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不滅のダンジョンマスター  作者: やみあるい
第三章 勇王国進軍の章

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91.恐怖の行方

あらすじ


強大な魔力を発する魔王レティシアを前にしても、黒牙は戦意を失うことは無かった。

もはや事ここに至って、戦う以外の選択肢は無い。

黒牙の姿からそれを察した私は、最初の一撃に全てを掛けることにする。

闇の鎧を纏う黒牙にDPブーストを全力で使い、レティシアに跳びかかる黒牙。

しかし、次の瞬間に黒牙の身体は、レティシアの持つ細剣に貫かれていた。

黒牙の死が絆を通して伝わってくる。

突然現れたレティシアという強大な敵と、長らく共に苦難を乗り越えてきた黒牙の死に、私は心を取り乱す。

しかし次の瞬間、レティシアが『神聖魔法』で黒牙の傷を癒した。

私は黒牙が死ななかった事実に安堵する。

そのせいで私は肝心なことを考え忘れていた。


何故レティシアは、黒牙を生かしたのか、ということを。




 第五階層へと続く階段を降りていき、部屋に足を踏み入れた魔王レティシアは、部屋の中央に安置されたダンジョンコアを目にした瞬間から、その場で呆然と立ち尽くしていた。


「………まさか、そのようなことが?」


 暫くしてレティシアは、誰にともなくそう呟いた。

 恐らくレティシアは私を目にした瞬間、『鑑定』を使用したのだろう。そうして、私のステータスに表示された何かに対して驚いたのだ。

 心当たりなら、大量にある。むしろ、どれだろうと迷うほどに。

 だが、レティシアのその反応には一筋の希望があった。

 私の何かが、レティシアの興味を引いているのだ。

 ならば、すぐにでも殺される可能性は低い。

 あとの問題は、その興味が私を生に導く興味なのか、それとも死へと導く興味なのか、ということである。


「【異世界転生者】。おまえもまた、あの勇者と同じ異世界から来た者か」


 そうしてようやく口を開いたレティシアは、私のことを差してそう呼んだ。


「まさか魔王ではなく、ダンジョンコアそのものが領域を支配していたとはな。確かに魔王の持つ力の起源はダンジョンコアだ。ならば、ダンジョンコアがそういった力を有していたとしても不思議ではない。理屈の上では、な」


 レティシアはその場で状況を整理するかのように、自身の持つ情報を口に出していく。


「だが、ダンジョンコアの力を操るダンジョンマスターが、魔王のようにダンジョンの外へ支配領域を広げたなどという話は聞いたことが無い。ならば、やはりおまえこそが特別な存在なのか? 異世界より来たりし者よ」


 けれど、最後の言葉は明らかに私へ向けて語られていた。

 私はそれに応えるべきなのか、それともこのまま沈黙を貫いているべきなのか。

 確信を持って言っているようにも感じられるが、何処か戸惑いのようなものも感じられる。

 だからこそ、私は迷っていた。


「応えぬか。ならば、これはもう要らぬな?」


 そう言うとレティシアは左手を掲げ、黒牙を顔の前にまで持ってくると、そこへ右手を添える。レティシアの右手には、凝縮された魔力が宿っていた。

 その魔力には、小さな黒牙の身体など一瞬にして塵も残さず消し去れるほどの凶悪な威力を感じる。


 ――待ってくれ


 その姿にレティシアの本気を感じた私は、思わず『伝心』を使い、レティシアへと語り掛けていた。せっかく死の淵から生還した黒牙を、ここで失ってしまうのはどうしても避けたかったのだ。


「ふふふっ。驚いた、まさか本当に返事がくるとは」


 そんな私のイメージを受け取ったレティシアは、心底おかしいと愉快そうに嗤いながら、そう言った。

 やはり、確信はなかったのだ。けれど、同時に私が返事をしなければ、レティシアは確実に黒牙をこの場で消し去る気でもあっただろう。きっとレティシアにとっては、どちらでも良かったのだ。

 あまりにも軽い命の価値が、私はたまらなく恐ろしかった。


「しっかりと意識はあるのだな。なるほど、なるほど。意思疎通は『伝心』というスキルの力か。魔王が臣下に対して施す、心言葉に似ているが、なかなかどうして便利なスキルではないか」


 さすがはゴウグゥをも超えるスキルレベルの『鑑定』持ち。一瞬にして、私がイメージを送る手段を見抜かれてしまった。やはり、ステータスに表示されている事柄において、隠し事は出来そうにない。


「これはおまえの配下だな?」


 左手にぶら下げた黒牙を差し出して、レティシアは私に尋ねてきた。

 とはいえ、これはただの確認だろう。称号を確認すれば、そんなことはすぐにわかるはずだから。


 ――……そう……です


 私は細心の注意を払って、『伝心』を使った。

 この相手に対しては、少しでも送るイメージを間違えれば、その瞬間に破壊されかねない。

 そんな気がしたのだ。

 そんな私に対してレティシアは、ふと纏う雰囲気を和らげた。


「そうかそうか。いや、すまぬなぁ。我はこの魔鼠という種族が大嫌いでな、目につくとつい、手にかけてしまうのだ。とはいえ、今回はそれなりに手加減が出来たのでな。ほれ、この通り死んではおらぬ。まあ、許せ」


