118.森の外の情勢
あらすじ
黒牙は暗い穴の奥まで進み、水底に排水用らしき魔道具が置かれた部屋まで確認すると、そのまま来た道を戻り始めた。
穴から出た黒牙は、次に純白の鎧を纏う人間の騎士たちを発見する。黒牙が暫く何かを探す騎士たちを観察していると、同じくそれを見つけた魔王の配下らしきリザードマンたちとの戦いが始まった。
数の差はあれど、拮抗する戦い。その結果は人間たちの撤退という幕引きとなった。
それから黒牙の視界には度々、人間の騎士と魔物たちの姿が映った。
先ほどまでは全く影も形も見当たらなかったというのに、ここにきて唐突に人間や魔物に出会う頻度が上がっている。ここまで頻繁に出会っていると、もはや今まで偶然会わなかったというより、黒牙が探索を優先するため、わざわざ人間や魔物たちを避けるように移動していたと考えた方が自然だろう。そうして今度は逆に、感じ取った気配を追いかけるように移動しているのだ。
確かに私としても、あの人間や魔物たちのことはかなり気になっている。もしも、私が黒牙に『伝心』を送れる状況だったなら、今と同じ行動をとるように伝えていた事だろう。
ここまで私の意を汲んで行動してくれるとは、この任務に黒牙を選んで本当に良かった。
さて、これまで見てきた人間の騎士たちの鎧は、全てが同じ白を基調とした荘厳なもので、武装も同じ造りの剣と盾に統一されている。それにこの騎士たちは大抵が二人から六人程のグループで行動しており、皆が一様に何かを探しているようだった。そこから考えて、まず確実にこの人間の騎士たちは、全てが同じ組織に属しているのだろう。
一方、魔物側の種族は様々で、最初に出会ったリザードマン以外にも何種類か確認している。ただし、どの魔物たちも一様に亜人種と呼ばれる人型で、こちらもまた人間の騎士たち程では無いにしろ、似たような鎧を身につけていた。
それにこの魔物たちは基本的には同種同士でグループを作って行動しているようだが、別種の魔物同士であってもグループ単位での交流はしている。それは別種同士での意思疎通が出来ているということであり、即ちこの魔物たちの背後に心言葉を授ける事の出来る魔王が潜んでいるということを示していた。そして私の知る限り、この周辺で支配領域を広げている魔王は魔王レティシアのみだ。それらの事からこれらの魔物たちは全て、魔王レティシアの配下であると考えてよいだろう。
この魔物たちは大抵の場合、二、三体という少数で行動している。そして、人間たちを見つけては攻撃を仕掛け、倒すなり、追い払うなりしていた。その行動からして、恐らくこの魔物たちの目的は、この地から人間たちを排除することだろう。
それにしても私はてっきり、勇王国の跡地はもう魔王レティシアが支配しているだろうと思っていたのだが、この様子だとまだ、完全な支配は行われていないらしい。
魔王レティシアが勇王国を滅ぼしたと私に告げたのは、もはや一年も前のことである。魔王の強さを考えれば、とっくに支配されていてもおかしくはない。何故、まだこの地は魔王レティシアに支配されていないのだろう?
魔王レティシアが語っていた過去を考えると、この地に興味が無いということは無いはずだ。この地に住んでいた人間たちを滅ぼすことで、満足したのか? まあ、無くは無いだろう。ここは一度、人手に渡った土地だし、聞いた話では嫌な思い出も多いはずだ。それに魔王レティシアは、すでに新たな国を建国していた。ならば、取り戻して支配するのではなく、滅ぼすという復讐だけで満足したという可能性はある、のか? うーん。奪われたという日から年月もかなり過ぎているそうだし、理解は出来る。ただ、しっくりとは来ない。
もしくは、何らかの問題で、未だ支配に手こずっているとか。そちらの方がありえそうだ。
地脈から引き上げた情報によると魔王の支配とは、支配領域を広げることと同義である。魔王の支配領域は、真なる意味でその領域を支配するからだ。それを理解するためには、まずこの世界の理について触れなければならない。
私が地脈から得た情報によると、この世界には決まった季節というものが存在しないのだという。四季の移り変わりはもとより、その場所だからこそある地域の特徴というものが存在しない。それはその領域を支配する魔王によって、それらが大きく変わってくるからだ。
簡単に言えば、暑さを得意とする魔王ならば、その地は灼熱の世界へと変わっていき、寒さを得意とする魔王ならば、その地は極寒の世界へと変わっていくということ。
高位の魔物が広げる縄張りの特性に似ているが、変化量はその比では無いそうだ。魔王の広げる支配領域とは、通常は触れ得ぬ世界の理すら捻じ曲げるのだという。
では、それがどれほど魔王の有利に働くのか。これは、ガルセコルトの持っていた力を参考にしてみれば、分かりやすいだろう。ガルセコルトは魔王でこそ無かったが、夜にその力を増加させるという特性を持っていた。夜の闇が満ちる程に、ガルセコルトは周囲に満ちる夜の闇の魔力と同化して、その力は大幅に引き上げる。
魔王というのは、大抵がそういった力を持っているらしい。つまり、自身の支配領域にいる魔王というのは、常に夜の世界にガルセコルトがいるのと同じような優位を魔王へと齎すのだ。そしてその特性は、魔王の配下たちにもある程度、継承される。
黒牙の視界を借りて、この地を知覚している今の私には、ここが誰に支配されているのか、直接的に知る術はない。だが、それらの情報から推察するに、まだこの勇王国跡地が魔王レティシアの支配領域に組み込まれたとは思えなかった。もしも、この地が魔王レティシアの支配領域となっていたら、魔王レティシアの配下たちはもっと余裕で人間の騎士たちを退けていたと思う。そもそも、人間の騎士たちをああも容易く、この地に立ち入らせるようなことは無かったのではないか?
