幕間.孤高の炎剣イグニス1
全六話の番外編です。
第三章で名前は出てきたけど、当人は全く出てこなかったあの人のお話。
Aランク冒険者、孤高の炎剣イグニス。
得意とするのは、剣術と火属性の魔術。
剣術と魔術を併用して戦う戦い方は、彼の故郷である魔導王国スカラビアでは一般的な戦法だ。
孤高の炎剣という二つ名が示す通り、イグニスはAランクという高ランクの冒険者でありながら、特定のパーティーを組まず、また火竜の長剣という高ランクの魔物である火竜の身体を素材として作らえた炎の魔力を宿す魔剣を武器として扱う。
しかし、イグニスは最初から一人だった訳ではない。以前は、仲間たちとパーティーを組む一般的な冒険者であった。
だが、ある依頼によりパーティーの仲間たちを失ったことで、特定のパーティーに所属しない冒険者として生きるようになる。
その依頼とは、火竜の討伐。
そう、それはイグニスが所有する装備類に使われている素材の元となった存在だ。
それはAランク冒険者、孤高の炎剣イグニスの始まりであり、同時に仲間たちと共に高ランク冒険者を目指す青年、イグニスの終わりでもあった。
閑話休題。
病魔の森にて、新しく発見されたダンジョンでスタンピートの兆候が発見された為、その真偽を探ってきてほしい。
それが勇王国王都冒険者ギルドから、Aランク冒険者イグニスに向けて発行された指名依頼の内容だった。
冒険者ギルドが選定したそのダンジョンの難易度はEランクの初心者ダンジョン。たとえ、スタンピートが起きていたとしても、Aランクの冒険者であるイグニスならば、問題無く対処できるはずだった。
実際、病魔の森のダンジョンの探索を始めた当初は、順調に進んでいた。少し気になることと言えば、ダンジョンにスタンピートの気配が無かったことくらいだろうか。ダンジョンの魔力脈が少し傷付いているように感じられたが、それもはっきりとした証拠には程遠い。
果たして、スタンピートは起こったのか、それとも現在進行形で起こっているのか。イグニスはより確かな証拠を求めて、さらなるダンジョンの奥深くへと向かう。
そうして探索を続けるうちに、イグニスはダンジョンの意思が自分に向けられていることを感じ始めていた。通常のダンジョンであれば、探索も後半に差し掛かる頃にようやく感じるダンジョンからの拒絶。
人が立ち入れぬ呪われた地にあったダンジョンということで、冒険者ギルドはこのダンジョンをかなり深い階層のダンジョンだと思っているようだったが、実は案外、最下層は近いのかもしれない。
そこに思い至りながらも、イグニスは探索を止めなかった。イグニスは様々なダンジョンに幾度も潜っているし、一つのダンジョンを制覇し、ダンジョンコアの破壊まで成功している。それらのダンジョンと比べれば、このダンジョンは確かに難易度が低い。冒険者ギルドが定めたこのダンジョンの難易度通りに。
それにイグニスには、いざとなれば切り札もある。
そうして、第四階層に到達した時、イグニスにダンジョンから明確な殺意が放たれた。
始めにイグニスを襲ったのは、ゴブリンの群れ。Dランクの魔物に見えたが、感じる力はそれ以上。しかも、上等な装備で武装している。それはイグニスにとっても、確かな脅威だった。
通常、Aランクの冒険者たちにとって、Cランク相当の魔物はそこまでの脅威ではない。それがたとえ群れで襲ってきたとしても、余裕で返り討ちに出来る。それが、Aランク冒険者という者が持つ強さだ。
イグニスもAランクの冒険者の一人ではある。しかも、個としての強さは同じAランク冒険者たちの中でも上位に当たるだろう。だが、それはあくまで個としての強さの話。
冒険者が依頼に赴く際は、パーティーで当たるのが基本。実際のAランク冒険者の強さとは、パーティーでの戦いを加味した強さなのだ。では、単独であるイグニスは、Aランク冒険者パーティー程の実力を発揮できるのか?
