179.契約
あらすじ
私は第二階層をひた走るクリスタルホーンディアーへ、ミクスギガントゴーレムの真の目的を伝える。水晶角を求める理由と共に。
それは、クリスタルホーンディアーにとっても、希望の感じられる話だっただろう。しかし、その話に証拠は無い。私への疑惑を伝えてくるクリスタルホーンディアーに対して、私はこの絶望的状況を明確化させ、半ば命乞いのような脅しを伝える。このままでは、どちらにしろ生き残ることは出来ないのだ、と。焦りの籠った必死の説得にクリスタルホーンディアーの迷いが、より深まっていく。
今の私には、クリスタルホーンディアーから深い迷いを感じる。これは新しく得たスキル『精神感応』による影響のようだ。しかし、補正のかかるダンジョン内の相手であっても、さすがにミクスギガントゴーレムの時ほど、その意思を深く感じ取ることは出来ない。配下たちに対しては、もう少し深く探れたことを考えるに、恐らくそこには、クリスタルホーンディアーが未だ私に不信感を抱いているということも関係しているのだろう。
薄々勘づいてはいたことだが、ミクスギガントゴーレムの精神性がかなり特殊だったというだけで、『精神感応』というスキルの効果自体は本来、そこまで強力なものではないようだ。
そもそも、強い感情であれば、前々から魔力を通して感じ取ることは出来ていた。この『精神感応』というスキルの本来の力は、それが少しだけ強化されたような感じだ。少なくとも、私という存在を拒絶する相手に限っては。
まあ、『敵意感知』と違い、あらゆる感情を感じ取れる点に関しては、便利なようにも感じられるが、『精神感応』の特性は健在らしく、相手の感情が直接的に伝わってくるせいで、しっかり意識していないと相手の感情に引き摺られてしまいかねない。それを加味すれば、敵に対しては、この程度の力で良かったとも言える。
何はともあれ、クリスタルホーンディアーから感じる迷いは、私の言葉が響いているという確かな証拠だ。しかし、まだ僅かに足りていない。そして、僅かではあるが、恐らくそこが最も強固な部分でもある。
もう一押し、決定的な何かがあれば、クリスタルホーンディアーの心は動く。
ならば、ここが切り札の切り時だろう。
――以前、お前は我に助けを求めたな
――あの時は結局、お前の隠しているものを警戒して、我はそれに応えることをしなかった
――我は、破るかもしれぬ約束をしたくなかったのだ
――故に、そこであれは一度、立ち消えた
――だが、もしお前が今もあの時の答えを欲しているのであれば、少しでも、あの時の答えを欲してくれているのであれば、今度こそ、我は誠意をもってお前に応えようと思う
――クリスタルホーンディアーよ
――お前とその仲間たちを、この時より我が庇護下に加えると約束しよう
――そして、これがその証だ
私はそれを『伝心』でクリスタルホーンディアーへ伝えるとともに、ある繋がりへの招待状をクリスタルホーンディアーに提示した。
私がクリスタルホーンディアーに提示したのは、スピリットラインの一つである契約による繋がりである。これはダンジョンコアの機能とは違う、この世界の理に属する力であり、主に魔王や一部の高位魔物から下位魔物へ渡される安全の保証だ。
それは、獲物と仲間の間を隔てる差であり、しかし、配下との絆とは違う、守護の関係。
その繋がりの名を、庇護の契約という。
弱肉強食がまかり通るこの世界で、弱者が弱者のまま得ることのできるこの契約は、非常に強い効力を生む。何故なら、この契約は如何な強者であっても、そう簡単に破ることが出来ないからだ。
正式な形の契約を破った場合、この世界では破った者に等しく相応の代償が強制される。それが、この世界に存在する理だ。
そして、契約とは魂同士の繋がりでもある。故に、その代償もまた、魂に関わるものらしい。
では、魂に関わる代償とは何なのか?
