プロローグ.勇王国の終焉
不滅のダンジョンマスター第四章、開始。
プロローグ、今回少し長めです。
前章までのあらすじ
ダンジョンに天敵たる魔鼠の姿を確認した勇王国は、それを殲滅すべく、騎士と冒険者の連合軍を結成し、森の木々を切り開きながらダンジョンへ進んでいく。
一方で私は森に住まう魔鹿や魔狼たちと渡りをつけ、人間に対抗する同盟を結成。
幾度かの激闘を繰り広げるが、その決着は勇王国王都の崩落という知らせを受けた勇王国側の撤退という形で幕を閉じる。
そうして束の間の平穏が訪れたかに思えたが、まだ戦いの傷も言えぬ間に、ダンジョンはまたも侵入者を迎えることとなった。
今度はたった一人。ただし、それは元人間の魔王レティシア。
魔王レティシアは私に外の世界の情報と、死の宣告を残して去っていく。
「
百年だ。百年の後に、我はまたここへとやってくる。
次はおまえを確実に壊すため。
だからその間、おまえは死に物狂いで力を蓄え続けるがよい。
我という終焉を退ける夢でも見ながらな
」
そうして、数日をかけて度重なる脅威の襲来により疲弊した心を癒した私は、百年後にやってくる魔王レティシアに対抗するための戦力を蓄えるべく、動き出し始めたのだった。
その日、魔王レティシアは長らく監視していた勇王国王都に異変が起こったことを知る。
かなり大規模な武装集団が、勇王国王都を発ったのだ。行き先は、今のところ不明。
だが、確認できたその内訳はかなり豪華だ。まずは勇王国の誇る主戦力の一つである第二騎士団。次に勇王国所属のエリート魔術師集団である魔導士団。それに加えて、勇王国の冒険者ギルドから高ランクの冒険者パーティーが何組か参加していることも確認できた。さらに、長い時間をかけて集めてきた勇王国の内部情報と照らし合わせれば、それが勇王国の保有する戦力の半数以上であることがわかる。
間違いなくそれは、魔王レティシアが長年待ち望んでいた千載一遇の好機だ。
同時に罠である可能性も十分にある。魔王レティシアが勇王国を滅ぼしたがっているように、勇王国もまた、最も近い魔の領域を支配する魔王である魔王レティシアを滅ぼしたがっているからだ。
だからと言って、悠長に確認している場合でも無いだろう。もしもこれが、本当に魔王レティシアにとっての好機だとしたら、これを逃すことは決してできない。なにせ、魔王レティシアはこの機会を三百年待ち続けてきたのだから。
動く準備は常に整っている。
「メルガノよ、ミム率いる影たちに彼の集団の行き先を探らせよ。それと、戦の準備だ。緊急で他の十二貴族たちに召集を掛けよ。いよいよだ、勇王国に攻め込むぞ」
魔王レティシアは側に仕える侍女へ、宣言する。
侍女メルガノは、魔王レティシアの言葉を受けると、丁寧な動作で静かに頭を下げた。
「はい、直ちに」
十二貴族。
それはレティシアと共に病魔の災厄を生き延び、共にあの地を追われた旧エルロンド王国の民たちだ。
その出自は侍女や兵士から、冒険者や教師、木こり、農家、果ては酒場の給仕まで様々。
しかしその誰もが、エルロンドを救おうと奮闘したレティシアを支持し、レティシアを追放した勇者に立ち向かった者たちである。
ある者はレティシアのように国を追われ、またある者は自らの足で国を出て、放浪の末にレティシアの元へとはせ参じた。そうして、彼らはレティシアの力により転化し、魔となって新生エルロンド王国の礎を築いたのだ。
最古参のレティシアの配下にして、レティシアに次ぐ実力を持つ新生エルロンド王国の始祖たち。
それが魔王レティシアの配下、十二貴族だ。
勇王国の保有する戦力の大部分が何処かへ派遣されたのは事実だった。しかし、それだけで勇王国の護りが完全に無くなったわけではない。
まだ、第一騎士団と魔導士団の一部に加えて、少数ではあるが王家直属の精鋭騎士である近衛騎士団が控えていた。戦力が減ったことによる危険は彼らも理解しているようで、いつも以上に厳重な警備を敷いているようだ。
さらに、勇王国王都には街を囲む巨大な外壁もある。この外壁がかなりの曲者だった。物理的な頑丈さもさることながら、守護神の加護がこの外壁を起点として、勇王国王都の上空まで包み込んでいるのだ。それを有効に使われれば、残った少ない戦力であっても強固な守りを形成できる。突破は困難となるだろう。
しかし、あとの戦いのことを考えると、そこで戦力を消費するわけにはいかない。その為には、誰かが内側から外壁を叩く必要がある。
どれだけ強固な外壁と言えど、その守りは外へ向けられたものだ。内側から攻撃することが出来るのであれば、外側から攻撃するよりは、容易に外壁を破壊することが出来るだろう。とはいえ、外壁が頑丈であることに変わりは無い。それを破壊するためには、相応の力が必要だ。
魔王レティシアには強力な配下である十二貴族がいる。しかし、如何な彼らと言えど、守護神のひざ元である勇王国王都でその力を十分に発揮することは難しい。
ならば、誰が外壁を内側から叩くのか?
