116.廃都
あらすじ
私は仮説に基づき、DPで『土魔法』の行使を試みる。しかし、どうやってもそれは発動しなかった。
魔法の探求が一段落ついたあと、私は今までは『記憶』するだけに留めていた黒牙の旅路を改めて思い返すことにした。
私が副思考に送られてくる視覚情報の処理を任せた後も、黒牙は人の気配がない集落を巡り、着実に先へ先へと進んでいる。
そうして現在、主思考で確認する黒牙の視界には、今までと比べても一段と巨大な建造物が映っていた。
壁が何処までも続いている。
そう感じてしまう程に、その壁は広い範囲を囲んでいた。どうやら今回は、今まで通り過ぎてきた村や町とはけた違いの規模を誇る街のようだ。だが、今までと違うのは、それだけでは無い。
私が次に驚いたのはその壁の高さだ。Bランクへと進化を果たした今の黒牙が全力で跳び上がったとしても、あの壁の半分にさえ届かないだろう。私が今まで出会った中で、最も巨大な魔物であるジャイアントディアーの角ですら、あの壁よりも低い位置にある。
クリスタルホーンディアーが以前、ダンジョンを囲う為に生み出した壁も、それなりの高さがあったけれど、こちらの壁はあれの十倍以上はありそうだ。側面に階段を設置していたとしても、きっと上まで登るのは苦労することだろう。
壁の分厚さも尋常では無いし、表面の色合いや質感からして、ただの石壁という訳でもなさそうだ。恐らく何かしらの金属が混ざっている。その堅牢さは推して知るべしと言った所だろうか。まさに、鉄壁と呼ぶにふさわしい代物だった。
しかし、現状のこの壁は難攻不落などとは決して言えまい。何故なら、鉄壁の方々が断裂したり、崩れ落ちてしまい、もはやその役目を全く果たしていないから。
鉄壁の壁は尋常ならざる力で吹き飛ばされ、切り裂かれ、叩き潰されている。
それを見て私がまず想像したのは、DPブーストで後押しした黒牙の全力。もしくは闇夜を味方につけた魔狼ガルセコルトの圧倒的な力。しかし、私はすぐにそれらを否定した。
たとえどちらであっても、これ程の破壊は引き起こせまい。
私が知る限り、これ程の力を持つ存在はただ一つ。聞いていた情報と照らし合わせても、これを巻き起こした存在は、恐らく私が想像する者で間違いないだろう。
魔王レティシア。
未だ、その全力を知覚したことは無かったが、私には分かる。
この破壊こそが、魔王レティシアによって齎されたものなのだと。
そして、それこそが魔王レティシアの力の一端なのだと。
私がその光景に恐れ戦いている間にも、黒牙は壁に空いた穴の一つから街の中へと入っていく。今までは殆ど町へ立ち寄ることなく、真っすぐ道を辿ってきた黒牙だったが、今はその街の中こそ目的地だとでもいうように、慎重な足取りで街中へと歩を進めている。きっと、黒牙も察しているのだろう。ここが探していた場所なのだと。
街中も酷い有り様だった。破壊に次ぐ破壊で、殆どの場所が瓦礫に埋まっている。きっと、魔王レティシアは徹底的に暴れ尽くしたのだろう。その溢れ出る感情の赴くままに。この破壊され尽くした街の光景は、まるで魔王レティシアが抱いた怒りが、形になったかのようだ。
それでも僅かだが、辛うじて形を保っている区画はあった。偶然か、或いは奇跡的に破壊を免れた街の断片。まあ、破壊というのは完璧を目指すほどに、作業が増えていく。ここまで越えてきた村や町を見る限り、魔王レティシアの目的は建物の破壊よりも人間の殲滅にあるようだった。ならば、わざわざ全てを事細かに破壊し尽くすよりも、一つ一つ探して生き残った人間だけ片づけていく事を選んだのだろう。私がこの場所を知る上で、この魔王の選択は非常に有難かった。断片であっても、そこからはこの場所にあった街の風景が推測できる。
さて、そこから分かる街の文明レベルは、これまで通り過ぎてきた村や町と根本的な部分では同じだ。農村と都会という違いはあれど、その生活は前生でいうところの中世と呼ばれる時代に近い。とはいえ、完全に同じというわけでも無かった。
一部では魔術や魔道具といった技術が、生活の中に溶け込んでいる痕跡がある。もしかしたら前生の頃よりも便利な生活があったのかもしれない。まあ、残った瓦礫だけでは、それを確信するまでには至らないけれど。
ところで、先ほどから何故か時折、街に残る瓦礫から懐かしいものを感じる事がある。文明の端々に既視感を覚える部分があるのだ。それは前生の記憶にある光景を思い起こさせるような形状や色合い。具体的に、何が、と言えるほどのものでは無いけれど、ふとした時に何とはなしに思い浮かぶ前生の風景。この世界の文明のような前生の頃に見た異国の景色の中で、明確に私の故郷を匂わせる情景たち。その正体に、私は心当たりがあった。
勇王国を興した異世界から召喚されたという勇者の名はユウト、カツラギ。それは私が前生の頃に住んでいた国の住民たちの名と同じ響きだった。そこから考えて、勇者の生まれ故郷は、私と同じか、似たような国だったと思われる。つまり、この懐かしい感覚はきっと、この国を興したという勇者の痕跡なのだろう。勇者が広めたか、勇者の感覚を真似して、広がった文化の断片。私の心は、それに反応しているのだろう。
