95.勇者の剣
あらすじ
領域教会は魔物を嫌い、ダンジョンの破壊を推奨している。
そのせいで、ダンジョンを管理する冒険者ギルドとは、ずっと微妙な関係が続いているという。
ダンジョンは破壊するべきという領域教会と、ダンジョンで稼ごうとする冒険者たち。
ならば、私が気を付けるべきは、領域教会の方だろう。
私は魔王レティシアに領域教会の事をさらに聞いた。
すると、たまたま領域教会を語る話の中に、勇者の話題が出てきたことで、私は過去に見習い勇者が残していったある一本の剣の事を思い出す。
私の本能が吸収を拒絶した、勇者の持ち込んだ剣のことを。
――何か、分かりましたか?
調べていた剣を慎重な手つきで元の場所へと戻した魔王レティシアに、私は恐る恐る尋ねた。
「おまえの話からしても、勇神へと授けられた聖剣で間違いないだろうな。通常であれば、聖剣は授けられた勇者が事を成した後、領域教会が回収するらしいが、何らかの事情で返却されぬまま、勇王国が管理していたのだろう。それを次代の勇者候補が現れたことで、そのまま使わせていたといった所か。随分と不思議な因果だ」
「我もこれに関しては、殆ど話せるような情報は持っておらん。曰く、領域教会が勇者に授ける聖剣は、古の人の世の理により動いており、この世の如何なるスキルを以てしても、その真価を見抜くことは出来ぬとか。まさか、鍛え上げた我の『鑑定』を以てしても見抜けぬとはな」
レティシアはこう言っているが、私としてはレティシアが話した情報だけでも、かなりの収穫に思える。特に、領域教会が回収している聖剣、という所とか。
つい先ほど、領域教会という場所の厄介さを教えられた私としては、領域教会と繋がるような代物は是が非でも手放したいところだ。
「寝物語に語られる程度の情報で良ければ。その聖剣は神聖なる光を宿しており、魔物に対して絶大な威力を誇ると言われていた。使用後は領域教会が回収している事からしても、かなり貴重な品であろう事が伺える。ふふふっ、これを回収できぬことで、領域教会は確実にその戦力を減らしたことだろう」
だからと言って今更、人間側へ大人しく返す気も起きない。
レティシアに頼んだら、持っていってくれるだろうか?
「ダンジョンの最深部というおまえが用意できる最も安全な場所に放置した対処は、間違っていなかったと思うぞ。まあ我であれば、そのような怪しげな代物を自身の弱点ともいえる場所の近くに置こうとは思わぬがな」
さすがにもう私の思考が先読みされている事については不思議に思わないが、褒められつつも、貶されて、最後は私が言葉に出すよりも先に断られた。
大分、酷い。にしても。
――貴方でも、恐ろしいのですか?
「ああ、恐ろしいぞ。領域教会の聖剣がどのような起源を持つものかは分からぬが、我でも理解出来ぬ力が働いているということだけは分かる。それこそ、この世とは違う理で動いているかのような」
「そのような力は、利用しようという考えさえ浮かばぬよ。それは我を破滅へと導きかねん。まあそもそも、既に人間から魔物へと転化した我が、魔物の天敵ともいえるそれを使えるとも思えぬがな」
「今まで何ともなかったのであれば、そのまま放置しておくのが良かろうよ」
レティシアが発する言葉の端々から、触らぬ神に祟り無し、といったイメージが浮かんでくる。口にこそ出してはいないが、レティシアはこの聖剣から何かを感じ取ったようだ。
私が感じたのと同じような、次元の違う圧倒的な存在の片鱗を。
それが領域教会の総主神である聖女神リクシルなのか、それともそれ以外の何かなのかは分からないが、レティシアの考えには私も賛成だ。
私だって百害あって一利も無いこの剣を無理やりに使おうとして、わざわざ寝た子を起こす気は無い。
結局私は一先ずレティシアの言う通りに、聖剣をこのまま戦利品の山の底へ放置し続けることにした。
聖剣の話が一段落したところで、次の話へと移ろう。
――そう言えば、度々話に出てきましたが、人間の領域や魔の領域というのは、具体的にどういった違いがあるのでしょう。私はこの森の一部しか知覚することができないので、その辺りの感覚がいまいちわからないのですが
「人間の領域と魔の領域か。それは人間たちが名付けた呼び名だ。それ故に、その差は人間たちの尺度によるものとなる。即ち、人間が住まう土地か、住めぬ土地かだ。人間たちが魔の領域と呼び表す場所は人間たちが住まう地と比べればかなり広大で、様々な環境がある。中には人間たちでは住めぬような土地も少なくない。その大部分は、魔王の支配する領域や、高位の魔物の縄張りとなっておる。まあ、一部には特殊過ぎる土地で魔物でも住もうとせぬ領域もあるがな。魔王の支配する領域では、魔王の力により魔物が他よりも強化されているから、魔の領域は人間たちにとってはかなり危険な領域とされている訳だ」
「ちなみに、我が治める王国もここに近い魔の領域にある。我が国ながら、なかなかによいとこだぞ。そこに住まう民たちも、魔物にしては穏やかな気質の者が多いしな。おまえに見せられぬのが残念だ」
それを聞いて、私はあることを思い出した。
