121.再来の探索者
あらすじ
コボルトの探索者たちは第一階層の一割を探索すると、そのままダンジョンから脱出していった。その探索技量、スキル、戦闘技能からは、高度な教育の跡が感じられる。しかし、それ以外におかしな点は無かった。ただ、いつもより多くのDPが得られたというだけで。
その時、私はある可能性を思いついてしまった。魔王レティシアは私を強化した後に、破壊して吸収することにより自らの糧としようとしているのではないか?
だが、それが分かったとて、私に弱いままでいるという選択肢は無い。私が魔王レティシアの怨敵であるというだけで、魔王レティシアには私を破壊する十分な理由となるのだから。
数日程が過ぎて、またエルロンドの探索者たちがやってきた。感じる魔力や気配、ステータスに表示された名前からして、前回と同じコボルトたちで間違いないだろう。今回は来る可能性を予め予想していたので、私はその存在を知覚した時点で急ぎ、近くで狩りをさせていた配下たち、猪丸と熊吉をダンジョンへと戻していた。
今回、コボルトの探索者たちは、何やら紙片を片手に前回の退路をなぞるように効率よくダンジョンの先へと進んでいく。恐らく、あの紙片は前回作っていたこのダンジョンの地図だろう。最近は病魔の森の常連たちの為に、殊更にダンジョンの構成は弄っていないので、第一階層では地図が役に立つ。
なにせ、こうでもしないと病魔の森の常連たちは、すぐにダンジョンで迷子になってしまうのだ。きっと、ちょくちょくダンジョンの構成を変更していたら、第一階層の守護者がいる階段部屋まで辿り着く魔物は、未だ出ていなかったことだろう。
そうして前回、引き返した地点までやってきたコボルトたちは、そこからまたダンジョンの探索を開始した。
前回と比べ、その進みは少しだけ早い。恐らく、このダンジョンの構造に慣れてきているのだろう。前回の探索時よりも罠に引っかかる回数も少ない。工夫を凝らした罠にはかかっていることもあるから、こちらの技量が通じないという訳ではなさそうだ。
さすがに今のままだと、まだ罠の種類が少ないのか。次に罠の設置練習をする時は、その辺りのことも考えてみよう。
戦闘の方も手慣れてきており、なんというか作業的になってきている。最初からこのコボルトの探索者たちは、洗練された戦い方をしていただけに、より作業感が増しているのかもしれない。心なしか、コボルトたちも退屈そうだ。
うーん、この状況はちょっと不味いか?
侵入者を撃退するという意味では、これもまた一つの戦略と言える。退屈はこのダンジョンへの関心を無くさせるし、作業感は咄嗟の油断にも繋がるだろう。実際、第一階層を広げた時は、それを狙って広げていた。ただ、今の状況からすると、その戦略を採用するのは微妙だ。
今は勇王国から攻め込まれていた時のように、私の命を害するほどの存在がいるわけではない。それどころか第一階層を突破する者すら稀だ。むしろ、私はダンジョンにやってくる侵入者が増えて欲しいとすら思っている。ダンジョンへやってくる魔物が増えれば、それだけ得られるDPも増えていくからだ。そういう意味で言えば、このコボルトの探索者たちのことも歓迎している。
しかし、有名になり過ぎて、強力な魔物に目をつけられても、それはそれで怖いな。病魔の森の魔物たちには横の繋がりなど殆ど無いが、このコボルトの探索者たちにはそれがあるだろう。探索者が冒険者たちと似たような組織であれば、もっと強力な魔物たちが在籍している可能性は十分にある。
だが、魔王レティシアの言葉を信じるのであれば、エルロンドの魔物たちが今、私を破壊しに来るとは考えにくい。このコボルトたちにしても、その行動や会話を観察している限り、探索の目的はダンジョンの踏破やダンジョンコアの破壊などでは無く、ダンジョンの探索それ自体にあるようだ。以前、魔王レティシアが語っていた冒険者の在り方のように。
これからの事を考えるのならば、私はこの状況を最大限に活用すべく、もっと探索者たちにとっても魅力的で、探索を行いたいと思わせるようなダンジョンにしていくべきだろう。
しかし、それはそれで、なかなかに難題だな。病魔の森の常連だけを相手にしていた時は、まだそこまで考える必要は無かった。病魔の森の常連たちは、なんだかんだで今のダンジョンを飽きずに満喫している。多分、ダンジョンという場所それ自体が新鮮なのだろう。だが、このコボルトの探索者たちは、明らかに他のダンジョンを知っている。だからこそ、このダンジョンの単調さがつまらなく感じるのだろう。
そうして考えてみると、この問題はコボルトの探索者たちだけに止まらない。このコボルトの探索者たちの姿は、未来の病魔の森の常連たちとも言えるだろう。ダンジョンに新鮮味を感じている間は良い。しかし、病魔の森の常連たちだって、次第にこのダンジョンに慣れてくるはずだ。そうなった時、果たして病魔の森の常連たちは、それでもこのダンジョンに通うだろうか? 周辺に他のダンジョンが存在しない以上、一定数は通ってくれるだろう。しかし、ダンジョンに飽きが来て、そのまま通わなくなる魔物たちだって出てくるはずだ。そうなる前に、私はこのダンジョンをもっと魅力的な場所に変えていかなくてはならない。
