120.エルロンドの探索者
あらすじ
病魔の森に普段とは違う異質な魔物の存在を感じた。それほど強いわけではないが、それはダンジョンを目指して進んでいる。魔王の配下たちと似た格好をしたその魔物たちは、どうやらコボルトという亜人系統の魔物たちで、誰かから聞いてダンジョンへやってきたらしい。
ステータスを確認した私は、それが【新生エルロンド王国の民】にして【Dランク探索者】であることを知った。
新生エルロンド王国。
それは魔王レティシアが新たに建国したという国の名前だったはず。ステータスの称号が確かならば、この魔物たちはその国の民ということだ。
そして、探索者という言葉。
魔物たちの話していた内容と雰囲気からして、人間の冒険者と似たような組織だろうか?
元人間の魔王という来歴と冒険者を語っていた時の魔王の感情の変化。それらを踏まえて考えれば、自身の興した国でそういった制度を作っていたとしても不思議ではない。
だとすれば、この魔物たちの目的も冒険者のそれと近いのではないか。
ふむ。一応、副思考の一つで地脈から情報を探してみるか。人間側の情報で無ければ、もしかしたら何か拾えるかもしれない。
問題なのは何故、この魔物の探索者たちがよりにもよって、このダンジョンへやってきたのか。このダンジョンの事を知っているのは、恐らく魔王レティシアだろう。エルロンドからは以前、行商の魔物もやってきてはいたが、あの時はまだ私がダンジョンとしての形を成していなかった。時期的に考えても、この魔物の探索者たちがダンジョンの事を誰かから聞いてやってきたというのなら、まず間違いなく話の出所は魔王レティシアだろう。しかし、何故あの日から一年以上も経った今になって? 分からない。
一先ず、いつもと同じようにダンジョン探索の成り行きを見守ってみようか。今のところ、この魔物たちの行動の裏に魔王レティシアの思惑があるということはほぼ確実なのだ。ならば、この魔物たちの行動を追えば、何かしら魔王レティシアの思惑が見えてくるかもしれない。
魔王レティシアが絡んできた時点で、黒牙という右腕が不在という点は不安だけれど、万が一の事態があったとしても、今の猪丸と切り札であるDPブーストを同時に切れば、目先の問題に限っては、まだ何とかなるはずだ。
ダンジョンに侵入してきた魔物、コボルトたちは、今のところ普通にダンジョン内を探索している。その探索はダンジョンに慣れた高ランク冒険者たちほどではないけれど、病魔の森の魔物たちと比べれば、なかなか手際が良い。迷いつつも程ほどに効率よくダンジョン内を進んでいく。その姿を観察していると人間の冒険者たちが思い浮かぶ。人間の冒険者たちも、Dランクではこのくらいだったはず。
初期の頃に仕掛けた罠にはあまり掛かっていないようだが、最近仕掛けた罠にはちらほらと引っかかっている。特に二つ、三つの罠を連携させた罠は苦手な様子。『罠設置』のスキルがいい仕事をしている証拠だ。
第一階層に設置している罠はどれも大した威力の無い罠なので、引っかかったコボルトたちに目立った損耗はない。しかし、威力を上げた罠に変えれば、これだけでも十分に侵入者たちを撃退できるということは分かった。少なくとも、『罠感知』のスキルレベルが三までの相手であれば、十分に機能する。
『罠感知』のスキルレベルと掛かる罠の関係は、しっかりと『記憶』しておこう。
襲い掛かる複製体ゴブリンや複製体ゴブリンファイターに対して、コボルトの侵入者たちは問題なく対処している。まあ、ランクやレベルから考えて、コボルトたちがこのレベルの複製体たちに戦闘で苦戦するようなことは無いだろう。
ただ、それとは別に、このコボルトたちの動きは病魔の森の魔物たちと比べて、何処か洗練されているような気がした。いや、それどころか同じDランクの人間の冒険者たちと比べても、戦い方に関して言えばこちらの方が上なのではないか。そう思ってスキルを見返してみると、習得しているスキルの種類や数、スキルレベルにも違いが見えてくる。
人間の冒険者たちが持つスキルは、それぞれに違った特色を持っていた。恐らく、生活の中で自然と身についていった結果だろう。それに比べて、このコボルトたちのスキルには、同一性がある。それは戦闘に使用するスキルだけでなく、一般生活で使われているであろうスキルについてもいえることだ。特に『計算』や『筆記』、『生活魔法』は誰もが習得している。明らかにこのコボルトたちは、上等な教育を受けていた。
果たしてこれは、このコボルトたちが特別だからなのか、それとも新生エルロンド王国は勇王国よりも、全体的に教育が行き届いているのか。
さすがに今ある情報だけでは、判断に困るな。
引き続き、主思考に三つの副思考を補助として、ダンジョンコアの知覚、『魔力感知』、『気配察知』、『読心』と色々な視点から観察を続けているが、まだコボルトたちにおかしな動きは無い。少なくとも人間の冒険者たちの行動と比べて、異常というような点は無かった。初見にしては病魔の森の魔物たちよりも進めている方ではあるが、さすがにこのペースだと、一度の探索で限界まで広げた第一階層を踏破することは出来ないだろう。
案の定、コボルトたちは暫く探索を続けていたが、大体、全体の一割ほどまで進んだ所で、引き返し始めた。
コボルトたちは帰り道では特に迷うことなく、真っすぐに出口を目指し、行き道程時間を掛けることなく、入り口まで戻ってくることが出来たようだ。
そうしてダンジョンから脱出したコボルトたちは、そのまま来た道を引き返していった。
まだ余力を残している辺り、ここからの帰り道のことも考えているのだろう。このダンジョンは丁度、病魔の森の中心辺りに存在している。だから、もしこのコボルトたちが、病魔の森の外から来たのなら、これから数日は病魔の森の中を歩き続けなければならない。
それだけの苦労をしてやってきたのに、ただダンジョンの探索に来ただけという感じ。
本当に一体、何だったんだ?