それは以前、配下であったゴブ太が中心となってダンジョンの前に作ったゴブリンたちの村でのことだ。そこでは森の外を旅する魔物と交流をしていたことがあった。その時、村にやってきた魔物の危険度を探るために、ダンジョンの中へ迎え入れてステータスを確認していたのだが、その中に気になる称号があったのだ。
それは、【新生エルロンド王国の民】という称号である。
つい先ほどまで、色々と衝撃的なことが多すぎて思い出す暇もなかったが、落ち着いてきた今、レティシアが治める王国という言葉を聞いてようやく記憶と繋がった。
あの当時は色々とこの世界の情報が足りず、違う種族の魔物同士で普通に話せていたことを特に不思議には思わなかったけれど、今になって考えてみるとあれは恐らく、レティシアが魔王の力で臣下に授けた『伝心』と似た力、心言葉とやらのお蔭だったのだろう。
まあその割に、レティシアの名は称号に記されていなかったけれど。
――恐らくですが、私は貴方の民であろう魔物を知覚したことがあります。以前、ダンジョンの手前にゴブリンたちの村があった時、行商に来ていたのですが。確かそのような話をしていました
「森の中のゴブリンの村? そう言えば、そのような場所で小さな交流があると何時だったか報告されていたな。そうか、あれはここのことであったか」
――ひっそりと暮らしていたその村も突然やってきた聖剣を携えた勇者たちによって滅ぼされてしまいました
「そうであったか。あれはその時の剣なのだな。よく無事であったことだ」
――はい。あの時は遥か昔、ここで勇者に討たれたという大魔王の残滓が私を助けてくれまして。九死に一生を得ました
「ほう、それはそれは。幸運なことだ。して、その大魔王の残滓はまだこの地を彷徨っているのか?」
――いえ。その時に力を使いすぎたことで、この地を守る魔力が消え、残滓も消えてしまいました
「そうか…………」
そう短く応えると、レティシアは黙り込んでしまう。そうして暫く何かを考え込んでいたティシアは、唐突に笑顔を浮かべた。
「ああ、そうだ。我が国の話が出たついでに、我の過去の話も聞いてくれるか?」
――過去? それは、真なる神と出会った時の?
「いいや、それよりもさらに過去の話。私がまだ心穏やかに暮らしていた頃の話だ。少し、長い話になってしまうが」
レティシアの話を聞きながら何となく思っていたことだけど、レティシアの話からは話し好きのお年寄りのような雰囲気を感じる。
年齢を考えれば間違いではないのだろうけれど、実は寂しかったりするのだろうか?
何にしてもここまで色々と有難い情報を提供してくれたのだ。
少しくらい長い話であっても、ここで断る理由はない。
それに、私としてもこの強大な力を持つレティシアの過去には幾分か興味がある。
この世界で当たり前に暮らしている人間の日常を知るにも良い機会だ。
――どうぞ、話してください。私には聞くことしかできませんが
「それでよい」
そう応えると、レティシアはその過去について語りだした。
「我が故郷の名は冒険王国エルロンド。かつては魔の領域に接する玄関口の一つとして多くの冒険者たちが行き交う偉大な国であった。我はその王家に生まれし、第二王女」
「遅ればせながら名乗らせて頂こう。我が名はレティシア・アルドア・エルロンド。今は亡き冒険王国王家の唯一の生き残りにして、正当なる後継者だ」
「我が祖国、冒険王国エルロンドを築き上げたのは、冒険王と称えられる初代エルロンド。冒険王エルロンドはその昔、魔の領域にて魔王を討伐し、その魔王の支配していた領域に新たなる王国を築き上げたそうだ」
「我が国は守護神こそ存在しなかったが、魔の領域に挑む屈強な冒険者たちを多く在中させることで、魔王や他国からの侵略を常に打ち砕いてきた。勿論のこと、我が国にも国を守ることを専門に組織された騎士団や魔術士団が存在していたが、やはり主力は現役の冒険者たちや、元冒険者たちだ」
「だが、我が国はただ高ランク冒険者たちの恩恵に与ってばかりという訳ではない。我が国は若い冒険者たちの育成にも熱心でな。冒険者たちへ向けた様々な政策を行うことにより、我が国で育った若手の冒険者から数多くの英雄を輩出してきたのだ。冒険者を目指す若者が夢を抱いて我が国へと集まり、我が国で鍛え上げた力により魔の領域へと挑み、富と名声を築き上げる。そんな冒険者たちが、我が国の誇りであった」
「人のみで強大な力を持つ魔物と戦い続ける冒険者たちを、我はずっと尊敬しておったよ。その思いは今も、変わらぬまま。だが、その頃の我は、それがどれだけ難しい事だったのか、本当の所は理解できていなかった。冒険王の子孫とはいえ、我自身は安全な王宮で暮らす一介の姫君だったからな」
「ただ漠然と、尊敬をしていたのだ。冒険王国エルロンドの王族として生まれた以上は、我も我が国の冒険者たちに誇ってもらえるよう、立派に王女としての役目を果たして見せよう、と。今思えばあの頃の我は、本当に何も知らぬ小娘であった」
「それでも、祖国を思う気持ちだけは、本物だったのだ」
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