92.転生者と転化者
あらすじ
魔王レティシアは『鑑定』を使うことで、私が異世界からやってきた存在だということをあっさりと見抜いた。
さらにこの地で死んだという大魔王と関係深い存在だということも瞬時に察する。
持ちうる力は何よりも恐ろしいものだったが、話し合ってみると少し尊大な態度以外は非常に理性的な対応だ。
選択肢から消えたはずの対話という平和的な手段が、現実味を帯びてくる。
それと同時に私は、私の中でレティシアに抱いていた恐怖が薄れていくのを感じた。
「おまえは何故、そのような姿となっているのだ? そも、記憶を保持した転生からしてかなり珍しい現象と言われているが、よりにもよってその先がダンジョンコアとは。意思を持つダンジョンコアがあるなどという話は初めて聞くぞ?」
魔王レティシアは軽く首を傾げると、そのような疑問を投げかけてきた。
その口ぶりからして、記憶を保持したままの転生というだけであれば、ありえないという程のことでは無いようだ。だが、そうであってもダンジョンコアへの転生となると聞いたことも無い、と。三百年を生きる魔王が知らないということは、やはり私という存在はかなり特殊なのだろう。
まあ、それはそうか。そもそもダンジョンコアというのは、ダンジョンマスターが使用することを前提とした物であると、ダンジョンコアに付随されていた基礎知識にも記されていた。だというのに、私はダンジョンマスター不在のまま、ダンジョンコアのみでダンジョンを構築している。これはこの世界において、明らかに異常なことだろう。
普通なら誰に話しても、信じてもらえないような類いの話。
ただ、ステータスや種族の説明文を確認する限り、レティシアもまたかなり特殊な生い立ちのようである。それも所々に、私と似たような情報も確認出来た。
ならば、ここは全てをさらけ出して、話してみるのも手なのではないだろうか。
対話という新たな選択肢を得た私は、レティシアへの恐怖が薄れてきたこともあり、それを試してみることにした。
――では、私のことをお話ししましょう。少し長い話になりますが……
私が『伝心』で伝える内容を、レティシアは黙って聞いている。
まるでその情景を瞼の裏に思い浮かべているかのように。
「まさか、そのようなことがあったとは。それにしてもその経緯、何処か我と似たものを感じるな」
私が前生を生きていた時のことから、ダンジョンコアへと転生を果たすまでの話を伝え終えると、レティシアは感慨深げにそう呟いた。
レティシアの発するイメージから、私への共感が伝わってくる。
「我もまた、おまえと似たような状況で神と出会い、そして救われたのだ」
レティシアのステータスに記された【◆◆◆◆神の加護】という称号。これは私の持つ称号【□□□□神の加護】とよく似ている。
神の名前を読み解くことが出来ないという点において、特に。
それにレティシアの種族、トワイライトヴァンパイアクイーンの説明文にも、◆◆◆◆神の力により転化させられたと記されている。そこには当時の状況までは記されていなかったが、レティシアもその神に救われたのか。
「おまえだけに話させるというのも不公平よな。良ければ、我の話も聞いてみるか?」
――お願いします
「ふふふっ。良かろう。では、我の過去も少し話してやろう」
そうしてレティシアは、その時の事を話し始めた。
「それは我がまだ世間知らずの人間の小娘であった頃の話だ。我は訳あって魔の領域の荒地をたった一人で彷徨っていた。味方は誰一人おらず、持ち物は擦り切れたぼろ着のみ。食うや食わずの数日を過ごし、魔物たちから必死で逃げ回っておった」
「そんな状況の我にあったのはただ一つ。生きねばという願いのみ。我には生きて、成さねばならぬことがあったからな」
「だが、世間知らずの小娘がどれだけ必死になろうとも、この世の厳しさは如何ともしがたい。そもそも、魔の領域は歴戦の冒険者であろうとも、生き延びるためには運が絡むような場所だ。戦いの経験すら無かった当時の我が、数日とはいえ生き延びられたのは、むしろ運が良かった方なのかもしれん」
「そうして、我は荒野を数日さ迷い歩いた末に、とうとう手ごわい魔物に襲われて瀕死の重傷を受けた。まあ、今にして思えば、何の力も持たぬ小娘であった我を殺せぬ程度の魔物だ。大した魔物でも無かったのだろう。だが、当時の我はその強さに絶望したものよ」
「そうして死にかけていた我の心へ、語り掛けてくる声があった。それはなんとも不思議な声だったよ。何処か神々しく、何処か禍々しい」
「願いを尋ねるその声に、我は力を願った。この地を生き抜く力を。望みを叶えるための力を。もう一度、手にするための力を」
「そうしてその声は、我の願いを叶えるため、我を魔物へと転化させたのだ。その時、我は理解した。その声の主こそが真なる神であると。領域教会に群れる紛い物の神もどき共とは違う真の神」
「我は神に救われたのだと」
「最初に我が神から与えられた力は、そこまで強いものでは無かった。精々が弱い魔物と良い勝負が出来るといった所か。だが、戦いを知らぬ小娘であった我には、十分すぎる程の力であった。何一つ抗う為の武器を持たなかった我に、神は魔物の力という武器を授けて下さったのだ。そうして我はその力をさらに磨く為、修行と闘争に明け暮れた。望みを叶える力を蓄えるために」
「それからの日々は、とても過酷なものであったが、我はそれを苦しいとは思わなかった。我には何が何でも叶えたい望みがあったからな。その望みを叶えるためならば、我はどんなことでもした。むしろ、どんなことでもすれば手が届く場所に望みが見えた事に、我は神へ感謝したよ」
「現に我は、そうして目的の一つである、勇王国を滅ぼすという願いも叶えたのだからな」
唐突にレティシアの口から出てきたその名に、私は驚いた。
勇王国。その名は記憶に新しい。
つい先日、ダンジョンに攻め込んできた人間たちの国である。
それが、滅びたと?
