93.なぜなにまおうさま
あらすじ
理性的な話し合いの出来る相手に巡り合えた私は、思い切ってダンジョンコアへと転生した顛末を語ってみることにした。
すると、魔王レティシアもまた似たような過去を持つことを知る。
同じような境遇で神に救われていたのだ。
さらに私はレティシアから、勇王国の顛末を聞いた。
勇王国は私に軍勢を差し向けたことでその防衛が疎かになり、その隙をついたレティシアに滅ぼされてしまったそうだ。
重大な懸念事項が一つ消えた私に対して、レティシアがこの世界の事を教えてくれるという。
私は現状で一番気になっている人間たちの情報を得るべく、レティシアとの対話を進めるのだった。
「さあ、何が知りたい? 我に答えられることであれば、答えてやろう」
そう尋ねてくる魔王レティシアを前にして、私は『加速思考』と『並列思考』を全力で使い、『記憶』を掘り起こしていた。
ダンジョンコアとしてこの世界に生まれてから今に至るまで、気になっていたことは色々とある。けれど、今の私には地脈という情報を得る手段があった。時間をかけてコツコツと調べていけば、いずれは地脈からこの世界に関する様々な情報を得ることが出来るだろう。
しかし、そんな便利な情報の入手経路である地脈であっても、何故か人間たちに関する情報だけは得るのが異常に難しい。
ならばこそ、今の私がレティシアへ何よりも先に聞いておくべき事は、人間たちに関する情報だろう。
特にレティシアは元人間ということだから、人間視点からの知識も聞くことが出来るはず。
まあ、それに関してはだいぶ昔のことのようだから、そこから得られる人間の知識も相応に古い知識となるだろうが、手探り状態の私からすれば十分に貴重な情報と言える。
とはいえ、まず第一に聞くべきは直近でレティシアがしてきた事の確認からだ。
――まず聞きたいのは、勇王国のことです。彼らは私を非常に敵視していました。だからこそ、しっかりと聞いておきたいのです。勇王国は、完全に滅びたのでしょうか?
それを聞いてレティシアは、口元に笑みを浮かべた。
「ふふふっ。勇王国ならば、確かに滅ぼしたぞ。国を守護していた勇神を滅ぼした時点で、もはやあの国に未来など無かっただろうが、その上で我が破壊の限りを尽くしてやった。それでもまだ生き残りくらいはいるだろうが、もはや国をもう一度形作ることは出来まい。少なくとも、おまえが懸念しているように、ここへ攻め込んでくる余裕などあるまいよ」
レティシア自身の口からはっきりと告げられたことで、ようやく私は己の内に宿っていた恐怖と戦意が解けていくのを感じられた。
滅ぼした本人が言うのだ、これは信じても良いだろう。
それを信じる根拠は、レティシアが持つ強さだけで十分だ。
このレティシアが、今更私に嘘をつく理由もあるまいし。
強いて言えば、自身の手で滅ぼせなかったことが少し心残りとなっているが、それはただの感傷だろう。
今は配慮などする必要のない感情だ。
こうして私と勇王国との諍いは、私とは全く関係のない所で終わりを迎えたのだった。
一安心出来た私は、そのまま話の流れで気になったことを尋ねてみる。
――次は神という存在について聞きたいです。勇神は元々、異世界から召喚された人間の勇者だったそうですが、人間たちが言う神とは一体どういった存在なのですか?
「神、か。おまえの言う神とは領域教会に群れる偽神たちのことだな」
苦虫を噛み潰したような表情で、レティシアはそう告げた。
領域教会という言葉は、人間たちから聞いたことがある。確かあれは、最初にダンジョンを訪れた冒険者兼騎士たちの会話からだったか。
領域教会からの神託により、勇者が死んだことが分かったと。
それにしても、まがい物に偽神とは。
語るイメージからも伝わってくるが、領域教会に属する神たちをレティシアはかなり嫌っているようだ。
――偽神ですか?
「おまえも神に救われた身であろう? ならば、分かるはずだ。真なる神という存在がどれほど超越的な存在であるのかを」
「それを知っているならば、間違ってもあの程度の存在を神などとは呼べまい。少なくとも我が知る領域教会の者共は、神を名乗れるほどの力は持っておらぬよ。精々が、我のような魔王と同程度の存在だ」
レティシアの言っていることは、確かに理解出来る。私を救い、私が崇める神もまた、超越的な存在だった。『記憶』というスキルを得た今も、何故かその姿をはっきりと思い出すことは出来ないが、少なくともあの神は強いとか弱いという概念の外に存在していたように思う。
ゲームの電源を直接落とせる存在を指して、ゲームキャラの中で強い弱いの定義など出来まい。
それほどまでに、私を救った神は超越した存在だった。恐らくレティシアも自身を救った神に私と同様の差を感じたのだろう。
ただ、私からしたら、レティシアと同程度の力を持つ存在に対して、精々なんて言葉は使えない。
この魔王が万全を期して挑む相手と、正面から戦わねばならぬ可能性が消えて本当に良かった。
「ただし、領域教会の総主神である聖女神リクシルは除けばの話だがな」
ふと、レティシアが続けた言葉は、私をドキリとさせる。
人間たちの持つ称号欄でよく知るその名、聖女神リクシル。
レティシアの言葉に宿るイメージからして、領域教会の中心的な神のようだが、その言葉からは随分と厄介な匂いがする。
一応、聞いておくべきだろう。
――領域教会と総主神の聖女神リクシル?