そう考えると、魔王レティシアがこの地の支配に手こずる理由というのが、少し思い浮かんできた。
私の支配領域には魔王の支配領域に附属するような力なぞ、何一つないけれど、支配領域という力の特性は何となく理解しつつある。支配領域というのは、基本的に自身を中心として円状に広げていくのが最も効率の良い広げ方なのだ。
では、魔王レティシアの支配領域の中心である拠点は、何処にあるのか? その正確な位置を私は未だ知らない。ただ、病魔の森からそれほど離れてはいない地点に存在しているということと、以前は人間たちがやってくる方角とは真逆の方角から、リザードマンの行商人たちがやって来ていたということは知っている。単純に考えれば、魔王レティシアの拠点であろう新生エルロンド王国は丁度、勇王国のある方角から病魔の森を挟んだ反対側にあるのではないか。
だとしたら、もしかすると魔王レティシアは途中にこの病魔の森があるせいで、支配領域をあの勇王国跡地まで広げられずにいるのかもしれない。私がすでにこの病魔の森全体へ支配領域を広げていたから。期せずして、魔王レティシアの邪魔をしていると考えたら、ちょっとこの状況は怖いな。
いや、しかし待てよ? これらは全て、私というダンジョンコアが支配領域を広げる際の法則だ。魔王の支配領域と根源となる力が同じとはいえ、細かい部分は変わっている可能性がある。というか、その可能性は高い。だって、そもそもの話として、肝心なところが違っているのだ。それは、あまりにも当たり前すぎて、忘れたいほど肝心なこと。
ダンジョンコアである私はこの場から動くことは出来ないが、魔王は普通に拠点を離れ、動き回ることが出来るのだ。
そこで問題となってくるのが、果たして支配領域の中心が動いた時、支配領域はどのように変化するのか、ということ。中心である魔王と共に支配領域も動くのか、それとも支配領域は動かないのか。もしくは支配した領域をそのままに動く魔王を追って支配領域が広がる可能性もあるだろう。
その如何によっては、病魔の森に広げた私の支配領域へ影響が出てくるかもしれない。ちょっと調べてみた方がいいな。という訳で、魔王が移動した場合の支配領域の遷移について、地脈で調べるよう少し優先度を上げて副思考の一つに投げておく。これで後ほど、答えが出るはずだ。
さて、話を勇王国跡地の現状に戻そう。
そんなこんなで、何かを探す人間の騎士たちと、そんな人間たちを排除したい魔物たちにより、この地では現在、あちこちでちょっとしたいざこざが発生し続けているようだ。
何とも物騒な状況である。
幸いなことに、今のところ病魔の森にまでその被害は届いていない。対立しているのはあくまで、この廃都にいる魔王レティシアの勢力と人間の騎士たちだ。しかし、人間の騎士たちの探し物がなんであるかによっては、いつその矛先がこちらに向くとも限らない。魔王レティシア側の事情はともかくとして、人間側の目的はまだいまいちはっきりとしていないのだから。
そう考えると、森の外への警戒は必要だろう。
今のところ、黒牙の視界から分かる勇王国跡地に関する情報はこれくらいだろうか。しかし、やはり遠方で起きている事象を現在進行形で知覚できるというのは非常にありがたいな。黒牙の視界をずっと確認していたことで、改めて思った。
現状、私は支配領域を病魔の森全体に広げているが、それを活かせるのは命令を行使する際のみだ。知覚に関しては、ダンジョン周辺を『魔力感知』や『気配察知』で探ることしか出来ていない。その為、病魔の森全体の情報は、病魔の森中に放っている魔鼠たちによる魔鼠情報網から得る情報に頼っている状況だ。魔鼠たちは数がいるから、病魔の森全体の情報を常に得ることは出来ているが、あくまで情報を集めているのはFランクの魔鼠であり、そこまで賢い存在ではない。当然、情報は大雑把なものになっていく。それに、情報の受け渡しの際には、魔鼠自身にダンジョンへやってきてもらい、報告してもらう必要がある。リレー形式で幾つかの地点にいる魔鼠を中継するという工夫を挟み、出来るだけ効率的に情報を伝えて貰ってはいるが、それでも移動速度がFランクの魔鼠の限界を超えることは無い。故にはっきり言って、かなり遅い。
いい加減、病魔の森の中だけでもいいので、誰かの報告を挟まず私自身で知覚できるようになりたい。それこそ、ダンジョンの中のように。
そう言えば、副思考の一つでそれを調べていたのだったか。私は黒牙の視界を確認する作業をまた、副思考の一つに任せ、主思考の意識をダンジョンへと戻す。