それは最近、どこかで聞いたような情報だった。
――勇王国が滅びた?
「ああ、そうであった。ここは少し前に勇王国から攻め込まれておったのだったな。災難なことだとは思うが、そのお陰で勇王国を守る騎士たちが減り、我は勇神を滅することが出来たのだ。礼を言おう、その節は助かったぞ」
何やら感謝されてしまったが、いまいち納得が出来ない。
勇王国が滅びたという事については、もういいだろう。
レティシアの実力を知ってしまった今では、もはや勇王国がたった数日のうちに滅びてしまったという言葉にも納得がいく。
だが、だからこそあの程度の騎士たちを、そこまで警戒していたというレティシアの言葉に納得できなかったのだ。
確かに騎士団は強かった。特に騎士団を率いる三人の指揮官の実力は、Aランク冒険者にも匹敵していたように思う。だが、それでもレティシアの力であれば、あっさりと片付けてしまえるのではないか。あのガルセコルトが、瞬殺されてしまったように。
「我の力であれば、人間の騎士たちなんぞ余裕で殺せるとでも思ったか?」
まさに考えていたことを当てられて、私はドキッとした。ダンジョンコアに表情などあるはずも無いし、何処から読まれたというのだろうか。
「この地で騎士たちと戦ったおまえならば、きっとそう思うだろうな。だが、あれで騎士たちはなかなかに侮れぬのだ」
「勇神の領域で戦う時、騎士たちに宿る勇神の加護は強くなる。それが勇神の居城近くともなれば、与えられる加護もより強力になっていく。そこへさらに王都を囲む城壁が加われば、その守りは鉄壁となる」
「とはいえ、今の我であれば、勇神の加護を強く受けた騎士たちであっても倒すことは出来ただろう。騎士団を滅ぼすだけであれば、それで事足りる。だが、我の目的は勇神と勇王国を滅ぼす事にあるのだ。騎士団に無駄な力を使って、肝心の勇神に負けてしまえば意味がない。勇神は我であっても、そう簡単に滅せる相手では無かったからな」
「だからこそ、騎士団を引き付けてくれたおまえに感謝しておるのだ。お蔭で我は少ない手勢を打ち倒した後、殆ど万全の状態で勇神と戦うことが出来た」
神の加護。
神の配下を強化する力か。
レティシアが侮れぬと言うくらいだ。その強化の度合はかなり強力なのだろう。
私の領域内であっても、あれほどの力を発揮したのだ。それがもし、DPブーストを発動した黒牙のように強化されたとしたら、確かに厄介かもしれない。
――それで、騎士団の方は……
「勿論、滅ぼしてやったぞ。ふふふっ、王都へと愚かにもノコノコと返ってきた奴らは、この手で引き裂いてやったわ。勇神の加護も無く、頑丈な城壁も無いあやつらなど、我が手にかかれば容易いものだ」
どうやら懸念事項が一つ、消えたようだ。
話からして騎士団はあの後すぐ、レティシアに滅ぼされたのだろう。
「そこで人間たちからおまえのことを聞いてな、新たな魔王が現れたという話に興味を持った我は、こうしてこの地にやってきたというわけだ。それがまさかこのような者に会えるとはな。ふふふっ、これほど気分が良いのは久方ぶりだ」
レティシアは喜色満面といった様子で、この状況を楽しんでいた。
「そうだ。異世界からそのままダンジョンコアへと転生したということは、この世界のこともよく知らぬのであろう。良ければ、我が色々と教えてやっても良いぞ?」
レティシアの提案は、願っても無いことだ。
この世界のことについても聞きたいところだが、私が今、何よりも知りたいのは人間についての情報である。
ダンジョンコアという種族に転生したことで、この場から動くことのできない上に、人間とも完全に敵対してしまった以上、レティシアから得られる人間の情報というのはかなり貴重なものだ。
何せ、レティシアは元人間。
地脈から探せぬ情報を、色々と知っていることだろう。
そうして私は、親切な魔王レティシアという、存外の相談相手を得たのだった。