これはダンジョンの大規模な改装が必要だな。取り急ぎ出来そうなのは、新たな魔物の追加候補を上げておくことか。第一階層はゴブリンで固めることにより配置した守護者のランクを上げているから、そこに追加できるのはゴブリンに限られる。
ならば、魔物図鑑から別のゴブリンの複製体を追加するまでだ。記録から複製したゴブリンに比べると弱いだろうが、新しい刺激にはなるだろう。
今、第一階層にいる複製体は、ゴブリンとゴブリンファイター。そこで、副思考が読み込んで『記憶』した魔物図鑑の中から、それ以外のFランクのゴブリンを探してみる。
まず最初に思い浮かんだのは、レッサーゴブリン。魔狼にもいたが、ゴブリンにもあるんだな。
なになに。
種族:レッサーゴブリン ランク:F スキル:『繁殖』
邪妖族亜人系の劣等種レッサーゴブリン。幼体の際に何らかの異常で進化に失敗した劣化個体。その能力は全体的に基本種より弱く、次の段階へ成長することは非常に稀。
非常に短い定型文のような説明文だ。実際、他のレッサーと名がつく魔物たちの説明文も、殆どこれと変わらない。恐らくそのくらいしか、記すことが無いのだろう。実際、そこに記されている内容は、私がレッサーと名のつく魔物に思い描く印象とそう大差ない。強いてそこに付け加えるとしたら、召喚に必要なDPが非常に安価だというくらいだろうか。
さすがにこれだけでは、数も質も足りていない。次を探そう。
その他には、ゴブリンランナーっていうのがいるらしい。
えーと。
種族:ゴブリンランナー ランク:F スキル:『繁殖』『逃走』
邪妖族亜人系の亜種ゴブリンランナー。敵からの逃走に特化したゴブリンの亜種。走ることを得意とし、特に敵から逃げる際には実力以上の力を発揮することもある。その反面、戦うことは酷く苦手であり、その速度を逃走以外の目的で使う場合、実力を十分に発揮することは出来ない。
戦力としては微妙。しかし、ダンジョンに取り入れる新たな刺激としては悪くない。全ての敵が問答無用で襲い掛かってくるよりは、緩急がつけられて良いのではないか。それに罠をうまく組み合わせれば、活躍することがあるかもしれない。問題があるとすれば、逃走以外の目的で使う場合、という一文。果たして、罠にかける目的での逃走が、これに抵触してしまうのかどうか。試してみなければ、分からないな。
他はどうだろう? 他には……ゴブリンハイダーというのもいるようだ。
どれどれ。
種族:ゴブリンハイダー ランク:F スキル:『繁殖』『隠伏』
邪妖族亜人系の亜種ゴブリンハイダー。隠れることに特化したゴブリンの亜種。身体能力は基本種のゴブリンよりも低いが、代わりに自身の気配を薄め、周囲の環境に溶け込むことで敵から姿を隠す事を得意とする。
ふむ。こちらは隠れることに特化したゴブリンか。スキルから考えて、ブラックラットみたいな感じだろうか? だとすれば、影からの奇襲が出来る? いや、身体能力は高く無いようだし、攻撃には期待が出来ないだろう。
ならば、武器を持たせれば、多少は変わったりするだろうか? それが可能であれば、前の二匹よりは戦力になりそうだ。
とりあえず、このコボルトの探索者たちが帰ったら、この三種を魔物図鑑から複製体として、第一階層に召喚してみよう。そうして、使えそうだったら、他の複製体と同様に通常召喚して、階層の記録用に育てるということで。
それにしても、このコボルトの探索者たちはいつ帰るのだろう?
もうそろそろ、コボルトの探索者たちが前回の探索に費やした時間を超える頃だ。しかし、未だに彼らは帰るそぶりを見せない。
前回よりも進みが早いとはいえ、そこは広大な第一階層だ。まだ全体から考えると、二割を超えた程度である。ダンジョンの探索に慣れているであろう者たちの動きとしては、ちょっと不可解だ。前回が様子見で早めに切り上げたということを抜きにしても、ちょっと奥まで進み過ぎているように思う。
このままだと、病魔の森の中で夜を迎えることになりそうだが。いや、よく考えてみれば、この侵入者たちは魔物だ。人間たちと違って、病魔の森の中で夜を明かしたとしても、別に不思議なことは無い。
何となく人間っぽい動きをしているせいで、どうしても彼らが魔物であるということをうっかり忘れてしまう時がある。何せこのコボルトたち、同じ亜人系統のゴブリンたちよりも、人間っぽい動きをする時があるのだ。
いや、人間っぽいというよりも、文明人っぽい動きというべきか。なんとなく洗練されているように感じるのだ。彼らのそんな動きを観察していると、ちょっと魔王レティシアの治めているという新生エルロンド王国のことが気になってくる。
しかし、さすがに新生エルロンド王国に『感覚共有』を使った配下を潜入させるのは危ないだろう。『鑑定』のスキルを持つ魔王レティシアに見つかれば、どんな目にあわされるか分かったものでは無い。
それにしても本当に、このコボルトの探索者たちはいつ帰るのだろう?