私は完全なダンジョンコアに覚醒してから、ダンジョンが持つ機能により、ダンジョン内であれば自由に知覚することできるようになった。ただ、この知覚が少しばかり特殊な感覚で、今まで得てきたスキルによる知覚とも大分違う感覚だ。強いてこの感覚を表現すると、前生でいうところの触覚に近かった。
私はダンジョン内に存在する全てに対して、常に触れることが出来る。そうして、その形状を把握しているのだ。だから、この知覚では色を認識することが出来ない。
まあ、厳密に言えば、本来は物理的に触れることの出来ないものでも認識できているので、触覚そのものとは言えないのだろうけれど。
多分、正確にこの感覚を言葉にするならば、空間を認識しているというのが正しいのだろう。多分。
さて、このダンジョンコアの知覚機能。機能外の力を使ってダンジョンの外へ支配領域を広げたことにより、少しではあるがダンジョンの外にも適応されている。ただ悲しいかな、ダンジョン内と全く同じようにはいっていない。ダンジョン内が直に触れている状況だとすれば、ダンジョン外は何か分厚い布越しにでも触れているような感覚で、ダンジョン内ほどはっきりと知覚することは出来ないのだ。
しかも、ダンジョンから離れると、そんな不確かな感覚すら知覚出来なくなってしまう。まあ元々、ダンジョン内を知覚する為の機能なので、仕方のない事なのだろうが、非常にヤキモキする。
だが、同時に僅かな希望も感じていた。この機能でダンジョン外を知覚出来ているのは、私が機能の予期せぬ方向へダンジョンを広げた不具合の様なものだ。しかし、私はそこにそうなった理由があると思っている。私の支配領域はその使い方の関係上、ダンジョンを広げているのに近い。それ故に、ダンジョンコアの機能が支配領域内をダンジョン内と認識しているのではないか。これは本来、同じダンジョン内でのみ発揮される命令という機能が、ダンジョン外の支配領域内でも発動できることからも推測できる。
ならば、もっと予期せぬ方向へ力を使い続ければ、その不具合が拡大して、ダンジョンの外の支配領域全体に知覚範囲を広げたり、知覚の精度を上げたりできるのではないか。今や私の支配領域は病魔の森全体を覆っている。つまり、この知覚機能を支配領域全体に広げることが出来れば、私は病魔の森全域を知覚できるようになるということだ。
もしもそれが、可能なのだとしたら、それは何とも夢のある話である。
と、思ったのが大体、一年前の事。
それからずっと、私は副思考の一つで知覚機能の改善方法を探していたのだが、そろそろ何かしらの成果が見つかっているかもしれない。それを確認するためにも、私は自身の記憶を確認してみることにしたのだ。
ところで副思考が行っている作業には、勿論のこと、私の意識の一部が使われている。つまり、本来は副思考が行った作業を全て、認識できているはずだろう。しかし、幾つかの作業について、私は結果を認識できていない事がある。これには、『並列思考』で多くの副思考を扱う上での弊害が関係していた。
意識の半分を副思考に割り振っているとはいえ、実質的に八つに分けている副思考の制御は無意識に委ねている部分が大きい。それ故に『並列思考』の扱いに慣れた今でも、私が同時に意識しておける副思考の数は、まだ二つまでが限界だ。それ以外は、『記憶』に情報を貯め込むことは出来ても、思い出すという工程を経なければ、その内容を直接認識することも出来ない。
私自身に関することだというのに、我ながらスキルのせいで随分と複雑なことになっている。まあ、スキルのおかげでここまで一度に出来ることが増えた訳でもあるので、そこへ文句を言うのは筋違いではあるのだが。
さて、それで肝心の進展は、……残念ながら、まだ無いようだ。
一応、ダンジョンコアの持つ知覚機能に関する情報は幾つか漁ってこれたようだが、それをダンジョンの外へ向けた場合の使い方となると、話が違ってくる。これだけの期間、探しても見つからないということは、もうちょっと別の方向性で探した方が良いかもしれない。
これもまた、副思考に任せた弊害だな。副思考に出来るのは、あくまで単純な作業だけ。その為、情報を探す方向性は前もって、主思考で決めておかなければならないし、方向性が間違っていた場合、無意味に空回りする思考を止めることが出来ない。
方向性としてぱっと思いつくのは、知覚機能の方を改善するか、それとも支配領域の方をダンジョン内にもっと近づけるか。どちらを選んだとしても、情報を集めるのにはまた時間が掛かりそうだ。