 あっけらかんとして、さも愉快だというように、レティシアはそう告げてくる。

 感じるイメージには何処か上位者を思わせる尊大さがあったけれど、告げている言葉に嘘は無さそうだ。本気でレティシアは、済まないと思っている。

 まあ、その謝罪に籠っている気持ちの深さはともかくとして。


 そもそも、どちらかというと先に襲い掛かっていったのはこちらなのだが、どうやらそこはあまり気にしていないらしい。

 つまりは、そこに関して私が恨みを持たれるような事は無いということだ。

 正直、助かった。



「それにしても、この地で魔鼠を見ることになろうとは。まあ、色々と言うたが、魔鼠自体は然程特別な種族という訳では無いぞ。魔の領域の奥深くへと踏み込めば、当たり前のようにそこかしこにいる。だが、ことこの領域に限っては、特別な意味を持つのだ。あの神経質な勇神が支配していたこの領域ではな」


「あれがまだ勇者であった頃から、あれは魔鼠を殲滅することに全力を尽くしていた。さらに領域教会から神へと選定され、勇神となってからは、その力のほとんどを使い、自らの領域へ魔鼠が侵入できぬよう、魔鼠という種族だけを指定した強力な結界を張りおったのよ。領域内に潜む魔鼠どもを一匹残らず殲滅した後でな」


「まったくもって神経質なことよ」


 途中から不満をあらわにした様子で、レティシアは語っていた。所々に漏れる勇神への愚痴が、恐らくその理由だろう。

 それにしても特にこちらから聞いたわけでもないのだが、図らずも病魔の森に魔鼠がいない理由を知ることが出来た。

 私がこの地に支配領域を広げるまで、ここは勇神の領域だったはずだ。ならば、この病魔の森もまた勇神が魔鼠を滅ぼした上で、新たな魔鼠が入ってこれぬよう張られた結界の内だったのだろう。

 やはり、病魔の森には元々、魔鼠はいなかったのだ。

 私がそんなことを考えている間にも、レティシアは話を続けている。


「そんな地に魔鼠を配下とする者がいる。しかも、そこはあの下水鼠が死した地であり、あの下水鼠と似た魔力を宿しているともなれば、それが示すことは一つであろう。おまえは、あの下水鼠、魔鼠の大魔王に由縁のある者だな?」


 途中、意味がぶれるイメージが幾つかあったが、大よそ何を言いたいのかは分かった。

 そして、その質問の答えも。


 間違っていない。

 そもそも最初からずっと、レティシアは私へ訊ねているようでいて、その実は確信をもって告げている。その姿はまるで、気楽に自らの推理を披露する自称探偵のようにも思えた。

 当たっているだろう? とでも言うように。

 ならば、その質問への応対も、特に迷うことなく正しい答えを伝えればよいのだと思うのだけど、それでも私は迷っていた。


 我はこの魔鼠という種族が大嫌いでな。


 レティシアが何気なく告げたそのイメージには、並々ならぬ憎悪が宿っているような気がしたのだ。

 気のせいかもしれない。ただ、即答に躊躇するくらいの戸惑いはあった。

 このまま、この会話を続けても良いのか、と。

 私が迷っていると、今度はレティシアが愉しそうに嗤う。


「ふふふっ、その沈黙は肯定と変わらぬぞ」


 その言葉もまた、確信に満ちていた。


「ダンジョンコアは自身と関係の深い魔物を生み出す力を持つという。こやつもまた、おまえが生み出したのだな? そうであれば、この地に魔鼠がいる理由も分かるというものだ。魔鼠という種族を決して通さぬ結界も、内側で魔鼠が発生してしまえば意味はない。ふふふっ、勇神の奴め。結界の効果を高めるため、その効果範囲を境界に限定したのだろうが、完全に裏目となっておるわ」


 まるでその場を見てきたかのように、レティシアは全てを言い当てていく。

 確かに『鑑定』があれば、様々な情報を得ることは出来るだろう。だがそれだけで、これ程早く正確に正しい答えに行き着くものだろうか?


「ああ、心配するな。我は魔鼠を殲滅せずにはいられぬというあの神経質な勇神とは違う。我の目の届かぬところに潜む、哀れな弱者まで手にかけたりはせぬ。だから、森の中に潜ませているおまえの配下たちは、無事なままよ」


 森に潜ませている魔鼠たちのことまで完全にバレている。

 恐らく、私と違って『加速思考』と『並列思考』を十全に活用できているのだろう。それで、同時並行的に様々な情報を精査しているのだ。

 そんなところでも格が違っているらしい。


 だが、だからこそ私は、レティシアの告げた言葉に生きる希望を見出した。

 レティシアの言葉を素直に信じるのであれば、こちらから襲わない限り、レティシアから攻撃を仕掛けるようなことは無いという風に解釈できる。

 ガルセコルトは逃げ出そうとしたところを殺されていたが、それはまあ知り合いだったからだと考えれば納得できなくもない。

 まだ、黒牙も私も死んでいないという事実が、その解釈を後押ししてくれている。

 この状況でそれは、非常に救いのある考え方だ。


 そもそもが、既に魔王であるレティシアに、ダンジョンコアを破壊する必要は無いだろう。これが【王を目指す者】の称号持ちであれば、魔王への進化の為にダンジョンコアを破壊しようとしてきたかもしれないけれど。


 大体、レティシアはダンジョンに侵入してはきたけれど、その目的はまだ明確になっていない。死を意識せざるを得ないような圧倒的な力と、ガルセコルトを含む魔狼たちを瞬殺したことで、何も考えず敵と認定してしまったが、もしかしたら対話という手段が通じる相手かもしれないだろう。

 私も随分とこの世界の常識に毒されてしまっていたらしい。


 レティシアは魔物という私に近い種族であり、同時に元人間という理性的な存在でもあるのだ。最初から対話という平和的手段を試していれば、もしかしたら黒牙が戦う必要すらなかったかもしれない。


 そう考えてみると、私がレティシアに抱いていた恐怖が薄れていくのを感じた。









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