01.死にたくない男
理不尽に人は死ぬ。
不条理に人は死ぬ。
だがそれは生きる者にとって、とても当たり前なことだ。
生きたいと願う者にとって死は理不尽である。
死にたくないと願う者にとって死は不条理である。
その中でも一番、誰にでも等しく、理不尽で、不条理な死と言えば、寿命の終わりだ。
人によってそれは救いであったり、人生という長い道のりのゴールテープであったりすることもあるのだろう。誰にでも訪れるが故に、平等であるとも言えるかもしれない。
けれども、私にとっては。
それが一番、無慈悲で、残酷で、どうしようもない、この世の摂理。
即ち、絶望。
私はそれを絶対に、認められない。
ーー死にたくない。
物心ついた頃から胸の内に渦巻き荒れ狂うその恐怖を凝縮した言葉が、私の口から漏れたのは、唐突に現れた死角からの絶望が私を貫いた後だった。
赤く流れる命の雫は大河となって私の服を染め上げる。
「ひゃっはー、簡単じゃねーかよーっ」
眼前には今年32歳の私よりもずっと年若く、染めた金髪を伸ばしたチャラチャラとした格好の男が、狂ったような嗤いを浮かべて意味の分からないことを叫んでいる。その手には赤く染まったナイフが握られていた。その顔には全くと言っていい程に心当たりは無く、微塵も接点が思い浮かばない相手である。この相手が私を人と認識しているのかどうかさえ怪しい。
私は何の脈絡もなく唐突に、歩いているところを刺されたのだ。周りには多くの人の群れ。目の前の若者のような者もいれば、年老いた者も子供も男も女もスーツを着た社会人も、派手に着飾った若者もいる。なんてことない平日の夕暮れ時、平凡な街中での凶行だった。
真っ白な紙に墨汁を落としたかのような異物。
当たり前にあるルールを否定する偶然の悪意。
そんな不運の象徴のような相手に致命傷を負わせられれば、恨み言の一つも湧いてくるのが人の常だろう。だが私の内にはただ、死にたくない、ということ以外に何もなかった。
耳障りな嗤い声への苛立ちも、己が不運を呪う言葉も、痛みに対する泣き言も、若者に対する憤怒も、周囲に対する切望も、何もかもがただ、死にたくないという言葉に塗り潰されている。時間が私から命を奪っていく。刻々と過ぎていくそれは、物心がついた頃から変わらぬ恐怖の代名詞。
遠いところにあるように見えながらも、いずれは必ず私の全てを呑み込むと分かっているそれに、私はずっと恐怖を抱き、けれどその恐怖によって狂わぬように、ただひたすら逃げ続けてきたのに。
どうして、それが今、こんなにも私の近くにあるんだ。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
時間よ、止まれ。
止まれよ。
止まってくれっ!
何万、何億、何兆回も心の内で繰り返してきた言葉が、溢れて止まらない。
時は止まらない。命は消えていく。終わりがそこまでやってきている。
でも、私にはなにも出来ない。指一本動かす力すらも、もうーー。
そうして私は死を迎えたーー
ーーはず、だった。




