたちの行動を把握している訳では無い。
つまり、たとえこちらが白旗を上げた敵意無しの状態で、ミクスギガントゴーレムの目的である水晶角を最前線を行くミクスゴーレムたちに届けたとしても、それで直ちにミクスゴーレムたちの動きが止まる訳では無いのだ。だから、このままだと水晶角を届けた熊江は殺されてしまう。
それを避けるためにも、予め水晶角を届けることをミクスギガントゴーレムに伝え、円滑な受け渡しとなるよう手を打っておこうというのだ。
以前の私であれば、『伝心』を使ったとしても、ミクスギガントゴーレムにこちらの意思を伝えることは難しかっただろう。だが、今の私ならば、ミクスギガントゴーレムに『伝心』を読み取ってもらう方法も思いついている。
さあ、『伝心』で送るイメージの準備を始めよう。
まずは、送るイメージを出来る限り、単純化していく。なにせ、ミクスギガントゴーレムの思考は酷く単純だ。
こういうと、ミクスギガントゴーレムという魔物の頭が悪いように聞こえるが、別にそう言う訳では無い。魔物たちはランクが上がれば上がるほど、その知能も向上していく。Aランクともなれば、その知能は私などよりも遥かに高いだろう。本来は。
だから、恐らくこれはこのミクスギガントゴーレムの性格の問題なのだろう。端的に言えば、このミクスギガントゴーレムは酷い面倒くさがりなのだ。
それ故に、複雑なイメージはどうしても伝わりづらい。だからこその単純化だ。単純で、ミクスギガントゴーレムの気を引くイメージならば、尚良いだろう。
厳選した内容は、水晶角を届けるという事。
これだけに集中し、それ以外の手段やこちらの言い分、不要な前置きはイメージから極力省いていく。
次にこのイメージの増幅を行う。
巨大な意思を持つミクスギガントゴーレムにとって、私の送るイメージはあまりにも小さい。それは山のような巨体に対して、人間が普通の声量で話しかけているようなものだ。
だから、イメージを送る前に出来るだけ増幅させておく。さながら、声を張り上げるように。
とまあ、ここまでは結構、最初から思っていたことでもある。問題はその方法だ。
そもそも、イメージの増幅とは何なのか? 声だったら、単純に音を大きくすればよいだろう。だが、イメージで言うそれは、果たして何に該当するのか?
内容を増やしても、複雑化するだけであり、ただ広げていこうとしても、送るイメージの大きさが大きくなっている感じはしない。
このように、今までの私はイメージを大きくするという概念を感覚として、理解しきれずにいた。だからこそ、『伝心』をミクスギガントゴーレムに届けることは出来なかったのだが、ミクスギガントゴーレムという巨大な意思に触れ続けた今の私ならば、増幅の仕方にも見当がついている。
といっても、これは言葉で説明できる類いのモノでは無いだろう。やり方としては『空想空間』を使い、イメージを明確化し、それをミクスギガントゴーレムの持つ意思から感じる大きさに合わせていくのだ。
故に、これは指針となるイメージをはっきりと認識出来たからこそ、思いつくことが出来た方法である。
そうして、基準に達したところで、ようやくイメージを『伝心』でミクスギガントゴーレムへと送るのだが、出来れば、ここでも一工夫加える事で、『伝心』の強化をしておきたい。
私が使う『伝心』の仕組みは、既にある程度、理解できている。
私は知らず知らずの内に、ダンジョンコアの機能の一つである配下たちへの命令を送る仕組みを利用し、そこから放出される魔力の一部にイメージを上乗せしていたのだ。
だから、理屈で言えば、その出力を上げるには、放出される魔力を増やせばいい。それで『伝心』の出力も上がるはずだ。
だが、ここで使われる魔力は、機能により完全に制限されており、私の意思で直接、それを操ることは出来ない。私にとって魔力の流れとは、人間でいうところの心臓の動きに近いのだ。私自身の意思で、それをどうにかすることはできない。しかし、それならそれでまだ方法はある。
それよりも前の段階で強化を施せばよいのだ。かなり勿体ない使い方だが、DPをつぎ込んで命令機能そのものを一時的に強化する。いわば、DPブーストをダンジョンコアの機能に使うのだ。私の予想通りであれば、これで放出される魔力の量も上がるだろう。
一つ懸念点があるとすれば、これが初めての試みであり、成功する保証は無いというところだが、無理なら無理で仕方がない。どうせ、これはただの保険である。
それで少しでも可能性が上がるのであれば、多少のDP消費など必要経費だ。
そうして私は、出来る限りの準備を整えると、ミクスギガントゴーレムに向けて、『伝心』を送った。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『伝心』のレベルが9から10へ上がりました〉