「そうか、そこも説明しておくべきだったな」
「領域教会とは人間の信仰する偽神たちの群れだ。その群れの頂点が総主神である聖女神リクシル。人類最古の神にして、人間を偽神へと昇華させる力を持つ唯一の存在らしい」
「領域教会は人間たちの間でも秘密主義な部分が多いものでな、その辺りの情報に関しては不確かな部分が多い。だが、少なくともあれは他の偽神たちとは比較にならぬほどの力を有している。それだけは確かだろうよ」
人間を神へと昇華させる力、か。神と魔王の類似性から、神もまたダンジョンコアを取り込むことで進化した存在なのだと思っていたけれど、レティシアの言葉からするとどうにもそういう訳では無いらしい。まあ、当人も確実な情報ではないと付け加えている以上、今は参考程度に考えておくべきだろう。
何にしても領域教会というのは、私が思っていた以上にかなり恐ろしい集団のようだ。出来る事ならば今後も一切関わりたくは無いけれど、この世界で生きている以上は関わりが出来る可能性は大いにありうる。
ならば、この機会に領域教会とそこに属する神のことはしっかりと知っておくべきだろう。
いつか来るかもしれない、もしもの事態に備えて。
――勇神は勇王国を守護していたという話ですが、他の神たちも同じように国を守っているのですか?
「一概には言えぬな。大抵はそうであるが、中には少し特殊な形で存在する偽神もいる。そうだな、その辺りについても少し語っておくか」
そうしてレティシアは、領域教会に属する神たち。レティシアの言う所の偽神についての情報を話し始めた。
「偽神。人間たちが神と呼ぶ者たちは、領域教会の認める偉業を成した人間が聖女神リクシルの力により昇華することで生まれた存在だ。その力の源は、人間の信者たちから集められる信仰心。これは魔王が自らの支配領域に住まう者たちから集めた畏怖や敬意を力に変換しているのとそう違いはない。ただ、神たちが力を集める方法は、魔王たちが力を集める方法よりも少々複雑だ」
「一般的なもので言えば、国の守護神という肩書がある。国の守護者となる神は、その国の王族と密接な関係を持ち、その国の領土を支配領域とし、そこに住まう人間の民を自らの信者として信仰心を集めていく。ただし、この関係は神が一方的に信仰心を集めて終わるわけでは無い。神は信仰心を集める代わりに、その力で国を守護している。その一環が、信者たる民たちに与えられる【加護】だ。国の守護神は自身の支配領域に住まう信者、即ち国民たちに【加護】を通して、支配領域での力の強化とその身の守護を与える。これが国の守護神という肩書を使った神による信仰心の集め方だ」
「他には、職業の神という肩書を持った神もいる。有名どころを例に挙げるならば、戦士の神や騎士の神、狩人の神などがそれだ。こちらはその職業に着く者たちを信者とし、自らの力とする代わりに、職業そのものに対して力を与える」
「さらに、ギルドの神という肩書を持つ神。有名どころは冒険者の神や魔術の神、商業の神に鍛冶の神などだな。こちらの場合は、そのギルドに属する者たちを信者とし、その者たちから力を集める代わりに、ギルドとそこに属する者たちを守護し、その運営が円滑に進むよう間接的に手助けなども行っているようだ」
「これらの肩書の明確な違いは、国の守護神は国という自らの支配領域を持っているが、職業の神やギルドの神の中には自らの支配領域を持たぬ者たちもいるという点だな。そのため、職業の神やギルドの神の中には、知名度の低さから人々に忘れ去られ、歴史の中に埋もれてしまった神もいるという話だ」
「ちなみに、神の中にはこれらの肩書を複数所持している神もいるので、単純に肩書の数だけ神がいるという訳ではないぞ。国の守護神というのも、全ての国に存在するわけで無いしな。まあそれでも、全体の数で言えばかなりのものになるだろうが」
その話を聞いて、八百万という言葉が思考に浮かんできた。さすがにそれは言い過ぎだとは思うけど、かなりの数の神が存在しているということは理解できた。
地脈から知った断片的な魔物の情報も厄介だったが、人間側の情報もまた厄介すぎる。黒牙というたった一匹の切り札だけで、そんな者たちと渡り合うなど、考えただけで恐ろしい。
まあ幸いなことに、当面の敵であった勇王国はレティシアが滅ぼしてくれた。
私を敵視していた勇王国が滅びた以上は、そんな危険な者たちと関わる事など、そうそう無いだろう。
勿論のこと、私から人間側と積極的に関わりを持とうとすることはありえない。
元々、私は人間たちとはあまり深く関わりたいとは思っていなかったし、そうでなかったとしても魔王並みの力を持つ神がゴロゴロといるような危険地帯へ、こちらから近づいていきたくはない。この場から動けぬ身で、近づくも何もだろうが。
当面は支配領域も今の状態を維持したまま、ここでひっそりともしもの際の戦力を蓄え続ける日常に戻ろう。
私がそんな決意を固めた時だ。
「ああ、そうだ。領域教会と言えば、おまえとも無関係という訳では無いぞ?」
レティシアが今、思い出したというように、そんな聞き捨てならない言葉を口にした。
――それは、勇王国と敵対していた件とは関係なく、ですか?
「そうだ。領域教会は何故か昔からダンジョンという物を異常なほどに危険視していてな。とくに人間の領域に現れたダンジョンは即座の破壊を推奨している。ここは人間の領域の最果てではあるが、領域教会の規定からすると、ギリギリでおまえも人間の領域に存在するダンジョンに含まれているはずなのだ」
「領域教会が直接動くかは分からぬが、用心はしておいた方が良いぞ」
どうやら、私はどうあっても人間と敵対する運命にあるらしい。
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