勇王国王都、中心部。
魔王レティシアは今、黒いフードを目深に被り、気配と魔力を隠して、そこにいた。
その姿は一見すると、ただの少し怪し気な人間に見える。だからこそ、魔王レティシアの周囲を歩く人々は、そこに興味を抱くことは無い。しかし、ここにやってくるまでには、並々ならぬ犠牲があった。
新生エルロンド王国は魔の領域に存在する魔物たちの王国だ。故にそこへ住まう民の多くは、人間から転化した魔族と、亜人種の魔物たちで構成されている。しかし、その中にあっても、未だ人間として生を繋ぐ者たちがいた。
彼らは影の一族と呼ばれており、そこに属する者たちは例外なく、魔王レティシアに絶対の忠誠を誓っている。
そんな彼らの生業は、魔物たちでは手の出しづらい人間の領域での情報収集だ。特に勇王国内部の情報は最も重要視されており、一族の中でも特に優秀な者たちが密偵として派遣されていた。
魔王レティシアは現在に至るまで、百余年の長い時をかけて、深く勇王国の内部へ潜入させていた虎の子の密偵を使うことで、ここに立っているのだ。
かなり無理な行動をとってしまったので、もうあの密偵の正体が、勇王国側にばれてしまうのも時間の問題だろう。密偵がその正体を暴かれてしまえば、その先に待つのは悲惨な結果のみ。故に密偵の一族は、魔王レティシアを引き入れた直後から、勇王国の外へ退避させている。これでもう、勇王国に派遣した密偵はいない。
それほどの覚悟を持って、魔王レティシアはここに立っているのだ。
千載一遇のチャンスを掴むために。
今頃、勇王国の外では魔王レティシアの配下たちが予め伝えておいた配置につき、魔王レティシアの合図を待っているハズだ。
魔王レティシアは丁度良い位置を見つけると、そこで立ち止まり、己の魔力と気配を一気に解放した。
次の瞬間、夜の闇が世界に満ちる。
解放された魔王の魔力が、自身の周囲の環境を己が望むように塗り替えていく。
魔王レティシアが齎すのは、夜の世界。
周囲には夜の闇と冷たい空気が満ちていき、先ほどまで中天で輝いていた日差しは消え去り、代わりに月が真円を描く。時が飛んだかのように、勇王国王都を夜の闇が包み込む。
それと共に魔王レティシアは被っていたフードを剝ぎ取ると、『暗黒魔法』で闇を操り、外壁を内側から攻撃した。闇は無数の巨大な杭を形作り、外壁に内側から強大な穴を空けていく。その攻撃を合図に、外でも攻撃が始まったようだ。魔王レティシアの耳に、激しい戦闘音が響いてくる。もう暫くすれば、配下たちも戦いを突破して、外壁に空いた穴から勇王国王都の内部へ侵入してくるだろう。
それを確認した魔王レティシアは口元を綻ばせると、次に周囲へ無差別な破壊を振りまき始めた。
暴れまわる魔王レティシアの元には、強そうな気配を纏った者たちが集まってくる。
兵士や騎士、冒険者。勇王国に住まう者は問答無用に殺し回る魔王レティシアを何とか止めようと、大切な者たちを守るため、命を捨てて挑んでくる。
しかし、その誰も魔王レティシアには敵わない。正しく格が違うのだ。殆どの者たちが、何も出来ずに魔王レティシアの放つ闇の餌食となっていく。
勇王国に生きる全ての民が、魔王レティシアの敵だった。あの勇者を尊び、勇神を崇め、自分たちから奪った地で悠々と生きている。それだけで滅ぼすには十分な理由だった。だからこそ、魔王レティシアは誰一人見逃すつもりは無い。
そうこうしている間に、勇王国王都の他の地点でも破壊の音が鳴り響くようになってきた。どうやら魔王レティシアの配下たちは、順調に外壁を越えて王都内へ侵入していっているらしい。
戦いは魔王レティシアの意図した通り、順調に進んでいる。魔王レティシアはそれを確認すると、破壊の範囲をさらに広げながら、王宮を目指して歩き始めた。
そんな魔王レティシアの目指す先で、唐突に一際強力な光の柱が夜空に向かって立ち上る。そこから感じるのは、魔王レティシアの怨敵たる神の気配。
空を見上げた魔王レティシアの目に映ったのは、あの勇者の面影を残す、あの勇者の子孫にして、この国の国王の姿だった。ただし、そこから感じる力は全くの別物だ。
この地を支配する勇神の力。