地脈において、まだ私の探れる範囲には魂に関わる情報が僅かしかない。しかし、この契約という繋がりに触れた時、私はそれについて、この世界に存在するモノが等しく持つであろう本能的な部分で、理解させられることになった。
それは、弱者や半端な強者であれば、その命すら容易く消し去られる代償。
それを一度でも受けたなら、如何な強者と言えど、避ける術は無く、その傷はその者の持つ力を大いに削ぎ、それを癒すのにはとてつもなく長い時間が必要となるだろう。
この弱肉強食の世界において、弱った強者というのは、恰好の獲物だ。それこそ、力を求める魔物たちから、あっという間に群がられ、その命を容易く貪り食われることになる。つまり、この契約を破った代償には、ほぼ確実に死が待ち構えているのだ。
だからこそ、弱者にとって庇護の契約という繋がりは、高い信用の証となる。
そして、この高い信用こそが、強者からすれば、割に合わない庇護の契約の最も重要な見返りとなるのだ。
ダンジョンコアというものは、この世界において、その存在だけでも強者という位置づけにある。だから、私がたとえ庇護の契約を破っても、それで直接的に死ぬことは無いだろう。
だが、きっとその時はダンジョンコアとして振るえる力の殆どが奪われるはずだ。少なくとも、庇護の契約という概念に触れた時、私は代償にそのような予感を感じた。恐らくこの予感は、当たるだろうという、よくわからない確信付きで。
正直なところ、出来る事なら私は、そんな厄介な契約を結びたくは無かった。しかし、クリスタルホーンディアーの事情を加味すれば、これが最も確実な方法なのだ。
私が庇護の契約を提示した瞬間から、クリスタルホーンディアーの迷いが消えていくのを感じた。庇護の契約に触れたクリスタルホーンディアーもまた、私と同じように契約の効果を理解したのだろう。
これでクリスタルホーンディアーは、水晶角を折ることにより、たとえ強い魔力を失ってしまったとしても、私の庇護の下で、群れの仲間たちと共に生きていくことが出来る。
クリスタルホーンディアーと私はある意味、似た者同士だ。それ故に、クリスタルホーンディアーはこの契約の重要性を理解してくれる。
私がこの契約を破ることによって引き起こされる代償を、どれだけ恐れているのかも。
クリスタルホーンディアーが庇護の契約へ了承を返してきた。
その瞬間、クリスタルホーンディアーとの間に、新たなスピリットラインが結ばれる。続いて、私を経由した『伝心』により、クリスタルホーンディアーに説得された他の魔鹿たちとも、次々と契約が繋がっていった。
そうして、あっという間に最後の一体との契約が成立したのだ。
そこから先は、トントン拍子に事態が動いていった。
まず私は、クリスタルホーンディアーの水晶角を折ることから始めていく。それに先駆け、一応、クリスタルホーンディアーに確認もしてみたのだが、どうやら自分の力で角を折ることは出来ないようだ。
クリスタルホーンディアーの水晶角というのは重要な器官である為か、その強度もまた非常に硬いらしい。それこそ、Bランク稀少種とはいえ、魔法主体で戦うクリスタルホーンディアーの力では、相当粗雑に扱っても折れないくらいには。
だとすると、今の私がダンジョン内で動かせる配下たちでも、折るのは難しいだろう。
ダンジョン外にいる主力の配下たちならばともかく、ダンジョン内にいる配下たちは、守護者を含めてもDランク程度の実力だ。これでは足しにもなりはしない。
故に、クリスタルホーンディアーの角を折るために、まずはそれを可能とする配下を新たに召喚する。
幸いなことに、召喚で使うDPは第一階層で暴れているミクスギガントゴーレムたちから回収したDPでなんとか足りそうだ。ならば、あとは力に秀でた魔物を選んで召喚するだけである。
DPの量を加味して、対象は腕力に特化したCランクの魔物。
賭けに出るような状況でも無いので、召喚したのは実績のある魔物、ストロングベア。既に私の配下の中では古参となりつつある、熊吉と同種の魔熊だ。
私は召喚したストロングベアに早速、名付けを行う。
名前は…………熊江で。
