178.命乞いという名の説得
あらすじ
『情報処理』により最適化された『並列思考』により、私は意識を散らすことなく、複数の思考を同時に走らせることに成功していた。ダンジョン外の配下たちは、ダンジョン内へ入れそうにない。クリスタルホーンディアーは戦いを避けて進んでいる。ミクスゴーレムたちの戦いからは、多くのDPが回収できるようだ。
そうして、様々な視点、様々な考察を進めていくうちに、ようやくミクスギガントゴーレムの記憶から目的の情報を得ることが出来た。ミクスギガントゴーレムの狙いはクリスタルホーンディアーの命では無く、クリスタルホーンディアーの水晶角。
十二分の成果を得た私は、クリスタルホーンディアーとの交渉に移る。
――クリスタルホーンディアーよ、そのままで良いから少し我が話を聞いてくれまいか
私の『伝心』に対するクリスタルホーンディアーの返答は無い。だが、意識が少しだけ、こちらに向いたのを感じたので、そのまま話は続ける。
――我は恐怖していたのだ、あの強大な相手を前にして
――故に、我はあの凶悪な力を持つ魔物と、ミクスギガントゴーレムとの戦いを避けるため、お前を攻撃した
――少しでも早く、この状況を終わらせるために、お前をあれに差し出そうとしたのだ
――すまない
話を進めるたびに、クリスタルホーンディアーが私へ抱く敵意は高まっていく。私の行動が私のイメージで明確化したことにより、改めてクリスタルホーンディアーの中で、私という存在への敵意が高まっているのだろう。ただでさえ、半ば敵対的だったというのに、私はそれをさらに加速させてしまったわけだ。
だが、これから交渉を行う為には、そこを濁して通る訳には行かない。そもそも、既にクリスタルホーンディアーは気が付いている。そんなクリスタルホーンディアーをうまく丸め込める程、私は口達者ではない。まあ、今の私に口は無いのだけれど。
だからこそ、たとえ私が不利になるとしても、これだけは先に告げておかなければならなかったのだ。
――あの時はそれが最善だと思っていた
――だが、今は違う
――お前を追ってきたミクスギガントゴーレムの真の目的が分かったのだ
――うまくいけばこれ以上、誰も死ぬことなく、ミクスギガントゴーレムを追い払うことが出来る
クリスタルホーンディアーは、自らが追われている理由を知らなかった。ただ、唐突に襲われて、必死で逃げてきたのだから。だからこそ、この情報には興味があるはずだ。
――私はミクスギガントゴーレムの記憶を読み取ることで、ミクスギガントゴーレムが何故、お前を狙うのかを知った
――結論から言うと、ミクスギガントゴーレムの狙いはお前の命ではない
――ミクスギガントゴーレムの狙いは、お前の角だったのだ
私は続けて、ミクスギガントゴーレムの狙いが水晶角である理由を詳しく伝えていく。
――ミクスギガントゴーレムという種族は、敵を倒し、レベルを上げる以外に、希少で強い特性を持つ鉱石を吸収することでも、その力を高めていくのだ
――分かるだろう?
――お前の角もまた希少で強い特性を持つ鉱石だ
――だからこそ、ミクスギガントゴーレムはお前の水晶角を狙って、ここまでやってきた
――だが、元々ミクスギガントゴーレムはあまり執念深い性格ではない
――実際、以前にお前を狙った時もお前の角を狙っていたようだが、その時はまだそこまで希少で有用だとは思わなかったらしく、わざわざ追いかける程の気分にはならなかったようだ
――しかし、それから暫くして、ミクスギガントゴーレムは再びお前の魔力を感じ、更なる進化をしたお前の魔力から、お前の角がミクスギガントゴーレムの進化に必要な素材となったことを知り、今度こそ確実に角を手に入れるため、遥々ここまでやってきた
――時期的に考えて、人間の集団が襲ってきた際に、お前が大掛かりな『岩石魔法』を使った時の魔力を感じ取ったのだろう
――これがミクスギガントゴーレムのお前に対する執着の理由だ
走り続けていたクリスタルホーンディアーは、私の話が進むたびに、少しずつその歩みを緩めていった。
――そんな性格だからこそ、ミクスギガントゴーレムは目的のものさえ手に入れば、わざわざ、お前の命まで奪おうとはしてこない
――幸いなことに、ミクスギガントゴーレムはこの地にも興味は無いようだしな
――大人しく元の場所へ帰るだろう
――故にクリスタルホーンディアーよ
――お前の水晶角を我に渡してはくれまいか?