その現象の事を、魔王レティシアは記憶から掘り起こす。
神降ろし。
それは守護神を宿す国の王族の身が行うことのできる秘儀だという。
レティシアが人間だった頃、それを実際に見る機会こそ無かったが、一つの国の王族として、噂程度にはそれについて聞いていた。
曰く、王族の身体を依代として、守護神を現世へと顕現させる力。
それ即ち、守護神を持つ国の切り札。
それが今、発動したのだ。
しかし、それは魔王レティシアにとって、予想通りの展開だった。むしろ、好都合とも言えた。なにせ、既に亡くなったはずのあの勇者を、自らの手で打ち倒せるのだから。
魔王レティシアは自らの背に蝙蝠のような漆黒の翼を生やすと、勇神を宿した勇王国国王と同じ目線にまで飛んだ。
「レティシア・アルドア・エルロンドか」
勇王国国王の口から魔王レティシアの名が発せられる。その声はまさに、魔王レティシアがこの日まで片時も忘れた事のない、あの憎き勇者の声そのものであった。
それを耳にした魔王レティシアの内に、怒りが際限なく膨れ上げる。
「ユウト・カツラギよ。今日こそは我が国を乗っ取った裏切りの代償、受けてもらうぞ。貴様に関わる全てを我が手で破壊してやる」
魔王レティシアの口から吐き出された言葉は、憎悪で黒く燃え盛っていた。
しかし、そんな魔王レティシアの言葉を受けた勇神ユウトはというと、レティシアの名を呼んだその時から変わらぬ悲し気な表情のまま。
魔王レティシアに向ける勇神ユウトの眼差しには、明らかな深い哀れみが含まれている。
「レティシア。なぜ君はいつも間違った生き方しかできないんだ。もうこんなことはやめよう。君が僕を裏切って、ユーフェを傷つけたことはもう許してあげるから。君は癇癪を収めるんだ。こんなことをしたって、大魔王に滅ぼされた君の国は戻らないんだよ?」
その言葉を聞いた瞬間、魔王レティシアの身に言いようのない程の怒りが燃え上がり、しかし次の瞬間には、全てが冷たく凍り付いていた。
「間違いだの、裏切るだの、許すだの。はっ。お前の言葉は最初から何もかもが的外れだ。価値が無い。そうであったな。お前には言葉を交わす価値すら無いのだ」
「――――、――――――。――――――。――――――、――――――」
骨の髄まで凍り付くような冷気を漂わせる魔王レティシアの言葉を聞いても尚、勇神ユウトは魔王レティシアに向けて、真剣な表情で悪事を諌める言葉と、追放されたレティシアを心配する言葉を連ねている。
しかし、もはや魔王レティシアに勇神ユウトの言葉を聞く気は微塵も無かった。そうなれば、全ての言葉はただの耳障りな雑音である。
元より、話が通じるはずがないのだと、魔王レティシアには分かっていた。それでもつい、憎悪が言葉となって口から漏れてしまったのだ。今の問答に似た何かは、それに勇神ユウトが反応しただけの事。
短い言葉の応酬には、ただそれだけの意味しかない。
魔王レティシアは無言のまま、『暗黒魔法』で闇の魔力を操り、勇神ユウトに向けて放った。槍を模った無数の闇が、勇神ユウトに向けて襲い掛かる。
しかし、勇神ユウトはそれを『閃光魔法』により生み出した光の魔力によって貫いていく。
それは、ある一つの事実を物語っていた。即ち、魔王レティシアの操る闇よりも、勇神ユウトの操る光の方が強い。
魔王レティシアの領域内ならいざ知らず、ここは勇神ユウトの領域内。如何に配下たちに守護神の加護を受けた騎士たちの足止めをさせることで戦いへの参加を防ごうと、如何に魔王の魔力を放ち、環境を魔王レティシアの有利な夜に変えようと、その不利は埋められない。
しかし、魔王レティシアにとって、そんなことは初めから分かり切っていたことだ。だからこそ、その為の対策も準備が出来ている。
魔王レティシアの周囲に六つの異なる属性の魔力が浮かぶ。
闇、火、水、風、土――そして、光。
一つ一つの魔力の質では劣っていても、総合力では負けていない。
さらに魔王レティシアは、愛用の細剣を抜き放つ。この日の為に、配下たちと共に磨いてきたスキルの数々。その全てで以て、勇神ユウトを討つ。