今までにない使い方を試した影響か、『伝心』のスキルレベルが上昇したようだ。これで、『伝心』のスキルレベルも最大まで上昇した。幸先が良い結果だ。今回の行いについて、これは確実に良い影響を与えることだろう。
さあ、果たして、送った『伝心』に反応はあるのか。
すると次の瞬間、ダンジョンを進むミクスゴーレムたちの動きに変化が起こる。ダンジョン内に侵入したミクスギガントゴーレムの付近から、順にミクスゴーレムたちの動きが停止し始めたのだ。
波紋のように広がっていくそれは、あっという間にダンジョン全体まで広がる。そして、最前線を行くミクスゴーレムの動きまでもが止まった。ミクスギガントゴーレムからミクスゴーレムたちを通して、停止の命令が送られたのだろう。
そして、そんな止まったミクスゴーレムたちの間を、ミクスギガントゴーレムが進んでいく。
試しに『精神感応』を使い、ミクスギガントゴーレムの意識に触れてみると、こちらの伝えたいことが伝わっていると分かった。どうやら、自らの手で受け取りに行こうとしているらしい。意志が表層に現れているため、今までよりも分かりやすい。私は、万が一を考え、暫く近場の記憶を漁って、問題が無さそうなことを確認したのち、ミクスギガントゴーレムの意識から撤退する。
これであとは、最前線に到達したミクスギガントゴーレムへ、熊江が水晶角を渡せば、全てが解決するだろう。
熊江が第一階層にやってくるまで、まだ多少の時間がかかる。私のそれを待つ間、定期的に『精神感応』を使い、ミクスギガントゴーレムの意識に触れては、心変わりが無いかを確認していた。前の私を尊重し、あまり『精神感応』を使いたくは無かったのだが、それ以上に今は、万全を期しておきたかったのだ。
とはいえ、ミクスギガントゴーレムの性格を考えれば、それほど短期間で心変わりをする可能性は低い。それでも確かめたかったのは、万が一の可能性を考えてのことだ。
しかし、当たり前のことではあるが、世の中に万が一が起こる確率は非常に少ない。さして、運が良いとも、悪すぎるとも言えない私が、そんな低い確率を引き当てることは、それこそ万に一つも無い事だ。
実際、当然のように何事も無く、全ては滞りなく進んでいった。
第一階層に辿り着いた熊江から、同じく最前線まで辿り着いていたミクスギガントゴーレムに水晶角が渡される。水晶角を受け取ったミクスギガントゴーレムは、慎重な手つきでそれを自らの胸に押し込んでいく。
その瞬間、ミクスギガントゴーレムの身体を巡る魔力が一気に増大した。それだけでは無い。明らかに魔力の質が向上している。これまでも強い存在ではあったが、今のミクスギガントゴーレムからは次元の違う強さを感じた。
これは、逆らえない。
『精神耐性』をもってしても、逆らうことを拒絶してしまう。
それに、今のミクスギガントゴーレムに対しては、今の私であっても『精神感応』を使うことは躊躇われる。きっと、このミクスギガントゴーレムならば、物理的にそれをはねのけてしまう。そんな意味の分からない確信があった。
だが、それでもまだ、進化する兆しは感じられない。
Sランクとは、至高種とは、これでもまだ、届かないほどの存在なのだろう。
本当に規格外だ。
水晶角を取り込んだミクスギガントゴーレムは、その場で回れ右をすると、来た道を戻り始める。さらに、その後を辿り、ミクスゴーレムたちもダンジョンを後退していく。
そうして、暫くの時間をかけてダンジョンから脱出したミクスギガントゴーレムは、そのまま歩き続け、ダンジョンの入り口から程なく離れた地点で歩みを止めた。そうして、ミクスギガントゴーレムから湧き出た魔力が、周辺一帯へと満たされる。
これは、ミクスゴーレムたちへの命令だ。一度、それを読み取っていた私には、その正体がすぐに察せられた。
その内容は、戻れ。
次の瞬間、ミクスゴーレムたちがミクスギガントゴーレムに向けて殺到していく。人間大のミクスギガントゴーレムの身体は、あっという間にミクスゴーレムたちの巨体に呑み込まれていった。それでも、ミクスゴーレムたちは止まらない。
突き進み、呑み込まれ、集まって、肥大化していく。
そうして、全てのミクスゴーレムたちを吸収すると、そこには巨大な山が立っていた。
その後、その山は森の木々を踏みつぶしながら、来た道を戻っていく。
その姿はまさに、動く山そのものであった。
出来れば、ミクスゴーレムの軍団のままで帰ってほしかったところだが、これもまた必要経費だったと呑み込んでおくべきなのだろう。
ダンジョンの入り口正面には、巨大な道が出来てしまった。
それは、勇王国の騎士たちがやってきた時に、切り開かれた道とは比較にならないような、あまりにも広大な荒野と呼ぶべき道が。
ああ、これは後始末が大変だ。
しかし、私にはその前に一つ、決着をつけておかなければならないことがある。
今の私なら、揺れることなく、ありのままに決めることが出来るだろう。
次回、エピローグです




