幕間.孤高の炎剣イグニス3
故郷である辺境都市の近くの山に竜が現れた。
そんな一報がイグニスたちのパーティーに入ったのは、彼らが丁度、Bランクに至った頃のことだ。
当時、イグニスたちは周りの同世代と比べて昇格ペースが速く、期待の若者たちとして周囲で有名になり始めていた頃。ノリに乗っていたイグニスたちは、故郷の窮地を聞きつけて、急ぎ帰郷を果たす。
そうして懐かしい故郷の冒険者ギルドで、再会の挨拶もそこそこに語られたのは、想像以上に苦しい辺境都市の現実だった。
魔導王国スカラビアは、剣と魔術の王国だ。その精鋭たる騎士団の力さえあれば、竜の討伐とて不可能ではない。もちろん、相応の損害は出るだろうが、可能性は十分にあった。
実際、そう考えた領主は竜の姿が確認された時点で、その討伐要請は王家に送っている。しかし、その返事は決して芳しいものでは無かった。
竜による直接的な被害は未だ軽微。
ならば、下手に騎士団を派遣して、竜を刺激するよりも暫く静観して様子を見るべし。
ただし、討伐が可能と判断した場合は、各自で対処することも認める。
返送された手紙の中身を要約すれば、そのような文言。
即ち、辺境の街一つを救うために騎士団の派遣は出来ない、と。
魔導王国は竜を放置して出る辺境の街一つの被害と、竜を討伐しようとして騎士団に出る損害を天秤にかけ、辺境の街一つの被害を取ったのだ。
魔導王国も竜を討伐したくないわけではないが、騎士団にどれだけの被害が出るかわからない状況で、虎の子の騎士団は派遣できない。
最後の一文は、そんな魔導王国の内情を的確に言い表していた。
イグニスのパーティーメンバーは、皆がこの辺境都市やその周辺の村の出身者で構成されている。中には竜の住処となった山の近くにある村の出身者もいた。
それに竜を討伐することで得られる名声と富が加われば、イグニスたちが竜を討伐する理由には十分であり、おまけにBランクへと至ったイグニスたちには竜を討伐するだけの力もある。
そんな彼らが竜の討伐に名乗りを上げたことは、もはや必然だったと言えるだろう。
そうしてイグニスたちは街で準備を整えると、竜の住まう山に向かい出発したのだった。
閑話休題。
勇王国の王都へ、唐突に夜がやってきた。つい先ほどまでは、中天に差し掛かっていた真昼の太陽が燦々と輝きを放っていたというのに。
気が付けば、世界は夜の闇に支配されていた。
王宮内の一角で寛いでいたイグニスは、その異変を感じる取るとすぐさま武具を身につけ、周囲への警戒を全開にする。
それは、あまりにも異質な感覚だった。
視界が闇に包まれたとか、太陽がただ隠されているというだけではない。窓辺からは先ほどまであった太陽光の代わりに、月の穏やかな光が差し込んでおり、辺りには明らかに夜の冷たい空気が満ちている。
そうして、イグニスは気が付く。城下町に暗く膨大な魔力が渦巻いていることに。
それと共に、争いの音が遠方から風に乗って響いてくる。それらが示すことはただ一つ。
勇王国の王都が今、何者かによって攻撃されている。
勇王国は魔の領域と接する人間世界の最前線の一つだ。それ故に、防衛設備もかなりしっかりと整っている。実際、勇王国王都を囲む外壁は、どの都市の外壁よりも高く頑強だ。
だというのに、戦いの気配は既に外壁の内部にある。
一体、何が起こっているというのか?
どんなものが、この勇王国を襲っているのか?
イグニスの居る王宮は、この国の最精鋭たる近衛騎士たちによる厳重に守られているが、事がここまで及んでしまえば、ここだって盲目的に安全だと信じられるわけではない。
イグニスは自身の持ち物を整えると、自身に与えられた部屋を抜け出した。勇王国王都で現状、何が起きているのかを探るべく。
王宮内はまさに、魔蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
文官、武官を問わず、多くの人たちがあちこちで走り回っている。
イグニスはそんな中から見知った顔の文官を一人捕まえると、外で一体何が起こっているのかを尋ねた。その文官は現状を把握している訳では無かったが、同じようなことを幾度か繰り返すうちに、イグニスは何とか勇王国を攻める者たちの名を知る。
黄昏の魔王レティシア。
それは人間の領域から最も近い魔の領域に住まい、長年に渡って勇王国と敵対する危険な魔王の名だった。勇王国は現在、そんな魔王とその配下たちに攻撃されているのだ。
しかも、勇王国は先日、戦力の大部分をあの病魔の森のダンジョンへ向かわせてしまったため、戦力が不足している状態だという。恐らく今回、魔王はその隙をついたのだ。
それでも一応、最低限の戦力は残していたそうだが、夜を伴い唐突に街中へ現れた魔王は、あっという間に街を破壊し、後からやってきた魔王の配下たちまで加わり、王都は大混乱となっているらしい。
勇王国が魔鼠という存在を忌み嫌っていることは知っていたイグニスだったが、まさかあの情報だけでそこまでの戦力を差し向けるとまでは思わなかった。
その状況に思わず呆れてしまうイグニスだったが、ただ文句を言っていられるような状況でもない。話が確かならば、魔王とその配下が勇王国を攻め滅ぼそうと襲ってきているのだ。
今はまだ、街中で戦っているようだが、その戦場がいつ王宮に至っても不思議ではない。
イグニスはそれを聞いて、これからどうすべきか迷う。
まず前提として、勇王国の為に魔王と戦うという選択肢は無い。イグニスはあくまで冒険者であり、しかも他国出身者。名声を求める気も無いため、魔王討伐の栄誉にも興味はない。その為、勇王国の為に死地へ踏み込む気などさらさら無かった。
だから問題は、どうやってこの場から逃げ出すのかということ。
正面から逃げ出せば、まず間違いなく魔王と勇王国の戦いに巻き込まれる。かといって、裏から逃げるにしても、イグニスはこの王宮に詳しくない。その為、別の逃げ道など知りはしないのだ。
動くためにはまだ、情報が足りない。
仕方なくイグニスは、その場に身を潜め、暫く戦況を見守ることにした。