六つの魔法と共に斬りかかる魔王レティシアに対して、勇神ユウトは『閃光魔法』で光を剣の形に変え、切り結ぶ。
それを見た魔王レティシアは内心で密かに笑う。如何に教会から勇者の神と称えられようとも、やはり、聖剣は返却させられたのだ、と。
勇神ユウトの持つ光の魔力で編まれた剣の強さは、勇神ユウトの魔法の威力に比例する。それは魔法の威力で負けている魔王レティシアにとって、油断の出来ない事実だ。
しかし、それでも。
勇神ユウトがまだ、勇者であった頃に使っていたあの魔に絶大な威力を齎す聖剣と比べれば、まだまだ勝機はある。
はるか昔、寝物語に聞かされた勇者の持つ聖剣。勇者ユウトはその力をもってして、大魔王を打ち取ったのだ。魔王である今のレティシアよりも格上であった大魔王を。
神となったユウトの力は、勇者であった頃よりも遥かに強大だが、そこは魔王となったレティシアも同じことだ。
つまり、聖剣という魔への強力な切り札を持っていた頃の勇者と比べれば、神となり純粋な力こそ底上げされたけれど、代わりに聖剣を教会へと返却した今の勇神ユウトの方が、まだ魔王レティシアにとっては戦いやすい相手なのである。
魔王レティシアは全力で勇神ユウトの命を狙い続ける。その間も、勇神ユウトは魔王レティシアに向かって、何かを喚き続けていたが、もはや魔王レティシアは勇神ユウトの言葉に関心が無かった。それはもはや、雑音ですらない。
四方八方から襲い掛かる魔王レティシアの魔法に、戦いが進むごとに鋭さを増していく魔王レティシアの剣技に、勇神ユウトは次第に圧倒されていく。
そうしてついに、魔王レティシアの細剣が勇神ユウトの宿る勇王国国王の首を切り飛ばした。守護神が宿っていようとも、依代が人間であることに変わりは無い。首を飛ばされてしまえば、人間は死ぬ。勇王国国王の身体は、その場に浮遊する力を失って、首と共に王都へと落ちていった。
しかし、まだ終わった訳では無いようだ。これで、力を使う為の依代は殺した。だが、勇神の気配は依然、残っている。
神殺しの方法は、領域教会によって秘匿されていた。だが、守護神のいる国も、魔王によって滅ぼされているという歴史がある以上、その方法は確実にあるはずなのだ。
神降ろしと呼ばれる力は、切り札と呼ばれるだけあって、発動にかなり厳しい条件があるらしい。それ故に守護神のいる国の王は、その条件を満たすことが何よりも重視されるという。
なんにせよ、神降ろしは気軽に発動出来るような力で無い事は確かだ。けれど、王族が残っていれば、再度、発動される可能性はある。その前に、この国の守護神たる勇神ユウトを確実に殺す。
魔王レティシアは決意を新たにして、勇王国国王の身体から離れていく力の気配を追って、王宮の奥へと進んだ。
王宮内で生き残りを屠りながら進んでいた魔王レティシアは、その道中で思わぬ者と出会い、ある情報を得た。その為、魔王レティシアは幾分かウキウキとした気分で王宮内を進み、ついに隠し通路の先で厳重に隠された小部屋を発見する。
慎重に入っていったその先で魔王レティシアを待っていたのは、部屋の中央に浮かぶ巨大なクリスタルだった。それは何処か、ダンジョンコアを思わせる形だったが、そこから放たれているのは紛うことなき勇神の力だ。魔王レティシアは何となくそれがダンジョンコアとは別物であることを感じ取った。
魔王レティシアは即座にそのクリスタルへ『鑑定』のスキルを発動させる。その瞬間、魔王レティシアの脳裏に様々な情報が流れていった。
葛城勇人、勇神ユウト。
聖霊族人造核系魔王種、偽神。
「ふっ、ふははっ。なるほど、これが神の正体か。とすると、神を生み出すという聖女神というのも……」
膨大な情報が魔王レティシアの思考を満たす。魔王レティシアはその情報を見極めるべく、思考の海へと沈んでいった。
されど、魔王レティシアには恒常的に思考速度を上げる『高速思考』と瞬間的に思考速度を上げる『加速思考』のスキルがある。それ故に、それが行われたのは現実世界にとって一瞬の事でしかない。
「さーて、一先ずはこれで、長かった復讐の一つは終いだ」
顔を上げた魔王は皮肉気な笑みを浮かべると、神の核をその細剣で貫いた。