同郷だったかもしれない、元勇者にして神。前生の世界には、何一つ思い残すことは無いけれど、それでも心の片隅には微かな郷愁の想いがある。
鬱陶しいと思いつつも、私はそれを捨てられない。
何故ならそれもまた、私という存在を構成する一要素なのだから。
しかし、数百年も前に亡くなった勇者の痕跡がこれだけ色濃く残っているということは、ここがその勇者が拠点とした街、即ちが勇王国の王都であるという信憑性が増してきた。それにこれまで通り過ぎてきた村や町と比べて、この街には特に徹底的な破壊痕が残っているということもその可能性を後押ししている。
そう考えていたら、さらなる根拠が黒牙の視界に映った。街の奥に、私が想像していた西洋の王城らしき建物が見えたのだ。まあ、殆ど破壊されてしまっているけれど、残った瓦礫から考えて、恐らく間違いないだろう。黒牙はまず街の中を軽く見て回り、その後に王城があったと思しき場所へと向かった。
瓦礫だらけだが、元は巨大な建造物だったことが伺える。さぞや絢爛豪華な城だったことだろう。出来る事なら、綺麗だったころに見てみたかった気もするけれど、それは贅沢というものだな。人間は私の敵であり、ここはそんな敵地の真っただ中。
そんなつまらぬ好奇心で、命を無駄にしたくは無い。
そう言えば、崩壊した街並みを観察している中で、少し思い出したことがある。それを思い出す要因となったのは、廃都と呼ぶべきこの場所で、人の亡骸を一つも見なかったことだ。
以前の私であれば、その事に疑問を抱いたことだろう。しかし、今の私はもう、その答えを地脈から得ていた。
それはこの世界特有の特殊な自然現象によるものなのだという。この世界では、死した生物の亡骸は、一定時間放置されていると世界に吸収されて消える。
最初、私はその現象について気づいてもいなかった。しかしある時、明らかに配下たちとの意思疎通で齟齬が生じたため、詳しく調査してみた結果、そんな現象があるということを発見したのだ。
そこからこの消える現象について詳しく調べたところ、どうもこの現象は前生の世界でいうところの微生物に近しい役割を果たしていることが分かった。地脈の情報を信じるなら、驚くべきことにこの世界には、微生物と呼ばれるものが存在していないらしい。
それでもこの世界が、私の前生の世界と似たような形で回っていられるのは、こういった微生物の代わりを果たす現象や、ある特定の魔力が微生物に近い現象を担っているからのようだ。
まるで、最初から原型となる世界が存在していて、でもそれを完璧に真似るのは難しかったから世界の理の不完全な部分を、別の機能で埋めているかのような。
それは私が元の世界を基本として考えてしまっているからこそ生み出された歪んだ考えだろうか?
それを知った私はこの情報に更なる興味が湧いた為、その後も色々と調べてみたのだが、深い部分に行くとさすがに色々と難しすぎて、今は浅く理解するに留めた。
このようなファンタジーな世界であっても、専門的な話は一定以上を超えると、理解をしようとすることすら難しいらしい。
さて、王城跡を見て回った黒牙は、その後、また街の方へと向かったようだ。今は瓦礫の中を歩いている。暫くは辺りをうろうろと歩き回っていたのだが、先ほどから一直線に何処かへ向かっていることからして、何らかの気配でも感じ取ったのかもしれない。
そうして黒牙はある場所までやってきた所で立ち止まった。黒牙の視線が向かう先にあるのは、崩壊した地面に空いた穴だ。
何だろう。そこに何かいるのだろうか? こんな場所で味方なんて想像もつかないし、ここで出会う相手なんてほぼ確実に敵だろう。だが、それにしては黒牙に何の動きも無い。
その場所をじっと見つめていた黒牙は、暫くしてその穴の中に入っていった。
周囲の状況からして、恐らく真っ暗な穴の中なのだろうけれど、黒牙の視界は真昼と殆ど変わらない。さすがは『夜目』の上位スキルである『暗視』のスキルを持つ黒牙の視界だ。
穴の中はあちこちから流れ込む汚れた水が、何処かへと流れていっている。この光景からして、そこはどうやらこの街の下水道らしい。
それを理解した時、私の内で様々な情報が繋がり、ここがどのような場所なのか、理解した。
勇王国と冒険王国の関係。
魔鼠の大魔王が王国の中で発生したという話。
魔王レティシアの言っていた下水鼠という単語。
多分、ここは魔鼠の大魔王が生まれた場所だ。それを理解した瞬間、なんだかこの汚水塗れの空間が、何処か荘厳な場所のように思えてきた。
とはいっても、私にその時の記憶は無い。当たり前だ。たとえ、私の今生の肉体たるダンジョンコアが大魔王の魔石を核として生まれた存在だとしても、所詮私は大魔王の子供のようなものだ。大魔王と私の間にある繋がりは、その程度のものでしかない。
だからきっと、これは私自身に起因する感情なのだろう。