ついに、その場で立ち止まるクリスタルホーンディアー。しかし、私へ向けられる意識からは、未だ敵意が消えたわけでは無かった。
ようやく『読心』で読み取れたクリスタルホーンディアーから送られてきたイメージは、疑惑。関心はあるけれど、完全に信じてはいないといった感じだ。
まあ、致し方ない事ではある。
なにせ、どれだけ言葉を重ねようとも、こちらの話には信じるに足る証拠が無い。これまでの私の行動を加味すれば、私が助かりたいが為に、もっともらしい理由を造り出して、クリスタルホーンディアーからその魔力の源を奪い取ろうとしているという可能性だって、十分にありうるのだ。
ああ、我が事ながら、なんて醜い生き方だろう。だが、それはありうる話でもある。ミクスギガントゴーレムの記憶から望んだ目的が見つからなかったとしたら、私がそれを選んでいた可能性は確かにあった。
なればこそ、たとえこれがクリスタルホーンディアーにとって希望的な情報だったとしても、命が懸かったこの状況で安易に信じられないことは、仕方のない事だろう。
それでも、私はこれをクリスタルホーンディアーに何とか信じてもらう必要がある。今の状況で、私が水晶角を手に入れるには、もはやクリスタルホーンディアーの犠牲が必要不可欠なのだから。
そうというのも、ミクスギガントゴーレムの狙いが水晶角だと分かった時点で、私は二つの思い付きを確認していたのだ。
一つ目は、水晶角を手に入れる方法が、他にもあるのではないか、ということ。
クリスタルホーンディアーの水晶角はかなり稀少な鉱石ではあるが、私にはそんな希少な鉱石であっても、入手する手段があった。
それはダンジョンコアの機能の一つである宝図鑑の宝召喚を使うことだ。
宝召喚ならば、魔物図鑑による魔物召喚と同じく、宝図鑑に記載された宝を、DPの消費で召喚出来る。そして、クリスタルホーンディアーがダンジョン内に入った時点で、私の宝図鑑には水晶角というアイテムが追加されていた。
だが、この方法には一つ重大な問題がある。それは、水晶角を召喚するのに必要なDPが膨大だという事だ。
その必要量、実に七百万DP。
ちなみにクリスタルホーンディアーの召喚に必要なDPが八百万DPだ。つまり、クリスタルホーンディアーという魔物の価値は、殆どこの水晶角が担っているという事になる。
勿論、今の私にそんな量のDPは無い。ミクスゴーレムたちによって、私の持つDPは今も少しずつ増え続けているが、それでも目標量の十分の一にすら届いていないのだ。
つまり、この方法は実質的に不可能という事になる。
二つ目は、クリスタルホーンディアーの水晶角を折った後の事。何とかして、水晶角をもう一度、再生させることが出来ないか、ということだ。
水晶角はクリスタルホーンディアーにとって、最大の武器である。だからこそ、それを差し出せとなれば、反発は必須。だが、もし折った角をすぐにでも再生できるとしたら?
私のダンジョンには、回復の泉というどんな傷でも一瞬で癒す施設がある。これを使えば、一度は折れてしまったクリスタルホーンディアーの水晶角を癒すことが出来るのではないか?
結論から言えば、これも不可能だった。
私のダンジョンにある回復の泉は、身体の傷を癒すことに特化している。だから、たとえ欠損があったとしても、それを癒すことは可能だ。ここまでは良い。
問題は、クリスタルホーンディアーの水晶角がかなり特殊なものであるということだ。外見だけであれば、恐らく治すことは出来るだろう。だが、一番重要な魔力由来である水晶角の土の属性魔力を増幅するという特性まで直すことは出来ないようなのだ。
肝心のそこを直すことが出来ないのであれば、クリスタルホーンディアーとの交渉にこれを出す意味は無い。つまり、説得に使えるような証拠は無く、クリスタルホーンディアーの犠牲を減らす術も無く、それでも私はクリスタルホーンディアーに協力してもらう必要がある。
どんどん行こう。次に思いつく説得方法は、絶望的なこの状況をより明確にすることで、クリスタルホーンディアーの不安を後押しすることだ。
――クリスタルホーンディアーよ
――お前も気が付いているだろうが、ミクスギガントゴーレムの力は圧倒的だ
――お前がお前の仲間たちと力を合わせようとも、そこに私や私の配下たちの力を加えようとも、決して勝てるような相手ではない
――あれに力で対抗するのは、私たちでは絶対に不可能なのだ
私はそんな説得のイメージに、先ほどの戦いの光景とミクスギガントゴーレムのステータスを加え、クリスタルホーンディアーに送り続ける。
――あれは既に配下のゴーレムたちを引き連れて、ダンジョン内へ侵入してきている
――そして、数を頼りにダンジョンを着実に進んでいるのだ
――こうなってしまっては、もうここも安全ではない
――生き残るためには、もはや、これしか方法は無いのだ
――だから、クリスタルホーンディアーよ
――頼む、我に力を貸してくれ
私の意思に揺れ、クリスタルホーンディアーの迷いが、より深まっていくのを感じる。