それから、せっかく止まってもらったところ申し訳ないが、クリスタルホーンディアーには、またダンジョンの深層を目指して貰う。
同時に熊江もクリスタルホーンディアーの下へ向かわせた。
この二体の目的地は、非戦闘員の現在の居住地であり、回復の泉も設置している第九階層。そこで、クリスタルホーンディアーの水晶角を折る予定だ。少し移動で時間がかかるとしても、ここが最適な場所なのである。
庇護の契約を結んだ以上、クリスタルホーンディアーの安全は出来る限り保証しなければならない。だからこその回復の泉だ。近くに回復の泉があれば、もし水晶角を折る過程で、間違ってクリスタルホーンディアー自身が致命傷を負うことになっても、すぐその傷を癒すことが出来る。
暫くして、滞りなく二体が目的地にたどり着いた。
クリスタルホーンディアーが私の庇護下となったことで、もはやこのダンジョン内では襲われないし、最短の道順は私が案内したので、それほど時間はかからなかったのだ。
そうして、いよいよ、クリスタルホーンディアーの水晶角を折る時が来た。
熊江は召喚したばかりな為、そのレベルは未だ一。スキルも育っておらず、幾ら種族的に腕力が高いとはいえ、このままではさすがに力が足りていない。だから、DPブーストを使ってそこを補う。この時のための名付けだ。
さらに、非戦闘員のゴブリンたちも、造り貯めていた武器や工具の数々を使い、要所要所で手助けしてくれている。その甲斐あって、クリスタルホーンディアーの水晶角を折る作業は、思った以上に迅速で滞りなく進めることが出来た。
本当にここまではトントン拍子である。
ただ、水晶角を折られたクリスタルホーンディアーは、その瞬間に気を失ってしまった。どうやら水晶角を折った際の衝撃と、魔力の核となっていた水晶角を失った衝撃が重なり、意識を失ってしまったようだ。
幸い、命にかかわるような重篤な状況という訳ではないようだったが、一応の用心として、即座に配下たちの手で回復の泉へとその身体を漬け込んでいく。すると暫くして、クリスタルホーンディアーの角が再生していくのを感じた。
形は、完璧に再生されている。半透明なその美しさも健在だ。
ただ、再生された水晶角は、元の角と比べ、明らかに纏う魔力が弱々しい。
今のクリスタルホーンディアーの水晶角は、完全にただの水晶になっている。あれでは、魔法の核として土の属性魔力を高めることはおろか、クリスタルホーンディアーが得意とする精密な魔力操作にまで影響を及ぼすかもしれない。
ステータスを確認してみよう。
名前:――――
種族:クリスタルホーンディアー ランク:B
年齢:52
カルマ:-17
LV:36/80
スキル:『聴覚LV7』『夜目LV7』『森歩きLV7』『気配察知LV8』『角術LV3』『魔力感知LV10』『魔力探査LV5』『魔力操作LV10』『魔力制御LV7』『岩石魔法LV5』『威嚇LV7』『体術LV5』『身体強化LV3』『連携LV7』『山歩きLV10』『地形把握LV7』『加速思考LV5』
称号:【模造結晶角】【――――の庇護対象】【弱体化】
レベルやスキルに変化は無いが、称号がかなり変化している。新しく追加された称号が三つ。いや、一つは変化したというべきか。
ただ、私はそれ以上に、この件でスキルへの変化が無かったことに興味を抱いた。
なかなかに面白い結果だ。
以前、Cランク稀少種の魔鼠アサシンラットであった黒牙に大魔王が憑依した際、一時的に発現したスキルは、一部を残してステータスから消え去っていたが、今回はスキルが消えることなく、代わりに【弱体化】の称号が付いている。
水晶角を失ったことにより、魔力関係のスキルの効果は減少しているだろうと当たりを付けていたのだが、この二つの違いは何だろう?
そして、この結果の意味するところは、果たして何なのか?
地脈を探っても情報が出てこない所から考えて、これはスキルの本質に繋がる謎のような気がする。とりあえず、今は覚えておくだけに留めよう。
とまあ、それはともかく。
これで私は、水晶角を手に入れた。
あとはこれをミクスギガントゴーレムの下まで安全に届けることが出来れば、この危険な状況の全てが、ようやく終わる。