結局、コボルトたちの動きに、おかしな点は無かったように思う。ただ、今回の探索は様子見のような雰囲気があった。実際、帰り道ではまた次もやってくるというような話をしている。ただ、もしも魔王レティシアが私のことを伝えていたとすれば、この会話も私に聞かれていることを前提とした話だろうから、完全に信じることは出来ないけれど。
ちなみに、コボルトたちの間で、このダンジョンの評価は今のところまずまずらしい。
それに対して、ダンジョン側としてはなかなかにありがたい侵入者たちだった。通路は無駄な動き無く進んでいくし、戦闘は丁寧で迅速。おかげで臨時収入がそれなりに手に入った。
Dランクの魔物は、病魔の森の常連魔物の中にも幾匹かいたが、一体に対して回収できるDPは明らかにコボルトたちの方が上だったし、一階の探索で起こった戦闘数にしてもコボルトたちの方が明らかに多い。その結果、病魔の森のDランク魔物と比べ、一度の探索で三倍から四倍ほどの収入となった。
こういった魔物が増えていったら、今よりももっと稼げそうだ。
……まさか、それが魔王レティシアの狙い、か?
魔王レティシアの行動には最初から不可解な部分が多かった。私を仇として破壊しようとしていたくせに、百年という猶予を与えたこと。黒牙を一度は殺そうとしておきながら、それをすぐに取りやめたこと。私に有益な情報を色々と教えてくれたこと。そうして今回、DPの回収に良さそうな魔物を送り込んできたこと。
前生の頃、敵に塩を送るなんて言葉があったけど、これはもうそういうレベルのものでは無いだろう。いやそもそも、魔王レティシアにとって私なんぞ、敵と呼ぶほどの相手では無いのかもしれない。いずれ破壊する予定の相手に餌を送り届ける理由は何だろう?
その時、私は猛烈に嫌な想像を思い描いてしまった。わざわざ餌を与える理由として、一番考えられるのは、肥え太らせて喰らう為なのではないか。
私がダンジョンとして成長することで、魔王レティシアにはそれを破壊する利点が生まれる。そう考えれば、これまでの魔王レティシアの行動にも説明がつくのではないか。
魔王レティシアの望みは言わずもがな、復讐である。だが、復讐の相手は私だけでは無かったはずだ。魔王レティシア自身が語っていたではないか。復讐の相手には、あの領域教会も含まれている、と。そして、魔王を超える程の力を持つという領域教会の聖女神リクシルという存在。
もしも、魔王であるレティシアが今以上に強さを求めているのだとしたら、行き着く先は一つしかない。
大魔王。
もしかして、そこに到達する条件に、成長したダンジョンコアの破壊が含まれているのか?
大魔王への進化条件に関しては、私には今のところ何の情報も無い。魔王への進化条件に関しては、ダンジョンコアの基礎情報にしっかりと記載されていたのに。
もし、そうでなかったとしても、ダンジョンを成長させてから破壊することには、恐らく魔王レティシアに利点があるのだろう。
私はこれ以上、成長しない方が良いのではないか。私の成長が魔王レティシアの利点となると分かったからには、逆に成長しない方が生き残れるような気がしてくる。
いやいや。私よ、魔王レティシアの言葉を思い出せ。成長しようと、成長せずとも、私が百年後に破壊されることは確定しているのだ。言わばこれは、行き掛けの駄賃。魔王レティシアにとって成長した私の破壊というのは、得られたらお得だが、得られなかったとしても損はない。
だとしたら、ここで私が強くならないことを選ぶのは、ただの嫌がらせでしかない。私の命を懸けた嫌がらせ。それではダメだ。私は魔王レティシアに嫌がらせがしたいのではない。ただただ、私自身が生き残りたいだけなのだ。
そうか。最初から私に逃げ道など、残されてはいなかった。私が生き残るために出来ることは、ただ強くなることだけなのだ。
しかし、ここまで思考を巡らせてはみたが、まだ全てに確証があるという訳では無い。今ある情報から考えると、その可能性が思い浮かぶというだけで、他にまだ私が思いついていないような何かしらの理由がある可能性だってあるはずだ。
あのコボルトたちは、また来ると言っていた。なら、今はとりあえず、その時までこの問題について考えるのは、保留としておこう。調べることもしないでおく。何せ、その可能性を知ったところで、私には何の利点も無い。
だって、私が強かろうが弱かろうが、
「――百年後も弱いまま、ただ我に破壊されるでも構わない――」
魔王レティシアにとって、私が仇であることに違いなんて無いのだから。