答えは、否。
故にイグニスは魔物の群れに対して、自身の切り札であるフレイムバーストを使った。
フレイムバーストという魔術は元来、一般的に知られる中級魔術の一つである。しかし、イグニスが使ったものは、それらとは一線を画す。
魔術とは詠唱により形作った魔法陣へ、自身の内在魔力を流し込むことで、魔法陣に刻まれた属性変化から始まり、現象の発現に繋がる一連の術式を発動させる技能である。
しかし、イグニスはそこへ、魔法によって生み出した属性魔力を組みこむ為の改造を行い、より魔法陣を効率化することに成功した。
本来、魔法陣で行う筈の過程である魔力の属性変換を抜くことで、その余剰分へ魔術の強化を仕込んだのだ。また、この仕組みはイグニスが想像した以上の効力も発揮した。自身が魔法で生み出した火の属性魔力を魔法陣に流し込んだ結果、魔法陣により属性を変化させた魔力を使うよりも、その威力が明らかに上がったのだ。
さらにそこへ、火竜の長剣による火属性魔力の増幅を行うことで、イグニスはフレイムバーストを切り札と呼ぶにふさわしい、強力な魔術へと昇華させた。その威力はダンジョンの外で使えば、周囲を暫くの間、火の海で呑み込むほどの威力を擁する。
実際、その一撃はイグニスを狙って、襲い掛かってきた魔物の群れの大半を焼き尽くした。
しかし、問題は立て続けに起こる。
それは、途中から現れた魔狼――の、影に隠れていた一匹の魔鼠。
イグニスの首を狙い死角から襲い掛かってきた魔鼠の攻撃に、咄嗟の機転で片腕を差し込めたことは、イグニスにとっても奇跡であった。
もう一度、同じことをやれと言われても、恐らく二度と出来ないだろう。
そうしてその魔物を目にした瞬間、イグニスは昔、己の仲間たちを屠った魔物の事を思い出した。大きさだけで言えば、比べるべくもない。しかし、そこから感じる強さは、確かにあの火竜から感じたものと同等。
さらに片腕まで奪われた今、自分にはどう頑張っても、勝ち目はない。
そう感じたイグニスは、自身の内在魔力の殆どを消費する奥の手、イラ・ドラゴニスを放ち、その場から全力で逃げ出した。
これは明らかな異常事態だ。
依頼の報告としては十分すぎる程の収穫である。
そのまま命からがらダンジョンから脱出を果たしたイグニスは、なんとか病魔の森から抜け出すと、近隣の村で体力を回復させた後、馬車を乗り継いで、急ぎ勇王国の王都に向かう。
そうして、勇王国王都に到着したイグニスは、そのままの足で冒険者ギルドへと向かい、依頼者の一人であるギルドマスターへと報告を行った。
今回の依頼は結局、後にかなり大規模な事態に発展したようだが、報告が終わってしまえば、もはやそれはイグニスとは関係のない事だ。
イグニスはかなり色の付けられた依頼の報酬を受け取った後、勇王国王都にある宿の一室に引きこもり、片腕の治療に専念し始めた。
イグニスがあるダンジョンのコアを破壊したことで得たユニークスキル『再生』。
このスキルはイグニス自身の魔力を消費して、自らの肉体を回復させることが出来る。
このスキルのすごい所は魔力さえあれば、失った肉体さえも文字通り再生させることが出来るという点だ。
ただし、『再生』のスキルには欠点も存在する。
傷の具合によって、再生に消費する魔力が加速度的に増えていくのだ。片腕を完全に再生させるとなれば、かなりの魔力が必要となるだろう。少なくとも人間であるイグニスにとっては。
その為、完全に再生させるためには、かなりの時間が掛かる。しかも、『再生』を使い続けている間、イグニスは魔力の使用が制限され、満足に動くことは出来ない。
それでも、他の人間からすれば、それは破格の能力だ。通常、『神聖魔法』やポーションで、肉体の欠損を治療するのはかなり難しい。それこそ、複数の高位神官で儀式を行うか、殆ど世に出回ることのない伝説級のポーションを使う必要がある。
当然、Aランクとはいえ、一介の冒険者であるイグニスにそんな伝手は無い。
『再生』のスキルが無ければ、片腕は諦めることになっていただろう。
イグニスがこれまで『再生』のスキルを使ってきた経験から考えて、片腕全ての再生に掛かる期間はおよそ一ヶ月ほど。その間、イグニスは『再生』のスキルを使うのに、集中し続けなければならない。その間は殆ど何もすることは出来なくなるだろう。当然、冒険者として依頼を受ける事など、出来るはずもない。つまり、無収入となる。
とはいえ、イグニスは腐ってもAランクの冒険者。しかも、それほど浪費する性格ではない。その為、それなりの蓄えがある。それに、今回の依頼で得た報酬も加えれば、暫く働かずとも、十分に生きていくことは出来るだろう。
そんなわけでイグニスは、勇王国の王都内でもそれなりの高級宿を取り、久方ぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた、のだが……。
そんなイグニスの休日は、宿の扉をノックする不吉な音と共にあっさりと終わりを迎えることになった。




